第46話 会議は踊らず
俺の出した三つのお願い。
これが命令と同義であることを未だ理解できない有力者たちが、各々好き勝手に自己正当化を囀り、既得権益を奪われまいとしている。
下手に出るならまだ理解出来なくもないが、非現実的だの、道義に悖るだのと言われては理解する必要も、遠慮する必要もないだろう。
「宿者」――プレイヤーキャラクターを勝手に扱うな。
奴隷制度止めろ。
制度としての「差別」を撤廃しろ。
俺が言っているのはこれだけだ。
これを出来ませんというなら、できない人には退場してもらう。
要らない。
偉い人たちが集まっているからと言って、会議が高尚なものになるとは限らないことはよく知ってはいる。
知ってはいたがここまで酷いものかと、あきれる気持ちも正直ある。
俺が沈黙を守っているからか、徐々に声が大きくなっていく馬鹿が数人。
だが大部分は「世界会議」に参加している人数が多いことを隠れ蓑に、己の発言を特定されないだろうという甘い判断のもと、言いたいことを言っている卑怯者だ。
救いはそれが、全体の三分の一程度であるということか。
三分の二の有力者たちはきちんと自分の立場を理解し、その上で最大限の利益を確保できるようこの会議に臨んでいるということだ。
彼らは国家運営の専門家だ。
全員を敵に回すことに然したる脅威はないが、味方につけて動いてもらった方が俺の望みに近い世界の成立は遥かに容易くなる。
今の時点で沈黙を守る彼らは、愚かさとは対極にいる。
既得権益全てを放棄し、俺の望むままの世界へ推し進めることによって、自分たちが得られる新たな「利益」を冷静に見定めようとしている。
その最たるものは「安全」だと、理解できているのだろう。
昨日見せた「力」無くしては抗しえない存在に対する保険。
それ以前に、俺達が現社会の敵に回った場合、抗する手段のないことをきちんと理解している。
そういった「安全」の保障と、その上に積み上げられる新たな利益次第で、彼らは自分たちの持つ全力をもって俺のお願い実現へ向けて動くだろう。
理想や俺への共感のためではなく、己にもたらされる利益のために。
ある意味そっちの方がよほど信頼できる。
仕事でも利害が一致している相手とはやりやすかったものだ。
まずはささやかだが、最初の利益を提供しようか。
すなわち、現存有力者三分の一が保有する権限と現資産を、俺達と歩調を合わせる三分の二に提供しよう。
まだ丁寧な言葉遣いを続けるか、多少乱暴な物言いに切り替えるかどうしようか悩んでいると、先に夜が切れた。
「少し黙りましょうか」
大きな声を出した訳ではないのに、一瞬で場がしんとなる。
美人が怒ると怖いよな、確かに。
それが神話に「吸血姫」と謳われる夜であればなおの事だろう。
まあ、俺の出したお願いに対する彼らの発言は、確かに腹に据えかねる。
見た目に反して怒りっぽい夜とクレアが先に切れても不思議はない。
「シン君がお話ししてるのに、好き勝手なことをぺらぺらと」
そっちですか。
クレアも頷いてるよ。
感情が先に出てるから、公的な場では「シン様」って言ってたのが素に戻ってるし。
ま、まあいい。
「夜」
「はい」
夜が答える同時に、「世界会議」出席者全員の前に「映像窓」が表示される。
それを見て、沈黙を守っていた者たちは安堵の溜息を、好き勝手発言していた者たちは驚愕の表情を見せている。
それはそうだろう、各々の「映像窓」には俺が「世界会議」の開始を宣言して以降の自分の発言が、全て文字化して表示されているのだから。
これが「世界会議」の会場を「天空城」にした理由の一つだ。
この「天空城」に居る限り、誰もがその発言のみならず行動もすべて「文字化」して掌握される。
これはこの世界のベースがゲームであった「F.D.O」であることに起因しているのだろう。
いわゆるMMOR.P.Gにおける、ログ機能そのままだ。
誰が、どこで、何をし、何を言ったのかはすべて表示される。
今彼らの目の前には、彼らが「世界会議」開始後にした、全ての発言が表示されている。
