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第4話 終焉

 机の三方を囲むように配置された、メインモニター(シン用)、サブモニター1((ヨル)用)、サブモニター2(クレア用)にそれぞれ同じ会話ログが表示されている。


夜『また逢えますよ、ね』


クレア『当然ですわ』


シン『ああ、間違いなくまた逢おう』


 おおう。


 もう後十数分で10年来の付き合いである自分の分身シンと、その伴侶ともいえる夜、クレアが永遠に消えてしまう切なさと、三人の会話を自分一人が入力して成り立たせている薄ら寒さに、人生初といっていいようなえもいわれぬ感覚に陥る。


 やはり脳内であれこれ妄想しているのと、こうして実際にキーボードで会話を入力するのはハードルが違う。ぜんぜん違う。


 終わりを惜しみ、悲しむ気持ちとは別に、なんというか生暖かいダメな感じに転げまわりたくなる。運営がログ拾ったら爆笑するんじゃなかろうか。頼む見逃してくれ。間違っても晒さないでくれ。


「いやあ、サービス終了時に複垢のプレイヤーさんがこんなやり取りをですねw」


 なんてやられた日には死ねる。


 いや恥ずかしさから来る妙な自意識過剰はこの辺にしておこう。


 本当にもうすぐ終わるのだ。

 やばい、本当に最後の瞬間に泣くような気がしてきた。


「ん?」


 シン専用である中央のディスプレイに映っている状況に、思わず疑問の声が出る。

 恥ずかしさをねじ伏せて、俺の脳内妄想での三人なら最後にこんな会話をするであろう、たった一言ずつを入力した台詞の下、シンのチャット窓だけ、カーソルが点滅している。

 パーティーを組んでいるのは夜とクレアだけ、二人以外からの会話が入ってくるとすればイベント絡みか、運営からの直接……


 あ、終わりに際して運営から何かメッセージがあるのかな。

 それならチャット窓じゃなく、イベント窓を使えばいいのに。

 それになんでシンだけなんだろう、複垢は対象外ってことなんだろうか?


 そこまで正確にメイン垢とサブ垢を把握しているんだろうか、運営は。だとしたら先刻の会話の危険度が上がった気がするが、まあそれはいい。

 チャット窓に台詞が表示される。


女神アストレイア『見えていますか?』


 うお、「創世の女神アストレイア」からのメッセージの形をとってる。

 しかもイベント窓ではなくチャット窓ってことは、運営がリアルタイムで直接入力してるんだろうか。まあ自分たちが生み出したゲームにかける愛情については定評のある運営、最後の演出ともなればこれくらいのことをしてもさして不思議でもないか。

 なんとなく感動しながら続きを待っていると、


女神アストレイア『あの……見えていないのでしょうか?』


 俺限定での会話か! しかも返答可能っぽい問いかけ方だ。うわどうしよう。

 とりあえず返事しなくちゃだよな、このままだと進まない感じだし。


シン『見えています、アストレイア様』


 世界(ヴァル・ステイル)の住人であるシンとして不自然ではない返答を入力する。

 世界を救ったシン、夜、クレアはグランドクエスト、拡張クエストなどで、何度か直接女神アストレイアと会話をしたことがある。あるといってもイベントとして一方的に語りかけられるだけで、具体的な返事は表示されないし、当然チャット窓での会話の成立などあるはずもない。


女神アストレイア『――ッ! よかった、見えているのですね!』


 妙な違和感がある。

 

 見えている?

 

 世界でチャット窓に表示されている言葉となれば、聞こえていますか?じゃないだろうか。

 これではまるで、モニターのこちら側にいる、プレイヤーである俺に直接女神アストレイアが語りかけている感じになるのだが。

 

