第81話 同じ部屋
「天空城」の王の間に三人で帰ってきた。
内装はサンスーシ宮殿をモチーフにしたと運営が発表していた通り、無駄に豪華だ。
そもそも王個人の空間なのに、部屋が十室もある。
「王の間」そのものも部屋とすれば十一か。
王の間に入ると広大な空間が広がっており、正面に巨大な机と書棚が並び、左右に階段がある。
王の間入り口と対象位置にある扉の向こうが「執務室」となっている。
左右階段の途中にそれぞれ三つ扉があり、左右対称に六室。
階段を上がりきったところに並びで三室。
最上段の中央の部屋が、「寝室」となる。
他の八部屋はなんなんだと思わなくもないが、それぞれに「音楽演奏室」とか「遊戯室」とかいろいろついているようだ。
今まではそれぞれ気に入った部屋を自分の部屋としていたが、今日からはここで一緒に暮らす。
食事もここで一緒に食べることになるだろう。
現在、身の回りの世話をする「天空城」入り人員の選出が、大詰めを迎えているらしい。
物凄い倍率で、かなりの身分を持つ人たちも含まれていると聞いている。
その辺はもう、悩んでも仕方がないのでアデルに任せてある。
そんな話の流れの中で「天月迷宮」攻略の結果、十五に増えた「浮島」の一つを専用の「後宮」として改造するという提案を、「世界会議」から出された時は頭がくらくらした。
アデルを代表とした「世界会議」は、俺を頂点とした世界組織の構築に着手している。
置物として必要だというならそれに否やはないが、いきなり後宮とかは勘弁してもらいたいものだ。
少なくとも夜とクレアは、近くにいて欲しい。
「後宮」なんかに押し込める気なんて、まったくないのだ。
そこはアデルを含めよくわかっているようで、「後宮」の話は夜とクレアの一瞥であっという間に引っ込んでいた。
これ、後の世から「傀儡王シンと、繰り手の真王夜、クレア」とか言われるんじゃなかろうか。
まあそれで世界が太平ならそれでいい気もするけれど。
いや、俺達は老いないから後の世にも、どっかで生きてるのか。
そんなお伽噺を旅先で聞くのは、ちょっと嫌かもしれない。
しかし落ち着かない。
「フリードリヒ式ロココ」様式というらしいが。
今俺達がいる「寝室」は、まさにその装飾の粋を凝らされた部屋だ。
白塗りを基調とした壁や天井に蔦のモチーフを軸とした、金の植物文様装飾が施されている。
壁にも同じく金の植物文様装飾が施され、ごく薄く編まれた紗で覆われた大型の鏡がいくつも備え付けられている。
それらは「映像窓」として機能するので、好きなシチュエーションの映像を投影可能だ。
今は「天空城」の外の様子をそのまま投影しているので、まるで宇宙に浮かんだ部屋のようだ。
魔石をふんだんに使われたシャンデリアが天井の四方に在り、部屋の中央には幾重にも紗を重ねた天蓋を持つ、巨大なベッドが備え付けられている。
――今日からあそこで一緒に寝るんだな……
床は明暗2種の木片による寄席木細工で、市松模様が組まれている。
バランスを考えて各所に配された、これも豪華な長椅子やコモード、コンソールは「生活する場」という匂いを全く感じさせない。
これに慣れる日が来るのかな。
いや、今私室として使ってる部屋も最初は落ち着かないなと思った事だし、大丈夫だろう。
どうしても慣れなければ、二人に許可取って大改造すればいい。
夜とクレアは気に入ってるみたいなので、そう簡単に許可は下りないだろうけど。
いや、今落ち着かないのは部屋のせいじゃない。
この後の事が控えているからだ。
酒も飲んでいないのに、顔は赤いし頭はすこしボーっとしている。
「三位一体」は切っているが、夜もクレアもそうだろう。
ロデムは部屋の片隅に造った「ロデム小屋」にこもって出てこない。
今どっちの形態なんだろう。
明日の朝には、山羊になって小屋から出てくるんだろうか。
左肩に山羊載せてみんなの前に出たら、
「昨日はお楽しみでしたね」
って間違いなく言われる。
「シ、シン君。お風呂入ってきます。クレア、そうしましょう、まずお風呂行きましょう。シン君もそうしてください」
「え、ええそうですわね夜。で、では我が主、行ってまいりますわ」
「い、いってらっしゃい」
どういう会話だこれ。
とりあえず俺も入ってこよう。
今日はさすがに、乱入してはこないだろう。
相変わらず馬鹿みたいにでかい風呂にさっと入り、夜とクレアが買ってくれた「部屋着」に身を包んで「寝室」へ戻ると、すでに夜とクレアは戻っていた。
風呂上がりの少し濡れた髪と、火照っている肌が艶めかしい。
