第63話 反乱鎮圧
一辺境領の反乱鎮圧にしては、過剰過ぎる戦力を用意した。
北方ザナルガリアの最前線を警戒していた「天空城」がグレイリット辺境領へ向けて移動を開始する。
常は皇都ハルモニアの「浮島」にその巨躯を横たえている神竜が、「天空城」に追従して飛翔している。
城の広間には俺以下、「天空城騎士団」が全員揃っている。
こうやって御揃いの長外套に身を包み、現時点での総勢八名が揃うとそれなりに絵になるものだな。
まあ俺以外、みな基本的な顔の造形が整っているから当たり前といえば当たり前だが。
くっそ、新生アラン騎士団長が思いのほかカッコイイ。
豪奢な金髪を、純白に赤字で自身の№である「Ⅵ」と「天空城騎士団」のマークと名が染め抜かれた長外套に流し、甘いマスクでありながら歴戦の厳しさを湛えた表情と、鍛え抜かれた長身。
俺が譲った中層レベル帯では圧倒的な性能を誇る刀「之定」に主武器を変更している。
「之定」――和泉守兼定は奸臣を三十六人切り捨てた事に由来する「三十六歌仙」の名の方が有名かもしれない。
あるいは「鬼副長」の佩刀としてか。
だが「鬼副長」の方は当時水戸藩お抱え刀工であった十一代和泉守兼定が(以下略
歌仙拵と銘を「之」と切られる事を特徴とする、最上大業物の一本。
ゲームでだとこういうの絶対収集してしまう。
洋装に刀というのが、なんというか異様に厨二心をくすぐる。
幕末といおうか、帝国軍と言おうか、なにしろ来るものがあるのだ。
今やこの「三十六歌仙」はアラン騎士団長の代名詞ともなっている。
「刀」の戦闘スキルはエフェクトがかっこいいのが多いし、派手なんだよな。
知ってるんだぜ、大貴族のご令嬢達にいまや本気で言い寄られているということは。
リア充め、向こうでならアラン騎士団長は俺の不倶戴天の敵だ。
こっちでそれ言うときょとんとされるんだろうけどな。
そのアラン騎士団長がさっきからうるさい。
「№Ⅷって誰なんですか? 教えてくださいよ」
じゃないわ。
ロリコンなのかアラン騎士団長。
神竜は 仮面をつけているからその正体はわからないが、立ち居振る舞いから「女の子」であることはなんとなく予測がつく。
なんというか、本体の威厳に反して、妙にかわいらしいのだ。
そこに反応するとはやはりロリコンなのか、アラン騎士団長。
「映像窓」に記録されている事を意識してか、表情は引き締まったままだが馬鹿なことを繰り返し聞いてくる。
知ってるかアラン騎士団長、音声の記録も実はばっちりだ。
後日特別に、フィリアーナ公爵令嬢に送りつけてやろう。
言い訳に苦しむがいい。
主にお父上のほうに対して。
まあ冗談はさておき、「№Ⅷ」の得物が小太刀二刀流だから気になってるんだろうけどな。
「アラン騎士団長、「天空城騎士団」では、団員の正体詮索禁止ですよ。私たちは最初の立場上仕方ありませんが、シン様が選ばれた方に対する詮索はいけません」
「は、これは失礼致しました。以後気をつけます」
「№Ⅶ」であるシルリア姫に窘められた。
「天空城騎士団」としては同格だが、本来ウィンダリア皇国騎士団長であるからには主筋の姫だ。
逆らえるはずもない。
「ロリコンなんですね、アラン騎士団長」
「ロリコンでしたのね、アラン騎士団長」
「ロリコンとは。無駄に髪生やしてやることは幼女物色ですか。最低ですね」
「妾とシルリアに反応しないのは主筋だからかしら? それとも妾たちに魅力がないのかしら? どうなのアラン騎士団長?」
「い、いえ、お二人に魅力がないわけではけして、いえそうではなく私はそもそもロリコンではありません! 違います!」
要らん被弾を喰らっている。
何気にヨーコさんとフィオナの突っ込みが鬼だ。
「天空城騎士団」は俺とアラン騎士団長を除けばみな女性となっている。
一対一でも負けるのに、彼我の兵力差は絶望的だ。
戦えば負ける、こういうときは他人のフリしかない。
あとここカットな、世界に配信する映像からは。
馬鹿なことを言っているうちにグレイリット辺境領へ到着する。
さっさと済ませてしまおう。
