第70話 消失
千年ぶりに意識を取り戻したブリアレオスから聞いた話は、俺達の予想を超えたものだった。
俺達と神々の消失からの約二十年間。
その間に残された「宿者」に起こった出来事を、ブリアレオスは詳細に語ってくれた。
千年前、突然神々と「宿者」――プレイヤーキャラクターが姿を消した。
これは同じプレイヤーキャラクターである俺達も同時であり、異能者であるフィオナの語ってくれた事と、メッセージキューブでダリューンの語ったことが一致していたので疑問を持っていなかったが、まずこの部分に乖離があった。
「宿者」達は自ら姿を消したりはしていない。
確かに千年前のあの時を境に、神々は姿を消した。
それと同時に「魔力」が失われていったのは間違いないらしい。
誰もが確認できる事実として、「聖女クレア」がアレスディア教会聖殿で結晶結界に封印され、失われた魔力を補い、「回復術式」の継続を可能にした事も間違いはない。
その事を前提に「救世神話」がアレスディア教会主導で世間に流布され、シン、夜、クレアの三人は人々から「救世の英雄」と看做されてゆく。
だがまずその時点でおかしな事がある。
俺――プレイヤーの視点でよく考えればその通りだ。
俺達三人がアレスディア教会の主導で、民衆に「救世の英雄」と看做される事は別におかしくはない。
支配者層に都合のいい「神話」なんてものはそういう風に作られるものだからだ。
だが、俺達が英雄であるのと同時に、他の「宿者」――プレイヤーキャラクターたちもまた、英雄であったはずなのだ。
ゲームとしての「F.D.O」
俺のプレイヤーキャラクターであったシンや夜やクレアがそうであったように、俺のフレンドのプレイヤーキャラクターたちもグランドクエストはクリアしているはずだ。
追加シナリオや数多ある重要イベント、それらをクリアしている事はサービス終了のあの時まで残っていたプレイヤー、そのプレイヤーキャラクターであるなら当たり前の事だ。
現実として考えると矛盾するが、MMORPGのグランドクエストとはそういうものだ。
俺が重要なノンプレイヤーキャラクターであるダリューンやフィオナ、神竜と関わったように、他のプレイヤーキャラクターも「自分の物語」の中では、自分こそが彼らと関わり、世界を救った「英雄」本人となる。
つまりシン、夜、クレア以外の「宿者」達も、実際に世界を救っている。
そしてそういう「宿者」が、千年前、神々と共に忽然と消えた。
そして消えなかったブリアレオスのような、極少数の「宿者」は違和感を覚える事になる。
彼らが消えなかったのは、「グランドクエスト」を初めとした、世界の骨子に関わる「物語」に絡んでいなかったからだ。
おそらくはプレイヤーにとっての複垢かセカンドキャラクター。
メインキャラでのみシナリオ、クエストをこなしており、そういった「矛盾点」に触れない「宿者」が、おそらくは消えずに済んだ。
逆に言えばそれ以外の「宿者」は「矛盾点」に触れるが故に消された。
自ら姿を消したわけではなかったのだ。
それにブリアレオスが気付けたのは、俺にとっての夜やクレアのような仲間、つまり己に宿るプレイヤーを同一とする他の「宿者」の存在があったからだ。
ブリアレオスは戦いに明け暮れ、自身の強化にしか興味はなかったが、仲間である「ギュゲス」は、確かに世界を救っていた。
「世界の危機」に対して興味を持たず、「宿っている時間」をすべて自身の強化に費やす自分やもう一人の仲間である「コットス」を「お前ららしいよ」といって笑った「ギュゲス」は、確かに世界を救っていたはずなのだ。
それが嘘の類でないことは、世界を救ったあとに各国の王族や重要人物がそのような態度を取っていた事からも間違いない。
共に世界を救ったという神話にも名を残す有名な「異能者」達や、ダリューンのような各国の中核人物が、「ギュゲス」に対して親しげに接しているのを何度もブリアレオスは目にしていた。
「ギュゲス」が姿を消した後、違和感を覚えたブリアレオスはコットスと共に各国首脳を訪れるが、無碍な扱いをされる事になる。
