第66話 七大罪 傲慢
元グレイリット城だった瓦礫の中に、「ブリアレオス」氏は無傷で眠っていた。
「茨の冠」はナタリア嬢から預かってきているが、やはりたとえ神竜の「ブレス」とはいえ、レベル60にも満たない状況ではレベルカンストしている「宿者」にダメージを通すことは不可能だったのだ。
少し不満そうな「№Ⅷ」が面白い。
本体が素知らぬ顔で上空に滞空しているのと対照的で、「分体」の方に本音が出ているのだろう。
時折足で瓦礫を掘り返して、自分の破壊の結果を確認している。
まだ本気出してないから、とでも言いだしそうな雰囲気だ。
「試しにもう一回ブレス撃とうとか思わないでくれよ?」
冗談のつもりで声をかけたら、小さな体がぴょんとはねた。
おいおい思ってたのかよ、勘弁してくれ。
ヨーコさん、フィオナ、アラン騎士団長、シルリアは唯じゃすまないぞ。
「……そ、そんな事は思っておらぬ」
どうだか。
オタオタしている様子は可愛いが、やろうとしたことが凶悪過ぎる。
「突っ込み役を自任している神竜も所詮、シン様の一味という事ですね。ここまで破壊しつくしておいてまだ足りぬとは」
ヨーコさんの言葉通り、領都は無残に破壊されつくしている。
「ブレス」からの「流星光雨」の連撃は、数百年の歴史を誇る領都の建造物を完膚なきまでに破壊していた。
人々が再び暮らせるようになるのは、相当な労力と時間が必要だろう。
これを俺の意志でやったことはちゃんと自覚しておこうと思う。
もっとやりようがあったという事実も含めて。
「まずは「茨の冠」のからの解放をやってしまおう」
コード「Satan」はすでに起動している。
眠っているような「ブリアレオス」氏は驚異認定されていないが、至近距離に存在する「宿者」に対して「神の目」が「群体化」の是非を確認してくる。
「群体化」開始。
流れ込んでくる、「映像」としての千年の記憶。
売られるまでの扱いは、まさに「兵器」として扱われていたものだったが、グレイリット家に買われて以降は文字通り「グレイリットの守護者」として敬意をもって扱われていた。
「映像としての記憶」は、先代であるダレス・グレイリット辺境伯までで終わっている。
ナタリア嬢は一度も「茨の冠」を使っていなかったんだな。
「群体化」が完了し、「茨の冠」を無力化する。
「ナタリア嬢の言ってることに嘘はない。大事にされてたよ、「ブリアレオス」氏は」
俺の言葉に、周りから安堵の吐息がもれる。
これで先の決定を覆す必要はなくなった。
俺はもっと怒って然るべきなんだろうか。
初めて「茨の冠」の存在を知った時のあの、圧倒的な「憤怒」
コード「Satan」を起動させる切っ掛けとなった感情。
プレイヤーが十数年ともに冒険したプレイヤーキャラクターを、勝手に道具として使われていることに対する「俺」の怒りと、それが夜とクレアにも及んだかもしれないという「僕」の怒り。
それがこの世界の事情を知るにつれ、前者については揺らいでいる自覚がある。
事実、「茨の冠」の持ち主であった多くは今も生きているわけだし。
俺は明確に差別しているというわけだ、夜、クレアと、それ以外の「宿者」達とを。
だって今回の件を含め、もし「茨の冠」に操られていた対象が夜とクレアだった場合、何がどうあれ絶対に赦しはしないのだろうから。
まあ「感情」というのは、斯く在るべしとして発生するものではないということだろう。
その感情に従い、押し通せる力を持っていることはきちんと自覚しておこうと思う。
斯く在るべし、に振り回されるほどバカバカしい事もないのだから。
さてここからだ。
「群体化」したブリアレオス氏は、意志を持たない存在として、俺の意に従う状態だ。
この状態の、元々「宿者」――プレイヤーキャラクターだった存在に、擬似「宿者」化させる能力である「聖餐」を使用したらどうなるのか。
神竜の場合は「堕神化」が解除され、レベルリセットこそ喰らったものの、神の座に戻ることが出来た。
現在も神竜は絶賛再育成中だ。
俺用に一体用意しようかと提案してきた「分体」は冗談ではないらしく、現在のスキルレベルですでに三体まで生み出せるらしい。
今現在も別の「分体」が皇都ハルモニアの地下迷宮で育成中らしい。
なにそれずるい。
まあやることは単純だ。
神竜の時のように、俺の血を「ブリアレオス」氏に飲ませればいい。
