第74話 月の迷宮
「天月迷宮」に到着した俺達は、予定通り2パーティーに分かれて突入する。
先行で入るのは神竜をリーダーとした、ヨーコさん、フィオナ、ハ……アラン騎士団長、シルリアの五名パーティー。
少し遅れて、俺、夜、クレアの三人パーティーが突入する。
独立型戦闘空間という、ゲームである「F.D.O」では同じ空間に2パーティーが侵入できない事こそが売りだった「天月迷宮」だが、現実である世界では、問題なく別パーティーとして侵入する事が出来た。
広大な地下空間である「天月迷宮」で、侵入してまずする事は、「逸失技術」の塊である古代遺跡、ジオフロントへ到達する事だ。
入り口は地下世界の「屋根」にあたる部分に在るため、まず落ち着いて地に足をつけられる位置に辿り着くことが最優先。
迷宮の入り口からジオフロントへ向けて伸びる狭い回廊では、戦闘機動もままならない。
いや空中機動すればいいだけなんだが、数百メートルというか、これくらいの高度が実は一番怖く感じる。
いっそ成層圏まで行ってしまうか、先のヨーコさんとの模擬戦規模なら恐怖もないんだけどな。
しかし相変わらず美しい迷宮だ。
植物に覆われ、朽ちている古代遺跡でありながら、魔力結晶が放つ光に照らされるその造形は幻想的な印象を与える。
健在時は大規模な都市であったことを窺わせる巨大建造物と整備された区画、元公園や湖であったと思われる跡地や、未だ中空に浮きつづけるいくつもの台地からは綺麗な水が流れ落ちている。
魔物として出現する機械型の敵たちは、住民が消えてしまったこのジオフロントを、今なお守る存在なのだろう。
「システム」の存在を知ってから、改めて「天月迷宮」を訪れた今、この地は世界が生まれる前に存在した「別の世界」から、その美しさのあまり残されたのではと思ってしまう。
いや、事実そうなのかもしれない。
世界に残された、「逸失技術」や「古代術式」などは、そう理解したほうがしっくり来る気がする。
「堕神化」してからは一括りに「旧神」と称されている神々の中にも、ゲームであった「F.D.O」時代から「旧神」と呼ばれていた存在も居た。
一度「世界」を無に帰そうとしたシステムが、「世界の神々」を「旧神」と呼ぶという事は――
――従来より「旧神」と呼ばれていた神は、あるいは「前の世界」の神様だったのかもしれない。
そう言えば神竜は、「F.D.O」では「旧神」と呼称されていた。
人型を基本とする「世界の神々」の中で唯一、竜身の神だし。
羽生えてたり、角生えてたりする神様はたくさんいるけど、明確に人型じゃないのは神竜だけだ。
いや「魔族側」には結構いたか、神様ではなかったけれど。
「前の世界」の物としか思えない「天月迷宮」
従来より「旧神」と称されていた神竜。
神竜との戦いより先に、この地で手に入れることをダリューンが勧めてきた「力」
――まさかな。
ちらりと先行パーティーのリーダーである神竜の「分体」の様子を窺う。
仮面を付けているし、その表情を窺うことはできない。
なつかしそうにしてるとか、そんな空気を読むスキルはもともと持ってないしなあ。
ロリ専門家であるアラン騎士団長であれば、その機微にも気付くことが可能なんだろうか。
そのアラン騎士団長は、先行パーティー唯一の盾役として先頭で回廊を下っている。
上限の六名には一人足りないが、先行パーティーはかなりバランスがいい。
「強化術式」、「弱体術式」に特化された職が居ないが、残り一枠に加えれば固定パーティーとして安定したいいパーティーになるだろう。
いや神竜いる時点で反則級なのは確かなんだが。
もしくは「強化術式」、「弱体術式」の代替可能な敵のスキルを使いこなす「奪術士」を入れるのもいいかもしれない。
支援スキル、術式系に特化した「奪術士」はかなり助かるんだよな。
地味だから進んでやりたがるプレイヤーはいなかったけど、パーティーに一人いると全体の戦力が相当に強化される。
ユリア・リファレス嬢を「天空城騎士団」に誘ってみようか。
とはいえ現「天空城騎士団」パーティーもそうそう後れを取る構成ではない。
メイン盾、「正騎士」アラン騎士団長。
――これで勝つるとは思わないが。
物理、術式両面でのダメージディーラー、「格闘」と「氷術式」を使いこなす「二重職マスター」ヨーコさん。
両義四象の一角「天を喰らう鳳」による、サブ盾兼、止め時に大技でダイレクトダメージを担う「六喰召喚士」フィオナ。
