第49話 巨人殺し
「F.D.O」が十年以上も人気を誇った理由の一つが、MMORPGをプレイするだれもが夢見る状況を味わわせてくれる事なのは間違いない。
強力なプレイヤー同士が一対一で鎬を削る対人戦。
鍛え上げたプレイヤーキャラクター単騎で、圧倒的多数の敵を狩る無双感を味わえる対多数Mob戦。
そして本来複数のプレイヤーで倒すことを前提とされているレイドボスを、ソロもしくは少数で屠る巨人殺し。
さすがに実装直後にそんなことは不可能だったが、操作がアクション系だったこともあり、いきなり少人数で新レイドボスが倒されるなんて事も、十年のうちには一度や二度ではなかった。
だかそれはあくまでも例外である。
ゲームである「F.D.O」のボスは、何しろ最初に倒すまでがめちゃくちゃ強力なのだ。
一度討伐されれば少人数でも攻略可能な強さに調整され、アップデートを重ねると極論ソロで狩れるくらいまで弱体化する。
まあその代りに同じボスを本来の強さのままで挑める場も用意されており、ギリギリの戦いを好む連中は、そっちで倒すまで「俺はあのボスを倒したとは言わない」という拘りを堅持していた。
ドロップアイテムもドロップ確率も変わらないのに、そういう部分を絶対に譲らない人たちは本当に世界を楽しんでいるんだなあと感心したものだ。
こいつは、その難しい方じゃないことを祈る。
「F.D.O」の初代レイドボス、「完璧な獣」
この圧倒的な巨体と、そこから繰り出される各種攻撃は一撃で盾職のHPを半分持っていく。
救いは実装当時のレベルキャップが75だったことくらいだが、それでも運営の想定では36人のプレイヤーキャラクターで倒せるレベルに設定されていたと、攻略本で読んだ事がある。
それも役割分担をきっちり行った上でだ。
もし目の前のこいつが、実装当時の強さで闘うことを望んだプレイヤー用に調整された強さだとすれば、レベル99に達した今の俺、夜、クレアでもかなり厳しい。
今までの傾向では、現実となったこの世界で敵は弱くなる方向であったし、レイドボスのみがその傾向から離れるというのは考えにくい。
というかそう信じたい。
サービス終了時のこいつの強さであれば、油断さえしなければ術式格闘士の「巨人殺し技」を発動すればまず間違いなく勝てる。
どっちにしろ、倒せないからって逃げたところで「完璧な獣」が人々の生活圏に侵入してきたら世界はめちゃくちゃだ。
やるしかない。
やるなら短期決戦だ。
「三位一体」で夜とクレアを確認する。
夜は「召喚士」レベル99になって再び召喚可能になった最強の獣、「七眼九尾の黒獣」をもって右翼の魔物の群れを潰している。
ここからでも「七眼九尾の黒獣」の巨体と、エフェクトを伴って発動する攻撃が確認できる。
その肩に乗り、次々と敵を撃破しているが、如何せん数が多い。
負ける可能性はまるでないが、完全殲滅までまだ時間がかかるだろう。
あの数を放置してしまえば、国境付近の城塞都市の一つか二つ、陥落する恐れがある。
それは許容できない。
『シン君。でかぶつ出てきましたけど、大丈夫ですか?』
ここで大丈夫じゃないと答えようものなら、どこにどんな被害が出るかを度外視して俺の方へ来る。
来かねないじゃなく、間違いなく来る。
夜はそういう娘だ。
『たぶん大丈夫。あれ使ってダメならソッコで逃げるから心配ない』
『わかりました。無理しちゃだめですよ』
へいへい。
世界も人々も大事だけど、自分が死んだり、夜やクレアを犠牲にしてまで守りたいとは思っておりませんよ。
クレアは左翼で「神子」の基本スキルでありながら、レベル上昇に伴ってとんでもない性能になっていく、ある種壊れスキルである「聖光」を使用して敵を殲滅している。
何が壊れって、どう見ても術式か、なんだったらSF的な衛星からの攻撃にも見える代物なのに、スタミナ依存のスキルなのだ。
つまり「ミストシルクアンクレット:改」を装備している今のクレアにとっては、無限に撃ちつづけられる状態になってしまっている。
