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第6話 続く世界

 あ、これは夢だ。


 たまにある自分で夢を夢だと理解できている状況。

 まあ夢でしかありえない光景が展開されているからなのだが、それにしても意識がはっきりしているな、ぼやっとした感じが全くない。

 夢と理解しながら見る夢はこれまでに何度もあったけど、こんな感じは初めてだ。もっとも目が覚めたら忘れているだけのことかもしれないが、夢の中でこれだけはっきりしているのは記憶にない。


 文字通り明晰夢って感じだ。


 我ながらここ最近元気がなかったが、今日は久しぶりにいい気分で眠りにつけた。

 元気がなかった原因は、お気に入りのMMORPGだった「F.D.O」フィリウス・ディ・オンラインのサービス終了だったが、その日を思っていたよりもいい気分で迎えることができたからだ。

 ちょっとバタバタしてて、よくわからない部分も多かったけど、それでも悲しかったり虚しかったりする終わりを迎えるよりはよほどいい。


だからこの夢は、気分良く終われた自分が見せるご褒美のようなものだろうか。


「F.D.O」のプレイ中に、ついぞアバターを見ることがかなわなかった女神アストレイアが目の前に、設定資料集などで描かれる姿のまま佇んでいる。

 たまにネットで見かけるえらい美人の外人コスプレイヤーも足元にも及ばないような美貌と、衣装の精巧さ。

 なんか感想の基準点が主客逆転してるような気がするが、そんなことを考えている場合でもない。

 何で「F.D.O」の女神様たちはこう、基本薄着設定なんだろうか。ああ、俺らみたいなプレイヤーが喜ぶからか、納得した。


 しかし至近距離に立たれると目のやり場に困る。


 ()()()の女性慣れしていない俺にとって、触れ得る距離に薄着の超絶美人なんていう状況は嬉しさよりも気後れの方が強くなってしまう。

 夢ならももうちょっと図々しくなっていいと思わなくもないが、ここまで意識がはっきりしてると基本女性に対してヘタレな自分としての行動しかとれはしない。

 しかし俺の夢なのに、()()()化した(ヨル)とクレアじゃなく、女神アストレイアがここまで精巧に再現されるっていうのは少々疑問だ。

 欲望の方向性としては間違いなく夜とクレアの方が強いと自分で思うんだが。

 やはり「F.D.O」サービス終了時のイベントが強烈に意識に残っていて、この夢につながっているんだろうか。


「やっぱり、夜様とクレア様が最優先なのですね」

 

 容姿が与えるイメージを損なうことのない、それでいて年相応の女性を感じさせる綺麗な声。

 少しさみしげな表情と相まって、ものすごく申し訳ない気分にさせられる。

 いや違う、今問題なのは俺の考えてる事が声に出さずとも伝わってしまってることだ。

 びっくりした拍子に、逸らし気味にしていた視線を思いっきり目の前の薄着美女にフォーカスしてしまった。


 あ、視線ってやっぱ本能に従うんだな。


 ほとんど意識しないまま美しい顔に引き付けられ、金と緑が入り混じった斑の瞳と一瞬視線が合わさった後、気恥ずかしさで逸らしたつもりの視線は、胸元から腰回りを彷徨った。


「申し訳ありません、ここはあなたの意識の中なので、なんとなくですがお考えになられた事や、視線や感覚が私にも伝わってしまうのです。ですから、あの……」


 少しだけ赤面して、恥ずかしそうに両手でさりげなく俺の視点がさまよったであろうあたりを隠しながら、なぜ俺の考えていることが分かったのかを説明してくれる。


 ご め ん な さ い。


 これは恥ずかしい、というかそういうレベルじゃない。

 思考も視線も動悸息切れも全バレって、薄着の美女の前で何の罰ゲームですかこれ。

 状況理解してても止められるような類のもんじゃないんですよ、女性が得意不得意を問わず。

 いや得意な人なら動揺せず乗り切れたりするんだろうか。

 

 ――いや無理だろ、無理ゲー。


 恥ずかしさのあまり顔が熱い。

 さぞや真っ赤に茹で上がっていることだろう。

 今この瞬間もすべてが目の前の美女に伝わっていると思うと落ちつくなんてとてもできない。


 なんか一気に罰ゲームみたいな夢になったな。


「先程は、いきなり現実離れした質問をして申し訳ありませんでした。ですがあの時のやり取りで心から世界(ヴァル・ステイル)の存続を望んでいただいたおかげで、今こうしてお話しすることが叶いました」


