第62話 地方反乱発生
俺達にその一報が入ったのは、日課となっている迷宮での育成を終え、いつものように「冒険者ギルド」付の酒場で呑んでいる時だった。
順風満帆といっていい世界の改革だが、この手の「地方反乱」発生の報告は別に珍しいものでもない。
なんといっても世界は広い。
三大国であるウィンダリア皇国、フィルリア連邦、バストニア共和国、および宗教国であるアレスディア宋国、つい最近まで「救世連盟」として世界を統べていた商業都市サグィンなどの大国で、「反乱」と呼べる規模のものが発生する事はまずない。
首都や中堅以上の大型城塞都市には「情報」が出回っているだけに、一部の貴族や大商人が「ルール違反」をやらかすことはあっても、「反乱」という規模までは行かない。
各国首都では「浮島」が地上を睥睨し、各国の正規軍は「世界会議」の指揮下で強化の日々を送っているので、「反乱」などというばかげた事を本気で考える者は存在しないのだ。
まったく不満がないわけではもちろんないだろう。
だが、先の「大侵攻」を凌いだ事によって発生した広大な魔物領域の開発。
「冒険者ギルド」の順調な再稼動に伴う民間への魔物素材、ドロップアイテム流入による経済活性化。
「奴隷解放政策」に従って職を失うかに見えた「奴隷商」たちが中心になって行っている元奴隷の再教育や仕事斡旋業。
それらが今のところ「世界会議」の介入で「儲かる」仕事となっている。
状況を正しく把握している者達にとって、この未曾有の「稼ぎ時」に反乱などという旨味のまったくないものに割く余裕などないのだ。
資金力さえあれば、いくらでも新規事業があり、儲ける場が転がっている。
この状況下で、「理想を掲げた改革」によって割を食う貴族、資産家、大商人達にうまく「新規事業」の利権を優先的に回し、力と理想による強引な改革だけでなく、「利益供与による懐柔」を、アランはじめ「世界会議」の実務担当者たちが実に細やかにやってくれている。
この辺は「戦闘能力特化」である俺達には限界がある、というか正直どうにもならん部分なので本当にありがたいと思っている。
「反乱」に至らない最大の理由は、「改革」をすすめる俺達の「戦闘力」を直接間接に知る機会があった人間が「武力による反乱」と聞けば、つい最近まで「奴隷解放政策」を聞いた時に浮かべた胡散臭い、もしくは嘲笑するような表情をしてこう言うからだ。
「勝てるわけねえだろ、馬鹿じゃねえのか」
今も「冒険者ギルド」の酒場で共に酒を呑んでいる「冒険者」達や、冒険者ギルドを中心に成立している武器屋、防具屋などの店員、そこと取引のある商人達から異口同音にその手の評価が語られる。
「天空城」を擁し、各国首都上空に「浮島」を置いている。
そのうちひとつには「俺に従う」と明言している神竜がお昼寝している。
「救世連盟」解体戦から始まり、ヨーコさんとの模擬戦、「大侵攻」における「完璧な獣」戦、「神竜」戦などを知り、今は皇都ハルモニアの地下迷宮で極稀にとはいえ直接俺達が戦うところを見る機会がある人間にとって、俺達に「戦闘力」で反抗するなど馬鹿の所業にしか思えないのだろう。
その上で「よりマシな世界」に変わって行っているのを実感できる人々にとって、「反乱」はバカバカしく、唾棄すべきものに映る。
だが世界の、リィン大陸の広さゆえにそういった具体性を伴った情報が届ききらない地方においては、「反乱」というのは発生し得る。
地方ゆえにより絶対的な権力を持ち、中央での栄達、出世をあきらめたからこその反動でまさに王のように振舞う地方有力者達が、中央からの指示に「はいそうですか」と従うわけもない。
その上俺達の戦闘力を目の当たりにする機会もなく、今現在各国中央で起こっている経済的発展の兆しも知りえないだけに、既得権益を守るために「反乱」も辞さず、というのは結構居る。
彼らは自分の持つ情報と価値観だけで判断するため、当然中央の有力者達も「奴隷解放」などに素直に従うわけはないと思っているし、事の対処は中央が終わってからになるだろうから、すぐに指示に従う必要はないという判断もあるのだろうと、アデル少年などは分析していた。
すでに中央は「逆らったら潰される」「のった方が得」の判断のもと、急速に動き出している事を知る術がないのだ。
だからこそ珍しい事でもないが、本来ほとんどは「報告書」という形で鎮圧、懐柔の結果が伝えられるに過ぎない。
