第59話 旧神復活
最後に妙な疑問を残しはしたが、「堕神群」からのファーストコンタクトは無事に終わった。
なんかいろいろ言ってたけど、まとめれば「たーすけてくれー」だったような気がするので、何とかご希望に沿えるよう努力する所存だ。
次の「堕神」を無事解放すれば、すべての情報を晒すという約束も取り付けたわけだし。
正直、「システム」「堕神群」「異能者」「ダリューン」「俺達」と、思惑も持っている情報も異なるであろう勢力が絡み合ってて訳が分からなくなりそうだが、だからと言って今までの基本方針を変える必要はないだろう。
強くなることだ、そうであればこそすべてを解決できる。
あと、あの「堕神群代表(仮称)」の正体だけは掴まなければならない。
でなければ落ちつかないこと甚だしい。
とりあえず解放して一発ぶん殴ることを目標とする。
呼び捨て赦すまじ。
とにかくいつまでも空中、しかもこんな高度に居続けたいわけでもないので、神竜に対する謎メッセージ、「ジョブ設定」とやらをさっさと試して「天空城」に戻りたいところだ。
が。
「堕神群代表(仮称)」の余計な一言のせいで、とりあえず尋問とやらが済むまで、俺は神竜に接触することを禁じられた。
「起きてくださいな神竜。聞かなければならないことがありますの」
おそらくは疑似「宿者」化の影響で意識を失っている神竜に、クレアが容赦なく回復術式のひとつである「覚醒」を使用する。
神竜に効くのか? 回復術式。
いや、「聖餐」で擬似「宿者」となっているなら効くのか。
効かなきゃ困るよな、パーティー組んでレベル上げとかすることになるんだろうし。
しかしパーティーに神竜がいるってどうなんだ。
迷宮もぐれません。
迂闊に街にも入れません。
宿屋とか論外です。
なんかどう考えても無理がある。
戦力的には常に「天空城」を連れ歩いてるのとそう変わらない。
「神竜小屋」として、浮島ひとつあてがう必要もありそうだ。
本人? は一瞬だけ意識戻ってた時の発言で、すべての権能を失った飛び蜥蜴とか自虐してたけど、俺達との戦闘では神竜としての圧倒的戦闘力を余すことなく発揮していた。
たとえ権能をすべて失っていたとしても、その巨躯と基礎ステータスだけで、まともに相手になる魔物なんて居ないんじゃないだろうか。
というかそもそもジョブ設定ってなんだという話だ。
神竜のジョブは「神竜」じゃないのか。
そんなことを考えていたら、あっさり神竜が意識を回復した。
やっぱり効くんだな回復術式。
てことは強化術式とかも効くのか、恐ろしい。
『……ここは、「世界」か。我は……』
巨大な瞳に光が戻り、独り言のような念話が伝わってくる。
「堕神化」の際の記憶は、ないのがやはりお約束だろうか。
「混乱しているところ申し訳ないんですけど、まずは質問に答えてください神竜」
夜が目の前に立って質問を投げかける。
一応千年ぶりの再会なんだけど、そんな空気は皆無だな。
『汝は……「両翼」の片翼か? となれば……おお、やはり「英雄シン」も「両翼」のもう片翼もおるか』
夜を認識し、次いで俺とクレアも認識した神竜は、「堕神化」直前に見せたのと同じ、どこか親しげな様子を見せてくれる。
千年前の共闘に基づくものだろう。
死闘の直後とはいえ、やはりうれしいものだ。
「「堕神モード」になる直前の記憶は吹っ飛んでいるみたいですわね」
「かなり強くぶっ叩いたからね。しょうがないね」
お約束なのか、一定以上の衝撃によるものなのか判断がつかない。
先の戦闘ははっきり言えばむちゃくちゃだった。
止めこそ刺さすに済んだものの、記憶の一つや二つ吹っ飛んでもおかしくないような攻撃を叩き込み続けたという自覚はある。
「まあいいです。シン君や私たちを本気モード全開で攻撃しまくったことは「堕神モード」だったという事で納得しましょう。こっちもマジ攻撃でしたからおあいこです。ですけど一つ質問に答えてください」
夜にもその認識はしっかりあるらしい。
