第57話 軸の逆転 上
意識を失った神竜を中心に展開されている「戦闘領域魔法陣」の上で、俺、夜、クレアは、突如表示された巨大「映像窓」を注視している。
その「映像窓」はまだノイズだけで何も映ってはいない。
先ほどの「やっとつながった」という聞き覚えのない声が聞こえてきたきりだ。
「天空城」を常時運用していると忘れがちだが、「映像窓」というものは今の世界において相当に希少な「逸失技術」だ。
この世界を統治していたといっても過言ではない「救世連盟」の首都ロドスが辛うじて維持していたレベルの「逸失技術」であり、誰もが簡単に使えるものではない。
しかも現在は「世界会議」が招集されており、リィン大陸において「強国」とされる国家はすべて集まっている。
つまり今この巨大「映像窓」を俺達のところへ投影している存在は、リィン大陸の国家に属さず、その上で俺達の存在を把握し、希少な「逸失技術」を、あっさり駆使できる程度の力を持っているということに他ならない。
タイミングからして「システム」による「堕神降臨」と、その決着も確認してから接触してきていると見て間違いない。
少なくとも現時点での、あらゆる事象に対する「情報量」は、向こうのほうが圧倒的に上ということだ。
敵であるならば厄介というしかないだろう。
その割には先刻の声はどこか気が抜けて聞こえたが。
ノイズだけだった「映像窓」はお約束のように、二、三度ぶれてから映像を表示する。
そこに映っているのは……
やめてくれよ、絶対に突っ込まねえぞ俺は!
『久しぶりだねネ○君。いやプレイヤーキャラクターである「シン」ですかな? こうして顔を合わせるのは千年ぶりだね』
日本のアニメ好きならよく知る、例の仮面に顔を隠し、声も変えているであろう人物がドアップで話しかけてくる。
誰が「○モ君」だこの野郎。
こいつ間違いなく日本人じゃねえか、ちくしょう。
しかも俺と同類だ。
いやゲームとしての「F.D.O」をサービス終了時までやっていたようなヘビーユーザーならそれも当然か。
俺以外にも、この世界に現代日本の人間が来ていたのか?
さすがにこれは想定範囲外だ、思考が混乱する。
現代日本のプレイヤーが、俺以外にいるということはどういう意味を持つ?
いや、正直に答えるはずもないだろうがまずは問い質す事だ。
その場合俺の言うべき言葉は――
「貴様こそ、いつまでその暑苦しい面を付けてるつもりだ。旧タル○ソス宰相ネメ○ス・ラ・ア○ゴール君」
ちがう。
「これはいったい何のまねだガーゴ○ル」
これも違う。
「えーと、誰だお前は! くっそ、やっちまったじゃねえか。そんなカッコでそんな口調で出てこられたらのるだろう普通。なんだこの敗北感!」
夜とクレアがぽかんとした顔をしている。
いやまあ、そうだよな。
この「映像窓」ひとつ取って見ても、相手は「逸失技術」の極みともいえる「天空城」と同等の力を持つ事を示している存在だ。
その相手と俺が、いきなり意味不明のやり取りから入るなんて想定外だろう。
でもなあ、頭上に映る巨大モニターに、あんな完璧なコスプレして振られたら応えてしまうんだよ。
人生で二度とないシチュエーションかも知れないし。
うん知ってた。
暴走した俺らみたいなのは、一般人を凍らせるスキルをデフォルトで持ってることは。
「は、ははは、はははははははは! さすがだなシン。期待通りの反応だ。同時に申し訳なくもある。やはり今の君は「俺」か。――厄介な状況だな」
俺のリアクションに偽ガーゴ○ルが爆笑する。
嫌味ではなく心から楽しそうだ。
敵じゃないのか?
