第61話 冒険者としての日常
北方ザナルガリアからの魔物大量侵攻から始まった一連の動乱が終結して、一週間が経過した。
深刻な被害を受けることなく終息したので復興という色合いは薄いが、それ以上に元々同時多方面に進めていた各種開拓や解放、変革は物凄いスピードで進んでいる。
もともと圧倒的な戦力を背景に、リィン大陸の有力国家首脳及び頭脳集団、中枢戦力が協力的だったので、順調に進捗していると言っていいスピードではあった。
だがそれ以上に改革が肯定的に受け止められ、そのスピードが加速したのにはもちろん理由がある。
まずなによりも先の大侵攻を凌いだこと。
その際にデモンストレーションではない実戦力として、俺、夜、クレアのみならず、協力してくれるヨーコさん、フィオナという「異能者」の実力が「自分たちを守る」という形で分かりやすく提示された事。
――実際に防衛線に参加した兵、冒険者たちには他の「異能者」達も「天空城」に同調して、各地で実際に助力してくれたことも大きく影響しているだろう。
俺達の配下となった各国軍精鋭、復帰したばかりの「冒険者ギルド」も、この千年間なかった実力をもって、各国の住民を守った事。
そして何よりも事の最終段階において、俺達が「堕神」と化した神竜と戦い勝利しただけではなく、神の一柱である神竜を味方にしたことが決定的であった。
この事実は、俺達が「天空城」と供に神竜を連れて皇都ハルモニアに帰還した際も、神竜自身の「人の味方宣言」によって大いに喝采を浴びた。
だが、その後「天空城」が記録していた俺、夜、クレア三人 対 神竜戦の映像を、「天空城」及び「浮島」が存在する各国首都の住人に配信したことで決定的になった。
あれから一週間たった今でも、街の酒屋や食事処のみならず広場や公共の施設では、繰り返しその映像が流されている。
これはその事が人々の心を掌握するのに有効だと判断した「世界会議」の決定に従って行われている。
確かに我が事ながら、映像で客観的に見ると物凄い。
エンタテイメントとしてもあれだが、少なくともこんな戦いを出来る相手に逆らおうという気はまずなくなる。
面白い、と言ってはなんだが、最初「世界会議」が提唱する改革話を聞いて、「絵空事を」「理想論を」と言って斜に構えていた人間ほど、この映像を見た後は積極的に、屈託なく改革を推し進めるようになったらしい。
「どうせそんな綺麗事を言っても、現実はそううまくいくはずがない。夢を見て裏切られるなら初めから期待などしない方がましだ」
と心のどこかで思っていた人たちにとって、「理想論」を掲げる俺達の実力が、自分たちが考えていた「現実」程度に、決して屈しないと理解するには十分な映像だったのだろう。
国家どころか神すらも凌駕する実力と、その力を以て実際に民衆を守った事実。
その事実が「出来る事なら理想を実現したい」という、本来人々が双方持っている「正負」の「正」の部分に大きく働きかけたのか。
努力が報われ、理想が語られ、それを最強の存在が裏打ちしてくれるなら頑張ってみようか。
そういうある種、人々を「底の抜けた楽天家」とするような空気が満ちてきている。
自然発生的なものももちろんあるだろうが、そこにはアデルをはじめとする「世界会議」が上手く世の空気を誘導している点も大きいだろう。
そういう順調と言っていい状況の中、俺達は「冒険者としての日々」を送っている。
必要以上に「政治」や「経済」に関わらず。毎日冒険者として暮らす。
自らを鍛える事こそが最優先事項である俺達にとって、悪くない日々だ。
まず皇城地下の迷宮が「冒険者ギルド」にも開放された。
今も増え続けている「冒険者」達が日々迷宮に潜り、自分を鍛えると同時にこの千年もたらされなかった魔物素材や各種ドロップアイテムを持ち帰る。
「大侵攻」で得られた大量の魔物素材から武器や防具が生産され、「世界会議」の介入で軍や「冒険者」に安く卸される。
それを装備した「冒険者」が迷宮からより質の高い魔物の素材を持ち帰り、さらに強力な武器防具が生産される。
