第58話 軸の逆転 下
「堕神群」の目的は世界を「システム」から解放する事。
目の前の偽ガーゴ○ルが、真剣な声でそう告げる。
「堕神群」の目的の一つは、権能を奪われ神の座を追われ、落とされた「狭間」からこの世界へ再び降臨する事だとも言っていた。
それを成すことが最終的な目的にも繋がるという事なのだろう。
神竜を倒すことなく、俺の権能である「聖餐」によって疑似「宿者」としたことにより、目的の一つは達成可能だということを立証したと言える。
先ほど聞いた話が真実であれば、神竜を超える強さを持った「堕神」は存在しないはずなので、後は順次、「聖餐」を行使していけばいい。
だが何がトリガーで「堕神」が俺達に差し向けられるのかは不明だし、一度に一柱という保証があるわけでもない。
「システム」の思惑から外れる行動を俺達が取るのであれば、神竜をなんとかすることを可能にした「Scutum Fidei」の発動は望めないかもしれないし、油断はできないが。
とはいえ、自身で獲得したわけでもない「力」で無闇に強化されるのは望むところではない。
所詮「システム」の範疇にあるとはいえ、自分の意志で獲得し、自分の意志で行使できない力はどうにも落ち着かない。
どのような形で手に入れようが結局は「与えられた力」に過ぎないとしても、だからこそそこに「自分の意志」がなければ無意味だとも思うのだ。
「目的は解った。このタイミングで俺達に接触してきた意味も。だが根本的な質問をするがいいか?」
『そもそも「システム」とは何か、かい?』
その通り。
相変わらず先回りした言い方が癇に障るが、話がはやいのは助かる。
この世界に来てから俺に備わっている独特の能力である「三位一体」と「神の目」
それだけではない。
「聖餐」という権能を手に入れた時にも思ったこと。
この世界で俺が強く在れるすべては、その「システム」が与えてくれているともいえるのだ。
今俺の意志が宿る、この「シン」の身体や、夜やクレアさえも。
その「システム」から世界を解放するという「堕神群」の目的に乗るということは、最終的に自分すら否定することになるんじゃないのか。
彼ら「堕神群」が最悪のシナリオと呼んだ、死による「堕神」からの解放と同じように。
『結論から言えば、正確には「解らない」としか言えない。我々にはあたかも「ゲームのシステム」のようにしか見えないからそう呼んでいるだけでね。ただジョブやスキル、術式から魔物に至るまで世界の全てを律し、必要に応じて力を与え、奪う存在をもっとうまく表す言葉は、あるにはあるね』
「神」
ゲーム世界での神と言えば、舞台装置としてプレイヤーに目的や力を与えてくれる存在だ。
だがもっと本質的な意味でいえば、世界を無から生み出した存在をそう呼ぶ。
そういう意味では、今「堕神」とされている元神々は、ゲームとしての「F.D.O」を成立させるためにふられた「役割」であって、本質的なそれではない。
「創造神」の名を持つアストレイア様であってもそうだろう。
『そう、そのとおり。だがシン。一つはっきりさせておこう。軸についてだ』
「軸?」
「システム」が本当の意味で「神」であるならば、軸もへったくれもない。
その思惑から外れるものは、どうあれ無に帰されるしかないはずだ。
けったくそ悪かろうが、思惑通りに動かされるのが嫌であろうが、俺の第一目的が俺、夜、クレアがともに居られることから外れることはない。
それを破綻させてまで、神意に逆らうつもりはないという事だ。
逆に言えば、それを脅かすのであれば借り物の力だろうが、「堕神群」であろうが利用できるものは利用して、脅かすものを排撃する。
それが何者であってもだ。
『そう、軸。シンが今思っている、自分がこの世界で強く在れる全て、それどころか自身の肉体や、夜、クレアですら「システム」から与えられたものではないかという考え方。それはすごく理解できるし、ある意味正解ともいえる。だけどそれは違う。根本的な部分で決定的に間違っている』
「何が違う?」
