第72話 道標
ダリューンの誘いを、「宿者」達は受けた。
正確には受けざるを得なかった、と言ったほうが良いか。
消える恐怖とは別に、自分の存在意義を疑いだした者達から順に、意識が虚ろになって行く者も出始めていたこともあった。
プレイヤーキャラクターとして生み出され、プレイヤーが宿っていない時のために、プレイヤーの趣味嗜好に沿って「創られた」と言ってもいい「宿者」の意識は、自分の存在意義に疑問を持てば「虚ろ」とならざるを得なかったのだろうか?
このへんもどうもしっくりこないが、ブリアレオスは事実だという。
ダリューンの語る「世界の謎」が本当か嘘かを確かめる手段は、当時の彼らにあるはずもない。
同じく今の俺達にもない。
だが彼らにとっては、自分たちが理不尽に消えずに済むという事を証明されれば、それで十分とも言えたのだ。
この世界を統括する「システム」の存在。
神々や「宿者」が消されたのは、そのシステムによって彼らの役目が終わり、不要な存在と判断されたからなのだと、ダリューンは語ったらしい。
ではなぜ一部の「宿者」――ブリアレオスをはじめとする「茨の冠」を受け入れた者達が消えずにすんだのか。
それはダリューンの味方に付いているという「堕神群」――やっぱりあいつらか――が「システム」を出し抜いたからだという。
元々「システム」はこの世界そのものを無に帰し、一から世界ではない世界を創ろうとしていた。
これは俺がアストレイア様から聞かされた話とも一致している。
彼女は「シン」に言ったのだ、「正しくこの瞬間、世界は存亡の分水嶺にあります」と。
彼女は「俺」に言ったのだ、「世界を存続させるため、あなたとシン様は合一して世界の楔となります」と。
俺とシンが、合一することによって世界を救うことが可能になるという話だったが、どうやらそれだけで世界が存続したわけではないらしい。
「堕神群」――元は神だった者たちが「システム」により神の座を追われたが、やられっぱなしではなく「システム」に一矢報いた。
たとえ神々とは言えど、「システム」の下位にある存在が、どうやって一矢報いる事が出来たのかはわからない。
あの胡散臭い偽ガー○イル、俺と同じく地球世界の「プレイヤー」が何らかの介入をしているのは間違いないだろう。
そういう「システムの外側」の介入なしで、この世界を統べていた「システム」を出し抜くことは不可能に思える。
「俺」もその一手だったのだろう。
いや、あの謎の男に言わせれば、俺こそが「特別」らしいが。
その結果として、消えずに済んだ「宿者」達は存在する。
では何が消えた者と、そうでない者をわけたのか。
「堕神群」が「システム」から隠すことに成功したものが消えずに済んだという事らしい。
どうやってかは不明だが、「堕神群」は「システム」の一部を確かに掌握している。
それは最初の堕神、神竜を解放した時のやり取りで解っている。
シンと同じように世界を救ったため「システム」に完全に掌握されていたり、表舞台に出て自ら「システム」に見つかった者は、消えざるを得なかった。
「堕神群」が「システム」を誤魔化すことにより消えずに済んでいたというのが、ダリューンが彼らに語った理由。
そしてそれを確実にするために「茨の冠」を持って現れたと言った。
「茨の冠」のデメリットは充分説明されたらしい。
自分の意志は封印される事、「茨の冠」を持つ者に「道具」の如く使われる事、信用できる人間に託すが、「シンの再臨」により解放されるまでの千年間には、ろくでもない持ち主が出る可能性も十分にある事。
驚いたことにダリューンは、千年後の俺の再臨を予言していたのだ。
まあメッセージキューブを託していたくらいだから当然か。
なにをもって「確信」したのかが不明だったが、今回の件ではっきりした。
間違いなく「堕神群」との接触だ。
それらのデメリットを受けても、いつか解放されるまで確実に消えずに済むのであれば、と彼らは「茨の冠」を受け入れた。
当時の残存「宿者」達のリーダ的存在であった者が、ダリューンを「茨の冠」の持ち主として、「システム」に見つかっても消滅しないことを証明した。
ダリューンはその「宿者」を使い、当時蔓延っていた「山賊」「盗賊団」などの犯罪組織を軒並み壊滅させたのだ。
これはダリューンの正体を隠して行われ、「救世神話」ほどではないが人々の間でお伽噺として語り継がれているとは、アラン騎士団長の談。
正義の美少女戦士クリス・クラリス。
悪在るところに現れ、無敵の力で悪を滅ぼし、見返りを求めず去ってゆく。
