第73話 戦後処理
「天月迷宮」は天空にある、というよりそこに浮かぶ月そのものが迷宮となっている。
ゲームである「F.D.O」において、「天月迷宮」は「天空城」を入手できたプレイヤーへの報酬と言ってもよかった。
迷宮と名付けられてはいるが、月の広大な地下空間を走破し、最奥でボスを倒すという強襲型の独立型戦闘空間と言った方が正しい。
アクション操作による爽快感の部分に特化しており、幻想的な広大な地下空間を縦横に駆使し、ジョブによっては空中戦と言ってもいいような戦闘も行える。
敵のレベルはエンドコンテンツだけあって高めだが、機械型の敵ばかりであり、属性特化構成にすればそう難易度の高いものではない。
ある程度要求されるプレイヤースキルさえ身に付けていれば、かなりの「無双感」を味わえる、かなり人気のある迷宮であった。
人気が出たのは爽快感やそれなりの経験値効率もあるが、大規模な独立型戦闘空間であるためかなり凝った舞台の構築が可能であった事と、クリア報酬が魅力的だったことも大きい。
情報が出回ってからは、「天月迷宮」に潜りたいがために「天空城」入手に奔走したプレイヤーも多かった。
「天月迷宮」は強襲型であるため転移装置が存在せず、かなりの長丁場になるが一気に駆け抜ける種類の独立型戦闘空間だ。
つまり毎回誰かに連れて行ってもらうという例外はあるが、「天空城」がなければ「天月迷宮」に辿り着くことが不可能になるため、その入手に必死になった。
情報が出回るのが遅く、「別に今更移動型拠点なんていらないや」と判断していた層が入手し損ねたりと、いろいろ問題も発生していた。
結構手の込んだイベントだったから、出遅れるときつかったんだよな「天空城」入手。
珍しく情報後出しした「運営」がかなり叩かれていた。
今「天空城」は、ダリューンの示した道標に素直に従い、その「天月迷宮」を目指している。
もうしばらくすれば到着するはずだ。
月に見えるけど、大気圏内に浮いてるんだよなあ、「天月迷宮」
ブリアレオスには、ナタリア嬢に逢いに行ってもらった。
ブリアレオス自身には、「茨の冠」に「保護」されていた期間の記憶はないが、俺がいったん「群体化」で、「茨の冠」から解放した際に得た情報を伝えると、力になりたいと向こうから申し出てくれた。
自分の力を、民のために使い続けてくれたグレイリット家に感謝し、報いたいと。
強大な戦力を持ったままノンプレイヤーキャラクターと化したブリアレオスと、ナタリア嬢が今後どうなるかは本人たち次第だ。
うちの女性陣は興味津々みたいだが、さすがに余計なことは言わなかった。
後日、間違いなくナタリア嬢を含んだ「女子会」とやらが、ヨーコさん主導で行われるだろうが。
「天空城」で眠っている「宿者」達のノンプレイヤーキャラクター化は後回しにさせてもらった。
結構な人数が居るし、まずは「天月迷宮」攻略を優先させる事にしたのだ。
妙にひきつった表情のアデル――ソテル老は補佐に引き、今後アデルが「世界会議」代表となるという――から、今回のグレイリット辺境領討伐に際しての情報不足と連絡不備を謝罪されたが、まあルールに沿って対処してくれとだけ伝えた。
そのために故郷を吹き飛ばされた上、逆賊として歴史に残されるナタリア・グレイリット辺境伯とその配下、領民にとってはたまったものではないだろうが、「世界会議」も可能な限りの補償は行うそうだ。
俺としても「一罰百戒」に利用させてもらうからには、出来る限りの事はしようと思っている。
ナタリア嬢と領民たちが納得するなら、構想している「天空都市」の初代市民になってもらう心積もりだ。
もちろんそれまでの暮らしで不自由させるつもりもない。
しかしアデルが「映像窓」で妙に緊張して報告しているが、夜、クレア、フィオナ、神竜の四人は「映像窓」を一切見ない。
反してアデルはちらちらと、特に夜とクレアの表情を窺っているようだ。
何かやらかしたのは確実だと思っていたが、相当きつめに行ったなこれは。
飄々としたイメージだったソテル老も、結構懐いてくれていたアデルも、細心の注意を払って俺に口をきいている感じだ。
俺を恐れているというより、俺に対する態度を夜とクレアに見咎められるのが怖いんだな。
うん、千年前にはよくあった光景。
後日、過剰な警戒を解くのは俺の仕事だな。
「夜」
「何もやってません。ですよねクレア?」
「もちろんですわ、そうですわねフィオナ?」
ああ、咎めの声に聞こえたのか。
ただ単に到着予測時間を訊きたかったんだけど。
「妾に振りますか! ……そういう事にしておいてくれませんか、シン兄様」
「これもう隠しておく意味ないと思うんじゃがな。そもそもシン殿は夜殿を呼んだだけでは」