初報に誤情報が含まれており、現在のグレイリット辺境領はまだ十九歳になったばかりの、ナタリア・グレイリットが辺境領を継承している。
父親であるダレス・グレイリット辺境伯が急死し、その家督を継いでいたのだ。
その際に「茨の冠」も継いだものと思われる。
父親は意識不明の病床に在ったため「茨の冠」の提出が不可能だったという事らしいが、それを引き継いだ娘が「反乱」を起こすとはどういうことか。
無知ゆえに力に溺れての暴走か、それとも何か理由があるのか。
まあそんなことは叩きのめしてから考えればいい。
奴隷を見せしめに殺したり、前線に立たせたりした屑貴族どもは徹底的に破滅させてきた。
「茨の冠」を使って、プレイヤーキャラクターを己の好きに使おうという愚か者に遠慮するつもりはまるでない。
それに今回、操られている「宿者」に「聖餐」を使ってみる事に対して、夜とクレアから承認を得ている。
どうなるかは解らない。
だがプレイヤーが居なくなってしまった事により、「虚ろ」となっているのが解消できるなら、少なくとも自分でこれからどうするかを選ぶことくらいは出来るだろう。
もともと神であった神竜のように、レベルさえあげればすべてを取り戻せるような状況にはならないかもしれない。
それどころか意識が戻るかどうかすらも今はわからない。
それでも「システム」の思惑で生み出された、だけど間違いなくこの世界の存在である「宿者」が、プレイヤーとの接続を絶たれたからといって人形のように眠り続けるのは納得がいかない。
夜やクレアに独自の意思があることを知ってしまっているからこそ、余計に。
だからこそ、できることはやってみようという共通認識にたどり着いた。
まずは「茨の冠」からの解放だ。
「天空城騎士団」には全員、予定通り動いてもらう。
辺境伯としての矜持はあるようで、ナタリア嬢は私兵の全軍を辺境領の境にある平原に展開させている。
民衆を盾に取ったり、奴隷を犠牲にする手段は取っていないようだ。
それどころか、「茨の冠」の引渡し以外はすべて従ってもいいといってきているらしい。
認められんが。
どうせ最前線には「茨の冠」を使用した「宿者」で出てきているのだろう、まずは出鼻をくじかせてもらう。
辺境伯としての矜持、それを叩き潰させてもらおう。
『シン様。アレスディア教会大聖堂による「大術式:生者転移」が発動完了しました。グレイリット辺境領に存在するすべての生者は、皇都ハルモニア郊外に強制転移完了しています。はじめてください』
ソテル老から報告が届く。
これで無用な犠牲を出す懸念はなくなった。
数百年の開拓を受けた土地や、辺境領とはいえ数百年間その中核であった街には悪いと思うが、見せしめになってもらおう。
転送させた人々には同じ暮らしを維持できるだけの用意はする。
先祖伝来、思いでもある土地を焼き尽くすのは抵抗もあるが、領主が逆らったんだから皆殺しという乱暴な手を取らなかった事で、何とか納得して欲しいものだ。
『神竜』
『承知』
本体のほうから渋い念話の返答が即答される。
ナタリア嬢が戦場と定めた平原から、天空城と神竜を見上げる家臣団や私兵たちの目には絶望しか映っていないだろう。
そりゃそうだ、こんなものと戦うなんて聞いてないわな。
それでもまだ「降伏」を伝えてこないのは、「茨の冠」なら勝てると思っているのか、もう遅いとあきらめているのか。
その視線の先で天空に浮かぶ絶望の象徴、「神竜」本体に爆発的な魔力が発生する。
ちなみにこれレベル1の基本技なんだけどな。
「ブレス」をぶちかます。
平原に展開する兵達の頭上を通り抜け、背後に巨大な火柱を発生させる。
その衝撃波だけでたかが千数百しか居ない兵たちは乱れ、軍の体をなさなくなる。
辺境領でこれだけの兵を出せるというのはすごい事なのかもしれないが、何の意味もないな。
振り返ってみても、森に遮られて見えないだろうが、方角から予測はつくだろう。
今の神竜の一撃が何を狙ったのかは。
巨大な「映像窓」を天空城の前面に展開して、それをはっきりと教えてやる。