ごく短期間のうちに、少なくとも「生産」というジャンルにおいては正のスパイラルが確立している。
すべてはまだまだだが、順調でもある。
最近の俺、夜、クレアのルーチンは、午前中から迷宮に潜って獲物を持ち帰り、夜「冒険者ギルド」で冒険者達と呑んで騒ぐという、まさに冒険者としての暮らしだ。
今日は久しぶりに三人だけだが、ここのところは誰かしらパーティーに入ってることも多い。
「三人だけって、久しぶりですよね」
「今日は配慮とか要らないですし、最下層更新したいですわね」
二人の機嫌も心なしか良い。
確かに今日は到達最下層を次のボス階くらいまでは進めたい。
レベル上限突破後、早々レベルは上がらなくなっているものの、まだこの迷宮でも上げられる余地はある。
さっさと三人とも130に到達して、「堕神」などのイレギュラーでない限り、誰からもダメージを受けない状態に持って行って置きたいし。
「まあここしばらくは全体の底上げ優先だったしな。少なくとも今日からレベル130突破するまでは俺たち三人で高速育成だ。頑張ろう」
俺の言葉に二人とも気楽に「おー」と返す。
転移装置を使えば最下層付近まで一瞬で行けるが、「世界会議」の要請により地下一階から、現在「冒険者ギルド」が到達している最深階層である地下二十階までは、自分たちの足で歩いてゆく。
その過程で「冒険者」達と実際に出会い、時にピンチを助け、出逢った魔物を圧倒的な戦力で屠るところを見せる必要があるんだそうだ。
俺達が実際に自分たちと同じ迷宮を攻略中であり、それを実感することでより下層を目指すというモチベーションが生まれるものらしい。
今も「冒険者」としては中堅クラスと言っていい、現在地下15階を攻略しているパーティーと遭遇したところだ。
戦闘中でもないし、別にこれと言って会話をするわけではない。
軽く挨拶してすれ違う程度だ。
「今日は大将と両翼だけだぜ。マジで最下層更新する気なんだな」
ここのところ必ず誰かは居たから、確かに珍しいのだろう。
パーティーリーダーらしき斧遣いの言葉は尤もだ。
あたってるしな、確かに今日の俺達の目的は最下層更新だ。
「一度でいいからシン様のパーティー入ってみたいわ。どんなスピードでレベルあがるんだろう」
「ばっか、お前が入れるわけあるかよ。つーかシン様のパーティーに入るってことは「天空城騎士団」入り確定ってことだぞ。ないわ」
ああ、冗談半分で始めてみたけど、相当な噂になってるのはやっぱり本当なんだな。
先日、暴走した妄想をアデルに話してみると、「それはいいですね、是非やりましょう」と即決され、「天空城騎士団」が本当に成立した。
「噂では「天空城騎士団」入りすると、「宿者」様格の力が与えられるっていうけど、マジなのかな」
「マジなんじゃねえの? 俺一回「天空城騎士団」の№Ⅷがソロで狩りしてるの見たことあるけど、めちゃくちゃ強かったぞ」
あっという間に仮面と専用の衣装が用意され、正式に発表された訳ではないがアデル主導の噂により、「冒険者」をはじめ、街の人々にその存在は広められた。
「正体はっきりしてるのって、№Ⅳのヨーコ様、№Ⅴのフィオナ様、№Ⅵのアラン騎士団長、№Ⅶのシルリア皇女だろ。Ⅰ、Ⅱ、Ⅲは御本人だからわかるけど、№Ⅷって誰なんだろうな。俺もいつかはあの仮面と外套、№を与えられてみたいもんだぜ」
「冒険者やるからには夢ではあらあな。「天空城騎士団」入りしたらその名の通り「天空城」住み許可されるんだろ。大出世なんてもんじゃねえ。いまんところ有名人除けば一人だけっぽいし、チャンスなくはないよな」
誰もが知る有名人を初期メンバーに設定し、彼らは特に顔を隠したりはしていない。
紅文字で自身の№と「天空城騎士団」のマークと文字が記された、白い長外套に身を包んでいるだけだ。
これはかなりカッコいい痛い。
ちなみに今の俺達もその格好をしている。
現在の「天空城騎士団」メンバーは以下の通り。
№Ⅰ 俺
№Ⅱ 夜
№Ⅲ クレア
№Ⅳ ヨーコさん
№Ⅴ フィオナ