神竜のときは本体相手だったし深く考えなかったが、これ絵的にどうなんだろうな。
無骨な「ブリアレオス」氏が俺の血を飲むというのはなんというか、うん深く考えるのをやめよう。
ウィンダリア皇族組の、期待値が高い視線はどうかと思う。
引っ張っても仕方がないので、例によって「鋼糸」によって自らの血を流し、それを「ブリアレオス」氏に飲ませる。
強制的に立ち上がる「神の目」に、文字が表示される。
『権能「聖餐」の行使確認。プレイヤーキャラクター「ブリアレオス」は現在コード「Satan」の強制ログインにより「群体化」状態。プレイヤーキャラクターを擬似プレイヤーキャラクター化することは出来ません。プレイヤーキャラクターをノン・プレイヤーキャラクター化するにはコード「Lucifer」による「堕天」が必要です。現在未取得につき使用不可能』
そうか、そりゃそうだよな。
もともと「ブリアレオス」氏は「宿者」――プレイヤーキャラクターなのだ。
それに対して擬似プレイヤーキャラクター化する能力を使ったところで、上書きは出来ない。
本来の属性のほうが強いからだ。
「聖餐」は舞台装置である神々をも含むノン・プレイヤーキャラクターたちを擬似的にプレイヤーキャラクター化することによって強化する権能と思っていいだろう。
「堕神化」からの解放はそのおまけといったところか。
確かに擬似「宿者」化によるレベルリセットという弊害は伴うが、プレイヤーキャラクターと同じ条件を満たせば上位ジョブを取得でき、俺の操作が必要とはいえスキルカスタマイズやスキルコネクトが使用可能となるのは、この世界の人々を著しく強化する。
まだ 神竜以外には試していないが、「天空城騎士団」のメンバーで実験してみる必要はあるだろう。
元々ヨーコさんとフィオナは立候補してくれていたし、アラン騎士団長やシルリアも強くなれるのであれば協力してくれる気がする。
……シルリアは俺の血が飲めるというだけで食いつきそうで怖いが。
この辺、夜の特権が侵害されるようでいい顔はしないだろうなあ。
とはいえ「堕神化」という弊害もない以上、うまくすれば現状ジョブのレベルは維持されるかもしれないし、そうなれば純粋な強化でしかない。
やっておくべき事ではあるだろう。
「あー、残念ながら駄目だな。「聖餐」は「宿者」に有効な権能じゃないみたいだ」
結果を告げる。
「そうですの……」
「ブリアレオス氏のお話を聞くことは不可能ですか」
「群体化」ではなく、「宿者」自身の意志で俺達に味方してもらう。
それも重要だけど、「自身がされた事」に自身で答えを出してもらうことが不可能になったことも地味に痛い。
俺が怒ろうが怒るまいが、事実としてそれは「他人事」ではある。
俺の感情より、当事者の判断が優先されるのは言うまでもない。
判断つきかねる事例の責任を、本人に戻したいだけという謗りは事実なので甘んじて受けよう。
「でもなんか「神の目」にヒント出たよ、コード「Satan」と同系統の、コード「Lucifer」による「堕天」って能力で、「宿者」――プレイヤーキャラクターをノン・プレイヤーキャラクター化できるっぽい。弱体化能力に思えるけど、プレイヤーの存在なくてもプレイヤーキャラクターが存在できるようになるとも言えるよな。問題はどうやってそれを身につけるかだけど」
ヒントをくれるのはありがたい。
ゲーム的に言うんであれば「次はこれをしなさいよ」という導入だ。
事実としてその能力を手に入れれば事態は進展する。
「たしか七罪人ira:コード「Satan」の能力が強制ろぐいん? による「群体化」でしたわよね。七大罪をモチーフにした能力であるとするなら、七罪人superbia:コード「Lucifer」の獲得が必要だという事だと思いますの」
「神子」であり、アレスディア教に詳しいクレアの理解が早い。
軸は反転したものの、「システム」が構築した能力体系は地球社会の宗教系を取り入れた、いかにも「ゲーム」といっていい設定に基づいている。
アレスディア教が地球の宗教に似ているのか、その逆なのか、その辺を考えるときりがないけど面白い。
この世界も地球世界もどちらが主としてあるのではなく、はるか昔から厳然とお互いが存在し、「システム」の介入が可能であったというのであれば、相互に影響を与え合っていた可能性は高いのだ。
まあ今はそんなことを考えている時でもないか。