俺の望むままにプレイヤーキャラクターであるシン、夜、クレアを生み出し、ゲームである「F.D.O」に沿った力を与えてくれているのは間違いなく「システム」だろう。
その認識の何が間違っているというのか。
現代日本の「プレイヤー」がプレイヤーキャラクター――「宿者」を介して異世界であるこの世界に干渉可能にしたのが「システム」であることは間違いない。
そう、もう俺はこの世界がゲームであった「F.D.O」から生まれたものとは思っていない。
いかにもゲーム然とした仕組みは満載だが、この世界は間違いなくはじめから存在していた。
何のために、という肝心の部分は解らないが、「システム」が「宿者」を含む「F.D.O」と同期した仕組みを世界に用意し、現代日本からの干渉を可能にしたというのが正解だろうと思っている。
その意味において、今の俺の全ては「システム」が用意したものであるのだ。
『だから軸だよ。すくなくとも「システム」は、我々が言うような神ではない。無から有を生み出し、天地を創造する存在ではないんだ。世界に初めから満ちている、ありとあらゆる形の「力」を時に奪い、変化させ、時に与えることが可能ではあるけれど、それを生み出した訳じゃない』
だから「システム」か。
リソースがあってはじめて、それを有効利用できる仕組み。
絶対的に無から有を生み出した訳ではなく、今あるものを、形を変えて扱えるというだけ。
『現実の存在ありきなんだよ。「システム」はそれを都合のいいように切り貼りしているに過ぎない。軸は今存在しているシンたちであって、「システム」じゃない。それは「堕神」とされ、「狭間」に追われて世界のどこにも存在しなくなっている我々でも変わることはない。実体を持たなくなってもなお、軸足り得るのは己の意志だ』
詳しくはないが、実存主義という思想を思い出す。
本質的な魂、存在意義を持って生まれてきたわけではなく、存在するからこそ意志や意味は生まれるという考え方だったか。
そうやって生まれた意志にこそ価値がある。
「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」
という言葉があったはずだ。
俺は俺として生まれたわけじゃない、生まれてから今までの間に俺になったという考え方は、心にすとんと落ちついた。
そう認識出来れば、存在のきっかけがなんであったかなど、さほど意味はない。
創られたものか、そうでないかは重要ではないのだ。
大事なのは今ここに、こうやって存在している俺そのものだ。
「俺」と「僕」が混ざってなお変わらず「シン」として存在している。
それが今の俺だ。
ダリューンはそれこそが許せなかったのだろうけど。
夜とクレアだってそうだ。
俺の妄想から生まれた存在かもしれないが、今はそれぞれの意志を持って生きている。
だからこそ大事なんだ。
『それだけは忘れないでいてくれ。どういう経緯であれ、存在し、そこに宿った意志は絶対だ。それこそが軸であり、世界を動かすものであるべきだ。我々「堕神群」はそう信じて世界を「システム」から解放することを目指す。シン、君が我々と軸を同じくしてくれることを心から願うよ』
しかし、よくできた冗談みたいだな。
無神論対有神論みたいな図式で、無神論側に立つのが神の座から追われた「堕神群」というのは。
そして軸を合わせようとする相手である俺は、「システム」によって「Deus ex machina」――機械仕掛けの神に仕立てられようとしているのが、より笑える。
『そろそろ時間がない。シン、正直に言おう。いろいろ目的なんかも言ったがそれは嘘じゃない。だが今回、君たちに接触したのは、助けて欲しいからだ。我々「堕神群」はなんとしてでも「世界」に戻りたい』
ぶっちゃけたな。
いや、実際に神竜を解放してみせたからには、そのほうが良いと判断しているのだろう。
その割には随分と隠したままのカードが多いような気もするが、そうすべき理由があるということでもある。