フィオナと神竜の言葉に、夜とクレアの膝が少し落ちる。
ほんと隠し事下手だよな、夜とクレア。
「隠し事がある」という事を隠せたためしがない。
まあ無理に言わせることもないだろう。
「……なんでしょうシン君」
「うん、あとどれくらいで着く?」
「……まだ一時間近くは必要ですね。高度は問題ないんですけど、今の「天空城」との位置関係だと「月」を追っかけないといけませんので、最大戦速でそれくらいはかかるかと」
世界の上空を移動している「月」に追いつく必要があるため、それなりに時間はまだかかるようだ。
必要な高度に達するだけならあっという間のはずだもんな。
もともとの相対距離も結構あったのかもしれない。
『シン様、「グレイリット辺境領の反乱」については以上ですが、もう一つ重要なご報告が』
いつものような俺達のやり取りにほっとした表情を浮かべていたアデルが、追加報告があると言う。
態度から察するに、夜とクレアの、相当に「怖いところ」を見せられたんだなあ、あれ。
そのあとにこういう馬鹿な会話聞くと安心するのはよくわかる。
「なんかあった?」
『はい、夜様、クレ……いえなんでもございません。今回の「反乱」についての「会議」が一段落した際、忽然と「魔獣遣い」、ガル・ギェレク様が見えられまして』
今、夜とクレアが帰った後って言いかけたな、アデル。
気をつけろよ、「秘密です」とか言われてるのを破ったらえらい目にあうぞ。
安心したのは解るけど、油断は禁物だアデル。
にしても相変わらずだな、あの人も。
「世界会議」と言ったところで、あの人クラスが本気になれば「会議」のその場に直接乗りこまれることを阻むのは不可能だ。
「天空城」ですら警戒態勢でなければ怪しいかもしれない。
その前に夜、クレア、フィオナ、神竜が乗り込んでたっぽいし、相当混乱しただろうな。
アデルも大変だ。
「大侵攻の時助けてくれたこと、ちゃんと御礼言っといてくれた?」
助けられた当人であるアラン騎士団長が背筋を伸ばす。
「戦える人」にとってガルさんはかっこいいよね、解るわ。
『そこはきちんと。金貨などの謝礼も、普通に受け取ってくださいました』
あの人呑むからなあ。
それに三体の大喰らいを養わなければならないし。
ヨーコさんの目はかいくぐれないだろうけど、意外と「冒険者ギルド」に所属して稼いでいたって不思議ではない人だ。
「それで?」
『はい、シン様がお戻りになるまでお待ちくださるようお願いしたのですが、「かったるい」と。そして伝言を残してまた忽然と消えてしまわれました』
たぶん皇都ハルモニアの、いい酒場か旨い食事処に行けばいると思うぞ。
あの人の好み、というより都会に出てきてはしゃぐシロヒメあたりに我が侭言われて、高級宿屋である「金の鬣亭」あたりに泊まってそうだ。
『伝言の内容は次のように仰っておられました。「シン、武闘大会しようぜ。参加制限なしのパーティー戦な。細かいルールとか準備はそっちに任せるから、近いうちにたのまあ。俺ぁお前ぇ達の告知が届かないとこに居るような「異能者」の連中に、片っ端から声かけて来るからよ」と』
アデルなんでそんな声真似上手いの?
本人みたいでびっくりしたわ。
しかしまあ、こっちから釣る前に提案に来ましたか。
昔っから俺達と戦うのが好きな人だったし、今は新戦力として神竜が入っていることも把握しているだろう。
それになんかアラン騎士団長を気に入ってるみたいだし。
あの人が「かっこいいじゃねえか」なんて言うなんてびっくりした。
そうなんだよな、この新生アラン騎士団長、結構やるんだよ。
ロリコンのくせに。
もちろん目的はそれだけではないんだろうけれど。
「異能者」が一堂に会し、「武闘大会」か。
ガルさん達の思惑もあるんだろうし、ダリューンや「堕神群」がちょっかいかけて来るのにも、いい機会になるだろう。
「浮島」の一つを利用して、市井の人々には映像で提供する形を取れば万が一の場合でも安全かな。
それでも「我が目で見たい」っていう人たちも多発するんだろうなあ。
まあそういう大変なことはアデルに任せてしまおう。
「うん、いいんじゃないかな。安全面も含めて立案は一任する。ルールは唯一、パーティー戦であることと、不殺の徹底でいいだろう。草案出来上がったら一度目を通すから、アデルお願い」
『――いいのですか?』
あっさり承認したことが意外だったのか、珍しく再度確認の言葉が来た。
常であれば即了承するのがアデルのスタイルだ。
「意外? まあガルさんにももちろん思惑あるんだろうけど……いやもしかしたら俺達とか神竜と戦いたいだけかもしれないけど……安全確保した上で、のるのもありなんじゃないかな?」
準備に時間をかけることも重要だが、動きがあればのっていくことも大事だ。
