第83話 ギルドの風景 上
まだ昼にもなっていないし、やる事も特に無い。
久しぶりにソロで迷宮に潜ろうかとも思ったが、さすがにあまりに芸がなさ過ぎる。
とはいえ他に何か思いつくものも無いので、とりあえず「冒険者ギルド」へ足を向ける。
まだ気力のあるうちに、ヨーコさんに弄られておいたほうがいいような気がするし。
「冒険者ギルド」の扉を開けると同時に、聞き覚えの無い声が聞こえてきた。
「だから! こんな地味な「薬草収集」クエストじゃなくて、「魔物退治」のクエスト受けたいんだって、俺達「狼の巣」は!」
これは。
自信過剰な新人冒険者が、「冒険者ギルド」の受付お姉さんに無理難題を言う、あれ。
素晴らしいところに居合わせたぞ。
俺を確認した顔見知りの「冒険者」達は、やれやれとでもいうように苦笑いしている。
報告は受けていたが、最近こういう新人が増えているらしい。
実務者は頭を抱えているらしいが、俺とヨーコさんは不謹慎にも喜んでしまった。
「冒険者ギルド」といえば、こうでなくちゃならない。
「ですからこのクエストは冒険者ランクB以上しか駄目なんですって。今日登録したばかりのあなたたちのランクはDですから、まずランクをあげていただかないと……」
お約束の受付嬢の台詞に、懐かしさで涙が出そうになる。
俺とヨーコさんのこだわりで、「冒険者ギルド」の受付嬢は相当な美人で揃えている。
駆け出し冒険者が美人の受付嬢に惚れるとか、期待の大型ルーキーに魅かれる美人受付嬢とか、そういうのを見たいんだ俺は。
しかしこの展開は、「F.D.O」の初期クエスト、「冒険者の日常」の導入部ほとんどそのまんまだ。
自信過剰な新人冒険者たちに、手を貸すプレイヤーキャラクター。
そこから始まるちょっとした騒動と、プレイヤーキャラクターと新人冒険者達との友情と成長。
グランドクエストにも密接につながる、連続クエスト。
俺が「F.D.O」で一番好きと言っても過言ではないエピソードを思い出させる。
「だーかーら! 俺達の実力ならランクBどころかAも余裕だって。何ならテストしてみてくれてもいいぜ!」
威勢のいい言葉を繰り返す、リーダーらしき青年。
仲間であろうもう一人の青年と、少女三人は周りの空気を読めているのだろう、おどおどしている。
新人パーティーの五人に、「調べる」を使用する。
威勢のいいリーダーは「フィーロ・バーンズ 戦士:LV1」
青みがかった長髪と、かなり整った顔つきに、細いながらもよく鍛えられた体。
だが普通に素人だ。
ただ戦士のスタミナ依存基礎戦闘スキルであるラッシュを使えるようで、それが自信になっているのだろう。
魔物はきつくても、森の獣の類であれば熊程度までは何とでもなるはずだ。
野の獣を狩ることを生業として暮らしてきたのであれば、ステータスやスキル値もレベル1の上限値に近いだろうし、もう少しでレベル2になれる段階かもしれない。
もう一人の青年は「リッツ・ベイカー 格闘士:LV1」
短く刈り込まれた茶髪に、鍛えこまれた大きな体。
体つきに似合わず、かわいらしい顔をしている。
ジョブ的には俺の同系だ、なんか嬉しいな。
彼はスキルは持っていないが、格闘士であるからには通常攻撃が連撃になる。
こちらも獣の類であれば、そうそう後れを取らないはずだ。
一般人でありながら、先天的に戦闘ジョブを持っている二人がいれば地元じゃ負け知らず、そうだろう?