ロックオンの必要ない自律追跡型の光の矢が無数にクレアの背後に浮いては発射され、至近の魔物に次々と刺さる。
それ自体にはさしてダメージはないが、それを無線標識代わりとして、遥か天空から光の柱が魔物を刺し貫き、一撃で絶命させる。
これ絶対運営がMPとスタミナの設定間違えたのを、認めなかっただけだろ。
同時発動数はレベルに完全同期し、現在のクレアは常に99の光の矢を発射し続けている。
「聖光」は一撃で殺せる雑魚狩りには恐ろしい効率を発揮する。
レベル99の今だと、レベル一桁の魔物であれば確実に一撃で仕留められる。
ここから見ると、クレアの居る位置を中心に天まで届く光の糸が常にクレアを取り囲んでいるような状況だ。
それでもやはり敵の数が多すぎるため、左翼を完全に殲滅するにはまだしばらくかかりそうだ。
対峙する魔物を放り出せないのはクレアも夜と変わらない。
『我が主、あれ、「完璧な獣」ですわよね?』
『そうだが?』
『なんですのそのキャラ? ま、まあいいですわ。あれ倒すとお肉落としましたよねお肉』
『この状況でくいしんぼキャラアピールって、優しく聞きますけど狂ったんですかクレア?』
『誤解ですのよ!? 私はどちらかといえばお魚の方が……ではなくて! ベヒモスとレヴィアタンって、世界の終末にどちらかが死ぬまで戦わされて、生き残った方の身体が終末を生き残った「選ばれし者」の食べ物になるというお話がありますの。我が主のあの話と符合しませんか?』
ああ、成程。
再びレベルカンストした際に「神の目」の右上に表示された「紋章」みたいなものは、言われてみれば「聖書」のアイコンに見えなくもない。
終末を生き残った「選ばれし者」というのも俺達に符合する。
「聖書」から設定持ってきてるんだろうけど、確かに「F.D.O」の運営っぽいといえばぽい。
この大騒ぎが一段落したら、一度きちんと話しする必要があるな。
俺達が出来る事と、その背景にある「設定」の考察はやっておかねばいけない気がする。
MMORPGという「ゲーム」であった前提をどうやって伝えたものか。
『かもな。期待しよう』
『助力は不要ですの? 我が主』
『さっき夜にも言ったけど、あれ使ってダメなら三人束になっても多分変わらんだろ。そうなりゃ逃げるからそのつもりで』
『承知ですの』
この辺、夜もクレアも優先事項ははっきりしたもんだ。
「ここで私たちが逃げたら世界の人たちが!」とか言わないのな。
そういう展開になったら、俺が『バカ、俺にとっては夜とクレアの方が世界よりも大事だよ』って……
『私たちも同じなんですよシン君』
『我が主……』
二人からひどく照れた念話が返ってくる。
……ああしまった、ここしばらく普通の会話ばかりしてたからしくった。
『今の台詞、伝わってしまった?』
『……はい』
『……ええ』
忘れてくださいお願いします。
『余裕があるとはいえ人々の命がかかっている状況の中でこの会話。なかなかの狂人っぷりと判断できます。やれば出来るではありませんかシン様』
普通に会話に入ってきましたね、ヨーコさん。
確かにヨーコさんとフィオナにはパーティー指輪渡したけれども。
『シン兄様、こちらは魔物領域からの侵攻が始まりました。今のところ魔物の種類も数も、それぞれの領域規模から逸脱したものでは在りません。比較的大規模な領域へ妾、ヨーコ様、「浮島」があたり、他は騎士団と「冒険者ギルド」をあてます。負けはないと思いますが犠牲はそれなりに出ると予測されます。そちらが片付けば出来れば助勢を』
フィオナから状況報告がもたらされる。
そうか、ヨーコさんとフィオナにパーティー指輪による直通回線開いてるんだから、「天空城」からの報告は必要なかったか。
いや、実際に後方支援に回る際、言葉だけでは敵の展開や数が掌握できない。
「映像窓」による情報の提供はやはり必要だ。
