第51話 凱歌
巨体の中心を「変身」の最終奥義「五角峻厳紅玉光」で貫かれた「完璧な獣」が、俺の目の前で崩れ落ちる。
何とか勝てた、これで後は何とかなるはずだ。
現時点の切り札である「変身」を使った以上、「完璧な獣」級が次々に現れるとどうしようもない。
いやまだ後方支援に向かうはずの夜とクレアが居るから、「巨人殺し」技は二回分あるともいえるけど、そうなれば後方の被害は計り知れないものになるだろう。
これでいったんは打ち止めであることを祈るのみだ。
恐ろしいほどの取得経験値と、膨大な量のドロップアイテムが、表示された「神の目」のログを埋め尽くす。
「完璧な獣の肉」
も間違いなくあった。
これがクレアの予想通りの効果を持つなら、今後のためにもさっさと食べる必要がある。
ゲームとしての「F.D.O」時代には、ただの高級食材というだけのものであったが、さてどうなることやら。
ああ、やばい。
制限時間いっぱいまで「完璧な獣」のHPを削れるだけ削ってから「五角峻厳紅玉光」ぶち込んだせいで、魔力が完全に枯渇状態になっている。
ここで意識失うと夜とクレアがこっちに駆けつけてしまう。
そうなれば後方への救援が遅れる、何とか意識を保たないと。
眠いような状態だから、夜とクレアの感覚に集中して念話続けてれば何とかなるか。
所持可能な魔力回復結晶を一応使用しておく。
瞬時に回復するのは微々たるものだが、これで回復効率は格段に上がる。
「帰還」に必要な魔力が溜まれば、いったん「天空城」へ戻ればいい。
そうすれば大型結晶による急速充填ができるので、それまでは回復に集中するしかない。
『夜、クレア。こっちは何とかした。肉も出た。とはいえヘロヘロだからしばらくここで回復に集中させてくれ。予定通り夜とクレアは残敵掃討完了次第、後方の支援頼む』
『大丈夫なんですね? シン君』
『ダメージ受けているようには見えませんでしたけど、ヘロヘロですの?』
ああ、心配させたか。
ダメージ受けてるわけではないから大丈夫だ。
『ああ、魔力使い切って「帰還」も使えない状況。「帰還」使用可能になったら一旦「天空城」に戻るから心配はいらない』
夜とクレアの視線が、ついさっきまで「光の巨人」が現出していたあたり、つまり俺の方を向いている。
どうやら俺が「完璧な獣」と決着をつけたのと同じタイミングで、魔物の掃討を完了したようだ。
『というわけで俺はしばらくここを動けない。後方への支援は任せる。俺は「三位一体」で二人の方へ集中しながら、パーティー指輪で指示するよ』
『任せてください』
『蹴散らせてみせますわ』
そう言って二人は「帰還」を使用し、「天空城」で魔力を補充、転移装置で後方の「浮島」へ移動する。
これでヨーコさん、フィオナに加えて夜、クレアという単身で一方的に魔物の群れを蹂躙できる戦力を後方へ投入できた。
アラン騎士団長率いるウィンダリア皇国騎士団は、一方面任せても問題ない戦力を持っているだろうから、これで同時展開できる戦力は充分なはずだ。
破綻しかねない戦線への適時投入を急ぐ。
最優先は短期間で強くなったとはいえ、対多数戦に慣れていない「冒険者ギルド」が受け持っているあたりだ。
彼らが壊滅すれば、結果として勝利してもそこに相当暗い影を落とす。
犠牲者が皆無というわけにもいくまいが、壊滅させるわけにはいかない。
『ヨーコさん、フィオナ。大変なのは承知しているが、クレアを「冒険者ギルド」の担当エリアに最初に投入させてくれ。彼らはある意味、変革の「象徴」だ。ここで壊滅されるわけにもいかない。夜は万が一の「完璧な獣」級再湧出に備えて待機。もし出たら躊躇わずに「巨人殺し」技を使ってくれ』
ゲームのイベントとして見るなら、「完璧な獣」の撃退で序章は一段落と見て間違いない。
だが現実になった、少なくとも俺には現実としか感じられないこの世界では、そんな定石を当てにするべきでもない。
『承知ですの』
『わかりました』
『こちらは私とフィオナ元第一皇女で何とかなります。ご随意に』
クレア、夜、ヨーコさんの了承の答えの後を、フィオナの質問が継ぐ。
『というかシン兄様。大型の魔物領域にはヨーコ様や妾が出て、防衛線はアラン騎士団長に任せているのですが、中型以下の魔物領域からの魔物の侵攻がほとんどありません。何か手を打っておられるのですか?』
『いや、そこまで手が回ってない。すまない』
実際俺も夜もクレアも、最前線の無数の魔物を蹴散らすのと、「完璧な獣」の相手で手いっぱいだった。
現状ではそこまで手を回す手段を持ち得ていない。
『シン様。「浮島」が中型以下の魔物領域からの侵攻発生を捉え、犠牲も覚悟で私たちが回れるまでの時間稼ぎの戦力を投入しているのですが、そこからの侵攻が一カ所もない状況なのです。シン様の手配でないとすればいったい……』
