第45話 会議開始
もう間もなく「世界会議」が始まるというのに、眠くて困る。
昨夜の夜会は成功だったと言っていいだろう。
あの後、俺の格闘術、夜の短剣と召喚術式、クレアの剣技を入り混ぜた「剣舞」を披露し、場を大いに盛り上げた。
主に夜とクレアが。
その後は夜、クレアの順番に舞踊をし、身内以外の最初の一人にシルリア姫を選んだ。
シルリア姫がまだ小さいため二人の舞踊というより、抱っこして俺が曲に合わせて踊るのが大部分を占めたが、微笑ましいものに見えていたと信じたい。
ロリではない、断じて。
その後は夜とクレアに少々気後れしながらも、各国を代表する姫君たちが俺との会話を望み、夜とクレアはそれぞれ失礼にならない程度、男性陣と会話をするために俺から離れた。
最初に見せたパフォーマンスのおかげで、見惚れはするものの「女」として夜とクレアを見る目はほとんどなかった。
「三位一体」を通して俺も見ていたので間違いない。
とびきりの美貌とはいえ、一方は自分たち全員を一瞬でこの高度にある「天空城」へ転移させる力を示し、一方はアレスディア教を少しでも信仰する人間にとっては穢すべからざる、文字通り「神の子」だ。
勢力としてではなく、品格として教会を敵に回しては貴族は立ち行かない。
まああんなもの見せられたら、「男」として接するのはちょっと難易度高いよな。
俺は次々と申しこまれる舞踊に応え、かなりの数のお姫様と踊った。
どれだけ美しくてもあれだけ連続で来られると、素であれば覚えられないのだが、俺には「神の目」がある。
この後の「世界会議」でも有効利用する予定だが、一度でも俺が認識した相手は「神の目」に記憶され、次に出会った時に必要であればその詳細ステータスを表示することが可能だ。
名前を忘れるというような失礼はせずに済むが、本来見てはいけない数値まで把握してしまっているのが少々困りものだ。
昨夜の夜会で、スタイルを偽っておられたお姫様方の人数は特に秘す。
その後は各国トップや首脳陣と食事をしながらの歓談となったが、話題はもっぱら「救世神話」のエピソードについてか、昼間のヨーコさんとの闘いについてだった。
誰とも舞踊しないまま、定位置である俺の左右に戻った夜とクレアのおかげかも知れないが、心配された色仕掛けの類はここではなかった。
まあ各国のトップが一堂に会して歓談している中、そんな暴挙に出るお姫様もいない。
それに俺や夜、クレアが話す、神話ではない千年前の本当の話を聞く人たちの表情は、身分や男女の差に関わらずみな、無邪気な好奇心に満ちていた。
そりゃそうか。
俺だって、神話の人物だと思っていた存在と直接口をきき、神話の虚実を訊ける機会があったら、仕事なんてしてる場合じゃないもんな。
男女ともに意外と話題に上がったのが、俺のしている格好についてだ。
千年前であれば、似たような衣装を身に付けた「宿者」もいただろうが、千年後のこの世界では初めて見るものだろうし無理もない。
物珍しさからか評価の高い女性陣に対して、男性陣は自分たちにも入手可能かどうかを聞いてきた。
サンプルとして貸し出せば、真似て量産されるかもしれないな。
金髪碧眼系の殿方には今一似合わないと思うんだが……
それと俺の喉が渇いたタイミングで、夜が「造ってくれた」飲み物に驚きの声が上がっていた。
ゲームとしての「F.D.O」では料理スキルがあり、必要なアイテムがあればその場で食べ物、飲み物を作り出せる。
運営の悪ノリで、現代日本のジャンクフードや清涼飲料水も作成可能になっている。
俺の好きな「コ〇・コーラ」をその場にいた人に振る舞うと、初めて飲んだ味のようで目を白黒させていた。
そういえば子供のころ初めて飲んだ時は「おいしい」とは思わなかったっけ。
「宿者」――プレイヤーキャラクター、にだけ許されていた料理スキルも、この千年で失われているという事実を意外なところで確認できた。
料理屋やったら流行るかもしれないな。
記憶することをすべて「神の目」に任せきりにしていた俺だが、一人だけ気になった女性がいた。
美しいことは美しいのだろうが、夜とクレアを見慣れた俺が目を引かれるほどでもなかった。
だがあれだけ言葉を交わした人々の中で、ただ一人だけ
「どうすればあそこまで強くなることができるんですか?」
とまっすぐに俺の目を見て問うてきた。
周りは俺とヨーコさんの強さを讃える意味に取って流していたが、あれはそうじゃない。
自分もそうあることを望んでいる人間の目だった。
フィルリア連邦近衛師団付 ユリア・リファレス。
リファレス侯爵家の長女、NPCにはめったに見ない「奪術士」――魔物のスキル・術式を我が物として使用可能なジョブを持っていた。
