第64話 貴族の義務
俺達は今、一旦「天空城」へ帰還して打ち合わせに入っている。
打ち合わせが必要だ、先の作戦は何か根本が破綻している。
軌道修正をしなければ、俺が精神的にやばい。
あの「映像」が、それもやむなしと受け入れられる世界はそれはそれでいやだ。
「地方反乱」という事態そのものは、「茨の冠」の件を除けば発生した瞬間に解決しているに等しい。
そもそも今の大きく動き出した経済状況の中で、どこまでいっても一辺境領でしかないグレイリット領は、極論すればどうでもいい存在だ。
それこそ「救世連盟」が支配していた時代であれば、顔色ひとつ変えることなく辺境領ごと擂り潰して終わっていた問題らしい。
「支配者」の考え方って怖い。
「茨の冠」の件がある以上、グレイリット辺境領に対する「天空城」――つまりは俺の裁定――は、一般民衆にとっても至極妥当なものとして受け入れられるだろうとソテル老は言っていた。
基本穏健派であるアデルも、今は「天空城騎士団」に籍を置くが、本来皇族であるフィオナやシルリア、大国の騎士団長であるアランも同じ意見だ。
事前に民衆を転移させておいたことを含んでの話ではない。
「映像」から受け取れるように、問答無用で情け容赦なく、領民毎一辺境領を殲滅し尽くす事が「妥当」とされるというのはやはり違和感がある。
領主――貴族というものはそういう状況も含めて責任を持つ存在であり、領民というのはその主と運命を共にすることが当然と考えられている。
この辺の考えも変えていかないとなあ、とは思うがそう簡単に何とかできる問題でもない。
実は事前に領民を避難させており、直接剣を向けてきた兵士達すら殺していない俺のやり方は、「世界会議」のお歴々にとっては「温い」という判断らしい。
とはいえこれといった諫言をしてくるわけでもない。
「温さを通せるのも絶対者の特権です、シン兄様」
「絶対者の決定を、最も効果的に実現するための「組織」です。厳しくなければ支配体制を継続できません、とのたまうような無能者は、国家を運営する位置に立つべきではないのです」
皇族であるフィオナとシルリアから重い言葉をいただいた。
こうやって聞くと、やっぱり皇族なんだな二人とも。
マゾ寄り発言をした駄目コンビと同一人物とは思えない。
要はソテル老が最初に俺に確認したとおり、厳しいならその恐怖で、甘いならその慈悲で人心を得るという事だ。
今回の件ではナタリア嬢を含むグレイリット辺境領の人々に緘口令さえ布けば、「天空城」の苛烈な判断と容赦なさを表明するのに充分だろうし。
今回の「映像」が出回れば、よほどの覚悟を決めねば「反乱」に踏み切る貴族は出ないだろうし、「反乱」そのものに反旗を翻す兵や民衆も増えるはずだ。
どう考えても「天空城」を敵に回すより、領主に逆らうほうが生存率が高い。
それを双方が理解すれば貴族一人で反乱を起こせるわけもなし、「反乱」という選択肢そのものが消滅する。
「天空城」の決定に逆らうものが出なくなる状況を作ることこそが肝要だ。
で、問題になるのは今回の具体的な落とし所な訳だが。
「神竜、今レベルいくつだっけ?」
「まだ60に届いておらぬ。シン殿の心配には及ばんと思うぞ」
アレスディア教会大聖堂総出による「大術式:生者転移」は、間違いなくグレイリット辺境領の領民すべてを安全な場所へ転送させた。
映像的にいかに残虐に見えても、今回の「反乱鎮圧」で死者は出ていない。
だが如何なアレスディア教会大聖堂総出での「大術式」といえども、「宿者」に影響を与えるのは難しいし、そもそもレベル差が30以上あった時点で無効化される。
「あの時点」で残っていたプレイヤーキャラクターがレベルカンストしてないってのは考えにくいんだよなあ。
ナタリア嬢が「茨の冠」を使用して、前線に「ブリアレオス」氏を伴っていなかったということは、おそらくグレイリット城に残してきたという事だ。
理由はわからんが。
「ほんとーに解らないんですか、シン君」
「……朴念仁」
夜とクレアにがっかりされる。
いやわからなくもないよ、なんとなくそうかなと思っていることはあるよ。
でもなあ、本当にそうなら俺本気で酷くないですかね?
というか辺境領を預かる領主が、そんな理由で中央を敵に回すような蜂蜜頭だと困るんじゃないですか?
