第52話 古い友人
side――アラン・クリスフォード――ウィンダリア皇国騎士団長――
今ので何波目の魔物の侵攻だったでしょうか。
もう数えるのもバカバカしくなる回数、飽きもせず押し寄せる魔物を撃退し続けています。
レベルがいくつかあがったのは確かですが、そろそろ限界が近いでしょう。
シン様がいつか冗談で言っていたように、レベルが上がれば体力気力魔力が全快すればいいのにと、今心の底から思っています。
そんなことはないのは、シン様に出会うまでに命を投げ出すようにして挑んできた、魔物との戦いで経験したレベルアップで分かってはいますが。
「副官、生きてますか?」
次の波状攻撃まで少し間があるはずです。
最後の会話になるかもしれないし、馬鹿な話でもいいからしましょうか。
「なんとか生きてます。というかまだ団長の言いつけどおり誰一人死んじゃいないはずですよ。そこらに転がってるのは、さすがに次来たら死ぬしかなさそうですが」
「大したもんですねえ、さすがは我が騎士団です」
さっきの一団を退けた際、力尽きて転がってるのが複数いますが死んではないようです。
深手を負ったものは後方に下がらせて回復術式の使える団員に癒させていますが、魔力ももう底を尽く頃ですね。
やはり次で壊滅はなくとも、犠牲者が出ることは避けえませんか。
歯痒い限りです、私にもっと力があれば……いけませんね、死地での英雄願望と無い物ねだりは死に直結します。
私は冷静に、状況次第で効率よく部下を死なせる必要もある「指揮官」なのですから。
「お褒めに預かり光栄ですがね。ちょっとカッコつけすぎたせいで援軍が来ない気がするんですが」
「まあそれは確かに。ですがここを他の戦力に任せていたら、ちょっと洒落にならない被害が出ていたであろうことも事実です。「強化術式部隊」の撤退は完了しましたし、まあ上出来じゃないですか? ヨーコ様、フィオナ様クラスの援軍でなければ徒に犠牲を増やすだけでしょうし、お二人は我々よりも数段エグイ戦場を担当されてるわけですし」
我々なら十分やれると判断しての出撃でしたし、その判断に背くことなくここは死守できるはずです。
自惚れではなく客観的な事実として、ここを他の戦力に任せていればより多くの人数の投入と、それに応じた犠牲が必要となったでしょう。
それほどここへ来る魔物は多い。
やはり数は力です。
単体では充分に勝てる相手であるからこそ、今まで犠牲なくなんとか乗り切ってこれた訳ですが。
それでもやはり、犠牲を覚悟した指揮は気が滅入るものです。
自分が死ぬわけにはいかない立場であるからこそ、なおさら。
「シン様や「両翼」が前線片付けたとしても、我々よりも援軍を必要としている戦場は山ほどあることでしょうしね」
「カッコつけて出撃したんですけどねえ。さすがにここを抜かれると、兵以外に被害が出る可能性がある以上、引く訳にもいきません。正直死にたくはありませんし、ここを放棄したら犠牲者なしで仕切り直せるかもしれませんけど、その結果他所で犠牲者出たりしたら、皆さんどうします?」
ずるい質問のしかたで、我ながら嫌になりますね。
ですが事実でもあります。
「ったく、しょうがねえなあ」
私の言葉を聞いていた、近くに転がっていた団員たちが剣を杖代わりに体を起こてくれる。
苦笑いのような口調で、疲れ果てた体を再びこの戦場に、自分の意志で立たせる。
「俺、騎士団はエリートコースで綺麗な嫁さんもらえるって聞いたから必死で入ったんだけどなあ」
そんな話あるんですか。
団長である私を見れば、そんなの嘘だなんてことすぐわかるじゃないですか。
「お前、エリートなら綺麗な嫁さん貰えるってのは無理があるぞ。特にお前のその顔だと」
「精悍だって言ってくれる娘もいるんですよ!」
「娼館だろうが! こええんだよお前の面は! 綺麗な嫁さんとかその面で言うな!」
「ひでえ、ひでえよ先輩。ちょっと自分はロリ嫁もらったからってその上から目線。自分だって野獣みたいな顔してるくせに」
「うるせえ! 畜生、まだ新婚なのに死にたくねえなあ」
ああ、彼はつい最近結婚したばかりでしたね。
えらくかわいらしい奥さんで、彼を亡くせば泣くでしょう。
「ロリ新妻未亡人……俺ちょっと生き残ることに決めましたよ今」
「俺も俺も。生き残っていっちょ奥さん慰めて差し上げますよ」
馬鹿なことを言ってる独身組が、先輩を置いて前線へ体を引きずっていきます。
口ではあんなこと言いながら、彼らは先輩を、その奥さんを守ることを今決めたんでしょう。
大きな戦なんてないこの時代に、騎士団という武官としての栄達コースに乗った彼ら。
こんな激動に巻き込まれるなんて、ほんのひと月前は想像もしていなかったでしょう。
それでも、誰かを守るために「死ぬことも仕事の内」と笑える彼らを本当に誇りに思います。
指揮官である私が、まだ動けるのに諦めてる場合ではないですね。