小さな女の子が、お母さんに語って聞かされる定番のお伽噺になっているらしい。
ハゲ詳しいな、ロリ寄りの話には。
ああ確かに知ってるわ、クリス・クラリスっていうプレイヤーキャラクター。
プレイヤーさんと直接関わりはなかったけど、ネット上ではめちゃくちゃ出来のいいプレイヤーキャラクターで有名だった。
それを証明するように、ネット上にスクリーン・ショットが何枚も上がっていた。
確かにものすごくかわいい美少女系で、衣装とかのこだわりも物凄かった。
内心では夜とクレアの方が可愛いとは思っていたが。
「F.D.O」はそういう話題で盛り上がれるほど、キャラクタークリエイトがものすごい拘りっぷりだったんだよなあ。
というかダリューン何やってんだ。
けっこうというか、思いっきりノリノリじゃないか、何が正義の美少女戦士だ。
「救世連盟」の情報網をはじめ、使えるものはすべて使ってやらかしたんだろうな。
ブリアレオスの話からすれば、その頃のダリューンは充分美しい容姿を保ってはいたものの、中年であることは確実だ。
その年になって、美少女戦士って……ストレス溜まってたんだろうな、いろいろと。
あとで詳しくそのお伽噺となっている歴史的事実を調べてみることにしよう。
その結果として、クリス・クラリスは消えなかった。
それほどの大規模な介入を世界に対して行って、「システム」に引っかかっていない筈はない。
それでもなお消えないことは、「茨の冠」が「保護結界」として信用に足ることを証明した。
そして自分たちの力が正しく使われれば、助けられる人もいることを実感できたのも大きかったとブリアレオスはいう。
ただ世界の片隅で怯えて無為に時を過ごすより、消える恐れもなく人の役に立てるならそれもいいだろうと。
意識ごと封印されても、千年後? には「シン」が解放してくれるという保障もある。
それが嘘か本当かなど解らないが、消えずに済む、という事は実証された。
「物」としてひどい扱いをされたり、「兵器」として扱われることはあるかもしれない。
それでも最低限の保証はダリューンを持ち主としたクリス・クラリスによって示されたし、ブリアレオスのような男性「宿者」は受け入れるのも速かったらしい。
やはり女性はかなり葛藤があったみたいだが、全員が最終的には受け入れた。
その見返りとしてダリューン、というよりは「堕神群」か――が望んだのは三つ。
一つは解放後、「シン」の味方になる事。
これはシンが何らかの能力で解放するので、強制的に味方にならざるを得ないだろうという説明も受けていた。
実際、「堕天」によりノンプレイヤーキャラクター化したブリアレオスは俺に敵対行動を取ることは不可能だそうだ。
命令されればたぶんいう事をきく気がするから、試してみてくれと言われて冗談で「脱いで」と言ったら本当に脱ぎだしたので慌てて止めた。
俺もブリアレオスも、周りも呆然とした。
続いて戦慄した。
これは怖い。
何が怖いって夜とクレアの視線が怖い。
意志を持ってはいても、俺の言う事に絶対服従するというならこんな恐ろしい能力はない。
特に女性への「堕天」使用は一気にナイーブな問題となった。
「今後俺の命令を聞くな」という矛盾命令を試してみたくもあるが、今でなくともいいだろう。
俺が自重すればいいだけの話だ。
もとより他のプレイヤーの分身であったプレイヤーキャラクター達を好き勝手するつもりは毛頭ない。
二つ目は伝言。
これはさっきブリアレオスから直接聞いた。
曰く、
『当人の口からきくと説得力あるでしょう、シン。私は無理やり「宿者」様方を、「茨の冠」で縛ったわけではありません。本人の承諾を得ての事です。まあそれぞれの「プレイヤー」には許可はとっていませんが、そんな事は知ったことではありませんね。ですが結果として彼らを物のように扱った事、真実の一端を知るまで世界に対して私が行った事への非難は甘んじて受けますし、いずれ報いも受けましょう。だがシンの中に居る「プレイヤー」? さてあなたの感じたであろう怒りは正当なものかな?』
確かに俺が感じた、「プレイヤーが一生懸命育てたキャラクターを勝手に使いやがって」という怒りは、そのプレイヤーキャラクター本人の承諾があったという事実の前では正当とは言えない。
それどころか、「宿者」――プレイヤーキャラクターを、プレイヤーの「物」だと認識しているからこその感情であったことは認めよう。
ごめんなさい。
だがプレイヤーキャラクターに下種な行為を行った「茨の冠」の持ち主を赦すつもりは全くないし、殺したことも含めて後悔はない。