いや連絡の行き違いとか、中央がどんな風に指示したかとか、誤解が生じる余地はある。
そもそもちゃんと状況と理由を説明して、「茨の冠」の放棄と「宿者」の解放を促す事を徹底しなかった、俺にも落ち度はあると言える。
「宿者の抜け殻」を、本当に大切に扱ってきていた一族も少なからずあったことは事実なのだ。
実際俺は、ほとんどの「茨の冠」の元持ち主を殺してはいない。
そう考えれば、今回の一件はナタリア嬢の若さと甘さだけに責任を負わせるのは酷だとは言える。
だからといって、責任が皆無という訳ではないが。
とりあえず神竜のレベルが未だ60以下であるならば、「ブリアレオス」氏は死んではいない筈だ。
レベル30差による無傷ではなくても、ダリューンの話に乗って「茨の冠」を受け入れた「宿者」のレベルがそうそう低いとも思えない。
派手に見えてもあの「ブレス」は基本スキルだ。
城は吹き飛ばしても、高レベルのプレイヤーキャラクターはあの一撃だけで消し飛んだりはしない。
神竜も、俺の質問の意図を正確に理解して返事をくれている。
「え? 今「№Ⅷ」が返事した? あれ? 「天空城」の外に神竜居ますよね?」
ああ、そうか、今のところは念話での返答じゃないと、知らない人は混乱するか。
今返事した、幼女に相応しい高い「№Ⅷ」の声と、神竜本来の念話の声が違いすぎてすぐには理解が追いつかないだろう。
「アラン騎士団長。残念ながらあなたが気に入った「№Ⅷ」は神竜の「分体」です。あきらめましょう」
「残念ですわね、アラン騎士団長。しかも神竜には心に決めた人がもう居るみたいですわ。だからこそ「分体」が女性体だそうですわよ?」
当然正体を知っている夜とクレアから、驚きの声をあげたアラン騎士団長へ厳しい突込みが入る。
夜のルビが激しく酷い。
「ええ!?」
さすがにこれは、アラン騎士団長だけではなく、事実を知らなかったフィオナとシルリアからも驚きの声が上がる。
皇族コンビの驚愕は、どちらかといえば「№Ⅷ」の正体そのものより、神竜という神様――超越的存在が「女性体で居たい」と思える相手が居る事に対してのようだが。
「そ、そんな御仁はおらぬ。ただその、なぜかいつの間にか女性寄りになっておって、な?」
下を向いてもじもじしている神竜が異様に可愛らしい。
仮面の下のあの美しい顔は真っ赤になっているのだろう。
鋭くも美しい竜眼は涙目にでもなっているのか。
神竜をこうさせる「男」っていったいどういうやつなんだろうな。
「俺」だって一応、創造神であるアストレイア様から想いを告げられてはいるんだが。
「嫉妬の匂いがします」
今まで沈黙を保ち、神竜の正体にも動じていなかったヨーコさんが相変わらずエスパーみたいな一言を漏らす。
違います、嫉妬じゃありません、疑問です。
「どういうことですかシン君」
「どういうことですの我が主」
だから違います。
「? シン殿は男性として魅力的だと思うし、我も感謝しておる。この「分体」が気に入ったのであればシン殿用にもう一体創ろうか?」
「却下ですわ!」
「いえそうではなくて。いいですか神竜。心に決めた殿方が居るのにそういうことを安易に言ってはいけません。「分体」でもそれはあなたの一部です。心に決めた殿方以外に指一本触れさせてはいけません」
とんでもない事を言い出した神竜に、夜とクレアからストップが入る。
神様なのに、自分の気持ちがどういうものか本当にピンと来ていないんだな。
きょとんとした様子で、夜とクレアの説教を聴いている。
しかしいくらなんでも「分体」を気に入ったのであればくれてやろうかという発言は、オトコマエが過ぎる。
あと一瞬表情が揺らいだよな、アラン騎士団長。
俺は優しいから突っ込まないが、フィオナとシルリアの目はごまかせてないと思うぞ。
ヨーコさんは言うまでもないが。
――しかし待ってくれよ、本当にロリかよアラン騎士団長。
今度二人で飲もうか。
「それはいいとして、シン様。「宿者」である「ブリアレオス」氏の回収と、「反乱の首謀者」であるナタリア・グレイリット辺境伯の扱いをいかがなさいますか」
ですよね。
「天空城」は既に元グレイリット城の上空に到達しているし、哨戒索敵システムで探査をかければ、「ブリアレオス」氏は瓦礫の中から発見できるだろう。
おそらくは無傷で。
その前に、どうあれ「反乱の首謀者」であるナタリア・グレイリット辺境伯の話を聞いておかねばならない。
処遇については「ブリアレオス」氏を回収後でも構わないだろうが。
「ああ、今からナタリア・グレイリット辺境伯の意識を戻して話を聞く。すべてはそれから決定しようと思う。みな控えてくれ」
俺の一言で、「天空城騎士団」全員が俺の背に整列する。
これ、威圧感としては半端ないだろうな。
特に実戦を見た直後のものにとっては。
「クレア」
「承知ですわ」
俺の声に答えて、クレアが玉座の前に寝かされているナタリア嬢に「覚醒」をかける。
すぐに効果は現れ、ナタリア嬢の意識が回復する。
「こ、ここは……」
「我が「天空城」の玉座の間だ、「反乱の首謀者」ナタリア・グレイリット辺境伯。話を聞かせてもらおう」
「き、貴様! よくも……」
ギィン!