現状の戦力であれば正規軍の一部隊を差し向ければ大体の地方領主の私兵などは話にならないし、「冒険者ギルド」の依頼レベルですら何とかなる。
複数の地方領主が結託したパターンなどもあったが、その際には「浮島」の使用許可を出すだけで、あっさり白旗をあげて終わった。
故に発生した時点で俺達に直接報告、というか相談が持ちかけられることは珍しい事でもあるのだ。
「今度はどこのお貴族様だよ、「天空城騎士団」の誰かが出張って終わりじゃねえの? 今回も」
「俺らで数集めて鎮圧行くか? 田舎領主ぐらいなら向こうにも犠牲出さずに何とかなんだろ」
「大将煩わさせるレベルの話じゃねえわなあ」
冒険者達から心強い発言がなされる。
大言壮語ではなく、現状彼らの高ランク者が一定数集まれば、地方領主の私兵あたりを無血解体するのはそう難事でもなくなってきている。
だが今回はそうも行かないだろう。
今「映像窓」に映し出されているのはソテル老本人。
慌てた新人担当者が連絡を取ってきたわけではない。
『シン様、今回の反乱者はダレス・グレイリット辺境伯です。辺境領の規模自体は大したことはございませんし、私兵の規模も知れております。ですが……』
ソテル老本人が俺に報告をあげる必要のある案件。
だがその対象者の勢力そのものは、正規兵の一部隊で充分に鎮圧可能な規模であるに過ぎない。
となると、答えはひとつか。
『「茨の冠」持ち、か?』
『左様です。真に申し訳ありません』
厄介だな。
「茨の冠」で「宿者の抜け殻」を操る存在に対して、今の大部分の戦力は無力だ。
レベル差30の壁を突破できない
「天空城騎士団」級であっても、現状のレベルから言ってまず心配ないといえるのは俺達三人を除けばヨーコさんくらいで、それでも相手が遠隔系かつ隙をつかれれば絶対とは言い切れない。
絶対的な対処法を持つ俺が出るのが一番安全だろう。
『わかった。俺が出よう』
『ありがとうございます。それに際してお願いがございます』
珍しいな、ソテル老が注文をつけるというのは。
大体は俺が判断すべき案件を抽出し、その決定には粛々と従うのが常なのに。
『なんだ?』
『この件で、「茨の冠」を隠し持つ愚か者どもを全員あぶり出し、シン様に恭順を誓わせるために、此度の鎮圧は最大戦力で行ってください。またその記録をリィン大陸全土へ向けて公表する許可を』
そういうことか。
改革を進める立場の者にとって、この手の「反乱」は唾棄すべきものだ。
手間を取られるのも惜しいし、機会があれば後顧の憂いなきよう一掃しておきたいのだろう。
『殲滅しろと?』
『御意』
一罰百戒。
確かにその意味では、俺が絶対に許さないと明言した、「茨の冠」を隠し持つのみならず、それを使って反乱を起こしたダレス・グレイリット辺境伯とやらをその辺境領ごと焼き尽くすのが一番効果的だろう。
従っただけの部下も、何も知らない住民も、何百年にわたって開拓されてきたであろう土地もすべて焦土に帰す。
理不尽であっても、ときに「恐怖」を刻み付けることは為政者にとって必須という事か。
ソテル老のことだ、グレイリット辺境領が灰になった場合の経済的なダメージも計算した上での進言だろう。
確かに俺は、「茨の冠」の持ち主数人を残虐に殺している。
それについては後悔もないし、ダレス・グレイリット辺境伯とやらを殺す事にもためらいはない。
だがその部下や領民、辺境領そのものを消し飛ばすことについては抵抗がある。
というよりやりたくない。
『それは却下だ。だが二度と同じ馬鹿が出ないようなやり方はする。それでいいか』
『御意に。ただしここで私が殲滅を進言し、シン様が否定なさったことは発表させていただきますが』
抜け目がないというかなんとういか……
厳しいならその恐怖で、甘いならその慈悲で人心を得るという事だ。
「為政者」ポジションの視点はどうやら俺にはもてそうはないな。
「映像窓」が切れる。
俺が「出る」と明言した以上、この件に関する決定権のすべては「俺」に委譲された。
兵の一兵たりとも俺の許可なく出されることはない。
このあたりの徹底は空恐ろしいほどで、「世界会議」においても例外処置は認められていない。
物理的に首が飛ぶレベルの厳しさを徹底している。
逆に言えばこのまま俺が放置すれば、ダレス・グレイリット辺境伯の反乱は俺に黙認されているという扱いにもなる。