 まだほんのりと朱い頬のまま、アストレイア様が言葉をつなぐ。

 言葉の示す意味は、この夢がやっぱり寝る前のやり取りに強く影響を受けているということか。

 俺は本当に心から「F.D.O」が続いて欲しいんだな。


 こんな夢を見るくらいに。


「あの、夢と思われるのは至極当然だとは思うのですが、夢ではないのです。どんな荒唐無稽なことでも夢であればありうるので、証明する手段はないのですが……」


 うん、こういう夢はあんまり見ないな。

 夢の中で夢の登場人物に夢でないことを明言されるってのはなんかシュールだ。

 確かにさっき思ったとおり、夢であればもう少し俺にとって都合がいいだろうし、アストレイア様が登場するのは寝る前の流れからありとしても、やっぱり夜とクレアがいないのは違和感がある。


「夢じゃないってことは、最後の会話の続きということですか?」


「はい。あの時点ではああいう形で接触するしか手段はなかったのですが、世界の存続に対して明確な意志を持っていただいたおかげで、より直接的な接触が可能になったのです。私にもっと力があればあなたのお部屋に顕現することで、今起こっていることを夢ではないと証明できたのですが…」


 それはそれで自分の頭を疑う展開だったとは思うが。

 

 いやそうじゃない、ああ、これはあれだな。

 本当に夢じゃないんなら、異世界召喚物の流れだ。


 さっきモニターを介してでのやり取りでもちょっと考えたこと。

 現実での生活、仕事、人間関係。それら全部を放り出して、自分が大好きだった世界へ行く。


 心の底ではどうせ夢だと思っているからなのか、悪くないと思う。


 どれだけ思考を重ねても結局は二者択一、行くか行かないかだ。


「先刻の条件は守られてますか?」


 一足飛びに結論へ至ろうとする俺の思考に、アストレイア様は少し驚いた表情を見せる。

 ここまで造作が整ってると、どんな表情しても破壊力あるな。


「はい、それはもちろん!」


 夜とクレアが待っていて、俺は自分の分身であった「シン」として「F.D.O」の世界へ行く。

 そうすることで現実世界でサービス終了する「F.D.O」の世界が存続する理屈はよくわからないが、ゲームのサービス終了に際して俺は確かにそれを約束した。

 今起こっていることが夢ではなく現実なら勘違いも甚だしいが、それでも約束したことは事実だ。


 いや、そういう「約束したからには」って言うことでもなくて。


 正直今俺は、これが夢じゃなかったらいいのにと思っている。

 目が覚めてやっぱり夢だったとなれば「だよなあ」と苦笑いしながらも、すごく残念に思うことは間違いない。

 今目の前にいるアストレイア様と同じような現実感で、夜とクレアにあえる。声を聞ける。一緒に冒険することができる。


 それだけで充分なんじゃないか。


「本当にぶれませんね、あなたもシン様も。まさに半身、もう一人のお互いですね」


 ため息をつきながら微笑まれる。

 俺の分身であるシンも、同じように夜とクレア最優先ってことか。

 

 思わず笑ってしまった。

 

 本当に世界が存在していたなら、シンはもちろん、夜もクレアもちゃんとした人格があるんだろう。

 分身としてのシンと一緒になるのはちょっと不安もあるが、若いだけで俺そっくりな分身だ、お互いの記憶にもそう戸惑うことはないだろう。

 お互いの記憶も、お互いがその状況でならそう考え、発言し、行動したと納得できれば違和感も少ないと思う。


 「F.D.O」の世界の住人である「シン」にしてみたら、「俺」の記憶はビックリ箱見たいなものだろうけど。


 年齢差だけが不安要素か……若い頃は、若いが故に暑苦しかったしなあ、俺も。

 

「そうですね、何がどうこうじゃなく俺は夜とクレアに逢いたいですよ。そのために必要なことならまあ、何でもやりましょう」


「ありがとうございます」


 深々とアストレイア様が頭を下げる。

 どういう理屈かわからないが、俺がそうすることでしか世界(ヴァル・ステイル)を救えないのはどうやら本当の話らしい。


 まあ俺は俺の都合で、やりたいと思ったことをやるまでだ。


「世界を存続させるため、あなたとシン様は合一して世界の楔となります。私たち神々は、楔を礎に世界を存続させる為、持てる力のすべてを使い切ります。まず間違いなく存続は成功しますが、世界がどうなってしまうかはシン様、夜様、クレア様の安全を除いて、私を含む神々にもわからないのが正直なところです。おそらく存続した世界から、私たち神々は姿を消していることでしょう」


 それでも心は変わりませんか? と、少し困り顔で聞いてくる。

 ここに来て後出しの条件が山ほど増えたもんだ。

 とはいえ事ここに至って「じゃあやっぱりやめときます」という選択肢はないだろう。


「具体的には何をすれば?」


「……あなたを世界へ送り込む儀式をします」


 ――あれ、なんか機嫌悪い?


 なんでだ、俺条件全部飲んでるよな。

 いやその思い切り綺麗な顔で、恨めしそうに上目遣いするのやめてもらえませんか。

 ()()()慣れしてないって言ってるじゃないですか。

 言ってないか。


「……もしかしたら最後になるかもしれないから、言っちゃいますけど」


 言葉遣いがなんか突然、素になった感じだ。

 ちょっとこっちの方がかわいいかも、とか思ってしまう。


「……な、なんでしょう?」


 なんか機嫌悪いどころか涙目になってませんかアストレイア様。

 女神って泣くの? いや泣きもするか。


 でもなんで?