という濁った金属音が玉座の間に響き、ナタリア嬢の言葉を遮る。
また同じやり取りか、でもまあそれもしょうがないかなと思った矢先。
ロリコ、いや失礼、アラン騎士団長が愛刀である「之定」――和泉守兼定を、鞘入りのまま玉座の間に叩き付けた音だ。
「言葉に気をつけろ「反逆者」 二度と再び同じ口をきけばその首切り飛ばす。己の未熟な判断のために兵も領民も、一人残らず殺しつくされて残ったのは首謀者たる貴様だけだ。せめて己が死に誘った者達の責任を負って、勝者の質問に答えろ敗者。それともその覚悟もなく辺境伯を継ぎ、「天空城」に反旗を翻したか。それなら同じ事を口にしろ、すぐ殺してやる」
……こわい、こわいよアラン騎士団長。
愛すべきロリコンはどこに行ったの?
いや似たような事は俺も言おうと思ってたけど、ここまで怖くする必要あるんですか。
基本同情的だったはずの女性陣の視線も、ものすごく冷ややかな気がする。
今は復活している「三位一体」が伝えてくる夜とクレアの感覚が、まだしも一番冷静さを保とうと努力しているみたいだ。
発言したアラン騎士団長はもとより、ヨーコさん、フィオナ、シルリアはアラン騎士団長と同じ雰囲気を纏っている。
神竜の気配だけ、なんか興味深そうな感じだな。
女の子としての想いに同調する事と、貴族としての義務を全うすることはまったくの別物という事か。
そういう意味では確かにナタリア嬢の態度は見下げ果てられて然るべきものなんだろう。
自分の受け継いだ辺境領のすべてに責任を持つからこその、辺境伯の地位なのだ。
己の誤謬により勝てないものに挑み、その悉くを叩き潰された。
その上「敗者」としての義務も全うできないようでは、「貴族」として失格とみなされても仕方が無い。
冗談ではないアラン騎士団長の殺気に蒼白となったナタリア嬢は、次いでその言葉の意味を理解し泣き崩れた。
自分の目でも見ていただろうが、それだけにこうやって言葉で叩きつけられると「現実」として受け入れざるを得なくなるのだろう。
いや生きてる、みんな生きてるからね。
ちゃんと質問に答えたらほんとの事教えるから、もうちょっとがんばって。
「泣くだけか。ではそのまま死ね反逆者」
ノリノリ…… って訳じゃないな。
本気でイラついてるよアラン騎士団長。
「貴族の義務」なんて、世界を救ったとはいえ一冒険者であった俺にはピンと来ない代物だが、皇族としてや、力を持つものとして自らを律する立場の者にとっては絶対のものなのかもしれない。
あれ、今なんで俺一冒険者として、とか思ったんだろうな。
俺の場合なら、一会社員として理解できないというほうがしっくり来るのに。
まあいいか。
もうこの世界で結構長いし、二度と会社員に戻る事もないだろうし。
「まて」
本気で抜刀したアラン騎士団長を止める。
基本お芝居であるはずなのに、ナタリア嬢の受け答え次第では本気で切り捨てそうだ。
「貴族の義務」に基づく判断も、それはそれで正しいのだろうけど、俺の前ではそれは止めさせてもらう。
無言でアラン騎士団長は刀を納める。
まあ俺の反応も織り込み済みなんだろうけどさ。
親を継いだばかりの十九歳の女の子だ、間違いだってするさ。
取り返しのつかないこともあるだろうけど、幸いにして今回はそうじゃない。
「貴族」として成長できる機会とすればいい。
逆に後顧の憂いを残す類の問題であれば、俺は容赦なく切り捨てる自信がある。
見逃した為に、あとで夜やクレアが大変な目に遭うなんて論外だからだ。
だから許せないと思った「茨の冠」の持ち主は確実に殺した。
過去やった事を許せないと言う事もあるが、力を得て過去にそういったことをした人間に、もう一度チャンスを与える気になれなかったからだ。
許せる許せないじゃない、そういう輩が万一力を持つことが怖かったともいえる。