迅速な行動が必要だ。
「年の功といいますか、読まれてますねシン君」
ため息と共に夜がコメントをくれる。
そうなあ、完全に把握されてるような性格とか行動基準とか。
「ああいうじいさまと駆引きやって勝てるわけないからなあ。根っこの部分でこっちの心情慮ってくれてることだし、掌で転がされてるほうがうまくいくだろ、たぶん」
だからといってこちらをコントロールしようと思っているわけではない。
逃げ道も用意し、汚れ役はあっちで引き受けてくれながら、俺達にしか出来ない、俺達がやるべきな仕事を効率的に回してくれている。
素直にのったほうが得ならそうするまでだ。
「それはそれで大人の判断ですのね、我が主」
「負け惜しみに聞えないようなら、言い訳としては成功かな」
「成功でいいんじゃないですか。それで、具体的にはどうします?」
「とりあえずハッタリ重要だし、「天空城」と「天空城騎士団」全員で出向こうか。世界中に配信されるんだろうか気合入れていこう」
「冒険者ギルド」の支部をある程度以上人口の居るところに立ち上げる計画も急ピッチで進んでいる。
その目処もほぼ立ったということだろう。
そうなれば少なくとも、「冒険者ギルド各支部」において、中央が発信する「映像窓」を見ることが可能になる。
情報の伝達速度は劇的に変わることだろう。
「冒険者ギルド」という組織が、国家規模の影響力を持つ事にもなる。
人々が暮らす場所に対する、「情報」における影響力を最も持つのが「冒険者ギルド」になるからだ。
間違いなくその第一弾として、今回の「地方反乱鎮圧」は使われる。
そうであれば派手にやるのがいいだろう。
いまだ指示に従わず、「茨の冠」と「宿者の抜け殻」を隠し持つ馬鹿どもを一網打尽にする必要もある。
それに試してみたいこともあるのだ。
いまだ「天空城」の一室で眠り続ける、プレイヤーを失った、プレイヤーキャラクター達の身体。
「宿者の抜け殻」と呼ばれる者達。
彼らはプレイヤーとの接点を断たれたからこそああなっている。
それは解る。
だが、シンにはシンの記憶があり、夜やクレアがそうであったように、「宿者」はプレイヤーそのものではない。
シンと合一した俺のほうがイレギュラーな存在なのだ。
俺の複垢であった夜とクレアはそのおかげで「宿者の抜け殻」にならずにすんでいるのだろうというのも推測できる。
夜やクレアにとっても、「プレイヤー」は俺なのだから。
だが俺はこの一連の騒ぎである能力――権能を手に入れた。
「聖餐」
俺の血肉を与える事により、他者を擬似「宿者」とすることが可能な能力。
実際に「堕神化」していた神竜は、堕神から解放され、旧き神として復活している過程だ。
この権能を「宿者の抜け殻」に使用した場合どうなるのか。
俺は一プレイヤーとして、他のプレイヤーが心血注いで育て上げたプレイヤーキャラクターを勝手に使うことはしたくない。
夜とクレアの身に危険が迫るほどの窮地に追い込まれれば、なりふり構わずやれることは全部やるだろうけど、進んでそうしたいとは絶対に思わない。
でもどうなんだろう。
俺なら、俺が一生懸命心血注いで育てたシンや夜やクレアが、ずっと「天空城」の一室で眠り続けることをうれしいと思うだろうか。
そのくせ危機が迫ったときには使う事も辞さないという、保険的な扱いで。
嫌だと思う。
「茨の冠」で知りもしない他人に好き勝手に使われるのは論外だが、だからといって自分のキャラクターが死んだように眠り続ける世界なんて嫌だ。
シンや夜やクレアに意思があったように、俺のフレンドのプレイヤーキャラクター達にも独自の意思があり、それが「聖餐」で復活するのなら……
試してみる事は許されるんじゃないだろうか。
その上で、協力を取り付けられればすごい戦力にもなる。
「聖餐」を手に入れてからずっと悩んでいたが、いい機会かも知れない。
俺が勝手な思いで「茨の冠」の使用者を断罪するより、当の本人である「宿者」――プレイヤーキャラクターに判断してもらうほうが絶対に正しいだろうし。
「ちょっと相談があるんだけど、どう思うか聞かせてくれる?」
「なんですか改まって」
「基本的に我が主がやりたいようにすればいいと思うんですの」
準備して現地に着くまでに、意志を固めよう。
夜とクレアの承認だけはきちんととっておきたいし。
俺の暴走を止められるとしたら、それは間違いなくこの二人なのだから。