「私だってあなたにずっと想いを寄せてたんですからね。接触する手段なんてなくて、シン様を通してずっと見ていただけでしたけれど。あなたやシン様が、夜様やクレア様に向ける気持ちが楽しくて、羨ましくて。ずっと冒険を見てるうちに、シン様に宿るあなたが、心から私の世界を楽しんで下さっている気持ちが、嬉しくて、愛しくて……」


 ちょっとまってくれ、なにこの告白みたいなの。

 告白なの!?


「世界の終わりに抵抗したのだって、あなたをずっと見ていたいって、いいえもしも叶うなら一緒にいられたら、っていうのが原動力なんですからね」


 なんという個人的理由。

 神様が世界を救うのなんて、もっと高尚な理由があってしかるべきじゃないのか。

 もしくは神として救うのが当然みたいなノリとか。

 いやこういう理由の方が共感はしやすいけど。


 対 象 が 俺 で な け れ ば な !


 いかんあまりの事態に思考が明後日の方向にすっ飛んでる。

 夜とクレアは俺の妄想が生み出した存在と言えるし、シンに向けて好意的であっても不思議に思わないというかむしろ当然というか、正直ちょっと後ろめたくもあるが、女神様に想いを寄せられる覚えは全くないぞ。


 しかも「シン」の方じゃなく「俺」であればなおさら。


 朝起きて仕事して飯食ってゲームして、たまに同僚と呑んで仕事の愚痴言ってゲームして妄想して。

 ああ、悪いことしてるわけじゃないし、自分なりに一生懸命生きてるつもりだけど、あらためて具体的に考えるとすっぱい生活だなあ…


 どうしても思考が現実逃避気味になる。

 これが現実っていう保証はないけど。

 やっぱりものすごく夢じゃないかっていう気がしてきた。 


 ゲーム世界の女神に惚れられる夢を見る、俺って……


「ですから私にも、せめて約束を一つください……」


「や、約束って……」


 そう言うと、目の前に立っていた超絶美人が俺に抱きついてきた。

 女神とか夢とかどうでもいい、すごい別嬪さんで、すごいスタイルの女の人に抱き着かれてる。


 めっちゃいい匂い。

 夢って匂いするのか。


 どうでもいいか。


 「ですから」とかいうけどそれ俺関係ありませんよね、とか世界(ヴァル・ステイル)救うのにすごい協力的ですよね俺、とか夜とクレアに対してまずくないかこれとか全部吹っ飛ぶ。

 

 嘘です、夜とクレアに対する言い訳考えてます。

 いやこれ、後で知られたら拙い気がする。

 俺の妄想通りの夜とクレアの性格なら、間違いなくこれは拙い。


「これ以上は夜様とクレア様に対して卑怯すぎるので我慢します」


 動揺した俺に満足したのか、泣き笑いの表情で腕の中から俺を見上げてくる。そのまま俺の背中に手を回し、力を込めながら胸があたってるあたってる。


 暖かい何かが、俺の中に流れ込んでくるような感覚。


「今からお送りします。でも約束をしてください。きっと、世界からいなくなっている私を――」


 とびっきりの笑顔でそうつぶやくと、俺の視界は金色で埋まった。


「――探し出して」

 







 合わせ鏡の世界。

 鏡の向こうにはゲームを終えた瞬間と同じ格好をした、やたら()()()な俺のプレイヤーキャラである「シン」が、こっちを驚いた表情で見つめている。俺も似たような表情だと思う。


 リリン。


 鈴の音が聞こえると、向かい合ったお互いの左目から女神アストレイア様の色である金の光がお互いの右目に向かって伸びてくる。


 繋がった。


 その瞬間、お互いの視界を突然共有する。


 同時に相手の記憶が俺へ、すごい勢いで流れこんでくると同時に身体がお互いにとっての「鏡」に向かって引き寄せられ始める。


 「鏡」は「個」の境界線か。そんな知識があるわけじゃないのに漠然とそう思う。


 記憶がまじりあって、俺とシン、お互いの視界に映る姿のどっちが自分かわからなくなりつつ、一つになってゆく意識が相反した思考を生む。

 

『やっぱシン若っかいなあ……』


『ああ、これ「三位一体(  トリニティ)」発動中と似てるなあ。夜とクレアともこんな風に一つになれたりするのかな』


 引き寄せられた体が境界線に触れる。限界いっぱいまでお互いの視界に広がった俺とシンが境界線を越えた瞬間、記憶は完全に混ざり合い、意識が統一されたことを理解する。


 鍛えてない身体ですいません。そのうえおっさんですいません。


 そんな思考を最後に、()は意識を手放した。

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