いや、そうじゃない。
向こうは馬鹿な振りをしているが、――振りだ、振りに違いない、それ以外認めない――今間違いなくこちらを試した。
ある程度自分の正体を晒すリスクを冒しても、確実に確認に来たのだ。
俺がプレイヤーキャラクターとしてだけの「シン」なのか、プレイヤーとしての「俺」と合一した状態なのかどうかを。
そして間違いなく確信した。
今「シン」が一人称を「俺」としている事まで当てて見せるほど、今の俺が合一した存在である事を確定させた。
当然だ、「シン」であれば先のやり取りは絶対に成立しないからな。
持って回ったやり方ではなく、俺達みたいな人種であれば反応不可避な状況を用意して直球で確認に来た。
もし俺のノリが悪くても、反応で見抜く自信があったと見るべきだろう。
なぜ俺のことをそこまで詳しく知っているかも気になるが、向こうが「俺」がプレイヤーとプレイヤーキャラクターが合一した存在である事を確信したと同時に、こちらも掴めた事がある。
こいつは俺や夜、クレアの復活を知っている、または確信しながらも、今この瞬間まで実際に俺達の動向を把握できていなかった事。
もし出来ていたのであれば、自分の正体の一端を悟らせるような真似までして、俺が合一した存在かどうかを確認する必要などない。
「救世連盟」とのやり取りを始め、俺達に気付かれる事なくこちらの動向を追えていたのであれば、俺が合一した状態である事など、確認の必要がないほどそうと解る言動はいくらでもあったからだ。
自身の台詞にもあったように、「やっとつながった」というのは、ハッタリではないと見ていい。
俺の「種族転生」か、もしくは神竜の擬似「宿者」化。
それを契機に、直接「つなげる」事が可能になったと見ていいだろう。
あと当然だが、こいつも俺と同じ現代日本からこの世界に来ている日本人だという事。
さっきのネタは現代日本で、それなりにその方面に詳しくなければ振ることは不可能だ。
しかも正直ちょっとオッサン入っている層でなければ、きょとんとされる可能性だってある。
あ、ちくしょう、演技力総動員してそうしてやればよかった。
自分がふったネタが、世代違いで通じないという寒さを食らわせてやる事が出来たかもしれないのに。
「シン」がプレイヤーと合一した状態である事を想定していたとしても、合一しているプレイヤーである「俺」の年齢まではさすがに把握する術がないはずだ。
プレイヤーとしての俺の個人情報を知っていれば、もっと容易く合一しているかどうかを確認できるはずだしな。
いや……
ピンポイントで俺が食いつくネタを振る事が可能でありながら、現実の俺の情報を知り得ない。
その上で「シン」の一人称が「俺」になっていることをもって、シンとの合一を理解したと言うことを俺に提示できる立場。
当時のフレンドの誰かか!?
『ハッハッハ! いろいろ考えているねシン? いい事だ。いろいろ考えて慎重に行動するべきだ。だが今重要なのはこちらの正体ではない。重要なのは我々が今このタイミングでシンに接触した目的だろう? 違うかね?』
腹立つなあ、こいつ。
ハッハッハ! じゃないわ。
思考を先読みされてる感が尋常じゃなくイラつく。
フレにこんな人居たっけな。
それに我々?
こいつ一人じゃないのか?
俺の疑問を見透かしたように、「映像窓」が少し引く。
今までどアップであった偽ガーゴ○ルの左右に、二人の人影が立っている。
光が当たっていないのでよくわからないが、片方は男で片方は女のようだ。
三人とも俺と同じ「プレイヤー」なのか?
『シン。我々の紹介をする前にひとつだけ言っておく。我々は君と同じ立場ではない。シン、君はとても特殊な存在だ。だからこそ慎重に考え、慎重に行動してくれ。「俺」に引っ張られて、所詮ここはゲームの世界だなんて思わないでくれ。起こった出来事に真剣に向き合い、真剣に感情を動かせてくれ。その上できちんと納得したうえで行動を決めてくれ。極論すればこれを伝えるためだけに今、我々は君に接触したといっても過言ではない』
クソふざけた格好の癖に、声の響きはいたって真面目だ。
ここは茶化していいところではないだろう。
「わかった」
「……シン君」
「我が主……」
もとより俺もこの世界を「ゲームの世界」だなんて、今は思っていない。
元はそうであったとしても、今は間違いなく俺にとっての現実だ。
夜もクレアも、この世界に存在しているのだ。
元は?……
『いいだろう。――では我々の紹介と行こうか。とはいっても何もかもを詳らかにする事は当然出来ない。シン、君が神竜を堕神として討伐しなかった事で、我々は敵にはならずに済んだが、だからといって味方と言う訳でもないからね』
やはり神竜への対処の仕方で接触してきたという事か。
『まず我々は「堕神群」――そう名乗らせてもらおうか。君が知る話とは違い、世界の終わりを免れ、存続させる為にその権能の全てを奪われ、神の座から堕とされ――捨てられた存在だ』
俺や夜、クレアが創造神であるアストレイア様から聞かされた大前提をまず否定か。