二人も自分たち用に買った、紗の「部屋着」を身に付けている。
やっぱ透け気味だってそれ。
二人ともネックレスは付けたままだ。
「お帰りなさい、シン君」
「お帰りなさいませ、我が主」
部屋のほぼ中央にある、巨大なベッドに腰を掛けていた二人が、立ち上がって俺を迎えてくれる。
顔を真っ赤にしながらも、左手を夜が、右手をクレアが取って俺をベッドまで連れて行ってくれる。
これくらいのスキンシップはあのお風呂の日からある程度あったので、本来ならばいつものじゃれ合い程度だが、今夜はこの後があると思うとお互い平静ではいられない。
「まんなか、真ん中に寝てくださいシン君」
身体が沈み込むようなふわふわのベッドに、仰向けに体を倒される。
完全に寝ころんだ状態になった俺の腰あたり、左側に夜、右側にクレアが体を起こした状態で自分の腰を下ろして、俺の方へと上半身をひねって視線を合わせてくる。
俺としては寝ころんで見上げたところに、二人の美しい顔と上半身が見えている状況。
「う、うわー、柔らかいなこのベッド」
「ほんとですわー」
心臓がバクバクし過ぎて、バカみたいな会話になる。
だって俺の腰の両側に、二人の身体が密着している。
上から覗き込むように、俺に視線を合わせる二人の真っ赤な顔がすぐそばにある。
風呂上がりの、互いの体温が伝わりあうような距離。
仄かに香る、香水とかではない、夜とクレアの匂い。
自分のも夜とクレアに伝わっていると思うと、落ちつかない。
互いの汗を含んだような、湿った空気。
大の字に広げられた俺の両腕を使えば、すぐにでも二人の身体の好きな場所に触れられる距離。
おかげで、逆に不自然なくらいに両腕を広げているざまだ。
俺の視界のなかで、夜とクレアが視線を合わせる。
二人で覚悟を決めるように頷き合うと、軽く目を閉じて深呼吸する。
この角度からだと胸の形がはっきりわかって、深呼吸に合わせて動くのがなんか艶めかしい。
「シン君」
「我が主」
意を決したような二人の声。
「大事なことの前に、少しだけお話が」
「聞いてほしいんですの」
「はい」
あ、今俺、声がひっくり返った。
「――今日から、シン君と一緒にこの部屋で暮らします」
「いまさらと思われるかもしれませんけど、言わせていただきますわ」
ここでもう一度、夜とクレアは視線を交わす。
軽くうなずき合った後、夜から口を開いた。
「――シン君が好きです」
「――我が主を愛しています」
改めての、告白。
千年前にも、一度されている。
「常に一緒に居たいのは、ただ、そうだからですの」
「今ここにいるシン君以上に、大事なものなんて何もありません。――それだけは信じてください」
俺は、俺が夜とクレアを何よりも大事だと思っていることを知っている。
この後何があっても、それだけは揺らがない事に自信がある。
それはもし、万が一、夜とクレアに嫌われても揺るがないものだ。
――でもそう思っていることこそが、悲しいと夜とクレアは言ってくれる。
俺が俺の想いを信じるように、夜やクレアの想いを信じて欲しいと。
夜がクレアが自分の想いを信じるように、俺の想いも信じるからと。
「――わかった」
「三位一体」だとか、夜とクレア、いやこの「シン」すらも俺の妄想が具現化した存在だとか、世界の謎や、「堕神群」、アストレイア様の事、ダリューンの事、俺のいた現代日本の事、そして――「システム」
それら全てより、お互いの「好き」が大事。
このあと、間違いなくいろんなことが動き出す。
その中で、絶対にぶれない軸を持つことは大事だ。
神竜との融合の事ももちろんあるだろうけど、二人がはっきりさせようとしているのはその部分が大きいだろう。
「神竜」の確保は、嚆矢である可能性が高い。
その上時をおかずに、武闘大会も開催される。
あの謎の男が言った事なんか関係ない。
この世界が本物でも偽物でも、「システム」が敵でも味方でも、「堕神群」がどんな思惑を持とうが、ダリューンが何を言おうが、異能者たちがどう動こうが。
今ここにいる三人が、一緒に居られることを何よりも最優先する。
その為にこそ俺は、元の世界を自分の意志で棄てて、この世界に来たんだ。
「――信じる」
きっちりと言葉にして告げる。
俺が否定の言葉を返すなんて考えてもいなかっただろうに、二人は嬉しそうだ。
「余計なこと言うけどさ。ええとなんていうの? こんな状況で言われて、否定の言葉返す男っているのかな? 肯定すればそのなんというか、なあ?」
「ちょこーっとだけ、ちょこーっとだけ、そう思わなくもなかったんですよ?」