回復術式とユニーク支援術式をもつNPC限定レアジョブ「姫騎士」によって、パーティーの回復役を担うシルリア。
基本万能であり、ボス系を一気に畳み掛けるのに必要となる、瞬間火力に優れた強力な攻撃スキルを持つ神竜。
確かにこれに支援特化した「奪術士」が居れば、俺、夜、クレアのパーティーと二枚看板で行けるかもしれない。
自分が強くなるのも楽しいけど、自分が思う理想的なパーティー組んで高効率で育成とかめちゃくちゃ楽しいな。
ちゃんと一人一人と確認取った上で「聖餐」を使用し、「俺の考えた最強パーティー」を作ってみたい。
俺達を除いた現「天空城騎士団」メンバープラス一名か。
武闘大会までに真剣に考えてみよう。
今はこの「天月迷宮」の攻略だ。
「爽快感」を売りにしているだけあって、「天月迷宮」の序盤は大量の雑魚魔物が発生する。
空中に浮遊する機械系の魔物、哨戒装置が相当数、接近してきている。
回避するのは不可能で、こいつと接敵した時点で「天月迷宮」全体が警戒モードに移行する。
ジオフロントに到達したら、「天空城」にもいた「守護人形」系の魔物が起動していて、大通りの両脇から出てくるんだよな。
たまに湧出する「名前付」が含まれていたら、今の先行パーティーのレベルではちょっときついかもしれない。
注意しておこう。
だが今、大量に湧出した哨戒装置であれば問題ないだろう。
「私が行きます」
最前線に居るアラン騎士団長が宣言して抜刀する。
今の俺達のレベルから見たら雑魚だが、アラン騎士団長から見れば「ちょうどいい相手です」くらいか。
バックアップに俺達が居ることも勘案して、序盤は全開で押しとおる方針みたいだな。
各々が大技で敵を殲滅しつつ進むという選択だ。
俺、夜、クレアという、身も蓋もない言い方をすれば急速魔力回復装置がくっついている以上、いい判断だと言えるだろう。
抜刀された「之定」――和泉守兼定の刀身が朧に霞む。
Lv54の「正騎士」が到達できる刀スキル上限値で発動可能となる、ユニーク武器「之定」固有の対多数攻撃スキル、「三十六歌仙」だ。
ジョブが「侍」であればLv40台でも発動可能となる、かなり強力な技である。
アラン騎士団長の背後に三十六の掛軸が浮かび、一つ一つに墨で違う人物が描かれている。
その三十六の掛軸それぞれを中心に、無数の「倭謌」が記された加留多が浮かび、その内の「上の句」が記された加留多が哨戒装置に自動追尾で着弾する。
その時点では何も起こらない。
「――詠え、三十六歌仙」
アラン騎士団長の言葉とともに、「上の句」を記された加留多が己に記された「上の句」を謳い、呪印のようにその文字が哨戒装置の上に浮かぶ。
それを受けてアラン騎士団長の背後に浮かぶ「下の句」を記された加留多も自身に記された「下の句」を謳い、呪印のように文字を浮かべる。
重なって聞こえる「倭謌」を全て判別することはできないが、全て雷、稲妻、雨を詠んだ「倭謌」のようだ。
――!
無音でアラン騎士団長が、朧と霞んだ「之定」の刀身を振りぬく。
その瞬間、背後の「下の句」を記された加留多が、全て斬られたかのごとく二つに分かれ、雷に撃たれて虚空に消え去る。
それと同時、まさに攻撃に入ろうとしていた上の句を呪文のように浮かべていた哨戒装置も全て、「下の句」の加留多と同じように雷に撃たれ、全滅する。
アラン騎士団長が納刀するのに合わせて、三十六歌仙が描かれた掛軸も虚空へと消える。
「之定」――和泉守兼定固有攻撃スキル「三十六歌仙」
三十六人撰にある三十六人の歌仙が詠んだ「倭謌」から、敵の弱点属性を詠んだものを自動抽出し、三十六歌仙が詠んだ数まではどれだけ敵がいようが必中させる大技だ。
中位レベルの武器で「之定」が頭二つ位抜けた評価を得ているのは、この技を使用可能になるというところが大きい。
しかし和風スキルって、エフェクトも含めてカッコいいなやっぱり。
「術式格闘士」から鞍替えする気はないけど、たまには「侍」をやってみたくもなる。
この世界の人に「和風」なんてわからない筈なんだけど、夜は和服を好むしな。
ゲームである「F.D.O」時代は出てこなかったけど、お約束と言っていい「東の国」とかもあるんだろうか。
落ちついたら「天空城」で探してみよう。
「ああ、ダメです、一発で魔力切れです。シン様補充お願いできますか」
