第75話 強敵との戦い方
ギィン! という鈍い剣撃を残し、神竜が蜻蛉を切って距離を取る。
「天月迷宮」最終ステージである「搭」、その入り口を守護する中ボス「自己像幻視義体」と絶賛対戦中である。
RPGではお約束と言っていい「自分の能力をコピーする敵」を、機械的に再現した相手が「自己像幻視義体」だ。
素体が機械系の敵であり、相手を模倣していない状況でも充分強い。
その上、己の使うスキルや術式をほぼ同レベルで使用されるので、レベル的に格上の場合かなりの難敵である。
何よりHPが一定を切り「狂乱」モードに入ると、複数の能力をコピーした上、通常時よりもずっと速いサイクルでそれを連発してくるという点が厄介だ。
うまい削りと、最後の畳み掛けが何より重要な敵なのだ。
適正レベルでそこをしくじれば、最悪敗北もあり得る相手である。
レベルが一定を越えると、「強い」以上の魔物と戦う際に一対一というのは現実的ではなくなる。
今のようにボス系ではなくても、味方多数 対 敵単体を前提にしなければ勝利は覚束なくなる。
逆に言えば「同じくらいの強さ」の敵以下であれば、対多数の強力な技を使えば無双可能なので、プレイヤーによって育成を結構好きなように出来るのも、「F.D.O」の人気を支える一つの柱だった。
同格以下の魔物を無双で大量に倒す事を好むプレイヤーは、基本ソロで独立型戦闘空間で延々と育成を行う。
俺はどちらかと言えばこのタイプだった。
安全に、爽快に、確実に育成可能だ。
一方、仲間との協力によって強敵を倒すことを好むプレイヤーは、オープンフィールドの「強い」魔物をうまく「釣って」――敵対意志共有する魔物をその範囲から単体でうまく誘い出すことをそう呼んでた――パーティーメンバー全員で連携して倒すことによって育成を行う。
――連携して倒すと言えば聞こえはいいけど、あれ集団で袋叩きにしてるだけだよな、実際は。
「効率」だけで語るのであれば、六人フルパーティーで「強い」以上の魔物を高速で狩れれば、ソロまたはパーティーで同格以下に無双するよりも、相当高効率で育成可能だ。
上級者ともなれば「とても強い」魔物や「とてもとても強い」魔物を狩ることも可能になる。
最高効率を愛してやまない、それこそが「爽快」なのだと言い切って揺るがない一部の方々。
多少非効率だが、安全で気持ちいい爽快感など「温い」と断ずる兵。
俗に「廃人」と呼ばれる人たちは、ほぼ固定のパーティーを組み、物凄い勢いで各ジョブを育成する事を好んだ。
新ジョブ実装後などは、低レベル帯からカンスト域まで、効率のいい魔物がいるフィールドは混雑したりもしていたものだ。
「釣り合戦」なども発生し、「我々の獲物を取っていくパーティーがいる」という主張をする側と、「我々の獲物なんてオープンフィールドにはいない。悔しければ俺達よりはやく釣れ」と主張をする側が、ゲーム内どころかネット上でも争うのは日常茶飯事であった。
「強い」以上の魔物を一定時間以内に連続で倒せば、「連続撃破特典」が付く為、こう言った争いはよく発生していた。
何のために独立型戦闘空間があるんだと、個人的には首を傾げたものだ。
だが「連続撃破特典」を切ることなく、交互に「休憩」すらこなして狩り続ける上級者の連続狩りは、傍から見ていても芸術的なレベルまで昇華されていた。
しかしゲームではなく、現実となれば事情は変わってくる。
「同じくらいの強さ」以下の魔物を無双して倒すのは、当然リスクが少ない。
多数に囲まれてもなんとかしやすいし、常にギリギリで戦っている訳ではないからだ。
翻って「強い」以上の魔物を対象とした狩りは、言うまでもなくリスクが高い。
六人フルパーティーであるとはいえ、「連続撃破特典」を狙えば常にギリギリの戦いを強いられる。
連携が乱れればそこから崩壊する可能性も高いし、盾役が魔物のターゲットを維持できなければ、防御力に劣る術式職などが各個撃破されかねない。
現実となった事で物理的な攻撃はターゲットが誰に向いていても防げるが、術式系攻撃はゲームと変わらずターゲットへ向かうからだ。
何よりも、「釣り」ミス一発でパーティーが崩壊するという危険を常にはらんでいる。
基本「釣り狩り」は安全地帯で行うが、釣りの最中に好戦的魔物に絡まれることも充分にあり得る。
その魔物がパーティーの対処能力を超えていれば、それで全滅だ。
ゲームであれば笑い話で済むが、現実ではそうもいかない。
「強さは?」「とら」とか洒落にならない。
「おk」と答えたら死者が出る。
とはいえこの世界で、ゲームである「F.D.O」を知るのは本質的には俺だけだし、再建された冒険者ギルドの「冒険者」達はパーティーで「同じくらいの強さ」以下の魔物を狩ることを徹底しているため、そのような光景を見る機会はなかった。
だがここに至るまでに、「釣りミス」の最たるものを経験する事になった。
よく大事に至らなかったものだ。
最終ステージとなる「月の搭」に続く大通りには、好戦的魔物である「大型守護人形」が複数起動していた。
幸か不幸か「名前付」は湧出していなかったので、「天空城騎士団」で狩ることを提案してみたのだ。
今戦っている中ボス以降、クリアまでの「月の搭」の魔物はすべてパーティー対ボスの戦いになる事だし、パーティー連携のいい練習にもなると思っての判断だ。
その際に「釣り」についても説明した。
