第60話 後始末と、明日の想像
高度を下げる「天空城」と供に、皇都ハルモニア上空に滞空する神竜を見上げ、街の人々が思い思いの事を大声で話しているのが無数の「映像窓」に表示されている。
「天空城」が神竜を従えて皇都ハルモニア上空に浮かんでいる映像は、確かに神話のワンシーンを切り取ったかのようだ。
俺達「救世の英雄」の帰還から、あっという間に「世界会議」が開催され、千年の停滞から人の世が拡大方向へ走りだそうとした矢先に起こった魔物の大侵攻。
それを凌ぎ切ったと思われた直後に、神話で語られているのみである神竜が「天空城」を急襲。
その結果、神竜を従える形で俺達が帰還すれば、それは騒ぎにもなる。
一般の人々には北方ザナルガリアからの魔物大侵攻を中心とした、各地の魔物領域からの同時侵攻や、「完璧な獣」の撃破、破綻しかけた戦線に対する、ガルさんをはじめとした「異能者」の助力は知らされてはいない。
だがここしばらく立て続けに起こっている「戦乱」の空気に対して人々は敏感だ。
一時的に姿を消した「天空城」や、未明から慌ただしく動く軍や冒険者たち、最終的には王都上空に神竜が現れたとあっては、只事ではない事態が進行していることに気付きもする。
そうなると騒ぎになるのは必然で、なんとかおさめる必要がある。
せっかく事態そのものは収まっているのに、民衆の混乱による犠牲が出るのはバカバカしい。
かなりうまく事態が推移したとはいえ、すでに犠牲が皆無な訳ではないのだ。
ヨーコさんやフィオナが混乱を取りまとめるように動いてくれているんだろうが、今のところまだ混乱は続いている。
ある意味混乱の原因である、神竜に場を収めてもらうのが手っ取りばやいだろう。
ああ、意外というか面白いことに、神竜は黒竜が苦手っぽい。
神竜というからには竜族はすべて自身の眷属だろうに、黒竜はそうではないらしい。
知識と知恵、力を兼ね備えた神竜が、ものも言わぬ俺の左肩に乗っている小さな黒竜の視線から苦手そうに目を逸らすのはちょっと面白い。
やりすぎると噛まれそうなので自重しよう。
命に係わる。
まあ今の神竜からダメージを喰らうことはないのだが。
『千年ぶりだな、世界に生きる人間たちよ。我は、神竜。千年に渡って「堕神」に落とされていたが、「英雄シン」とその「両翼」によって解放された。我は我を解放してくれた「英雄シン」に従う。「英雄シン」がお前たち人間の味方であるならば、我もまたお前たちの味方だ。無用な混乱を収めよ』
そんな黒竜に頭が上がらない神竜だが、こういう事をさせれば様になる。
神様だしな。
この圧倒的な存在が「自分たちの味方である」という事を理解した民衆は、安堵とともに大歓声を上げる。
まあ、これ敵にまわして勝てるような魔物は思いつかないだろうから、そうなるのもわかる。
信じられないだろ、Lv1なんだぜ、こいつ。
冗談はさておき、これで混乱はお祭りめいた騒ぎに変わるだろう。
北方ザナルガリアからの魔物大侵攻に端を発した今回の争乱が、どうにかこうにか決着した瞬間だ。
いろんな後始末は残ってはいるけれど。
「本当に神竜を倒しましたか。まさに英雄ですね」
「倒すだけではなく味方にしてしまうって……シン兄様すごい……」
さすがに神竜を味方にして戻ったことには驚いたのか、ヨーコさんもフィオナも珍しく素で称賛してくれる。
確かにこれで驚いてくれないなら、何をやっても驚いてはくれないだろう。
その上神竜本人? が俺個人に従うことを明言したことが大きいらしく、ヨーコさんはともかくフィオナの俺を見る目が崇拝の域に達している気がする。
「神様すら従える英雄」っていう響きは確かに女の子に人気は出そうだ。
その分厄介事が増えるだけな気もするけどな、主に国家の思惑的な意味で。
『我はどこに居ればいいのか。別にずっと滞空しておっても構わぬがちと落ち着かぬ。皇都周りにでもうずくまっておればよいか? シン殿』
どういう仕組みか、ごくまれに羽ばたくだけで、神竜の巨躯は滞空し続けることが可能だ。
まあこれは千年前からそうなんだが、翼の意味ないよな。
とはいえ、ずっと浮かんだまんまというのも落ち着かないだろう。
「あー、今「浮島:伍」を北方ザナルガリアからこっちへ呼んでるから、そこがとりあえず神竜の家な。広さは充分だから大丈夫だと思うし、神竜がいる「浮島」が守護に付いてたら皇都の人達も安心するだろ。警戒する必要のある北方ザナルガリア方面へは「天空城」を送るよ」
間違っても心に浮かんだ「神竜小屋」という言葉は口にしない。
『忝い』
返事が渋いな神竜。