男である自分が夜やクレアに頼んでも無視されることをよく理解している。
まあ方向としては、それぞれが接敵するたびに大技ぶっぱしていく流れだから補給するのに否やはない。
「カッコいいよな、アラン騎士団長。「天空城騎士団」の洋風正装と刀の組み合わせはやっぱ浪漫だよな。そりゃあこんなのを模擬戦で使っていれば、御令嬢の一人や二人には惚れられるのもわかります。主にフィリアーナ公爵令嬢とか」
魔力を補給しながらちょっとした嫌言を投げつける。
ロリコンのくせに、儚げお嬢様系の正統派美女に惚れられるとは、これが弄らずにいられようか。
まあ髪も生えたし、かっこいい男であることは否定しないけどさ。
「や、何を仰るんですかシン様。私はフィリアーナとはまだ何も……」
愚かな。
失言だぞアラン騎士団長。
「呼び捨て」
「ま、だ、なにも、ですか。私もいつかそんな風にシン様に言ってもらえるのかしら」
ほうら主筋の二人がさっそく喰いついた。
苦しむがよい、君はいい友人だが敵でもあるのでな。ははは。
いや、フィオナの発言はいいとして、シルリアの発言で要らん返り血を浴びた気がする。
夜とクレアのジト目がなぜ俺に向くのか。
解せぬ。
しかし魔力の消費を気にしないのであれば、途中くらいまではかなり余裕見ていけそうだな。
本来であればひっきりなしに戦い続けるような独立型戦闘空間なんだが、さっきの様に湧出即全滅させていればどうしても間があく。
中盤以降はそうもいかないだろうけど。
「――詠え、三十六歌仙」
「え、あ、きこえてました、か……」
ヨーコさんがぼそりと呟く。
うん、呟いた程度だったもんなあ、アラン騎士団長。
でも俺も含めてみんな耳良いんだよ。
でもそこはスルーしてあげようよヨーコさん。
駄目?
俺でも似たようなことは口走ると思うし、この後自分たちが大技だした時に自分の首絞めることにならない?
え? ならない?
そういう事言いたがるのは男だけなのか。
夜とクレアが笑いを堪えている。
よし俺は技名を封印することを今ここに心に誓った。
クレアも俺の真似して叫んだりしてたのになあ。
まあこういうのは客観的に見るとつらいものではあるからな。
「ん? なぜじゃ。なぜアラン殿が笑われておる。術式詠唱は必要なものであろうに。我も「古代術式」や「竜言語術式」を行使する際には大仰な詠唱を行うぞ? は? 別に要らぬ文言? ではなぜ唱えたのだ。独り言か? 率直に聞くが大丈夫かアラン殿」
神竜……
情けってものはないのか、お前には。
ああ、アラン騎士団長が知り合ってから今までで一番萎れている。
大丈夫だ、俺は味方だ。
俺もお気に入りの大技だすときは、技名くらい呟くもの。
――さすがにオリジナルの行使文言考えたりはしないけど。
女性陣にはこう言うオトコゴコロって伝わらないのかなあ。
さすがに気の毒になって、肩に手を置く。
「大丈夫です、俺には分かる」
「……シン様」
落ち込んでてもしょうがない、サクサク攻略を進めよう。
次は神竜が「本当に詠唱が必要な術式」を披露してくれるそうだ。
容赦ねえな。
この調子ならジオフロント到着から、野外ステージは一気に走破できるだろう。
ボス戦にまで至る「天月搭」に突入してからの中ボス連戦なんかはうまく釣らないと厳しいだろうけど、後は何とかなりそうかな。
「名前付」が湧出していたら、間違いなく「とてもとても強そうだ」のはずだから、そこは俺達がやるしかない。
この迷宮であれば、ボスが「名前付」化していても、当時のカンスト三人で何とかなったし、今の上限解除状態なら問題はないだろう。
しかしこれ、クリアする頃には「天空城騎士団」相当強化されてるな。
この後のアイテムドロップ次第ではしばらく籠るのもありかもしれない。
さっきの哨戒装置がドロップしたアイテムも、ゲーム時代には見たことのない「天空城」にぶち込む系の物だったし、「名前付」を一通り狩るのはできるならばやっておきたい。
ここの「名前付」ボスのレアドロップは相当いいものだったし、「天月迷宮」のクリア報酬次第ではそれも考慮しよう。
「天空城騎士団」の団員には、初期ジョブははやく99して欲しいしな。
一周目で脅威度を測れたら、二周目からはフォローパーティー二人で、俺、夜、クレアの内誰かのサブジョブを上げるのもいいかもしれない。
回廊が終わって、ジオフロントに到着する。
まずは一周目を確実に終わらせよう。