未だ「冒険者ギルド」の冒険者たちが相手にするのは、非好戦的魔物がほとんどであったし、「天空城騎士団」のメンバーも皇都ハルモニア地下の迷宮――基本的に敵対意志共有する魔物配置が存在しない――での育成ばかりだったので、初めての体験と相成ったのだ。
万一の事態になっても俺達がいるから大事にはならないと考えていた。
湧出している「大型守護人形」がすべて敵対意志共有したとしても瞬殺できるからだ。
「成程合理的です」
「宿者の方々はいろいろ考え付くものですわね」
「私は正直ちょっと怖いです、その役」
「やはりここは男である私がやるべきですかね」
「いや、遠隔攻撃スキルを持ち、耐久力も敏捷度も高い我が適役ではないかな?」
との会話から、神竜が釣り役をすることになった。
本来であれば、好戦的魔物にも絡まれない召喚獣である「天を喰らう鳳」を駆使できるフィオナがもっとも適役ではあるのだが、ここでは他に好戦的魔物もいない。
であれば神竜が適役というのも間違ってはいないので、パーティーの決定に口を出すことは控えた。
そうして信じて送り出した神竜が泣き顔、全数敵対意志共有状態で戻ってくるなんて。
「シン殿、死ぬ。だめ、我死ぬ。次喰らったら死ぬ」
うん、自分よりレベルが上の魔物八体に敵対意志共有されたらさすがの神竜でも死ぬよね。
血の気が引いた。
どうやったらあの状態で釣り損ねるんだ。
最悪でも二体引っかけるくらいだと思ってたから、信じて送り出したのに。
ついていけばよかった。
というかミスったらその時点で報告してくれ、神竜。
めちゃくちゃ慌てたせいで、俺と夜とクレアが最大技で消し飛ばした。
完全にオーバーキルだ。
神竜は「釣り」の概念は理解していたが、「釣り方」をよく理解できていなかったらしく、何を思ったのか釣りに使った遠隔攻撃スキルが範囲攻撃。
めでたくその場に居た「大型守護人形」全てを引き連れての帰還となった訳だ。
意外とお前もポンコツなのか、神竜。
遠い昔、夜もクレアも似たようなことをやらかした記憶が……
いや、やらかしたのは「俺」なんだが。
「我は釣り怖い。もういい。――あと巻き込みそうになってごめんなさい」
膝を抱えて隅っこで震えながら、クレアの回復術式を受けている。
レベルに関係なく圧倒的なHP量を持つ神竜だからこそ助かったと言えるだろう。
要らんトラウマが神竜に生まれてしまった。
というかあんなに慌てた神竜初めて観た。
そりゃそうか。
世界の始まりから生きていて、死にかけたのは初めてだろうし。
慌てて本体召喚とかやらかさなくて本当に助かった。
巨躯が仇になって、全弾喰らって瞬殺されてた可能性もあるもんな。
「釣り狩り」で一番怖いのが、この釣りミスから発生する敵対意志共有だ。
現実世界では「エリア逃げ」なども使えないから、やらかせば一発でアウト。
やっぱり無難に無双狩りするのが一番だなこれは。
「天空城騎士団」の他の団員も完全に腰が引けていた。
まあ無理することはないし、現実となったこの世界でする育成スタイルでもないということだろう。
安全第一で行こう。
パーティー連携の練習は出現数が確定していて、敵対意志共有の発生しない「迷宮ボス」ですればいいという結論になった。
「フィールドボス」だと、「アルク・ガルフ」と「ガルフ」の様に敵対意志共有するのもいるしね。
で、今に至るというわけだが、さて。
「自己像幻視義体」は難敵だが、レベル的には倒すことは十分可能、というよりはこれくらいは倒せないと困るレベルだ。
五対一で倒せないというのであれば、それは連携がなっていないという事になる。
だが今のところ、上手く立ち回っていると言っていいだろう。
アラン騎士団長と、神竜、ヨーコさんがターゲットを上手くまわしている。
「自己像幻視義体」が持つ最大技は、現在ターゲットしている対象と同じものになるので、大技が出るタイミングでフィオナの「天を喰らう鳳」が最強単体攻撃スキルでターゲットを取り、その攻撃で反撃を自身に受けて消滅する。
次の大技までにフィオナが再召喚する流れだ。
それまでの攻撃は三人がターゲットを回し、シルリアの回復術で完全回復可能な程度のダメージに抑える。
メイン盾としてアラン騎士団長にターゲットを固定していては、万が一飽和攻撃を喰らってアラン騎士団長が沈む虞がある。
「安全」を第一に立ち回る「天空城騎士団」の団員たちには、安定感がある。
だが問題はここからだ。
うまく敵を削り、いいところまで持ってきている。
これ以上ダメージを与えれば、「自己像幻視義体」はHPの減った時に発動する「狂乱」モードへシフトする。
定石であれば、そこへ入るギリギリ手前から、一気に削りきる。
今ちょうど「自己像幻視義体」のHPはその域へ入る直前だ。
どうやらみんなそれは理解しているようで、攻撃の流れを今までと変えつつある。
ここからの連携で一気に沈めるつもりなのだろう。
相手を狂乱モードに入らせないよう、被ダメージ硬直を発生させる大技を繋いで、倒しきる計画だ。
削り切れ無ければ、敵の狂乱モードで自分たちの最強技を返されるリスクはある。
その上自分たちは大技直後の長期硬直で躱し辛い上、ターゲット固定もとっ散らかっているだろうから、守りにくい。
ヘタすれば削りきれないところからの壊滅もあり得る。
万が一に備えて、俺達も介入態勢に入るが、まあ大丈夫だろう。
現時点で俺達を除いて人類最強の戦力、その連携を見せてもらおう。