曰く貴様らなど知らない、と。
「救世の英雄」であるはずの「ギュゲス」を通して自分たちとも面識があったはずなのに、まるで取り次いでさえもらえない。
冒険者風情が何を思い上がっているのかという態度を取られた。
ブリアレオスはともかく、「コットス」は何度か直接かかわったことが在ったにもかかわらずだ。
神々が姿を消し、英雄と目された「宿者」の多くが姿を消す中、自分たちも「宿者」であるが故に、もっとおかしな何かが起こっていることを理解する。
自分たちも消えてこそいないが、二度と「宿る」事がなくなっている。
戦いに明け暮れ、鍛え上げた戦闘力を十全に発揮することが二度と出来ないという喪失感。
それでもそこらの「異能者」や魔物など問題にならない戦闘力を持った身であればこそ、生きていくのにそう困る事もない。
疑問や喪失感はあるが、とりあえずは生きていかなければならない。
「消失」からの十年ほどは、世界は意外なくらいの安定を見せ、「コットス」と共に魔物を狩り、魔力が失われた中、貴重な戦力として重宝されながら暮らすことが出来た。
「宿っていた」時に出来た多くのことはできないままだったし、十年前からそれ以上強くなる事もなくなったが、逆に言えば神々が消え、多くの「宿者」が消え、異能者も姿を消した世界において、彼らはある意味無敵であったのだ。
十年の間に、消えなかった他の「元宿者」達とも連絡を取り、ちょっとした組織めいたものを立ち上げるところまでも至った。
世界が魔力を失い、瓦解した「冒険者ギルド」に替わって、規模こそ知れているものの「元宿者」達は順調に暮らせていたといっていいだろう。
真実「宿者」であった頃と変わらず、年を取ることもなかったので、いつか時間が立てばいろいろな「謎」も解決するかもしれないと、鷹揚に構えるようにもなっていた。
神々もいずれは再降臨するだろうと。
そうなれば自分たちも再び、過去のように「宿者」として完全な力を振るえるようになるかもしれない。
そんな中、ダリューンによる世界の蹂躙がはじまる。
繰り返される戦乱に、「元宿者」達は心を痛めた。
「宿者」でなくなってもなお圧倒的なその戦闘力故に、各国から傭兵としての戦争参加要請が毎日のように彼らのささやかな組織に届くようになる。
当然、人間同士の戦に加担するようなものは誰も居ない。
それでも権力者側から弾圧されるようなことはなかった。
組織こそささやかではあるが、権力者なればこそ「元宿者」であるブリアレオスたちに対して、自分たちが最も頼りとする「暴力」――軍が通用しない事を理解しているからだ。
寝ている獣の尻尾を踏んで、他国との戦争が忙しい中進んで戦力を減らすことなどない。
ごく一部の例外を除いて、ほとんどの、特に大国はそう判断したのだ。
ここで「元宿者」達はひとつの判断をする。
あるいはこの判断をしなければよかったのかもしれない。
「救世の英雄」――それはなぜか「英雄シン」とその両翼、「吸血姫夜」と「神子クレア」とされ、自分たちの知る本当の英雄とは違っていたが――と再びあう事だけを最優先して、世俗からの関わりの一切を断った「異能者」達に倣えば、彼らも穏やかに千年を過ごせたのかも知れない。
だが彼らは、その圧倒的な戦闘力を用いて、世界の戦乱に介入する事を選んだ。
そう多くない人数であった彼らが意思統一するのにそんなに時間はかからなかった。
金儲けを期した訳でもない。
どこぞの「英雄」のように、世界を自分の好みに戻そうとしたわけでもない。
ただ人同士が殺しあうことが嫌で、自分たちの力で介入すればそれを止められるだろうと思っただけだった。
圧倒的な彼我の戦闘力差があるが故の、無血での戦場制圧を試みたのだ。
初期において、実際それはうまくいった。
まったくの犠牲を出さないことは不可能であったが、攻撃の一切合財を無効化し、逆に腕の一振りで重装兵を蹴散らす「元宿者」達が戦場に出れば、そこはもう戦場として成立しなかった。