今の一撃で、自分達の街の中央、辺境領を統べる城が消し飛んだという事を。
すべての兵達の表情が抜け落ちる中、再び神竜に魔力が集中をはじめる。
五対十翼の副翼周りに、無数の光点が発生する。
物言わぬ神竜が強大な主翼を一振りすると同時に、発生していた無数の光点は、それぞれが何かに向かって走る光線となり、空を焼く。
追跡系光術式「流星光雨」
数千の光線が、グレイリット辺境領中の人工物を悉く燃やし尽くす。
それは「天空城」の哨戒索敵システムに捉えられ、今一瞬に起こったことを、平原で呆然とする兵達に突きつける。
自分達の家が、兵舎が、店が、馬小屋が、城砦が、ありとあらゆる建造物が火をあげるまもなく消し飛んでいる。
この数百年間、少しずつ発展してきたグレイリット辺境領を支えたすべての建造物が、その中に暮らしていた人々ごと消し飛んだ。
何も知らない兵達にはそう見える。
自分たちはそれだけのことをしたのか。
まず戦う力を持った自分達を蹴散らすのではなく、悠々とそれを眼下に見下したまま、自分達が守るべき者達を根こそぎ殺しつくす程、酷い事を自分たちはしたというのか。
したのだろう。
これだけの力を持っていれば、自分達を蹴散らす事くらいなんの問題もない些事だ。
それをここまで徹底的に「赦さない」ということは、自分達の主が取った行動はそれほど致命的なことだったということだ。
自分達の根こそぎを、目の前で奪われるほどに。
それを理解してくれればいい。
この「映像」を見たものは、全員同じ思いを抱くだろう。
そのためにこれだけのことをやっているのだ。
何が起こったのかを理解しても何も出来ない。
降伏したってもう意味がない、守るべきものはすべて消し飛んだ、しかも一瞬で。
やけくそで切りかかるべき相手すら、遥か天空から自分達を睥睨するだけで、弓を打つのもバカバカしい状況だ。
あああああ
ああああああああああ
何の意味もなさない怨嗟の声が、天に向かって兵士達から漏れ出している。
涙でくしゃくしゃになった顔には絶望しかない。
自分達のすべてを奪った相手に、一矢報いる事さえ許されない絶望。
意外な事に、兵達と同じような表情で「天空城」に何か喚いているナタリア嬢は、「茨の冠」を使用して「宿者」に宿っているわけではないようだ。
「天空城」が捉える「映像窓」に表示される情報が、彼女を本人だと証明している。
なぜだ?
まあいい、予定通り行動するのみ。
怒りと絶望のぶつけどころを失った千数百の兵達を囲むように、「天空城騎士団」の俺を除く七名が地上に転移する。
それに気付いた兵士たちは、もはや狂気にとらわれたような表情で、自分から近い位置に居る「天空城騎士団」に襲い掛かった。
勝てるわけもないことは理解しているのだろうが、いまさら降伏しても何の意味もない。
ならばせめて一矢でも報いて死ぬだけだ。
――そういう狂気に取り付かれているのがよくわかる。
酷い事してるという自覚はある。
俺の周りに七枚表示されている「映像窓」が捉える各「天空城騎士団」に襲い掛かる兵達の表情がそれを思い知らせる。
でも必要な事だ。
当然だが「天空城騎士団」には殺す事はもちろん、派手なスキルを使う事も禁じている。
今のところほとんどが有名人で構成されている「天空城騎士団」のメンバーが、表情を一切変えることなく、理不尽な目にあわされた兵達を無慈悲に無力化することが必要なのだ。
この映像を見ることになる貴族達だけでなく、その下で戦う事になりかねない立場の人々にも、「天空城」に逆らうくらいなら自分達の領主に逆らったほうがはるかにマシだし、助かる可能性もあると確信してもらわなければならない。
圧倒的な強さを見せ付ければ見せ付けるほど、自分達が耐える必要があるのは「天空城」が到着するまででいいのだということが解るだろう。
槍で突こうが剣で切りかかろうが、弓で射ようが一切合財を無力化して、一方的に多数の兵を無力化していく、純白の長外套に身を包んだ絶対の騎士達。
怒りと絶望に支配されていたはずの兵たちにすら、恐怖の表情が浮かぶくらいに。