夜とクレアがああ扱われていたかもしれないと思った時に感じた、僕の怒りは全く正当なものだ。
下種な行動をしたものがそれにふさわしい報いを受けただけの話でしかない。
された本人が赦す赦さないどちらにせよ、僕が赦さない。
「茨の冠」の様な力を手に入れた際、そういう事をすると実証した者は生かしてはおかない。
絶対にだ。
「相変わらず腹立ちますわね」
「シン君、気にすることないですよ。しかしこのあふれ出るドヤ感……美少女戦士のくせに」
夜とクレアは、言いたい事もあるのだろう。
メッセージキューブでは大概なこと言われてたし、二人にとってダリューンは敵認定だろう。
ダリューンも俺を含めてそうだからお互い様だが。
しかしいかにもダリューンらしい言い回しだ。
腹が立たないとは言わないが、確実に「俺」を抉りに来ているのがダリューンらしい。
まあ考えを改めるべきは改めよう。
「儂としてはシン殿と同じく救ってくれた恩人ではあるのでなあ」
ブリアレオスにしたらそうだよな。
まあ俺たち三人とダリューンとの確執は、俺達だけの問題だ。
彼の立場でダリューンに感謝することをけしからんという気はない。
「いいではないですか。こちらは美少女戦士クリス・クラリスの資料をすべて集めて、現れた時に叩きつければよいのです。あ、美少女戦士クリス・クラリスの中の人だ! で間違いなく膝をつきます」
うん、それはかなり効くだろうと俺も思う。
呆然とするダリューンを見れるかもしれない。
まさか自分の所業がお伽噺になって後世に残る事になるとは予測できていなかったんだろうし。
「ダリューン様がどう言おうが、シン兄様は自分らしく進めばよいと妾は思います。最終的に認め合うにしても、殺し合うにしても、いずれ必ず逢うのですから」
その通りだな、フィオナ。
実際に千年を、俺に再び会うために越えてきてくれたフィオナが言ってくれる言葉は軽くない。
そんな存在が、今の俺の全面的な味方だと言ってくれることは本当にありがたい。
「そうか、「茨の冠」にはそういう……自分が美少女に成れるという……」
アラン騎士団長?
大丈夫か?
要らん発言したら、今ある全てを失いかねませんよ?
「シン様が私に成る……夜お姉さまやクレアお姉さまみたい……素敵……」
シルリアは「三位一体」をすごく羨ましがってたからなあ。
とはいえアラン騎士団長と二人して倒錯したことを考えない。
だが正しくさえ使われていれば、「茨の冠」は「宿者」を消失から守る有効な手段であったことは確かなようだ。
世代を渡ることなく、ダリューンとクリス・クラリスの様に在れれば、問題はなかったのだろう。
受け継がれるにつれ、腐れていった所有者にこそ問題があったという事だ。
しかしやはりというかなんというか、ダリューンは徹底して「俺」を敵視してるな。
ダリューンの行動はすべて、シンに再び会う事と、「俺」を「シン」から排除するためのものと見て良い訳だ。
一方で「シン」の味方としても動いている。
今、「天空城」にいる全ての「宿者」を「堕天」すれば、相当な戦力となるのは間違いない。
……そういえば「天空城」で眠る「宿者」の中にクリス・クラリスは居ないな。
まあダリューンが「堕神群」と接触していることは確実になった事だし、やはりここは当初の予定通り次の「堕神」に向けて準備を進めるのが一番いいだろう。
今この状況で、ダリューンが「宿者」達に語ったことが真実かどうかなど判断する材料がないのだ。
「堕神群」については神竜も何も語らないしな。
さっきの会話にも、珍しく参加してこなかった。
いつもなら最後に突っ込みを入れる役どころなのに。
まあ今は自分たちに出来ることをして、次の「堕神」を確実に解放することだ。
そうすればすべてを晒すと、あの謎の男は確かに言った。
それも本当かどうかを図る術はないが、まず明確にやるべきことが決まっているというのは助かる。
だが、三つ目によって、その予定は変更せざるを得なくなる。
三つ目もまた伝言。
曰く
『「天空城」でしか行けない迷宮と言えば分るだろう、シン。できるだけはやくそこをもう一度攻略することをお勧めするよ。間違いなく君の力になれるものをそこに用意してある。堕神化した神竜と戦うまでに手に入れてくれればありがたい」
いやもう神竜は何とかしたけどさ。
次の「堕神」戦で、「Scutum Fidei」が発動しない可能性も考えたら、そこへ向かうしかないだろう。
「天空城」でしかたどり着けない空中迷宮。
「天月迷宮」へ。