話だけなら信じられない、信じたくない話だが、神竜が「堕神」の一柱として俺達に差し向けられ、「聖餐」によって開放された事実を前にしては一方的に否定も出来ない。
というよりも、それが真実だとしたほうが話の通りはいい。
捨てられた――何に、という疑問は残るが。
『この際だから正直に言うが、神竜が君達を倒せるのであれば別のシナリオも考えてはいたのだ。まあ実際可能性は低いと思ってはいたがね。それよりも君達が何の疑問も持たず「ボスイベント」として神竜を討伐してしまう可能性のほうが高いと考えていた。その意味では礼を言わせてもらうよ。「神の目」に介入してまでメッセージ表示させた甲斐があったというものだ。よく疑問を持って、神竜を倒さずに済ませる選択をしてくれた。ありがとう』
本当に礼を言われる。
嫌味の類でないことはその声音から伝わってくる。
本気で――感謝されている。
後さらりとすごい事を言ったな。
「堕神群」はメッセージレベルとはいえ「神の目」に介入可能なのか。
それは俺が疑問を持った、この世界を律する「システム」に匹敵する、少なくとも抗することが可能なレベルの存在だという事だ。
振り回される俺にとっては堪ったものではないが。
『今の言葉で理解できただろうが、我々「堕神群」の目的は「堕神」からの解放だ。我々はなんとしてもその世界へ――戻りたいのだ』
捨てられた、という言葉。
戻りたい、という言葉。
そして神竜が――いわば「堕神化」する前に言っていた、「狭間」という言葉。
俺達の知る千年前の神々は、世界を存続させる為に力を使い果たして姿を消すと、アストレイア様からは聞かされていた。
だが今目の前の男の話と、神竜の言葉を総合すれば、神々は己の意志によらず、世界を存続させる為に、何ものかにその権能と神の座を奪われ、「狭間」と呼ばれるどこかに落とされたということになる。
そこから世界へ戻りたいと願う事は、当然だろう。
たとえもう、元の神の身としてではなくても。
だが礼を言われたように、たまたまうまく事が進んだだけに過ぎない。
俺達が何の疑問も持たず神竜を倒してしまうことだってありえた。
いや本人も言っていたように、その可能性のほうが高かったんじゃないのか。
「俺達が何の疑問も持たなかったらどうするつもりだったんだ?」
確かに自分から疑問を持たず、神竜と戦う前にこんな形での接触があった場合、俺の意志が逆に、「堕神」とされるものを討伐する方へ傾いた可能性も否定は出来ない。
だからといって、偶然にかけるには分が悪すぎるように思える。
『もし君が神竜を倒す選択をしていたらかい? ハッハッハ、「神竜」は我ら「堕神群」の中でも最強の存在、「堕神」の面汚しよ。そうなっていたらより弱い存在を君の元に次々と差し向けて……あれ?』
なにいってるんだこいつ。
最弱なら解るが、最初に最強倒されて後どうするつもりだったんだ。
笑ってる場合か。
『――シン様と連絡が取れてうれしいのはわかりますが、もう少し真面目にしてください』
左側の女性から注意が入る。
相手の袖口を引くようなしぐさがかわいらしい。
右側の男も肩を落として呆れているようだ。
これは俺もいたたまれない、ボケにマジレス状態だ。
声に出さなくて本当に良かった。
声は加工されているので誰かあたりをつけることは出来ないが、フレンドで俺を「シン様」などと呼ぶ人は居なかったはずだ。
神様達の中では……
『ごめん。いやその場合は本来考えていた最悪のシナリオに沿うしかなかったね。時間を空ければレベルを上げて強くなっていく一方であるシン達だ。今のタイミングで最強の神竜が太刀打ちできず討伐されてしまうなら、「堕神」からの解放は死に頼るしかない。神竜が欠けてしまえば、真の意味で我々「堕神群」の目的は叶わなくなってしまうからね』
世界への再降臨はあきらめる。
そして俺に倒されることによって死による「堕神」からの解放を果たす。
確かにそれは最悪のシナリオだ。
それでも「堕神」として狭間にあり続けるよりはましなんだろうか。
『その場合、万が一にもシン達を倒してしまわないように慎重に倒され続け……最後の可能性に一縷の望みを繋ぐしかなかったな。そういう意味ではさっきも言ったが、本当に感謝してる』
最後の可能性。
「堕神」を討伐すれば、俺はおそらくその神に対応した権能を手に入れる。
全ての神々を倒しきれば、俺はこの世界に存在した全ての神々の権能を兼ね備えた存在になる事となる。
「Deus ex machina」――機械仕掛けの神。
そうなった俺に望む、一縷の可能性、それは。
『そう、もうシンも気付いてくれただろう。我々「堕神群」のもうひとつの、いや本当の目的といったほうがいいかな。それはこの世界を律する「システム」からの世界の解放なんだよ』
致命的なミスを修正しました。
誤:「旧タル○ソス宰相ビナ○ス・ラ・ア○ウォール」
正:「旧タル○ソス宰相ネメ○ス・ラ・ア○ゴール」
ご指摘いただいた方、本当にありがとうございました。
なによりも嫌な思いをさせて申し訳ありませんでした。
かの名作のファンの方々にも伏してお詫び申し上げます。
本当に申し訳ありませんでした。
今後二度と同じことがないようにいたします。




