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第3話 約束

 「神の目(デウス・オクルス)」で自分を含む三人の状態、スキル状況とそれによって成立しているジョブを確認していると、先の会話の流れからため息混じりにクレアが口を開く。


『もう慣れましたけれども……相変わらず(ヨル)は「吸血姫」らしからぬ言葉遣いですのね』


『しょうがないじゃないですか、ほら「吸血鬼」に()()()際に記憶を取り戻しはしましたけど、ベースはずっと人間やってた私なわけですし。それに、あのう……』


『なんですの?』


『「吸血”姫”」って、その……はずかしく、ない、です……か?』


『……私の「聖女」よりはまだマシなはずですわ!』


『似たようなものでは……』


 うん、似たようなもんだと僕も思う。

 しかしこの期に及んでも変わらぬ二人だ。


 正直ほっとする。


 この世界を幾たびも襲った異変を何とか乗り越え、今は平和となったはずなのに、それをもたらした当の本人たちがなぜこんなことをしているかといえば当然理由はある。

 それは僕がこの世界の創造神とされている女神、アレスディア様から神託を受けたからだ。


 曰く、僕を含め、夜、クレアに救世主にたる力を与えてくれた「なにか」が今夜を境に二度と宿ることがなくなるという。


 つまり僕たちだけではなく、この世界から、「宿者(ハビトール)」が存在しなくなるという事実。

 それとこれは二人には伝えてはいないが、それと時を同じくしてもしかしたらこの世界が…


我が主(マイ・マスター)、何か言ってくださいませんの?「吸血姫」の称号程度、我々三人の一人として、恥ずべきなにものもありませんわよね?」


『あのう……実績とかそういうんではなくてですね』


『まあ、二人は目立つからしょうがないだろ。「吸血姫」も「聖女」も二人の二つ名のなかではおとなしいほうなんじゃないの?』


『それはまあ、そうですけれど……』


『それをいうならシン君のほうがものすごいじゃないですか。代表的なので言えば……』


『あーあーあー、ごめんなさい。精神が削れるからそれ以上言わないで』


 やめてください。


 まだ名前が売れていない、売れるようになるなんて夢にも思ってなかった頃に調子に乗って名乗った二つ名が、まさかすべて通るようになるとは思わなかったんだよ。

 それどころか自称じゃない二つ名のほうが心を直接折りに来るレベルだし。


『話を元に戻しますが、今は()()()()よね?』


 お願いを聞いてくれたのか、もともとどうでもよかったのか、夜が本来の流れに話を戻す。


我が主(マイ・マスター)、何度も申しますけど、私たちにとってはスキルカスタマイズもスキルコネクトも、すべて我が主にしていただいているとしか感じられませんのよ?』


『ですね。スキル・術式の発動については自分の意志である確信はありますが、設定といいますか、私たちの戦闘スタイルの構築は、すべてシン君がやってくれているのが事実です』


 そもそもギルドや神殿で選択可能なジョブ、それに付随したスキルはともかく、カスタマイズやコネクトといった言葉というか概念はシン君に教えていただいたものですし、と夜の声が続く。


 二人とは何度も確認しているが、「三位一体」(トリニティ)発動中の戦闘のように、僕のしたいこと(してほしいこと)と夜、クレアの行動判断が僅かのずれもなく一致している状況と違い、スキルカスタマイズやスキルコネクトにおいては完全に僕が、二人のそれを「神の目」を使って設定している。


 そこに二人の意志は介在しない。


 当然相談していろいろ決めてはいるのだが、極論僕が二人の意志を無視して設定してしまっても二人にはそれを拒否する手段はない。


 絶対ありえない話だが、ジョブをすべてはずして、(ギルドや教会では誰もが何がしかのジョブに付くのが基本であるが、「神の目」を介して行えば「ジョブなし」も成立する。)スキルカスタマイズとスキルコネクトを全部解除、ただの人にしてしまうことも可能だ。


 もっとも夜は「吸血鬼」、クレアは「神子」となっているのでその特性と能力が失われることはないが。


『それが今夜を限りにできなくなる……と』


 めったに聞くことはない、クレアの少し不安そうな声。


 それはそうだろう。


 「宿者」としての能力、「三位一体」と「神の目」、それが失われるだけでも戦闘力という点では格段に低下するし、その二つどころか万が一スキルや術式の発動すら不可能となっては論外だ。

 そうなったとしても、例えば国家間の戦争でなら一騎当千どころではない戦力ではあるけれど、幾度もこの世界を襲った危機、そのクラスの敵には抗し得ない。


 事実今この瞬間にもこの世界に存在する最上位魔物(モンスター)にはまるで歯が立たなくなるだろう。


 自身の弱体化、そしてそうなった場合、今後この世界に訪れるかもしれない危機に対処できなくなるという不安は、僕にとっても大きなものだ。

 なぜかこの世界は、国家間で戦争している暇などないくらいひっきりなしに危機に見舞われるし。


 中には国家間戦争が起こるように仕向けた、狡猾な敵もいるにはいたが。


『うん、そういう神託だったのは間違いないよ』


『とはいえ、スキルや術式の発動まで不可能になるとは考えにくいですわね』


『ジョブはもちろん、スキルや術式については「宿者」云々関係なく市井の人々も使用しているものです。尤も戦闘向けのものは少ないですが。それすらも使用不可能となるのはちょっと想像できないです』