数に任せて戦争を継続しようとする場合には、その戦場の指揮官を見せしめにすることで、強引に戦いを終了させた。
戦のどさくさで行われる「略奪」も、それをした実行者に対する苛烈なまでの殲滅が有名になると、行われることが少なくなった。
なぜか突然蔓延り始めた「人種差別」や、一部で発生した「奴隷制度」も、彼らが否定する事で「圧倒的強者」を敵に回す事を恐れて停滞し、国家間の戦そのものもなくなるかに思えた。
そんなタイミングで再び、「消失」は起こった。
ある日突然、仲間の「元宿者」とまったく連絡が取れなくなる。
一人や二人ではない、次々と、という勢いで人数が減っていく。
それでも戦が起これば介入する。
ブリアレオスにとって、心底恐ろしい出来事はその時に起こった。
常に共に戦っていた「コットス」が、自分の目の前で忽然と消えたのだ。
戦をやめぬ指揮官に痺れを切らし、攻めかかっている側の指揮官を見せしめに殺した瞬間だった。
何の脈絡もなく、消失した。
それはその戦場に介入していた「元宿者」達全員が目にすることになった。
彼らのささやかな組織は混乱した。
十年の間に忘れかけていた「謎」が、今再び自分たちに降りかかってきている。
十年前、世界を救ったはずの仲間が忽然と消えた。
そして今再び、世界のために良かれと思って介入している自分たちも消失をはじめた。
あるべき流れに逆らったものは消される。
そう理解した「元宿者」達は恐怖した。
恥ずかしいとは思わなかった。
強大な敵に挑み、力及ばず敗れ死ぬなら無念であっても後悔はない。
だが世界の為と戦って、何の脈絡もなく、なんの抵抗も許されぬままただ消えるのは恐怖でしかなかった。
自分たちの力を、勝手に世界をどうこうする為に行使してはいけない。
それはプラス方向でも、マイナス方向でも同じだ。
やれば何者にかはわからないが消される。
話だけで聞けば酔っ払いの世迷いごとだが、自分たちは目の前で見た。
即時あらゆる戦乱への介入停止を決定。
「異能者」達と同じように、ひっそりと世界から隠れるような生活をはじめる。
忸怩たる思いに耐え切れず、個人で介入した仲間はみんないなくなった。
ブリアレオス曰く、介入の度合いが大きいものから消えたように思うとの事だ。
「コットス」は無駄な犠牲を厭い、指揮官を殺す事で戦が止められるのであれば躊躇わなかった。
「略奪」を行った軍を殲滅することや、人種差別や奴隷を扱う者へも容赦がなかった。
省みて自分は、人に対して「力」を使う事が嫌で、殺すところまではした事がない。
だから消えずに済んだのではないか。
消えずに済んだ者達はみな同じような結論にいたり、隠者としての生活をよしとする。
ブリアレオスもその例外ではなかった。
忸怩たる思いを得はするが、消えたくはない。
救いといってはなんだが、二年も経つ頃には「戦乱」は収束へと向かった。
替わりに「人種差別」や「奴隷制度」などが世界に蔓延り始めたが、もう介入しようという「元宿者」は誰も居なかった。
小さな組織でもかたまっていれば、ただ生きていくのに苦労することはなかった。
そんな風に、鬱屈とした十年がまた流れる。
理不尽に消えたくはない。
だがこんな風に、ただ生きているだけの状況に意味はあるんだろうか。
誰もがそう思い始めた頃、それは現れた。
年はとっても女かと見まごうような容姿は健在で、「宿者」として生きてきたものなら誰もが知っているその相手。
元商業都市サグィンの総督であり、現在は自身が立ち上げた「救世連盟」の代表である、ダリューンである。
彼は消えることを免れているだけの「元宿者」達にこう告げる。
「貴方達「宿者」に起こったことも含め、今私が把握できている世界の謎をすべてお伝えします。その上で私の目的に協力願えませんか? こんな世界の片隅で、隠者の如く暮らしながら突然の消失におびえてる日々よりはよほどマシだと思いますが。どうでしょう?」
この提案を期に、「宿者」達は「茨の冠」を受け入れる事となる。