 あ、そういう演出なのか。


 世界の終わりに際して、女神アストレイアが、プレイヤーキャラであるシンに対してではなく、直接プレイヤーである俺に感謝や別れをするというような。


 んー?なんか長い付き合いの運営だが、こういうのは違和感あるな。らしくないというか。


 とはいえこれ、全プレイヤーにできることでもなかろうしどうやってるんだろ。

 まさかそこまでアクティブユーザーが少ないわけでもないだろうし、世界の終わりに立ち会おうと、今日のみログインして来てる層も相当いるはずだ。

 俺個人に対してのみこんな手の込んだことをするとは考えにくい。


シン『はい。再びの神託、何をすべきかを指し示していただけるのでしょうか?』


 とりあえず運営の目論見もはっきりしないし、空気読めといわれる言動は避けたいので、あくまでもシンとしてあり得る反応を返しておく。

 サービス終了が決定した時、当然運営サイトの告知とともにゲーム内での運営アナウンスもされた。

 プレイヤーではなくキャラクターに対する告知もあって、それは女神アストレイアからの神託という形をとって「世界の終わり」が、はっきりとしたものではないが伝えられた。

 全てを知っている俺ではなく、シンの立場でいうならこれは二度目の「世界の終わり」に関する神託なのだ。


女神アストレイア『ああ、「救世の英雄シン」のふりをなさらなくても大丈夫です。上位世界である”そちら側”からシン様たちを加護し、導き、本当の意味で世界を救ってくださったあなたに、直接私の言葉が伝わっているのであれば、急ぎお願いしたいことがあるのです!』


シン「は?」


 は?

 口に出ると同時に反射的に文字入力してしまった。

 なんか運営の終焉イベントが、俺の想定の範囲をナナメ上に超えつつある。

 確かこういうメタなイベントに対して、運営はかなり否定的だったように思うんだが。違和感どころじゃない。


 だいたい「救世の英雄シン」とか呼ばれてんのか、俺の分身は。


 悪意はないんだろうがすげえな。

 もし実際にそんな風に呼ばれたら宿屋で転げまわる自信がある。今この瞬間にも疑問が五割を超えてなければ、気恥ずかしさで転げまわるかもしれん。

 もしかして、二つ名とか称号ってそういう効果があるってことなのか。「格闘を極めし者シン」とか、二つ名もしくは称号プラス名前で呼ばれてたりするのか街では。うわあひでえ。


 落ちつこう。


 それに今からイベントというのも無理がある。なんといってもサービス終了直前なのだ。

 それとも誰かの悪戯だろうか。


 いやそれはない。


 たしかゲームの重要NPCネームはプレイヤーには選択不可能だったはずだ。つまりこの会話は間違いなく運営が関わってなければあり得ないということになる。


シン「えーっと……」


 なんて返せばいいんだが本気で分からない。


女神アストレイア「不審に思われるのも無理のないことと思います。ですが残された時間がわずかなのも事実。難しいことではございません、これから私がする質問に、本当に心からお答えしていただければそれで済みます。お願いできませんでしょうか?」


 女神らしからぬ、あわてたような言葉。

 それにイベントではもっと「らしい」言葉遣いだったはずだ。

 しかし時間がないのは確かだ。

 「F.D.O」フィリウス・ディ・オンラインのサービス終了までもう10分切っている。

 だったらもう少し早くイベントを始めればいいのにと思わなくもない。

 今からやれることなんてほとんどないだろうし、女神本人も言っている通り質問に答えて終わるとしか思えない。

 サービス終了に際して、サービス開始時から続けていたヘヴィユーザーに対するアンケートを、それらしく装って行うということなのか?それならそう対象人数も多くないだろうし、こういう形で運営が直接対応するのも可能なのかもしれない。


 うーん、悪くはないけどもうちょっとドラマチックというかお涙ちょうだい系でもいいから盛り上がる系の方がうれしかったかな。

 まあ終了するゲームの最後にそんな予算をかけるわけにはいかないってのは理解できる話だが。予算がないというのは本当にシビアだ。

 まあ質問に答えるのを嫌がる理由などあるわけもない。

 10年以上の長きにわたって楽しませてくれた「F.D.O」の終わり、それを迎えて今思っていることを正直に答えるくらいお安い御用だ。


シン「状況はよくわかりませんが、承知しました。答えられる限り正直に答えます」


 どうしても「シン」としての言葉遣いになってしまう。フレンドと狩りをしがてら現実の会話をするのとは勝手が違う。

 中の人が運営であるのは明らかであるとはいえ、女神アストレイア様相手となると、素の自分で対応するのは拒否感が勝る。

 運営の人から「10年間どうだったー?」って聞かれるのもどうかと思うが。

 そういうのはこの世界ではなく、サービス終了後のイベントなんかで座談会っぽくやってほしいものだ。

 それもやっぱり予算が下りないよなあ。


女神アストレイア「感謝いたします! (ほんとはもっとお話ししたいけど時間がないし)」


 おい、運営。


 そういうあざとい萌要素を差し込んでこなくてもいいんだ。


 こちとら本来はしんみりした気持ちで、長く過ごした世界の終焉に立ち会いたいって気持ちも間違いなくあるんだ。そんな中アンケートに協力しようってんだからせめてそれらしくしてくれ。

 女神の内心を傍白で表現とか、しかもなんかこっちに好意的なノリとか。

 いや、これは俺が歳食ってるだけなのかなあ、こういうのがうれしい人の方が多いんだろうか。

 

 ……複垢で脳内ストーリー展開しまくってた俺の言うこっちゃないか。

 

 内心で数歩引いていると、シンの画面に映る西サヴァル草原の上空に金色の光が現れる。

 神顕現の前兆だな。

 つかまさか一般フィールドに女神アストレイアのアバターが降り立ったりするのか?