№Ⅵ アラン騎士団長
№Ⅶ シルリア姫
№Ⅷ 神竜 人化バージョン
の八名だ。
神竜はその正体を隠すため、専用の仮面も付けている。
何の素っ気もないただ白いだけの仮面だが、「天空城騎士団」の圧倒的と言っていい戦闘力と相まって、憧れの存在となっているらしい。
かなりきついと思うんだけどな、このコスプレ。
今俺達を見る「冒険者」達の瞳の色を見るに、本当に憧れているらしい。
たしかにわかりやすい「選別」ではあるし、「冒険者」をやるような連中の精神にはクルものがあるのは解らなくもない。
もともと俺がノリノリで考案したものだしな。
とは言え実際にこういう立ち位置になると赤面を隠しきれない。
夜とクレアがものすごい自慢げなのが、より一層恥ずかしさを助長させる。
「天空城騎士団」(笑)
間違いなく「F.D.O」時代のフレンドたちにはこういう反応されただろうし。
まあいい、大事なのは開き直りだ。
「英雄シン」直属の戦闘部隊として、その名を上げていけば「冒険者」が暴走して馬鹿なことをやる抑制にもなるだろう。
それぞれ仕事も多いから、実際に迷宮で出会う可能性があるのは俺たち三人と一緒にいるときか、それ以外ではソロでレベル上げに邁進している「№Ⅷ:神竜」くらいだろう。
神竜の「人化」は、思っていたものと少し違った。
最初はそのサイズからも「迷宮」に入れるはずもなく、俺達と一緒にフィールドの魔物を狩ることで育成を開始した。
唯一使用可能な「ブレス」だが、これがとんでもない。
西サヴァル平原のクロウラー地域に出向き、とりあえず一発撃ってもらったら湧出していたクロウラーが全滅した。
ちなみに神竜が俺達と一緒に西サヴァル平原へ育成に向かう様子をみようと、見学者ツアーができていたのはちょっと笑った。
「冒険者ギルド」の冒険者たちが護衛に付き、ちょっとしたイベントだったようだ。
ただ、神竜がレベルアップするための経験値はめちゃくちゃ多かった。
それだけ無茶な狩り方をしても、レベル二桁に到達するにはかなりの時間が必要だったのだ。
レベル10に到達した時点で人化が可能になったが、神竜がそのまま人に化けるのではなく、神竜曰く「分体」と言われる人型が発生し、本体は「浮島」でお昼寝するようになった。
実際の戦闘力は本体と変わらず、必要であれば即時本体を召喚することも可能だそうな。
正直ちょっと強すぎる。
人化した神竜は意外なことに竜眼の幼女であり、想像していたぼんきゅっぼん系の美女ではなかった。
成長すればものすごい美人になるんだろうなと思わせる造形だが、現時点ではあまりにも幼すぎる。
男としての俺にもさほど興味は無いようで、「来たるべき時に備える」という理由で、日夜ソロで迷宮に潜って鍛えている。
必要であればいつでも指示に従う、とは言ってくれているが、基本自由行動で日々レベル上げだ。
本体は「浮島」で寝てばかりなので、「天空城騎士団」№Ⅷが、神竜である可能性には誰も気づいていない。
えらく小さい、「天空城騎士団」が一人いて、日々迷宮で魔物を狩りまくっているという噂になっているだけだ。
レベルを上げるための経験値が膨大なことと、レベル30差のルールが適用されることから、冒険者達の攻略階層と現時点ではさほど差がないためによく目撃されているようだ。
「分体」が使用する武器が小太刀二刀流なことも、珍しさも手伝って目立つことを助長しているのだろう。
まあ、神竜は好きに鍛えてくれればいい。
必要なときには指示に従ってくれるし、今はそれで問題はない。
「人化」のあまりの幼さと、俺にそっち方面の要素がないことを知っている夜とクレアは、シルリア姫の時と同じように態度を軟化させているし、パーティーを組むことに問題はない。
しかし俺、結構ロリ系も好きだったんだけど、夜とクレア目の前にしてるからそういう要素なくなったのかなあ。
結構ドストライクだと思うんだけどな、「分体」神竜。
まあいい、今日は最下層をまず更新しよう。
それで夜はまたヨーコさんの酒場で宴会だ。