「お預け状態でお手、って言うみたいなものですものね。でもまあ……」
「シン君以外の男の人がどんな返事をするかなんて興味ないです。シン君は欲しい答えをくれました。それでいいです」
「っということですわ、我が主」
そう言って二人がくすくす笑う。
クレアの例えが酷過ぎて笑う。
「さて、これで憂いはなくなりましたわ」
「さて、ってクレア、そんなさー始めるぞみたいな言い方しなくても」
「そ、そういう意味ではありませんのよ? そう言う意味になりますの? なりますわね。……」
「ほらクレア、落ち込んでる場合じゃありません。いよいよです」
「夜の方が、さー始めるよどころじゃない気がしますの」
「そんなことありません。大丈夫です。――シン君」
「はい」
「――一緒に寝てくれますか?」
直球。
それも剛速球。
「夜、夜、明るすぎますわ。まずは照明を、その、あの」
男の俺から言うのはあれだから、クレアが言ってくれて助かった。
夜も緊張してるんだな、やっぱり。
「うあ、そうでした。薄暗く。ちょうど薄暗いくらいで。そうこんな感じ」
今まで煌々と明るかった部屋が、夜の制御ですっと薄暗くなる。
今のお互いなお距離で、表情が確認できるくらい。
闇は実は何も隠してくれていないけど、隠してくれているとお互い欺瞞できるくらいの仄暗さ。
「あらためて我が主……一緒に寝ていただけますの?」
ここで断るやついるのかなあ。
俺は絶対に断らない。
「うん、一緒に寝よう」
そう言って二人の肩に手を伸ばし、二人を自分の左右に倒れ込ませる。
汗ばんだ肌と、まだ少し濡れている髪が触れてくすぐったい。
お互いびっくりするくらいに体が熱い。
「三人で寝るって、すごいことしてるよな」
「いえまあ、背徳的と言えば背徳的ですけれど……私とクレアがこうして欲しいんですよね」
「夜と私が望んでいる事なので、我が主は気に病むことありませんのよ?」
「ああ、うんそれはね……もう正直に聞くけど、順番とか気になる?」
「夜、私の流れでいいと思いますの」
「クレア……」
「いえ変な遠慮とか、卑屈さとかではありませんのよ? 我が主が夜を呼んで、次に間違いなく私を呼ぶ。それが私の在り方ですの。ですから、その、こういう事もその流れで、いいんじゃないかと、そう、思ったんですの、よ?」
言ってて恥ずかしくなってきたのか、下を向いてごにょごにょ言っている。
ちょっとこっちも我慢の限界になってきた。
左手で夜の首筋、ネックレスに指を絡めてこっちへ引き寄せる。
一瞬だけビクッとなったが、すぐに素直に俺の手の力に従って顔を近づけてくれる。
近距離で目があって、一拍後に閉じてくれた。
そのまま唇と唇を触れさせる。
目じりに涙を浮かべた夜の顔が離れ、俺の右腕に従ったクレアが入れ替わるように唇を触れさせる。
クレアが離れるタイミングで、今度は夜の方から唇を合わせてくる。
そのまま夜の舌が、俺の咥内におずおずとだが入ってくる。
おっかなびっくりと言った感じの夜の舌に俺の舌を絡ませ、そのまま夜の咥内に侵入する。
わずかに漏れる湿った音。
「んう……」
息継ぎするかのように、絡めていた舌をほどく。
二人の唾液で濡れる俺の咥内へ、今度はクレアの舌が入ってくる。
夜を真似るように、クレアも舌を絡める。
「や、あ……」
湿った音をさせ、離れる舌に名残惜しそうなクレアの吐息がもれる。
お互いのファーストキスにしては、かなりな状況だ。
正直頭がくらくらする。
夜は長いが、がんばろう。
ふと目が覚めると、夜は俺の右側に、クレアはなぜか俺の頭の上に横になって寝ている。
ベッドが広いから問題ないが、寝相というならひどいものだろう。
本来であれば、俺より後にこの二人が起きる事はめったにない。
いつ寝たのかも覚えてないけど、遅くまで起きてたからなあ。
すうすうと寝息を立てる二人をじっと見る。
相変わらず綺麗だけど、無邪気で、幸せそうな寝顔。
昨夜を思い出して、思わず赤面する。
いやそうじゃなく。
二人が大事だとずっと思っていた。
昨夜もお互いそう確認し合った。
今はもう、言葉や理屈じゃない感じだ。
自分にとって何が一番大事で、そのために何ができるか。
そんなことを言葉でいちいち確認しなくても、この寝顔を見れば済む。
右手で夜の髪、左手でクレアの髪にそっと触れる。
「だぁめ、です」
「うふふふふふ」
可愛いがちょっときもい反応。
「夜、クレア。朝だ起きよう。一緒に風呂はいろう」
そう言って体を起こすと、「ロデム小屋」から出てきたロデムと目があった。
うん知ってた。
結構怖いぞ、山羊モード。