ほんとに女性よりなんだろうか。
しかしまさにファンタジーな光景だな、城塞都市である皇都ハルモニア上空に浮かぶ空中台地と、その上にうずくまる、神竜とか。
ちょっとわくわくする。
「浮島:伍」には、「完璧な獣」の巨大な死体も載せている。
こちらに到着したら処理しなければならないだろう。
「宿者」――プレイヤーである俺達にしか処理できないが、疑似「宿者」となっている今の神竜なら餌に出来たりするんだろうか。
他にも戦場となった各地に無数に散乱する魔物の死体の処理もしなければならない。
千年に渡り入手不可能であった魔物から取れる素材は価値あるものだし、これは普通の人々でも処理可能だ。
各国に支部を早急において「冒険者ギルド」からのクエストとして扱い、持ってきてくれた人にある程度の報酬を渡すことで何とかなるだろう。
自分で何かに使いたい人は使ってくれてもいい。
魔物の肉を食べて死ぬこともないし。
食えたもんじゃないのも多いが、中には美味しいものもある。
そういう情報の再発見も、これから進んでいくだろう。
各国の軍が可能な限りの回収は行うだろうから、その辺との調整は必須だが。
文字通り腐るほどあるからそう問題にもならないだろう。
犠牲者が皆無とはいかなかった各国の軍の再編と、冒険者達の立て直しも急務だ。
冒険者ギルド関連はヨーコさんに任せるとして、軍、特にウィンダリア皇国騎士団についてはアラン騎士団長とも連携して再編を進めなければならない。
今回の件でレベルを上げた団員たちを隊長格に据え、急いで騎士団の拡大を進める必要もある。
今回の件は一旦落ちついたとみていいだろうが、いつ何時同規模、もしくは今回以上の大侵攻があるかわからないのだ。
準備は急ぐ必要がある。
ガルさんたち姿をくらませた「異能者」連中の捜索隊も組織しなければならない。
まあもう少し落ち着いたら「リィン大陸最強決定戦」とか告知すれば、大半は向こうから現れる気がするから、そこにそんなに人を割く必要はないだろうけど。
優勝者は神竜と戦えます。
とうたえば、俺が知る「異能者」の八割がたは間違いなく向こうから集まってくる。
柵や思惑より、彼らは「強者」と戦うことがすべてなのだ。
俺とも戦いたがる人は多いだろうけど、それは俺も望むところだったりするしな。
俺が直接関われる事はそう多くないだろうけど、今回の件で大量に解放された魔物領域の開拓も急務だ。
優秀な文官集団が主導するんだろうから心配いらないとは思うが、利権が絡むことでもある。
直接俺達が文官達の方策を支持する態度を明確にしないと、自称大貴族連中がまたぞろこそこそと自分たちの利益を最優先にしかねない。
そういう連中は発覚次第見せしめにしていかないと懲りないしな。
やりすぎると駄目なのが歯痒いが、その辺はそういうものと割り切って、質の悪い連中を見せしめに、ある程度の所は見逃さなければ立ち行かない。
その辺のさじ加減もアデル少年はじめ、優秀な文官集団に期待しよう。
俺達はその政策を支持すればいい。
まだ始まったばかりの「奴隷制度の解放」もある。
圧倒的な戦力を背景としているだけに表立った反対や反抗は見られないが、そう簡単に進むことでもないだろう。
「奴隷」が当たり前となっている人たちへの教育、「奴隷」がいることが大前提となっている各種産業へのケア、なによりも「元奴隷」であった人たちの「仕事」を確保し、暮らしていける状況を確立する事。
力でぶん殴って言う事だけ聞かせても、その後の具体的な指針がないとどうにもならないのだ。
解放された魔物領域の開拓と入植、「冒険者ギルド」の職員やギルド員としての登録、適性を確認しての「軍」への編入。
幸いにしてやってもらうべきことは大量にある。
俺がちょっと夢見ている「天空都市」の住民として「浮島」の開拓を任せてもみたい。
ただこれは慎重にしなければ、下手に進めると国家間がギクシャクしかねない。
事実はどうあれ「天空都市」の住民が「選ばれた民」みたいに扱われかねないからだ。
それでもやっぱり、「天空都市」は成立させたい。
なんかこう、憧れるんだよな、そういうの。
ともあれ「奴隷解放」と「種族差別撤廃」は、焦らず進めていくことが肝要だ。
主導者である俺が焦れば、要らぬ歪が、人の血を流させることも十分にあり得る案件なのだ。
理想の灯をともして、現実を歩む。
言葉でいえば簡単だが、それこそが最も難しい。
なまじ圧倒的な戦力で、他者を従わせられる立場なだけに一段と注意が必要だろう。
俺の言葉を都合よく解釈し、己の欲を満たす輩も確実に出てくるはずだしな。