『了解。夜、クレア、聞いてのとおりだ。俺は今からこのデカブツとやるから、そっちは掃討完了と同時に後方の支援に回ってくれ。ここの魔物共はほとんど取り逃がしてないだろうから、残りは各城塞都市に任せていいだろう。後方の負担が大きい、頼む』
二人から承知の答えが返ってくる。
さてやるぞ。
「完璧な獣」はその巨体をゆっくりとこちらへ向けて進めている。
完全に攻撃的魔物だから、感知範囲に俺が入った瞬間、攻撃を仕掛けてくるだろう。
しかしでかい。
ゲームとしての「F.D.O」時代も「画面みえねえ!」って騒いでた記憶があるが、プレイヤーキャラクターからしたら山が動いてるような感じだ。
「クリム」なんかの巨大魔獣型ボスのサイズがかわいく見える。
「完璧な獣」と「クリム」の対比が、ちょうど「クリム」とプレイヤーキャラクターの対比に近いような感じか。
まあだからこそ、あの巨体にプレイヤーキャラクターが複数群がって倒しきるのは燃えるんだけどな。
だが今回はソロ戦だ。
いくら強力なスキルでもあんな巨体にぺちぺち打ち込んでいても埒は開かない。
レベルカンストすれば使用可能となる、各ジョブに用意された「巨人殺し」用のスキルを使わせてもらう。
発動まで結構な時間がかかるから、「完璧な獣」の感知範囲に入る前に発動させてしまう必要がある。
どちらにせよレイドボス系は全タイプの知覚方法をもっているし、スキル、術式感知の範囲は他の感知方法よりもその対象範囲ははるかに広く、全方位だ。
「術式格闘士」の「巨人殺し」スキルが発動したと同時に敵対状況へ移行、攻撃を仕掛けてくることは間違いない。
どちらにせよ、「形態:七罪人ira:コードSatan」の特殊状態「憤怒の熾天使」と同様、発動すれば数分間しか持たない超短期決戦用スキルだ。
速攻あるのみ。
膝を突き、発動の準備に入る。
俺の目の前に、巨大な「生命の樹」が描画展開開始。
最初に10の「セフィラ」が揺らめく魔力そのものによって描画され、その間を22の「小径」が繋いでゆく。
それぞれの「セフィラ」は複雑な魔法陣で表現され、解読不能な文字で埋め尽くされている。
10の「セフィラ」から俺の身体へ、魔力の小径が繋がる。
魔力文字の白光単色で完成した「生命の樹」の第九セフィラ「基礎」にその象徴色である紫が燈り、そこからツァディー、レーシュ、タヴと呼ばれる小径を通して炎が広がるように魔力が伝播してゆく。
炎のように表現された魔力が到達し、第七セフィラ「勝利」は緑、第八セフィラ「栄光」は橙、第十セフィラ「王国」はレモン色、オリーブ色、小豆色、黒が渾然とした色が次々に燈る。
第九セフィラ「基礎」に続いて色彩を帯びた第七、第八、第十セフィラをそれぞれ繋ぐ、ペー、コフ、シンと呼ばれる「小径」にも魔力が通り、最初に「魔術的三角形」と呼ばれる第七、第八、第九セフィラで構成される三角が強い光を発し、続いて第七、第八、第十セフィラで構成される三角が第九セフィラを中心として強い光を放つ。
その光が巨大な「生命の樹」と、それに魔力の「小径」で繋がっている俺を飲み込み、徐々に形を変えてゆく。
現出するのは光の巨人。
乳白色に発光する魔力で構成された光の巨人は、頭に当たる位置に二つ、胸の位置にひとつの紅い光点があるだけで、あとは何とか「巨人」と称するに足る人の形を保っているだけだ。
細部はゆらゆらとぼやけている。
夜やクレアの目に映るこの姿、どっちかというと敵だよな。
ゲームで見たときも大概だと思ったが、うん、白いのになんか禍々しい。
これがゲームである「F.D.O」では現実時間で一日に一回しか使用できないという制限に縛られてはいるものの、プレイヤーが光の巨人と化し、自身が持つすべてのスキル、術式を大幅に強化された状態で使用可能な上、専用の技も用意されている「巨人殺し」技。
「術式格闘士」専用スキル「変身」
やはりスキル、術式の使用を感知した「完璧な獣」が、こちらへ向かって攻撃行動に入っている。
行くぞ、速攻で決着をつけてやる。