近衛に居て、ジョブが「奪術士」だと、良く言ってもお荷物だったろう。
家格故にその立場にいることが窺い知れた。
「奪術士」のステータスは低く、近接スキルも何もなく、魔物のスキル・術式を覚えて何ぼのジョブだ。
その肝心の覚える方法が、覚えるまで延々とその対象スキルや術式を喰らうか、上位魔物であればその上でその上位魔物の肉を喰わねばならないという、茨の道。
魔力が失われ、術式が自由に使えない世界で育てられるジョブではない。
完成形になれば恐ろしく強いが。
「正しく鍛えれば」
という俺の言葉に一瞬何かを言いかけたが、場の空気を読んでかそれ以上何も言うことはなかった。
興味深かったので、俺が持っている下位の魔物スキル、「針突」をこっそり覚えるまで最低威力で当て続けた。
目に見えない速度で繰り出しているので、何かチクチクしただろうけど割とあっさり覚えてくれた。
「針突」はレベル1から習得可能な下位スキルにも拘らず、スタミナ消費発動型であり、任意で数メートルまでの距離を一瞬で突き進んで敵を穿つ便利な技だ。
発動中は「思考加速」もあるので、持っているといないとでは戦闘力がまるで変わる。
使い方を耳元でささやくと、びっくりした顔をして真っ赤になっていた。
「セクハラですわ」
「女の子の身体に勝手に触れてはいけません」
クレアと夜から突込みが入ったが、「強くなることを望む」女の子に二人は甘い。
ああ言う台詞を、男としてではなく「強い人」として憧れた相手に問うてきた娘に対してだ、少しくらいのプレゼントは赦してくれたのだろう。
そのまま夜会は進み、ヨーコさんと舞踊なんだか組手なんだかわからない踊りをして、終わりを迎えた。
各国要人同士の交流も図れたみたいだし、成功したと言っていいと思う。
一部貴族が酒のせいか俺に対して嫌味な発言をしてくることが数度あったが、宴の席だし流して置いた。
夜とクレアを宥めるのに大変だったが。
ちなみに夜会を通して、ずっと、新生アラン騎士団長がモテモテだったことを追記しておく。
独身だったのかよ、アラン騎士団長。
後始末などもあり結局かなり遅い時間になったため、思わずあくびが出そうな現状となっている訳だ。
「世界会議」はそのまま「天空城」の一室を使って行われる。
昨夜この城に招待した貴賓客はすべてそのまま客室に宿泊してもらった。
転移装置は解放しているので、任意で戻ってもらえばいい。
この城の防御機構に対して悪さできる人など居ないし、監視体制もしっかりしている。
俺のお勧めで「天空城」の外縁から見る日の出に、貴賓客達は歓声を上げていた。
遅く寝て早く起きたんだ、あくびの一つも出るよなあ。
「でもよかったのか、夜。「天空城」に他人招いても」
「何言ってるんですかシン君。お城なんて人を招かないとただ広いだけじゃないですか。空中都市の立ち上げも構想している訳ですし、公開するにはいい機会でした。そもそもシン君のお城ですよ? 必要なとき好きなように使えない「居城」なんてありえないです」
「夜の言うとおりですわ、我が主。私たち三人だけの場所は、別にここに限ったわけではありませんもの」
まあそうか。
元々は夜のものとはいえ、今は俺たち三人の居城だ。
俺達が必要なときに、最も有効に活用してこそだろう。
「寝室のベッドの上がそうであれば、まあ後はどうでもいいと。そういうことですねクレア様」
「ち が い ま す の よ !」
「おや、ではそこにも私たちを招待していただけると?」
「こ、この……」
クレア止めようか。
ヨーコさんには勝てないって、その手の話題では。
ヨーコさんも朝からキッツイ話題振るの止めてもらえませんか。
これから真面目な「世界会議」なんですから。
時間だ。
「世界会議」に参加する要人たちは、すでにすべて席についているはずだ。
大学の大講義室のような作りになった一室を、会場として選んだ。
少しずつ高さがずれているので、着席者全員の前に「映像窓」を展開しても邪魔にならないだろう。
半円形になっているので、司会席の俺達がいなくなっても議論に支障はないはずだ。
今回は奇を衒うことなく、普通に扉から会場に入る。
席についているみんなの視線が集中するのがわかるが、昨日の夜会で慣れたのか、言うほど緊張しないな。
というかここしばらくで、まっとうに緊張する機能がマヒしてきている気がする。
全員がたってこちらを注視している。
「ああ、皆さん着席してください」
俺の言葉に従って、皆が着席。
さて、いきますか。
「昨日はお疲れ様でした。ただ今より第一回「世界会議」を始めたいと思います。