大声でも小声でも、問題あるものもないものも、分け隔てすることなく全て。
「プ、プライベートの……」
「……勝手に人の発言を」
幾人かは非難の声を上げているようだが、その発言そのものも表記されていく目の前の「映像窓」を見て、声をしりすぼみにさせていく。
「世界会議の開催を宣言した以上、この場での発言はすべて公的なものになります。それを記録することに何の問題が?」
別に問題はあるまい、ただの議事録だ。
「天空城」の「逸失技術」を使用させていただいたが。
夜の操作に従い、「問題のある」発言がその発言者名とともに抽出され、一纏めにされて俺の目の前に表示される。
ざっと目を通すと、聞くに、いや見るに堪えない低俗な発言が列挙されている。
俺の耳に聞こえるくらい、声を大きく発言している人の方がまだいくらかマシなのが救えないな。
俺の頷きによる承認を経て、夜の操作で今俺が見ていた発言リストが「世界会議」参加者全員の目の前に表示される。
「世界会議に出席する立ち位置に居る、いわばこの世界を、リィン大陸を導くべき立場の人たちに問おう! いま目の前に表示されている発言は、その立場に相応しいものか否か!」
少し大きめの声を出す。
「フィルリア連邦、キシリア陛下」
「……相応しいとは言えぬ」
「バストニア共和国、アンドリュー大統領閣下」
「……お恥ずかしい限りだ」
「ウィンダリア皇国、シルウェステル陛下」
「まさか我が国にもいるとはな……」
さすがにアレスディア宋国と、実際に「天空城」の戦力と相対し、すでに許されるレベルを越えた所業を「宿者」に行った有力者を粛清されている元「救世連盟」――現商業都市サグィンには不用意な発言をする愚か者はいないようだ。
正直アレスディア宋国に生臭坊主がおらず、まさかのウィンダリア皇国貴族がバカな発言するとは思っていなかった。
この世界におけるアレスディア教にとって、「神子」の存在は俺が認識しているよりずっと重いものなのかもしれないな。
いずれにせよ、それぞれの組織の最高権力者による裁定は下った。
彼らは今の立場を失い、当然ここでの発言力もなくなる。
詳しい処遇は各国の責任者たちに任せるが、当然それに素直に従わない連中もいるだろう。
そういう人間だからこそ、あのような発言ができたともいえる。
「王よ、それはあまりに横暴というも……」
「大統領、あなたにそんな権限が……」
「慈悲を、慈悲をくださいシルウェステル様。私は本意では……」
ある者は自分に手など出せるものかと傲慢に、ある者は共和制の法にすがって虚勢を張り、ある者は主の慈悲に惨めに期待する。
やっとれん。
「やかましい」
長引いてもうっとおしいので、鋼糸スキルで有力者ゆえにやかましそうな数人の意識を刈り取る。
激痛のあまり、白目をむいて自分の席に崩れ落ちた馬鹿どもは無視して会議を進めねば。
「もう一回繰り返すぞ。「宿者」の身体は俺の管理下に置く。これは絶対だ。「奴隷制度」は撤廃。現所有者への補償と解放された人々の処遇は、ここに集まった頭のいい人たちで考えてくれ。金銭的な問題や、働く場所の開拓、提供などについては可能な限り協力する。「種族差別」は認めない。心の中で好きだ嫌いだは好きにしてくれ。俺が言ってるのは社会制度としてそれを容認する気はないってことだ。俺は頭が悪いから具体的にどうこうは言えないが、例えば有毛の獣人種が食べ物を提供する店で雇いにくいというのは理解できる。その辺の調整もこの会議でやってくれればいい。どうだ、認めるか?」
一息にこっちの要求を再度並べる。
最低でもウィンダリア皇国、アレスディア宋国、商業都市サグィンは俺達につく。
めんどくさいことを言う連中を黙らせても、ここでまだウダウダ言うなら他の二国は叩いて潰すぞ。
……返事がない。
なぜだ。
「我が主……」
「シン君……」
「ん?」
困り顔の二人の視線が俺を捉えている。
「素になってます。俺って言ってますし、昨日まで取り繕ってただけにギャップが激しいんじゃないでしょうか」