だが今回は正直こっちにも後ろめたさがある。
「茨の冠」を渡すことを拒んだ理由如何によっては、こっちのやり過ぎであるとも思うのだ。
「貴族の義務」が問われるのであれば、「抵抗不可能な力を持つ者の責務」だって問われてしかるべきだろう。
「何も答えることなく、死ぬのが望みか?」
「……いえ、失礼致しました。敗者となった上で生かされたからには、すべての質問にお答えします。お見苦しいところをお見せしました。しかしひとつだけお願いがございます」
「……なんだ?」
なんとなく予想はつくけど、聞きたくない。
本当にこんな顔させてまで続ける必要あるのかこの茶番。
「すべてに答え終わった上は、死を御赦しください」
ほらな。
そんな顔だもん、見てられないくらいに。
「……「ブリアレオス」氏は生きているのにか?」
もういいや、止めだ止め。
万一馬鹿な理由で反乱したんだったら尻の百叩きでも何でもして反省させればいい。
必要もないのにこんな表情させたまま、話なんて聞いてられないんだよ。
甘いと笑いたくば笑え。
「……っえ!?」
何を言われているのか解らないのだろう、ナタリア嬢の動きが止まる。
そうだよなあ、あの神竜の攻撃見せられて、生きてるとか言われてもすぐには理解追いつかないよな。
でも俺がこんな場面で嘘つく必要ないだろ、理解してくれ。
「……なー、甘いか、やっぱり甘いか俺」
甘いんだろうなあ。
理由はどうあれ、絶対者としてはそれに武力を以て逆らった存在を容赦すべきではないのだろう。
そうでなければ「舐められる」
「シン君らしいです」
「私は正直ほっとしてますわ、我が主」
「難しいことを考えて、らしくないより良いんじゃないでしょうか。温くてこそシン様です」
「厳しくなりきれないシン兄様も有りだと思います。妾は味方です」
「これは私が追い詰められる時間帯ですか、もしかして。大人気なかったですか私」
「あとで私にも「まて」って言って下さい。お願いします」
「もう一度訊くが、大丈夫か貴殿ら。特にシルリア姫」
あら意外と肯定的な意見だな。
夜とクレアは、「三位一体」の感じから俺と同じ気持ちだったんだろう。
辛辣っぽいけど、ヨーコさんの言い回しがいつもより優しい気がする。
フィオナはあれか、どんな判断でも、いついかなる時でも俺の味方か、心強いよ。
アラン騎士団長は今回悪くないと思う。
「貴族」に「貴族の義務」を求めるのは当然だと思うし。
今回は俺が耐えられなかっただけだ。
シルリアはもはや何を言ってるかわからん。
何に反応してるんだこの娘は。
神竜の立ち位置が固まってきたような気がする。
やっぱ今回はシルリアが頭ひとつ抜けてるよな、ちょっと引いたよ俺。
あまりにも突然変わった空気にナタリア嬢が目を白黒させている。
「ごめんな。実は兵も民衆も皆無事だ。辺境領そのものは壊滅させたけどな。落ち着いてからでいいから答えてくれるか、なぜ「茨の冠」を引き渡す事を拒んだのかを」
「ああ……あああああ……あああ」
本当の事態を理解したナタリア嬢が大泣きした後、聞かせてくれた話はまあ、大凡予想通りのものだった。
そんな場合もあるんだな。
「茨の冠」に関する告知は、俺本人が改めて直接行ったほうがいいだろう。
悪気はないんだろうが、俺の怒りに直接触れたことのある元「救世連盟」の通達は、有無を言わさぬ高圧的なものだったみたいだし。
だからといって、それで兵を挙げてしまったナタリア嬢が許されるわけでもないけれど。
表向きには存在しなくなってしまったグレイリット辺境領の人たちには、「天空都市」の初代市民になってもらえばいい。
甘かろうが決定を下したのは俺だ。
「天空城騎士団」の団員はさておき、他の者に文句を言わせるつもりはない。
責任はきちんと負おう。