 冒険者や兵士だけではなく、市井の人々もジョブ、スキル、術式の恩恵は受けている。

 それどころかジョブやスキル、術式は世界に満ち溢れている。


 人類種のみならず、動植物においてもスキル・術式を使用して生存している種が多数あるのだ。それらが失われることになれば世界が世界として成立しない。


 兵士はそれこそ兵士、騎士、近衛騎士など数多の職種に分かれるし、兵士でも冒険者でもない人々も商人や学者、農民などと生活の糧を得る手段と直結したジョブとスキル、術式を持っている。


 ただごく少数のイレギュラーな存在を除いて、彼らは長い年月をかけてジョブチェンジ(自分が持つジョブの上位職にシフトする)を自然に行い、それに伴ったスキルを得るだけで、僕たちが当たり前のように戦闘を経て上げていくレベルはほとんどが1のまま、よくて一桁だ。


 レベル1に許された範囲の中で、各々のスキルを上限値まで上げていくことこそが、彼らの修行であり経験なのだ。


 それに対して僕たちをはじめとする「宿者」は違う。

 野山にあふれる雑魚魔物(モンスター)を数匹倒しただけで多くの人が一生1のままのレベルは2に上がる。


 もっとも僕たちが雑魚魔物(モンスター)と呼ぶ、自らは襲ってこないモンスターといえども、一般人なら間違いなく殺され、兵士でも複数でかからないとまず勝利することは難しい。


 レベルが上がれば己の戦闘力を意味するステータスはジョブに応じて上昇し、新たなスキルを得る。

 既存スキルの上限値も、レベルの上昇に伴ってあがってゆく。

 条件を満たせば新たなジョブを獲得する。

 さらにある条件を満たせばカスタマイズやコネクトといった力を得、戦闘力は爆発的に上昇していくことになる。


 人に向ければ理不尽なまでの力だが、その力があって初めて、人の世界に仇なす魔物(モンスター)や魔族と戦うことが可能になるのだ。


 それが失われるとなれば、気丈なクレアの声に不安が潜んでいても不思議ではない。


 僕だって不安なのだ。


『だからこそ各々が最適と信じるジョブ構成で、何かあっても即応可能な場所でその時を迎える、とシン君は判断したわけですね?』


『そういうことですわね』


 夜とクレアからの確認の言葉。


『うん』


 そう、たとえ神託の通りに「宿者」としての能力が失われるとしても、ジョブ、スキル、術式までもが失われるのは考えにくい。

 であれば今現在最強と思えるジョブ構成で神託の瞬間を迎えることが最善だと判断した。

 今後神託通りに「神の目」が使用不可能になり、スキルカスタマイズもスキルコネクトも変更できなくなったとしても、今設定されている、三人で導き出した最適解であるジョブ、スキル構成が失われなければ戦闘能力が著しく低下することはないはずだ。


 状況に応じた適応性に多少難が出るだろうが。

 

 いる場所については三人で一ヶ所に集まるというのも一考したが、夜は本来己の居城であった「天空城(ユビエ・ウィスピール)」、クレアは聖域であるアレスディア教中央教会の聖殿が最も能力を発揮しやすいし、世界全体に何かが起こっても移動拠点たる「天空城」と、世界最大宗教の総本山であるアレスディア教中央教会であれば対応もしやすい。


 まあ僕はどこにいてもあんまり変わらないだろうから、冒険の始まりの地であるここに居る。


 もう一方の「三位一体」が失われても、連携はなんとかなるだろうし、遠隔での意思疎通は元々、「三位一体」に頼らず、ギルドから支給されるパーティーリングを使用しているので問題はないはずだ。


 パーティーリングの一日一回使用できる能力を使えば、パーティーリーダーである僕の元に集合することも難しいことではない。


 何が起こるのかは明確ではないが、できる限りにおいては万全を期したと思う。

 そもそも夜とクレアについては、彼女らの身を最大限守れる場所に居てもらうという意味合いのほうが強い。

 おそらくこれから起こる事態は、「戦闘能力」で何とかなることではないような気がしてる。


 もしそうなら、神々はより大々的な神託で、国家規模の戦力を動員するだろう。


『……変なこと、聞いていいですか?』


『なんですの?』


『いえ、クレアにではなく、シン君に』


 おそらくクレアも聞きたいことなのだろう、何か言い返すことなく口を噤む。

 この二人はこういうタイミングで意志の齟齬が起こることがない。


『なに?』


『また、逢えますよね?』


 夜がこんなことを言うのは本当に珍しい。

 もし不安があったとしてもニコニコとそれを表には出さないのが夜という女性なのだ。


『何を当たり前のことを。何の問題もありませんわ。そうですわね我が主(マイ・マスター)


 僕に答える時間をまったく与えずにクレアが即答、断言する。


『うん』 


 だけど、その通りだ。


『力を失ったとしても、何が起っても、そんなもの関係なくまた逢えるよ』


 僕も断言する。


 これが断言できないなら万全の備えもへったくれも無いのだ。


 世界の為に、僕たちが東奔西走するんじゃなく、僕たちが一緒に居れる為に、その障害となる厄介ごとを片付けるのだ。


 そこを間違ったことはないし、これからもない。


『じゃ、おとなしく所定の位置で待ちます』


 ちょっと待って、僕がヘタレた返事してたらどうする気だったの?


『……』


 クレアさんも沈黙でほっとした空気出すのやめてもらえませんか?

 「三位一体」発動してますよね?僕のこうしたい(こうして欲しい)とお二人の行動判断は一致してるはずですよね。


 「七眼(ジ・)尾の黒獣(ベスティア)」こっち見んな。



 もう間もなく、神託の刻限を迎える。

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