その辺は信頼できる人間を一人でも多く得ることが大事だ。
一人では限界がある。
夜やクレアがいてくれても、三人だ。
ヨーコさんやフィオナ、シルリア姫やアラン騎士団長、アデル少年やユリア嬢。
その他にも力になってくれる人を見極め、信じて任せることも必要だろう。
世界を変えていくっていうのはそういう事だと思う。
理想ばっかり喚き散らして、上手くいかなかったら力でぶん殴る。
それでは何も変わらないばかりか、悪くなっていくだけだろう。
理想を目指した凡人が現実に躓いた時、最も暴君となるというのはよく言われることだ。
やっぱり俺は、夜とクレアと強くなることに注力して、その辺の事は周りを信頼して任せるのが一番いいのかもしれない。
さぼりたいとかそういう意味ではなく。
それに次の「堕神」を確実に解放するために、まず俺達が強くなること。
これには神竜も付き合ってもらわねばならない。
彼女? は無視しえぬ戦力だ。
自分たちが強くなることはもちろんだが、「冒険者ギルド」を中心に、戦える人たちを増やすことも、同時に進めなければならない。
今回のように、俺達の戦力だけでは手が届かないところはいくらでも出るのだ。
なんとか育成が進んでいた各国精鋭と冒険者精鋭。
それにガルさん達「異能者」が力を貸してくれたからこそ、この程度の被害で済んでいる。
次もそうである保証なんかはないのだ。
何よりも最悪の事態になれば、俺は夜とクレアを最優先する。
そこに迷いはないが、その時までに可能な限り自分の力で自分を守れるように、世界の人々がなっていてくれればいい。
「冒険者ギルド」の拡大はその早道だと思う。
俺達がもう使わない、死蔵している各種武器、防具、アクセサリーを冒険者のランク応じて報酬として配布する。
冒険者たちが一定のレベルに達すれば、イベントとして上位ジョブ取得クエストなんかを主導してもいいだろう。
やり方を工夫すれば、短時間で急速にかなりの戦闘力を持った組織を立ち上げることは可能なはずだ。
可能であればその基点として「異能者」のみんなが協力してくれれば理想的だ。
本人の承認を大前提として、俺の「聖餐」を使用した、疑似「宿者」の集団をつくることもありだろう。
なんか妙な親衛隊みたいなノリでちょっと嫌だが。
いや「天空城騎士団」とか逆に憧れるな。
全員お揃いの衣装にして、仮面必須にして、№と守護する地方を定めて名前を付けたり。
「天空城」住みを大前提として、人々には正体を伏せるとか、かなりやってみたい。
最終的に悪役になりそうなのが気になるところだが。
……これはちょっと真剣に進めよう、なんというかすごくわくわくする。
それで平和になったら、俺は立場隠して「冒険者ギルド」の新人冒険者として、夜とクレアと迷宮踏破に明け暮れよう。
そういうのこそが、ゲームの世界だと思っていたこの世界へ来た、本当の意味での醍醐味だと思うのだ。
いきなり世界を変えるような、旧神たちも巻き込んだ「システム」とやらとの戦いが最初に来てるけど、これを乗り切ればそういう日々を送れるはずだ。
そのためにも頑張ろう。
「シン君」
「我が主」
不意に二人に声をかけられる。
ちょっと考えに集中し過ぎてたな。
二人はちょっと珍しいものを見たような顔で俺を見ている。
「ん?」
「……なんか楽しいこと想像してました?」
「……ちょっと見ないレベルの笑顔でしたわ」
はは、そんないい笑顔で笑ってたか。
……きもいな。
「三位一体」に意識が行ってなくてよかった。
「うん、まあ、厄介事片づけた後の事をちょっとな」
でも楽しい想像ではあった。
それは確かだ。
絶対に実現させようと思うくらいに。
「聞かせてもらっていいですか?」
「私たちはその想像に含まれていますわよね? ね?」
なんか嬉しそうだな二人とも。
やっぱり綺麗で可愛いな、と思う。
この二人と、もっと楽しく共にいれる明日を想像すれば、そりゃ笑いだってもれるだろう。
「良いけど引くなよ?」
いや引いてもいいけどな。
二人のアイデアも聞きたいところだ。
結構ノリいいしな、二人ともこういう話題なら。
「エロいことですね。わかります」
違いますヨーコさん。
仲間外れにしますよ。
「妾も入ってます、よね?」
フィオナ、エロいことと誤解したまま自分も含まれていることを希望してはいけません。
やることは山積みだ。
しかも簡単なことは何一つない。
でも今日はこんな風に、他愛無い、望む明日の想像で盛り上がるのもいいだろう。
それこそが、本当に明日を想像に近づけると思うから。