それに先立って、我々「天空城」のお願いを再確認させていただきたい。
もしそれに賛同できない方がおられるならばこの「世界会議」から退席いただいてもかまいません」
我ながら性格悪いもの言いだ。
現状でこの会議から離脱できる勢力など居るわけがないことを前提として言っているのだから、今ので鼻白んだ人が何人かいても不思議ではない。
だがまあここは言いたいことを言わせてもらおう、いろんな意見は後で聞く。
とりあえず今の段階で反意を表明する存在はいない。
話を進めよう。
「まず第一に、「宿者の抜け殻」と称される「宿者」の身体と、それへの一時的合一を可能とする茨の冠の所有は全面的に禁じます。
現時点で所持している者は無条件で我々「天空城」へ引き渡してください。元「救世連盟」のソテル老からは千年の間に各国へ散逸した個体もあると聞いています。
国家、組織の管理下にないものは即刻捜査対象とし、発見次第これも引き渡してもらいます。
これを確約できないのであれば我々「天空城」は国家、組織、個人の区別なく殲滅します」
ここを譲る気はない。
幾人か息をのんでいるのは所有者か。
怯えなくていい、酷いことさえしていなければ引き渡してくれればそこで終わりだ。
酷いことをしていたのであれば、それに相応な酬いは受けてもらうが。
これはさすがに事前にソテル老から話が通っているのか、反論の声は上がらない。
では次。
「第二に「奴隷制度」は全面的にこれを認めません。今後も「元奴隷」という差別に対して、我々「天空城」は厳しく臨みます。元保有者への金銭補償、解放された人々の生活などはこの「世界会議」に参加している方々で定めてください。我々天空城は金銭面を含むすべての事に可能な限り協力します」
声を挙げそうな気配が幾人かいるが、ここはそのまま続けさせてもらおう。
この件についても譲る気はないんだ俺は。
「第三に「種族差別」についても認めません。心の中でどう思ってようが自由ですが、言葉に乗せたり行動に移した場合はこれも我々「天空城」は厳しく臨みます。よろしいか」
さすがにこの件に関しては意見を言う人も出るだろう。
一旦聞いた方がいい。
まあこれが終われば後は「冒険者ギルド」を各国首都に立ち上げることくらいだ。
ここにある程度時間をかけるのは想定内だ。
「非現実的だと言わざるを得ない。そもそも茨の冠と「宿者の抜け殻」など大貴族の家宝級の代物だぞ。ただでほいほいと差し出せるものか」
「奴隷は財産だ。それを一方的に取り上げるのはさすがに道義にもとる」
「差別などどうやって禁じろというのだ。この千年当たり前のようにあったものを。下等種族は下等種族に変わりあるまいに」
ざわざわと好き勝手に発言している人間が多くいる。
その中でも大き目の声で聞こえたのがこの三人か。
さて、なぜ「世界会議」を「天空城」でやることにしたのかを思い知ってもらおうか。
家宝?
ただでなんて出せない?
財産?
道義だと?
下等種族ときたか。
こういう連中は遠慮しなくていいから逆に楽だな。
昨日の夜会までは緊張もしていたんだろうが、あれのおかげでいい具合に気も緩んで本音を出してくれている。
のほほんと踊り、お姫様たちとニコニコ会話して、酔った勢いの嫌味も苦笑いで流していた甲斐があるというものだ。
どうせ「世界会議」などと称してもみても、こんな欲得まみれの連中が行う会議など踊るのだ。
ならば強烈な見せしめをもって、俺の望む方向へ強引に舵を切るのが手っ取り早い。
一昼夜で「救世連盟」を膝下に捻じ伏せて見せ、昨日は個人と組織の戦闘力もはっきり見せつけた。
それでもなお、千年間そうだったからという理由で己の既得権益を守れると思っているような愚か者たちには、ここで一斉に退場してもらおう。
誰も残らない事態にならなければいいが。
ウィンダリア皇国と商業都市サグィンはまあ大丈夫だろうし、アレスディア宋国はクレアの存在が大きいうえ、「宗教」として考えた場合、既得権益全てを放棄してもクレアを擁する「天空城」と歩調を合わせた方が圧倒的に得なことは理解しているだろう。
フィルリア連邦、バストニア共和国がどう出るかだが、大貴族あたりはいいとしても王族や大統領はできればバカ言ってくれるなよ。
無傷で返した兵達からしっかり話聞いていてくれることを期待する。
まあ十中八九間違いなく、自分たちが扱い切れない馬鹿な大貴族や有力者を、絶対者たる「天空城」に始末させようとしてるんだろうけどな。
俺達は充分友好的に接した。
それでも「敵」に回るというならば仕方がない。
「敵」は叩いて潰すのみだ。
さて、本当の「会議」を開始しよう。