特にヨーコさんとフィオナを除いて、真意の見えない「異能者」達の動向を把握しておくのは重要なことだ。
「システム」「堕神群」「ダリューン」「異能者」
いろんな思惑が混ざり合っているのは確かだろうが、可能であればまず顔を合わせるのも一つの手段だ。
「武闘大会」という趣向も嫌いではないし。
『承知いたしました。可及的速やかに草案をまとめ、決済をいただきます』
「たのむー」
「また派手なことを承認しましたね、シン様。しかしパーティー戦となれば上限は六名。シン様、夜様、クレア様、神竜様は確定として後二枠。どのようにお決めになるおつもりで? 私は身体を要求されれば応える覚悟ですが」
いつも通り馬鹿なことを言いつつ、ヨーコさんの目は結構本気だ。
「戦える人」にとって、最強パーティーに属するのは重要なことなのだろう。
武闘大会の形としては、優勝者と戦うというものにしてもいいがそれではつまらない。
俺達も一参加者として予選から参加しようと思っている。
「天空城騎士団」に所属している以上、俺達のパーティーから外れていれば「落とされた」と見做されかねない。
ヨーコさん、フィオナ、アラン騎士団長、シルリアが真剣な表情で俺を見ている。
全員参加する気満々なのな。
アラン騎士団長の「正騎士」も、シルリアの「姫騎士」も、レベルはすでに50は超えている。
「異能者」であるヨーコさんとフィオナ相手であっても、そう簡単に後れを取るものではないだろう。
そう見做しているからこそ、ヨーコさんも先の発言をしたのだ。
普通に考えれば異能者であるヨーコさんとフィオナで決まりだもんな。
「まあまだ時間はあるだろうし、今決めなくてもいいんじゃないかな? レベル差も埋めなきゃならないし、その辺は後日で。今日は「天月迷宮」攻略に集中しよう」
「そうですね、シン様の「聖餐」を受ければ、私でもフィオナ姉さまやヨーコ様に並べるかもしれませんし」
結構本気なんだなシルリア。
確かにNPC専用のレアジョブである「姫騎士」を軸として、上位ジョブを揃えてスキルカスタマイズ、スキルコネクトを行えば相当の戦闘力にはなるはずだ。
「そうですねえ、男としてはシン様以外すべて女性陣で最強パーティー名乗られるのも、世の男どもに対していい訳が立ちませんし、私も「聖餐」を受ける覚悟を決めましょうかね」
アラン騎士団長も、「正騎士」という上位ジョブをすでに持っているし、剣士系のジョブで固めれば頼りになる前衛になるだろう。
クレアと被るから要らないけど。
「妾は簡単に譲る気はないですよ、シルリア」
そんなこと思った直後であれだけど、アラン騎士団長もライバル視してあげて、フィオナ。
ロリからの厳しい言葉は直接刺さるんだからあの人。
まあ冗談はさておき、千年の想いはそうそう他者に譲れないだろう。
フィオナは千年前から、俺達と共に戦いたいとずっと言っていたのだ。
フィオナ外したら俺鬼だなあ。
二パーティーもありかなとか思ってたんだけど。
「私にも「異能者」としての意地はあります。実力で席を取れとシン様が言われるならそう致しましょう。よく考えれば色仕掛けであればみな同じことはできる訳ですし。――失敬、アラン騎士団長は無理ですね。シン様がホモォならば圧倒的優位ですが、心配は要らないでしょうし」
いやたとえホモォであってもアラン騎士団長は嫌だぞ俺は。
あ、私もですよという顔でこっち見やがったな。
そこはかとなく腹立たしいが、意見を同じくできたのは喜ばしいことだ。
……アデルくらい可愛かったら揺らいだりするのかな。
男の娘っていうのはよくわからんのだよなあ。
アデルが女装してたら、確かに似合うとは思うのだけど。
「……シン君、何考えてるんですか、今」
「……我が主?」
相変わらず、このあたりの勘は恐ろしいほどだな二人とも。
「なんでもない」
もうすぐ到着する「天月迷宮」はレベル50代にとってはかなり高効率の迷宮と言っていいだろう。
機械系に特化した装備をすれば、多少のレベル差は何とかなる。
終盤はちょっときついかもしれないが、今はいろんなルールは残ってはいても厳密に言えばゲームとは違う。
俺、夜、クレアで1パーティー。
神竜、ヨーコさん、フィオナ、アラン騎士団長、シルリアで1パーティー。
別々に入って、俺達のパーティーがフォローすれば相当効率的な育成が可能なはずだ。
独立型戦闘空間で別パーティーによるパワーレベリングとか、なんかすごいわくわくする。
「高効率」ってなんでこんな魅かれるんだろう。
朝まで延々とレベル上げするのとか、効率良いとそれだけで「脳汁」出たもんなあ。
最悪ボスは俺達のパーティーで屠ってもいい。
ダリューンの言う「シンの力になる物」を確認させてもらおう。