既存の正規軍で使用されている「念話システム」はその戦場に展開している兵同士での念話は可能だが、遠隔地とのそれは不可能なものだ。
この辺の整備も急がなければ、展開された兵力の正確な状況が把握しきれない。
これも急務だな。
とはいえその方面から魔物が侵攻してこないということは、何らかの手段で無力化に成功しているということには違いない。
ヨーコさんの言い方から察するに、本当に突破されるのを前提とした時間稼ぎとして投入された戦力で、無効化できるはずはないというニュアンスは伝わる。
酷い判断だが、戦線を維持するには時にこういう判断こそが必要となる。
それが今は「良い方」へ裏切られているという状況だ。
『とりあえず俺も回復完了次第そっちへ向かう。どうあれ拙そうなところからモグラ叩きを続けるしかない状況だし、すまないが頼む』
全員から承知の返事が返る。
「完璧な獣」級がもう出てこないのであれば、ここを凌げば一息つけるだろう。
踏ん張りどころだ。
「冒険者ギルド」の新人冒険者たちが受け持つ戦場へ急行するクレアの視界が、なんとか戦線を維持している集団を捉える。
クレアの視界が捉えうる範囲に――幸いにしてと言っていいのかわからないが――動かなくなっている人は少数しかいない。
とはいえみな満身創痍と言っていい状態だ。
今切り結んでいる魔物を退けた後、もう一波こられたら次こそ戦線が崩壊する事は避けられないだろう。
だが逆に言えば間に合ったとも言える。
クレアが到着してしまえば、魔物は問題にならないし、生きてさえいれば怪我は完全に回復させることができる。
今の冒険者達のレベルであれば、千人程の全員の魔力を回復させることも可能だ。
そうすれば完全に戦線を立て直せる。
気力的にはつらいだろうが、ギリギリではあっても最低限の犠牲者で凌ぎ切ったという事実は「冒険者」としての自信につながるだろうし、なんとか士気は保てるはずだ。
とりあえず目につく魔物を「聖光」で一掃する。
それによってクレアの来援を確認できた冒険者たちから安堵の歓声が上がる。
安堵のあまり膝の力が抜け、地に足をつく者たちも多い。
それだけギリギリの中闘い続けていたのだろう。
一時間に満たないとはいえ、逃げることもできない乱戦、しかも波状攻撃を物言わぬ魔物から受けていては心身ともに消耗は激しい。
ついこの前まで「命を懸けた戦い」なんてものに縁がなかった新米冒険者であれば尚の事だ。
「よく持ち堪えましたわ、皆様。我が主の指示により救援に参りましたの。もう安心ですのよ」
そういうと同時に広範囲の回復術式「癒しの波紋」で、その場にいる全員の傷をとりあえず治す。
金色の波紋が広がる空間にいるものは、ある程度までの傷が見る見るうちに治ってゆく。
『まさに「神子」そのものですね、クレア』
『まあ、こういうのは「神子」に似合いじゃないか? 夜はほら、「完璧な獣」級が出たら「究極召喚」使えるし、派手じゃないか』
たぶん俺の「光の巨人」より、夜の「究極召喚」の方がインパクト強いと思う。
いやまあそういう意味ではクレアの「巨人殺し」技である「神の軍勢」も大概派手だが。
『恐れられるだけのような気がします』
『まあ適材適所ってことで。俺や夜だと殲滅力はあるけど、癒しの力がないからなあ』
クレアは防御と回復特化構成だから、こういう軍勢への援軍としては理想的だ。
代わりに大技でも使わない限り、強力な個体にソロで挑むのには向いていない。
決定力がないだけで、盾職だけあって俺たち三人の中で持ち堪えるのは最も得意なので、俺なり夜なりの到着を待てばいいだけなのだが。
「クレア様、ユリアを、こいつをなんとかしてやってください!」
俺が「針突」を使えるようにした、夜会で出逢った、強くなることを目指していた女の子。
「冒険者ギルド」に入り、トップランカーの一人となっていると聞いて気にしていた娘だ。
ユリア・リファレス。
脇腹に深い傷を受け、かなりの出血をしている。
普通なら致命傷だろう。
即死じゃなくても、後方に撤退するまで持つはずがない。
前線でこの深さの傷――いわゆる欠損レベルのダメージ――を治癒し得る回復術式使いは未だ存在しない。
ただし、クレアを除いて。
「こいつ俺を庇って深手負っちまって……俺がパーティーのリーダーなのに、脇見えてなくてそれで……血が止まんねえ、さっきのクレア様の回復術式でも意識が戻らねえんです!」
「大丈夫ですわよ」
余計な話をせず、一言でユリアの守ったパーティーリーダーを落ちつかせ、クレアが「白金の癒手」を使用する。
それなりにMPは消費するが、欠損レベルのダメージも回復させる上位回復術式だ。
レベル一桁のステータスであれば失ったHPも間違いなく全快する。
蒼い顔で意識を失っていたユリアがゆっくりと閉じていた目を開く。
パーティーリーダーが心の底からほっとした顔をしている。