ここで俺達がすべてを知ってしまえば、後の「堕神」を解放せずに討伐してしまう可能性もある以上、「堕神群」側としても、手札をすべて切る訳にもいかないだろう。
「堕神」を一柱解放するたびに、必要な情報を提供してくれるというならばそれは悪い取引ではない。
一方的に「システム」に従わざるを得ない状況よりはずっとマシだ。
『諦めかけていた望みだが、君たちの再臨と神竜を実際に「堕神」から解放してくれたのを見て、いてもたってもいられなくなって接触したというのが本当のところだ。君の事だ、こちらの腹もある程度は読めていることと思う。だからこそ言うが、次の「堕神」を解放してくれさえすれば、我々「堕神群」はすべてを君に提供しよう。約束する。それさえ成功すれば、ある意味その後はおまけみたいなものだ。だからこそ頼む、助けてくれ』
こいつにとって、次の「堕神」はそれほど大事な相手というわけか。
いいだろう、今のところこちらには「堕神」を討伐しなければならない理由はない。
それでこいつをはじめとした「堕神群」が味方になるというなら、やらない手はない。
いや偉そうに言ってますけど、千年前にはいろんな神様たちに、思いきり助けてもらったという事実もある。
直接対峙すれば頭の上がらない神様ばかりなのだ。
俺に出来るというのであれば、「堕神」だなどと貶められている神々を解放することは俺の望みでもある。
しかし、肝心のこいつは誰なんだろうな。
左右に控える男女二人も気になるところだが。
少なくとも話しているこいつは神々ではなく、ゲームとしての「F.D.O」を知り、プレイヤーとしての俺を知っている存在であることは間違いない。
まあそれもこちらが約束を守れば明かされるというのであれば焦ることはない。
きちんと準備して、「Scutum Fidei」がなくても次の「堕神」をなんとかする準備を進めるだけだ。
『それと神竜をよろしく頼む。彼女は我々の希望でもある。神竜を失ったことによって、「システム」も我々「堕神群」もしばらく世界に干渉することができなくなるだろう。その間に自分が必要だと思う準備を進めてくれ。また会えることを期待している』
徐々にぶれていく「映像窓」の画像。
今回の件を乗り切ったことで、それなりに時間は与えられるということか。
またやる事ばっかり増えた気もするが、今回は次をこなせば事の本質に切り込めるという保証を得られただけでも良しとしよう。
「彼女?」
「神竜って女ですの?」
ずっと黙って話を聞いていた夜とクレアが反応する。
そこか。
そこなのか。
でも神竜が女性だとするといろいろ拙い気がする。
千年前の戦いで力を貸してくれた状況とかいろいろ。
「神竜の意識が戻ったら、いろいろと確認しなければなりませんね」
「場合によっては討伐もやむなしですわね」
怖いこと言うなよ二人とも。
何の為にあれだけ苦労して「堕神」から解放したんだよ
『は、ははは、はははははは。変わらないね、夜もクレアも。本当に久しぶりだが安心したよ。ぜひまた会おう。できれば次の彼女だけじゃなく、俺も救ってくれることを期待してる。じゃあな』
夜とクレアの反応に、本当にうれしそうにしながら「映像窓」は切れた。
どういうことだ。
夜とクレアの「反応」を懐かしがれる「プレイヤー」なんていないはずだ。
俺ですら、この世界に来るまで夜とクレアがこんなキャラクターであることを知らなかったのだ。
俺と同じ現代日本の知識を持つ「プレイヤー」が、何らかの理由で「堕神群」に組しているのではないのか。
夜とクレアもぽかんとしている。
あんな風に二人に話しかける神々も異能者も、記憶にないからだろう。
「あいつ誰だよ」
「誰なんですか」
「誰ですの、あれ」
三者三様の疑問が深くなる。
これはなんとしても次の「堕神」をきちんと解放して、奴の正体を突き止めなければ。
後、奴も絶対に解放する。
解放してから一発殴る。
よくも僕の夜とクレア呼び捨てにしやがったな。
ダリューンでさえ君付けで呼ばせていたのに。