「副官。私ちょっと次の戦闘は、前線でひゃっはーしてきて構いませんか?」
「次限定ってなら、いいですよ。ただし死ぬのは部下の仕事です。指揮官が真っ先におっちぬなんてバカやらないなら、って前提でお願いします。なんとか次くらいは犠牲者無しで乗り切りましょうや。まあ最悪戦線崩壊する前にはシン様級が誰か来てくれると思うんで、そろそろ無理のしどころですしね」
不謹慎だが、笑ってしまった。
何を考えてるか見抜かれている、さすが付き合いの長い同期ですね。
死ぬ気は当然ありません、ただ不測の事態に備えていた分をちょっと考えなしに使うだけです。
指揮官として不適格かもしれませんが、次を乗り切ったら援軍が来るという可能性もあるわけですし、ここは結果論の責任を取るという形で、この判断で行きましょう。
「かっこいいじゃねえか、お前ら。お前らが今のシンの身内か。なかなか肝が据わってやがら。援軍が後回しにされてるってこた、よっぽどシンに信頼されてやがんなお前ら。人の身で大したもんだ」
どこか愉快そうな、快活な声が響く。
副官とともに覚悟を決めて前線へ移動しようとしたところで不意に声をかけられました。
こう見えてもそれなりに実戦を積んでいる身です。
まさかまったく感知できないまま、背後から声をかけられるとは思いませんでした。
相手がこっちに害為す気であれば、意識もしないまま屠られていたという事実。
「……どちら様でしょう」
シン様の名前が出たからには味方だとは思いますが、敵ならえらいことですね。
我が騎士団が壊滅することになります。
この相手はおそらく、それほどまでに強い。
振り返ることもできないまま、問うことしかできない程には。
「ん? ああ、シンの古い友人だよ。つーわけでちょっとした加勢に来た。もうここには魔物はこねーよ、こいつらが始末したから」
シン様の古い友人?
警戒よりも驚きが勝り、思わず副官とともに振り返る。
周りの団員たちも固唾をのんで見守っている。
一瞬混乱するこちらを無視して、またしてもまったく気配を感知できなかった影が背後に現れる。
純白の毛皮に覆われた巨大な虎が、のっそりと私の左横を通りぬけて、目の前の男の右隣に伏せる。
漆黒の毛皮に覆われた巨大な熊が、のっそりと私の右横を通り抜けて、目の前の男の左隣に伏せる。
最後に男の頭上に翼音を響かせて、蒼玉色の鱗に覆われた5m級の飛竜が滞空する。
私はこの男を、いえこの方を知っている。
「救世神話」でシン様達「救世の英雄」と肩を並べて戦い、神々と英雄の消失後どこかへ姿を消していた偉大なる「異能者」の一人。
フィア・ヨーコ様と同格、あるいはそれ以上の戦闘力を持っているであろう存在。
「魔獣遣い」、ガル・ギェレク。
鍛え上げられた巨躯、短く刈り込まれた濃い灰色の髪、常に閉じられている左目。
厳つい顔に鋭い隻眼は、深い蒼色。
神話に謳われる通り、蒼竜アオヒメ、白虎シロヒメ、黒熊クロヒメを従えている。
自身の得物でもある巨大な右偽腕の先の爪は、魔物の血に濡れている。
「助けてくださった、と?」
状況からすれば間違いないはずです。
我々が相手にしていた魔物程度であれば、この方にかかればその発生源である魔物領域ごと根切りにされていても不思議はない。
ヨーコ様と同じように、シン様と互角に戦える御仁なのだから。
「ああ、まあな。シンとダリューンの喧嘩だか殺し合いだかは知ったこっちゃねえが、今回のはそれとは別件臭いんでな。関係ない連中がそれで死ぬのは気分が悪い。他の連中も今回はお前らの味方として動いてる。ちっと遅れて済まなかったが、もう心配いらねえよ」
「他の「異能者」の方々も参戦してくださっているのですか」
この方クラスの「異能者」が参加してくださっているのであれば、ほとんど犠牲の無いまま各地の魔物は殲滅されていてもおかしくはない。
心の底から有難い情報。
「正確には知らねえけどな。ヨーコの嬢ちゃんはシンに入れ込んでたから、ハナっから味方してるんだろうが、俺たちゃ今回ゲスト参戦だ。みな好き勝手に魔物蹴散らしてんじゃねえの?」
「今後もお味方でいてくださるわけではないと?」
「世界会議」は順調とはいえ、まだまだ問題は山積みです。
そこへヨーコ様だけではなく、神話に謳われる「異能者」様方がシン様の味方として参加してくだされば、あらゆることが今よりも順調に流れ出すことは自明の理でしょう。
今回の魔物による大侵攻を切り抜けたことで、「世界会議」の発言力はいや増し、結果として解放された魔物領域の開発で多くの問題は解決するでしょうが、味方は多いに越したことはありません。
それも強力な味方となればなおさらです。
「バッカおめえ、古い友人同士の喧嘩に、敵も味方もあったもんじゃねえだろ。それに俺ら「異能者」は千年前に手前の都合優先して「世界」を見捨てた立場だ。今更ダリューンを許せないとか、シンが正しいとか言えるもんでもあるめえよ。今回は別件臭いのと、胸くそ悪いから手え出したってだけだ」