「七罪人ira:コード「Satan」の覚醒を促したのが我が主の「憤怒」であるとするならば、七罪人superbia:コード「Lucifer」の覚醒を促すのは「傲慢」となりますわ。というか七罪人モードって、我が主にしか発動しないんですの?」
そんなこと聞かれても知らん。
ああ、クレアは黒竜見たとき羨ましそうにしてたもんな。
「Lucifer」であれば小さいグリフォンあたりが出てくるんだろうか。
欲しいんだ、この左肩の相棒みたいなやつ。
でも黒竜もちょっと気になるところはあるんだよな。
俺のオタク知識によれば「Satan」に対応するのであれば赤竜じゃないのかと思うんだが。
色はそんなに重要じゃないのかな。
「でも「傲慢」って難しいですよね。シン君どうします?」
「――え?」
夜の何気ない疑問に、ヨーコさんが反応する。
「え? ってなんですかヨーコさん、何か変な事言いましたか私」
怪訝そうに夜がヨーコさんを問いただす。
いかん、いやな空気が漂っている。
具体的に言うと俺が心に傷を負う系の気配がする。
「何が何でもシン様肯定派である夜様、クレア様は立派だと思いますが、シン様に「傲慢」が難しいなどと本気でお考えで? これはちょっと驚愕」
「――え?」
先ほどと反応を逆転させたようなやり取り。
うん、そうだよな、そう来ると思ってた。
「え? ってなんですか夜様。まさかシン様が傲慢じゃないとでも本気で思っておられるんですか」
「――えええ?!」
夜とクレアはやさしいな。
声を揃えて驚いた反応をしてくれている。
「大丈夫です、妾はどんなシン兄様でも味方です」
つまりフィオナも俺を傲慢であると認識してはいるわけだ。
へこむわ。
「ワタシハノーコメントデオネガイシマス」
アラン騎士団長この野郎、思いっきり棒読みで離脱したな。
それが肯定と同意だって事は理解できてるよな、アラン騎士団長。
明日朝起きたら元に戻った自分の頭を見て後悔するがいい。
あのアイテムはまだまだあるんだ、他者に使う事も可能なんだぞ。
ああ、これ傲慢だわ。
「傲慢である事に気付かないからこその傲慢。素敵です……」
……シルリアはもうこれでいいような気がする。
無自覚な全肯定をくれる夜とクレアもあれだが、完全に理解した上で向けられる全肯定というのは多少ならぬ狂気含みでちょっと怖いな。
最近のフィオナとシルリア見てるとちょっと感じる。
ヨーコさんやアラン騎士団長の立ち位置の存在は重要かもしれない。
「前回比較的まともだっただけに、今回ものすごいな貴殿ら」
いや最初にもう一回ブレスぶちかまそうとした癖に、常識人ぶっても説得力ないよ神竜。
いや解っちゃ居るんだ。
「傲慢」とされるに足る事を充分以上にやらかしていることは。
圧倒的な力を背景に、自分の感情優先で事を進める。
やり方の拙さの反省や、後悔を含めても「傲慢」だ。
だって俺は基本的にやり方を変えようとは思っていないんだから。
反省しようが、やり方を変えようが、それを通しているのは「人々の同意」ではない。
人々が同意せざるを得ない圧倒的な力だ。
だけどこうやって直撃されると、へこむものはへこむ。
いや、いい機会だ、ちゃんと自覚しよう。
自己欺瞞に過ぎない気もするが、無自覚よりはいくらかマシだろう。
そう思うと同時に「神の目」が立ち上がる。
『「Deus ex machina」発動中に「Septem peccata mortalia」の並行発動を確認』
『至聖三者PATER「シン」。七罪人superbia「シン」として並行覚醒』
『コード「Lucifer」。能力:FILIUS「クレア」、SPIRITUS SANCTUS「夜」を除く、現存する全プレイヤーキャラクターに対する強制ノン・プレイヤーキャラクター化権限を付与されます。※不可逆性』
……俺はゆっくりと膝をついた。
「システム」この野郎。
そういえばそうだよなー、こいつ傲慢だよなーみたいなタイミングで覚醒させやがって。
これ絶対「堕神群」の介入だろう。
そうに違いない。
「シン君、大丈夫ですか! 大丈夫です、傲慢おっけーです」
「我が主、傲慢でもいいではありませんの。強いからこそ許されることですわ」
君らの認識も統一されたというわけだね。
七罪人superbia:コード「Lucifer」、「傲慢」のシンです。
「憤怒」に続いて二つ目です。
今後ともよろしくお願いします。