最終的に逃げ出したとしても、最後の一人まで倒しつくすように指示している。
その状況を確認してから、俺は中心で近衛らしき兵たちに囲まれているナタリア嬢の目の前に転移した。
万一を考えて『形態:七罪人ira:コード「Satan」』にしている。
「三位一体」が起動していないことは不安だが、まあこの場では問題ないだろう。
万が一、「茨の冠」に俺の知らない使い方があって、俺自身が支配される事になっては冗談ではすまない。
「宿者」に対する支配力を特化したような『形態:七罪人ira:コード「Satan」』で居る事は最低条件だ。
左肩の黒竜が心強い。
「やあナタリア嬢。警告を無視した報いが如何なるものか、理解してもらえたかな?」
突然目の前に現れた俺に驚愕しつつも、近衛の何人かは俺に襲い掛かるそぶりを見せ、何人かはいい訳を並べだす直前のような表情を浮かべた。
辺境領とはいえ、近衛の立場まで行く人間の中には、守るべきものを一方的に殺されてもなお、いやそれだけの強者であるという事を示されたからこそ、その相手に阿ろうとする人間も居るという事か。
わからなくもないが、「いやな顔だな」と思った。
めんどくさいから全員同時に「鋼糸」で意識を奪う。
ナタリア嬢を取り囲むようにしていた、数十名の豪奢な装備をした騎士は悉く倒れ伏す。
自分が何をされたか理解できているものは誰一人居ないだろう。
「映像」として考えた場合、意味不明になりすぎるかな?
もう少しなぜ倒れたのかが解るようにしたほうがよかったかもしれない。
愕然とした表情をしていたナタリア嬢が、我にかえって剣を抜く。
「な、何が英雄シンだ! 我が領民を、領土すべてを焼き尽くしておいてなにが!」
「君はそれだけのことをした。警告を受け入れなかったのも君だ。君が悪い」
「わ、私はただ「ブリアレオス」を、彼を手元におきたかっただけだ! ただそれだけの事でよくもここまでの事を!」
「それを許さないと俺は言った」
「あ、ああああ、あああ、領民を、兵たちを、「ブリアレオス」を返せ……返せよう」
泣きじゃくりながら切りかかってくる。
いかんなこれどう見ても俺が悪者だぞ?
いやまあそれでいいのか。
「茨の冠」の所持を厳禁し、それに逆らうものには一切の容赦をしない。
計算違いはここでナタリア嬢が「宿者」――俺のフレにはいなかったが、おそらくさっき呼んでいた「ブリアレオス」を使って戦っていれば、「宿者」を道具として扱う悪人として映ったのだろうが、これではなあ……
お父上がどんな見た目だったのかは知らないが、見目麗しい十代の女性を相手にしているのも映像的に俺に不利だ。
栗色の髪と瞳をした、少し気は強そうだが怜悧な美貌。
中央の社交界でも充分以上に通用する美しさだろう。
それが子供のように、涙で顔をくしゃくしゃにして剣技も何もなく斬りかかって来る。
なんか無理やり女の子から宝物を取り上げる人みたいな絵面じゃないか? これ。
ついでにその子の故郷を殲滅し尽くして。
なんか失敗してる気がする。
しかも深刻なレベルで。
『シン君、ものっすごい悪者に見えますよ、今』
『いくらなんでもですわ、我が主……』
『Sもいけるとは意外ですな、シン様』
『妾は味方です! ダークなシン兄様も有りだと思います!』
『ロリコン呼ばわりのほうがいくらかマシですかねえ』
『シルリアもいいと思います。泣かされるの好きです!』
『率直に言って大丈夫か貴殿ら』
我が「天空城騎士団」が好き勝手な事を言ってくる。
夜とクレアにまで言われるとは相当だなこれは。
フィオナとシルリアのウィンダリア皇族コンビがちょっと手遅れな気がする。
ヨーコさんはいつも通り。
覚えてろよアラン騎士団長。
神竜は意外と辛辣だな。
『あー……なんでナタリア嬢が「茨の冠」を使ってないのかも含めて確かめたい事もあるし、一旦撤退しようか。必要な映像は揃ったと思うし、そうしよう。兵士たちはいったん「天空城」に引き上げ頼む』
全員から首肯の声が返る。
うーん、ちょっと予想外の展開だな。