私の問いに、照れくさそうに答えるガル殿。
シン様ともダリューン様とも、ともに友人であればそういう判断になるものなのでしょうか。
「友人なんてもんは、友人だと思ってる相手が困ってる時に、自分ができる範囲で手を差し伸べられりゃあそれでいんだよ。頼まれなくてもな。今回は胸くそわりいのと、シンが困ってんだろうからでしゃばった。そんだけの事だ。次ダリューンが困ってて、俺らに出来ることがありゃ同じようにでしゃばるさ。どっちかだけの友人ってわけじゃねんだ」
そういうあり方は理解できますし、憧れもします。
「友人」としてそう語れるだけの力を、私ももつけたいと強く思いもします。
しかし私が聞く限りではダリューン様は贔屓目に見ても世界の敵ですし、シン様ばかりか夜様、クレア様にも喧嘩を吹っかけていると聞いています。
シン様がマジ切れしたという、「宿者」の扱いもダリューン様の差配とか。
ただ古い友人だからというだけではなく、シン様達御三方や、ヨーコ様やフィオナ様も知らない何かを御存知だからこその、考え方かもしれませんね。
どちらかが間違っていると確信できる状況であれば、友人だからこそ張り倒す雰囲気ですし、ガル殿。
「主はツンデレじゃのう」
「顔に似合わず、意外と理屈っぽいしね」
「シン様の役に立ててうれしいと言えばよろしいのに。ダリューンの味方なんて初めからする気ないでしょ、主様」
「やかましい」
神話にも謳われる「三魔獣」が、それぞれガル殿を揶揄したと思ったら三人の美女に変化しました。
いや神話でもそのような記述はありましたが、本当の話だったんですね。
話すだけでも充分驚愕に値するというのに、ほんとうに人化までするとは。
龍であったアオヒメは、竜角を頭に生やし、金の竜眼とうっすらと蒼い鱗に覆われた肌を持つ、本来の姿とはかけ離れた美幼女。
虎であったシロヒメは、透き通るような白い肌にバランスの良いプロポーション、美しい顔に少し違和感のある牙が出ている美少女。
熊であったクロヒメは、黒に近い褐色の肌にメリハリの利いた色っぽい身体、腕だけが少し大きくそれとわかる爪が確認できるが、それ以外は完璧な美女。
鱗や体毛に覆われているとはいえ、充分以上に美しいと言える世代の違う美女三人を見ると、これはガル殿の趣味なんじゃないかなと疑いたくもなります。
ああ、別に奥さんじゃなくても、こういうのもありかもしれません。
いえ正気を保ちましょう。
大丈夫、この前の夜会ではそれなりにモテたはずです。
「……なんだその目は」
「いえ、べつに」
「違うぞ、こいつら年経た妖怪みたいに、ずっとつるんでたらこうなっただけだ。断じて俺の趣味で、俺の好みの姿に化けさせてるんじゃあねえぞ?」
「主の好みを優先した結果じゃが?」
と、アオヒメ。
「私たちになりたい人間の形なんてあるはずないよねえ、本来は」
と、シロヒメ。
「好みの姿ではないのなら、その、可愛がってくれるのはなぜなのでしょうか」
と、クロヒメ。
うわあ、クロヒメが一番言っちゃいけないことを言ってる気がするけどスルーしましょう。
私にも優しさはあります。
「……聞かなかったことにしてくれ。頼む」
神話の人物に頼まれました。
聞き入れることにしましょう、その方が得をする気がしますし。
「あー、後シンに伝えといてくれ。ダリューンとの件は好きに決着付けりゃいいけど、ダリューンばっか敵だと思ってっと足元すくわれんぞってな。神様は今や敵だ。多分この流れで誰かしらちょっかいかけてくるはずだ。その場合は間違いなく、俺らはシンの味方だって、そう伝えてくれ。アストレイア様すらも例外じゃないかもしれんとな。奥歯にモノ挟まったような言い方しかできなくてすまんが、俺らにも事情ってやつがあってな。頼むわ」
弱りきった顔でそれを私に伝えると、おそらくは何らかの転移術式なのでしょう、目の前から姿を消してしまわれました。
この情報、一騎士団長である私が知っていいものなんですかね。
いや私だけでなく、我が騎士団みんな聞いちゃいましたけど。
やはり「異能者」の方々だけが知る何かがあるのは間違いないようです。
であればフィオナ様やヨーコ様も御存知である可能性もあります。
余計な口を差し挟む気はないですが、我々の無事を伝えることも含めて、早急にシン様に報告する必要があるでしょう。
神様が敵というのは、それを発言した人物を度外視してさえ捨て置いていいものではありません。
とはいえ。
「私たちの覚悟が、ちょっと台無しでしたね」
「全員で生き残れたんだから、文句言う筋合いはありませんや」
「それは確かに」
次こそは救われる立場ではなく、誰かをきちんと救えるように強くなる。
その機会をもらえた僥倖を、今は喜んでいいでしょう。