「冒険者ギルド」の再建と冒険者募集の情報を得て、地元から一旗揚げるために皇都ハルモニアまで、仲間と一緒に出てきたというわけだ。
あと三人は女の子だ。
「リルカ・バーンズ 吟遊詩人:LV1」
フィーロと同じ青みがかった髪をツインテールに束ね、同じように整った顔をしている。
スタイルはまだ子供っぽいが、年齢相応と言ったところだろう。
「ターニャ・ベイカー 踊り子:LV1」
「サーシャ・ベイカー 踊り子:LV1」
そっくりの顔をした双子の娘。
リッツとは全然違う系統に見える、つややかな唇が少し厚めの、色っぽい顔の造形。
踊り子ゆえの露出の高い衣装に包まれた体は、すでに十分な色気を感じさせるラインを成している。
サイドテールを右で縛っているのがターニャ、左で縛っているのがサーシャか。
どう見ても一卵性双生児なのに、サーシャの方が胸が大きい、なぜだ。
しかしどこの村か知らないが、よくもまあこれだけ「戦闘ジョブ」持ちが揃っていたものだ。
フィーロの妹がリルカ、リッツの妹がターニャとサーシャで、子供の頃からずっと一緒って感じだな。
そこはかとなく甘酸っぱい青春の香りもする。
少しバランスが悪いが、上手く鍛えればいいパーティーになるだろう。
あと一人の枠に前衛系を入れれば、充分機能する。
「おいド新人、調子に乗るのも大概にしとけよ。「冒険者ギルド」には「冒険者ギルド」のルールってもんがあるんだ。それを守れねえなら俺達は「冒険者」じゃねえ、「無法者」だぜ? わかってんのか?」
いいなあ、俺もその手の台詞を言われてみたい。
いってるデリオさんに僅かにテレが見られるが。
そこはなり切らないとダメでしょう。
本来であればもっときつい言い回しで、新人冒険者を馬鹿にする先輩冒険者が欲しい所だが、デリオさん基本的にいい人だからなあ。
厳つい顔で損してるけど。
すでに狩人:LV8に到達しているミドルレンジの冒険者だ。
ランクでいえば、まさにちょうど対象クエストを受注可能なB。
「お、お兄ちゃん恥ずかしいよ。ちゃんとランクにあったクエスト、こなしていけばいいじゃない」
「そうだぜ、フィーロ兄。何もそんなに焦ることないだろう? 地道にやっていこうよ」
リッツ君とリルカちゃんがフィーロを説得する。
この阿吽の呼吸はあれだろうな、幼馴染でほのかな恋心とかそういう類だ。
おや、リッツ君は年下なのか。
「ばっかリルカ、俺達「狼の巣」の実力に、「薬草収集」なんてふさわしくないだろ! リッツも何悠長なこと言ってんだ。「冒険者」として名を上げるなら魔物狩りが一番はやいに決まってるだろ。おいおっさん、おっさんに勝てたら俺達「狼の巣」をランクB相当と認めてくれるのか?」
「勝手に「狼の巣」とか名乗るのやめてよ、フィーロは。恥ずかしいでしょう」
「……フィーロはすぐカッコつける。実力もないのに」
なるほど、こっちの双子がフィーロと同い年で、リッツ君のお姉さんな訳だ。
しかしフィーロは危なっかしいというか、このままじゃただの我が侭小僧だな。
ヨーコさんが出てきたら容赦なくはったおされるし、冒険者登録も抹消されかねない。
「ド新人、てめえ……」
喧嘩を売られた形になったデリオさんも引っ込みがつかなくなる。
フィーロ、勝ち目無いぞ。
レベル一桁でのレベル差7はどうにもならん。
介入しなけりゃ、本気でデリオさんに喧嘩吹っかけそうだなこの新人。
デリオさんほんとに顔に似合わずやさしいんだから、無理させるな。
しょうがないから介入する。
「まあまあデリオさん。新人のいう事ですから聞き流しましょうよ。――フィーロさんでしたか? 「冒険者ギルド」は絶対にルールは曲げません。それ以上言えば怖いお姉さんが出てきて、張り倒されて故郷へ帰ることになりますよ。それは避けたいでしょう? ヨーコさんに同じ口きいてみます?」
ヨーコさんの名前を出すと、さすがのフィーロも言葉に詰まった。
ギルドマスターである「異能者」フィア・ヨーコの名前は有名だ。
映像窓も届いていないところ出身であることは、声をかけた俺を見ても、全員が驚かないことから間違いない。
そんな彼らでも、名としての「フィア・ヨーコ」は知っているというわけだ。
俺も名で呼ばれれば、正体は一発でばれるだろう。
「大将……」
俺が介入したことで、デリオさんは引いてくれた。
今度一杯奢らなきゃな。
あとは「狼の巣」を納得させるだけだ。
だけどこのままほっといたら、早晩彼らは壊滅する。
魔物はそんなに甘くないし、それは避けたい。
しょうがない、憎まれ役をやるか。
「でもまあ、「薬草収集」は西サヴァル平原の中央付近が効率的です。まあそこらには魔物も出ますし、運悪く遭遇して倒した場合は、討伐報告として評価されますよね、リリーナさん?」