 イベント時ですら女神アストレイアのアバターは確認されてないはずだが。

 何冊も発売された設定資料集の設定イラストでは何枚か見られるが、そりゃもうそうっとうな美人さんで、各種設定がさらに妄想を強烈に後押ししている。

 そのイラストと設定資料を元に、プロ含む相当数の絵描きさんがすばらしいイラストを、膨大な量描いてくださっている。


 薄い本も多いが。


女神アストレイア「では質問を始めます」


シン「はい」


女神アストレイア「……世界の継続を望みますか?」


 ……いきなりものすごい質問来たな。


 なんだろう、こんなにも望まれていたのに意に沿わぬ形でサービス終了してしまったという形を残したいんだろうか。


 いやそれはさすがに穿ち過ぎか。


 終わってしまう世界に対しての古参の正直な気持ちを、わかっていても再確認したいんだろう。運営と、最後まで残ったプレイヤーは同じ気持ちなんだと。

 そうだ、最後の時間をこのアンケートに協力して過ごすと決めた以上、妙な勘繰りとかはなしで自分の正直な気持ちを答えればいい。


シン「はい」


 そうだ俺は叶うことなら継続を望んでいる。望んでいるともさ。それが不可能なことは理解しているけれど、そう問われれば答えは一つだ。


女神アストレイア「何を犠牲にしても?」


 重い! 重いよ女神様!

 いや落ちつこう、冷静に、正直に、誠意を持って答えよう。

 

 何を犠牲にしても、か。

 

 どれだけ愛着があっても言ってしまえばたかがゲーム、全てを犠牲にしてでもその継続を望むなんてな、我ながら嘘くさい。

 親父は死んじまったけど、まだまだ元気なおふくろと、年に何回かしか会わないとはいえ歳の離れた妹。

 なんとか築いた会社でのポジションと自分の仕事。

 数は少ないがそれでも俺と仲良くしてくれる友人。ここまでの人生でお世話になった恩師恩人。


 まさか現実のことを問うているのではないとしても、世界が続いてもそこに夜とクレアがいなければ俺にとって意味なんかないし、そもそも「シン」が存在しない、俺が介入できない世界でも続いてほしいかといえば正直どうかなと思う。

 でもつい先刻祈ったように、俺の知らないどこかで、シンと夜とクレア、その仲間たちが存在し続ける世界があればいいなと思ったのも事実だ。


 こんな質問にマジになっちゃってどうするの?って幻聴が聞こえなくもないが正直に答えよう。


シン「何を犠牲にしても、とは言えません。夜がいて、クレアがいて、シンがいる。俺が介入できなくなるのはいいとしても、最低限それが失われるなら俺にとって世界の終焉と何も変わらない。ほんとはもっと、あれもこれも犠牲にしたくないものはあるけど、言い換えれば彼ら三人が仲良く存在し続けられるなら、極論他の何を犠牲にしてでも世界は継続してほしい」


 うん、思っていることを正直に言えたんじゃないかな。

 口調がどんどん素になっているけど。

 長いプレイ時間を経て、仲間と呼べる存在や、愛着のある存在は数多くいるけれど、選べと言われれば俺は間違いなくシン、夜、クレアが三人でいられる事を選ぶ。


シン「アストレイア様の言う上位世界、俺にとっての現実ってやつですけど、それも生贄に捧げよってんじゃなく、俺が全ての立場を投げ出すってんならありかもな、とは思います。我ながら現実的じゃないけど、継続叶った「F.D.O」を引きこもって続けられるっていうのは一つの夢かもしれませんしね」


 書き込みながら思わず笑ってしまった。


 なんだその状態。

 人間関係も仕事もほっぽり出して、引きこもってずーっとゲーム。おおうダメ人間。

 でも正直そういうのにあこがれる気持ちがなくもない。俺の貯金で何年もつかなあ。

 おふくろは妹が面倒見るだろうし、親父の残したお金はおふくろが平均寿命からプラスして20年くらい生きたとしても問題ないくらいはある。

 仕事はまあ、やりがいもあったし無責任とは思うが、誰が抜けても仕事ってのはなんとかかんとか回るものだし、後輩諸氏には購買のなんたるかを最低限は仕込めてると思う。

 友人諸氏や恩師恩人は、悲しんではくれるだろうけどまあそれぞれの人生頑張るだろうし、俺の支えなんかがいるような惰弱な連中ではない。

 

 びっくりした、嫁と子供がいないってのはここまで現実に対する執着を薄くするものか!