わかるよ、「リーダー」でありながら、自分の瑕疵でメンバー死なせるなんて悪夢だもんな。
「……よかった」
感極まって泣いている。
「トウジさん……すいません心配かけて、ドジ踏んじゃいました」
「いや、俺が下手打ったのを庇ってくれてありがとう。あれが直撃してりゃあ、俺も死んでた。本当にありがとう」
何度も頭を下げるトウジというリーダーに微笑みかけながら、自分がどういう状況かを把握したようだ。
一転、びっくりした表情で飛び起きる。
「ク、クレア様が助けてくださったんですか! ありがとうございます! 正直もうダメかなと思ってたんです。シン様にせっかく技をいただいたのに……」
周囲がざわめく。
「やっぱあの技ってシンの大将から直接もらったってホントだったのか」
「元々貴族だっつってたしな、ユリアちゃん。ユリア様って呼んだほうが良いのかな」
「ユリアさん、綺麗だもんな……シン様、そばに置くつもりなのかな」
やめて、そんなつもりないよ。
冒険者の間で要らんうわさが広がらねばいいが。
まあまわり反応を見る限り、ユリアは冒険者仲間に好意的に受け入れられているらしい。
冒険者にとって「強い仲間」は何よりありがたいものだし、身を挺して自分のパーティーリーダーを守ったことも大きいだろう。
「我が主が目をかけた「戦士」に簡単に死なれるわけにはいきませんもの、礼は不要ですわ。それよりも、最低限の犠牲でここまで持ちこたえてくれたことに感謝を」
「戦士」を強調しましたね、クレアさん。
そういうとクレアは、ユリアにだけでなく冒険者たちの方へ向けて優雅に一礼する。
こういうところは本当にうまい、いや計算してるわけではないんだけど「神子」の本領発揮といったところだ。
冒険者たちから、歓声が上がる。
この後もまだ数派に渡る攻撃はあるだろうが、クレアが参戦し、自分たちの体力も魔力も回復してもらった状態では負ける気がしないだろう。
彼らは、あの絶望的な数の魔物の群れから、戦えない人々を守り切ったのだ。
確かに犠牲は出た。
だが無駄な犠牲にはしなかった事が、仲間を失った彼らを辛うじて納得させるのだろう。
「……でも惜しかったなあ、助けてくださるのがシン様だったら物語みたいだったのに」
勝利の凱歌が上がる中、ユリアがぽつりとつぶやくように言う。
あ、やばい、俺に聞こえてるということは、パーティー指輪持ってる全員に聞かれたぞ、今の台詞。
「お聞きになりましたか我が主? だそうですわよ。何かお伝えいたしましょうか?」
「え? え?」
ごめんな、ユリア嬢。
「三位一体」の事なんて知らないもんなあ、普通は。
本来、本人が聞いてはいけないことを聞いてしまった。
『……結構油断なりませんね、ユリア・リファレス嬢』
夜さん?
何でそんな怖い声出すんですか。
『クレア様の意地悪っぷりがいい感じと判断できます。不用意な発言にはペナルティを。容赦ありませんね、敵認定待ったなしです、こわいこわい』
『ち、ちがいますのよ? なんといいますか助けたの私なのにちょっとイラッと来たというか、我が主はガンガン来る系結構苦手ですから自爆ざまあとかそんなこと思ってませんのよ? …………最低ですのね、私』
クレア、正直に生き過ぎるのもどうかと思うよ。
そういうところ嫌いじゃないけれど。
『シン兄様、いつもの会話中失礼しますが、ヨーコ様、妾の所も含めて敵の殲滅は完了しました。少なくともこれで魔物の第一波は完封できたと判断していいでしょう。さすがに犠牲無しではないようですが、少なくとも一般住民には一切被害が出ておりませんし、事が起こったことも伝わっておりません。もう少し様子を見て一旦兵を引くことを提案します』
それでいいだろう。
日も完全に昇った。
とりあえず一波は凌ぎ切った。
次に備えるためにも、一旦兵を引き、再展開できる準備を整えたほうが良いだろう。
中規模以下の魔物領域の魔物がどうなったのか気になるところだが、そのあたりの事もそこへ派兵された兵達から聞けばいい話だ。
『そうしよう。朝から疲れたし、風呂入って寝るくらいの時間は稼げたと思いたい』
『その前にシン様。アラン騎士団長から緊急で報告したい事がある旨連絡が入っております。夜様とクレア様引き連れての混浴はその後にしてもらえますか』
そんなことはしません。
でもなんだろうな、アラン騎士団長。
ウィンダリア皇国騎士団は「通常兵力」としては最大の集団故に、激戦区へ回されていたはずだ。
アラン騎士団長の無事は今の会話で確認できたけど、副官以下、部隊長クラスも、できれば一兵に至るまで全員無事ならいいんだけれど。
現実的ではないかもしれないけれど、そう望むくらいは赦されるだろう。
冒険者たちの上げる凱歌を耳にしながら、あの気のいい騎士団の連中がみんな無事であることを祈った。