今日の受付嬢はリリーナさんだ。
この人、実は貴族のご令嬢なのにどうしてもやりたいって言って受付嬢してくれてるんだよな。
クール系美人で、黙っているヨーコさんと並ぶと相当絵になる。
胸は残念だが、ファンは多い。
さっきのデリオさんはその筆頭と言ってもいいだろう。
「シ……いえ。そうですね、その場合は討伐報酬という形で評価されます。討伐した魔物のランクに応じて、冒険者ランクも引き上げられます」
「という事で、運悪く魔物に遭遇しやすい危険な場所を知っている俺と組んで、「薬草収集」するというのはどうかな、フィーロさん?」
「お、おお。そういう事なら」
「決まりです、リリーナさん。クエスト受注の処理お願いします」
そう言って、俺達は一緒にクエストをこなすことになった。
しかしとっさにキャラをつくると、しゃべり方が胡散臭くなるな。
ヨーコさんがいなくてよかった。
「助かったぜ、えーと……」
ギルドを出るとフィーロが真っ先に声をかけてくる。
感謝の言葉から入るところを見ると、基本的にいい人なんだろう。
「ジンといいます」
「助かりましたジンさん、でいいのかな? そんなに年変わらないと思うんだけど、「冒険者ギルド」で一目置かれている感じよね?」
「そうですね。フィーロを諌めてくれていた強面の方にも「大将」と呼ばれていましたし。ジンさんは何者なのでしょう?」
「ジンでいいですよ。まあ運よくクエストをこなせているからじゃないですかね? ただの「冒険者」の一人ですよ」
さりげなく俺の左右に立って、露出が多く、色っぽい体を寄せてくるターニャとサーシャの双子。
少しくらい照れて見せたほうが良いのかもしれないが、これはあれだ。
フィーロにやきもち焼かせたいんだな。
「じゃあジン。今から連れてってくれるところは、運がいい場所って事なのね?」
「……それだけじゃない気もしますが。まあいいです、よろしくジン」
俺の答えに納得したわけではないんだろうが、余計な詮索をしないでいてくれるのは助かる。
同じ年頃でありながら、自分たちが体を寄せても無反応なことが気にくわないのか、より体を寄せてくる。
夜とクレアに見られたら、ちょっとお叱りを受けるかもしれない。
「……「冒険者ギルド」は実力主義だと聞いてたけど、ほんとなんだな。俺達に説教かましてきたおっさんも、実績があればごちゃごちゃ言わずに引き下がる。俺達「狼の巣」が若造だからじゃなくて、何の実績もないから咎められたんだな……いろんな意味で助かったよ、ジン」
フィーロは基本的に素直な性格のようで、さっきの自分の態度を恥じているようだ。
なるほど故郷から出てきて、先輩冒険者に舐められないように振る舞っていたという部分が大きいのか。
一生懸命になると、行動が行きすぎてしまうというのは理解できる話だ。
やきもち焼かせたい二人の思惑は思いっきり空回りで、真面目な顔で俺に礼を言ってくる。
だけど問題はそこじゃない。
「そうだよお兄ちゃん。「冒険者」の仲間になるんだから、ちゃんと忠告は聞かないと」
「そうだぜフィーロ兄。ジンさんいてくれなかったら、いきなり「冒険者ギルド」で浮いた集団になっちまうかもしれなかったんだぜ?」
年下カップルにも文句を言われている。
それも問題の本質とはずれている。
「すまんリルカ、リッツ。ほんとに助かったわ、ジン」
それでもフィーロは、やはりいいリーダーなんだろう。
年下に言われても、反省するべきは反省している。
重ねて礼を言われた。
「素直なフィーロって気持ち悪い」
「フィーロは尊敬すると素直なのよ。年もそんなに変わらないのに、「冒険者」として一目置かれてるジンに単純に憧れたんじゃないの?」
双子がからかい気味にフィーロに声をかける。
間違いなくこの二人はフィーロが好きなんだろうな。
フィーロにやきもちを焼かせる事が出来ないと理解した瞬間、俺の傍を離れてフィーロを挟んだ立ち位置に移動している。
すごくわかりやすい。
俺と夜とクレアも、傍から見たらこんな感じなんだろうか。
夜とクレアがいてくれなかったら、羨ましいと思うんだろうな。
「そんなんじゃねえよ! つってもさっさと稼がなきゃならないところを手助けしてくれたんだから、素直に感謝するくらいはするよ、俺だって」
仲のいい、良いパーティーだ。
稼がなきゃならない理由もあるんだろう。
こんな連中がもっと増えて、充分に稼いでいけるようになればいい。
それでこそ「冒険者ギルド」を再建した意味がある。
戦力になってくれることと同じくらいに。
そのためにはまず、「生き残る事」が一番大事だというのを、理解してもらわなきゃならないけれど。