先の戦いでは、確かに何度も死にかけたが、それ以上に何度も殺しかけたのだ。
おあいことするのが妥当だろう。
『どうやら「堕神」から解放してくれたのは汝らのようだな。一つと言わず、我に答えられることなら何でも答えよう』
自身が「堕神」となっていたこと。
「世界」へ帰還してから俺達と戦い、結果として解放されたことは理解できているようだ。
その巨躯を引き起こし、再び空中に浮遊しながら神竜が答える。
神の一柱にして竜達の王に相応しい、威厳に満ちた声と態度。
「神竜は女の子なんですか?」
「神竜は女の子でしたの?」
『……は?』
明らかに今、神竜は困惑した。
竜の神たる自身を、「堕神」の身から解放してくれた「古き戦友」からの最初の質問がこれなのだ。
まあ気持ちはわかる。
『……我には基本的に性別はない。神なる身なれば次世代を残す必要も意味もないのでな。雌雄同体とでもいおうか』
それでも真面目に答えるところがさすが神なのか。
「堕神群」について。
「狭間」について。
聞くべきことは他にも山のようにあると思うが、ここで口をはさむような愚かな真似はしない。
俺はいろいろと学ぶのだ。
「堕神」から解放されたことに対する感謝か、「堕神モード」ではあれ自身を倒した者に対する敬意かは不明だが、自身がした「答えられることなら何でも答える」という約定は守る構えのようだ。
「基本的に、ですの?」
「応用をきいてもいいですか?」
まあさっきの答えならこういう突っ込みになりますよね。
たぶん神竜は何が重要でこんなことを聞かれているか理解できていない。
理解しろって方が無理だとも思うが。
『応用とか言われてもな……』
「女の子にもなれるんですね?」
『……我がそうありたいと望めばな』
ふうん、そうなんだ。
なんか神竜が「そうありたいと望む」っていうのが想像つかないな。
そういう能力があるってことは、人との間に子を成すこともできるんだろうか。
人と神竜の混血なんて、物凄い厨二心をくすぐるよな。
危機的状況で目覚める「神竜の血」とかたまらん。
「今は女の子なんですの? 「堕神群」の代表者っぽいのが「彼女」と呼んでましたわ」
『……特段意識したこともないが、言われてみれば……ふむ、女寄りやもしれぬな』
あ、やばい方向へ話が行きそうな気がする。
でもなんで女よりなんだろうな、神竜。
「堕神群代表(仮称)」がそう呼んでいたってことは、周りもそう認識してたって事だろうし。
「なぜですか?」
「なぜですの?」
『……なぜと言われてもな。――なぜだろう?』
正直俺も興味はあるけど、そんな心配することもないと思うんだけどな。
この千年で神竜が女でありたいと望む理由があったのであれば、たとえ女よりであったとしても夜やクレアの恋敵になる可能性はないと思うんだけど。
しかも神竜、自覚できる程の思い当たる節もないみたいだし。
「く、天然ですか、手強いかもしれません」
「有罪! 有罪ですのよ!」
ちょっと落ち着け二人とも。
神竜が自分の置かれた状況を理解できなくて完全に引き気味だ。
なんかすごいな、女の子二人がぎゃいぎゃい質問することで、神竜がオタオタしてる図というのも。
千年前の「決戦」の時とはえらい違いだ。
「……人化出来たりしますの?」
「あざとい。あまりにもそれはあざとい」
いやそれ重要だろう。
あざといとかそういうことではなく、俺達の戦力として。
いや確かにあざといというか、狙いすました感じはするけども。
俺としてももし神竜がめちゃくちゃカッコいい男として人化されたとすれば、思うところが何もないとは言えないし。
『……したことはないが、出来なくもなかろう。だが今は無理だ。我は今竜の神としての全ての権能を失っている、ただ図体のデカい飛び蜥蜴にすぎん。そうだろう、「英雄シン」?』
「神の目」で神竜を「調べる」
確かに「Lv1」だ。
俺達がこの世界に再臨した時とまるで同じ状態。
ジョブは「旧神」となっている。
あ、神竜のジョブを俺が選べる。
「旧神」のほかには「堕神」がある。