 好きな異性の一人でも居れば、話はまた違うのかもしれんが、三次元はなあ……


 冗談はさておき。


 たかだが俺一人の今までの人生投げ出したからって、サービス終了するMMORPGが継続するなんてあるわけはない。

 実際に明日からの俺はちょっとした喪失感を持ちながらも、現実の生活を続けていく。


 だからこそ、さっきの答えはまるきり嘘では無いと思う。


 全部投げ出してゲーム、ってのはどうかと思う自分と、それもいいなと思う俺がいるのだ。


女神アストレイア「本当ですか!」


 ―女神様の食いつきがすげえ。


 なんだ、運営の琴線のどこに触れたというんだ。

 人生無駄にしてもこのゲーム続けられるんならいいやっていうバカの存在は、ゲームクリエイター冥利に尽きるとかそういうことなんだろうか。


女神アストレイア「シン様、夜様、クレア様が変わらず供にいること、シン様としてのあなたがこの世界での冒険を続けられること。この二点が約束できれば、他のすべてを犠牲にしても厭わないということで間違いないでしょうか?」


シン「俺がその二点を除くすべてとの関わりを失うだけで、相手は元気でいるというなら」


女神アストレイア「それはお約束できます! 神に誓って!」


 神様はあんただ。


 現実的に捉えれば、同じ世界を舞台にした次世代MMORPGへのお誘いなんだろうか、これは。

 「F.D.O」のキャラクターをコンバートしてくれるというなら望外の好条件といえる。言い回しからすればVR版のリリースでも企画されてるのかもしれない。

 このやり取りを了承したプレイヤーのキャラクターデータは保存して、次世代MMORPGへコンバート、おそらくログインIDは同じ会社のサービスゆえに変わらないからそこから読み取るってことかな。

 相当に回りくどいが、これくらいしか質問の意図が思いつかない。

 よくわからんのは「F.D.O」でのキャラ以外すべてを失うのは理解できるが、現実世界についても言及しているところだな。

 まあVRシステムは未だゲーム機としてはめちゃくちゃ高額だし、最新VRMMORPGの月額料金といえば「F.D.O」の比ではないだろう。

 覚悟完了かどうかの確認とみていいのかな。


シン「であるならば俺は、世界の継続を望みます」

 

女神アストレイア「ありがとうございます! これで――」


 何やら女神様がすごく感動しておられる。


 うん、「F.D.O」のVRバージョンが出たらボーナス全部ぶっこんででもプレイするよ。シン、夜、クレアをコンバートしてくれるっていうならなおのこと。たとえ優遇処置がなかろうが、「F.D.O」の世界を冒険した三人が公式にそのまま使えるっていうのは浪漫だ。


 ん?でもVRゲームでの複垢って、どうやって操作するんだろ。


 質問は以上なのか、先ほど上空に現れた金色の光が大きくなっていく。

 天使の階段(エンジェル・ラダー)がシンにかかり、画面全体が金色に包まれてゆく。


女神アストレイア「……ありがとう、ございます」


 女神アストレイアの言葉とともに画面全体が金色に染まった。

 ……「ありがとうござい()()()」じゃないんだな。


 三画面ともまばゆい金色。

 金色が去ったあとは、映画のエンドロールのように製作者スタッフが流れはじめ、いろんなスクリーンショットがイベントの時系列に沿ってセピア色で表示される。

 たぶん待ってればスペシャルサンクスの流れで、プレイヤーのキャラクターネームが全部表示されるんだろう。シンと夜とクレアはいつ流れるのかな。


 流れるBGMは、毎日ログイン時に聴いていた「始まりの鼓動」だ。


 いつの間にかサービス終了の時間を過ぎてしまっている。


 ああ、もう明日から「F.D.O」にログインすることもないのか。

 最後のイベントがWeb上でどんな話題を呼んでいるか気になるけど、今日はこのまま眠ろう。


 思ったよりも悪くない終わりだったと感じている、この気分のまま眠りたい。

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