ああ、昨日の夜会から少しずつストレス溜まってたのかもしれない。
でも喚き散らした訳でもないし、そこまで引かなくてもいいんじゃないだろうか。
「今の方が我が主らしくて好ましいですわ。しかしなんといいますか、問答無用で意識刈り取るというか、あれ参加者の皆様にはぶっ殺したように見えているのではありませんの? 言葉選んで言いますけど、ビビって発言なんで出来ないのでは?」
言葉選んでないよね、クレアさん。
ああ、そうか、血こそ出てないけど一瞬で倒れ伏して痙攣さえしてなければ、隣の席の者でもなければ殺したように見えたのかもしれない。
酷い発言をした者相手とはいえ、失言が死に繋がるとなればとりあえず口を噤むのは当然だ。
「殺してない、殺してませんよ!」
「なにか殺人犯が必ず言う台詞にしか……」
「逆効果ですの」
変なところで取り乱した。
元々謙和恭順を誓っている商業都市サグィンのソテル老をはじめ、アレスディア宋国の教皇ヒギヌス八世、ウィンダリア皇国の皇帝シルウェステルが、俺の要求を呑むのみならず「天空城」の支配下に入ることを明言すると、他の二国もそう渋ることなくこれに同意した。
まあここまでは茶番だ。
力を持ち過ぎて制御が難しくなり、自身の箍も緩んでいる有力者を、体よく処分しただけだ。
俺はもともと直接統治する気もなければ、その能力もない。
こちらの譲れぬところさえ守ってくれれば、実際の統治運営はこの「世界会議」の合議制で進めてくれれば充分だ。
当然俺達に出来る事、俺達にしかできないことは協力するつもりだが。
この後、各国首都に「冒険者ギルド」を立ち上げる事と、女神アストレイア様や「異能者」検索の為に、各国好きなところへ立ち入り可能な承認書を「世界会議」の名の元に発行してもらって、俺達の出番は終了した。
承認書の発行は少し悩んだんだけどな。
こういうものは「冒険者ギルド」で名を上げて、高ランクになった余禄として付いてきてこそ価値があるように思うからだ。
だがこれから俺達がすることを考えれば、そういうどうでもいいことに拘っている場合でもないので、とりあえず発行してもらうことにした。
思えば異世界にきて、「冒険者ギルド」などで名をあげつつ、高貴な身分の人と知り合いになって貴族に叙せられたりする流れはもはや期待できないのか。
俺そういうの大好きだったのに、せっかく異世界に来ながら不甲斐ないことだ。
まあことが落ち着けば「冒険者ギルド」の高ランク冒険者として、この世界の各地迷宮やフィールドを冒険して旅することも可能になるだろう。
正体を隠して、世界を夜とクレアと旅するのは楽しそうだ。
そのためにもがんばろう。
この後は具体的な案件について、その能力を持った人たちでつめてくれればいい。
俺達が先ほど示した「言動の文字化」が可能だと理解している以上、不正は発生しにくいと信じる。
当然定期的に確認はするつもりだが。
現在各国首都上空に展開している「浮島」については、暫定的にだが有事を除いて各国指導者にその運用権を貸与することに決定した。
彼らにしてみれば、これこそが最大の「新たな利益」だろう。
俺達による魔力の補充こそ必要だが、各「浮島」間を繋ぐ転送装置は流通を劇的に変えるだろうし、庶民の足になることはまだ無理としても、重要人物や時には少数精鋭の軍を相互にほぼ瞬時で転送できる価値は計り知れない。
「映像窓」による相互通信や、本体である「天空城」には劣るものの、その圧倒的な索敵能力や、今後解放すれば使用可能になるであろう防御機構各種も、自分たちの首都を守護する存在としては得難いものだろう。
俺達にしても逆らった国から「浮島」を取り上げることは簡単なので、それへの依存度を高めてくれることは望ましい。
会議を躍らすことなく、決めるべきことは決めた。
後は具体的な実施へ向けて専門家同士のつめに入るだろう。
俺達は不要だ。
俺達は俺達にしかできない、確実に来るであろう何らかの危機に備えて充分に育成を行う。
後は任せた。