「堕神」てジョブなのかよ、なんか笑えるな。
今のところこの二つだけど、プレイヤーキャラクター用のジョブクエストこなせば、神竜に上位職をさせたりもできるんだろうか。
それとも神竜専用のジョブが用意されている形だろうか。
……「侍」の神竜。
うん、多分後者だろうな。
いや人化可能となればその限りでもないのか。
夜やクレアが「吸血鬼」や「神子」としてあらゆるジョブにつくことが可能なように、神竜としてあらゆるジョブにつくことが可能なのかもしれない。
基本ジョブをどうやって取得するかが謎だが。
つまりこれ、「三位一体」のジョブ設定や、スキルカスタマイズ、スキルコネクトの部分だけを、神竜に使用可能な状態なんだな。
「聖餐」で疑似「宿者」化した対象のジョブ、スキル、術式を、俺の望む方向にカスタマイズして育てることができるのか。
これは面白い。
面白いだけではなく相当な強化にもつながる。
おそらく条件さえ満たせば、この世界の住人達も、「宿者」――プレイヤーキャラクターにだけ赦されていた「ジョブ」につくことが可能になるという事だからだ。
というかこれ「堕神」からの解放を進めればすごいパーティーも可能になるな。
俺、夜、クレア以外を神々で構成したりできるのか。
燃える。
いや燃えてる場合じゃないけど、RPG好きとしてはやっぱりなあ。
真剣に、真面目に進める一方で楽しまないと嘘だとも思う。
苦しむためにこの世界に来たわけじゃないんだ。
「そうだな、神様にもレベルがあるのは驚いたけど、今、神竜は「旧神:Lv1」だ。基本スペックが神様だけあって凄い数値だけど、使えるスキル――神様の場合権能っていうんだっけ? ――は「ブレス」だけだな。あと見たこともない権能がずらっと並んでるけど全て灰色反転していて使用不可能みたい」
Lv1とはいえ、HP、MP、スタミナや各ステータスは冗談みたいな数値だ。
めちゃくちゃ強力な敵が、味方になった瞬間弱体化しているというお約束からすれば、やや外れていると言わざるを得ないだろう。
レベルが低いだけで、この圧倒的なステータスの前では、まともに相手になる敵はいない。
ただレベル30差のルールは適用されるだろうから、この巨躯からの攻撃をものともしないレベル31の「クロウラー」とかがいるかと思えば、変な笑いがもれる。
「クロウラー」に神竜が倒されたら、何とも言えない気持ちになるだろうな。
とはいえ俺達がそうであったように、レベルを上げさえすれば元の力をすべて取り戻せるのであれば、俺達と一緒にレベル上げをすればいいだけだ。
……育成場所を選ぶ必要はあるだろうが。
使ったこともないから本人? もはっきりわかっていないのであろうが、「人化」も確かに有った。
戦力的な意味で考えても、パーティーメンバー化確定だな。
「……レベルを上げれば、人化出来る訳ですね」
「控え……というわけにもいきませんものね。神竜ですもの。強大な戦力ですもの」
控えって。
夜とクレアが肩を落としている。
いやだから心配ないって、神竜を女寄りにさせた存在がどっかにいるんだろうから。
というか、そういうキャラでもないだろう。
神様だぞ。
『「英雄シン」、何が不満なのだ「両翼」は?』
「シンでいいよ、堅苦しい。さあ、なんだろうね。いろいろあるんだよ、彼女らにも」
他人事のように言うしかない。
まさか神竜の恋敵化を警戒してるなんて言えないしな。
『ふむ。いや我を倒し、また救ってくれた恩人を呼び棄てるなど出来ぬな。シン殿と、そう呼ばせてもらおう』
律儀なことだ。
まあとりあえず「天空城」に一旦戻って、皇都ハルモニアへ帰還しよう。
「世界会議」へ、急ぎ報告して事態を収拾しなければならない。
ヨーコさんやフィオナに任せているとはいえ、いまだ混乱のさなかだろう。
ある意味混乱は深まるかもしれないが、味方になった神竜を連れて戻ればいずれ収束するはずだ。
改めて神竜の巨躯を見上げる。
とりあえず旧神復活だ。
今後ともよろしく。




