第43話 絶対者の義務
俺は今、「闘技場」貴賓室の豪奢な椅子に深く腰かけている。
いつも通り左右に夜とクレアが立ち、机を挟んでヨーコさんと、これは緊張した面持ちのシルリア姫が座っている。
ヨーコさんはどこ吹く風だが、シルリア姫にしてみれば夜とクレアが立っているにも拘らず、自分が座っていることが落ち着かないのだろう。
夜とクレアは俺の左右に立つことが好きなのだ、気にしないことをお勧めする。
あと姿はないが、フィオナもこの「打ち合わせ」の参加メンバーだ。
絵面だけを見れば、偉そうに腰かけている俺が美女に囲まれているようにしか見えない。
夜、クレアは言うに及ばず、ヨーコさんは黙ってさえいればクールな褐色美人だし、シルリア姫はお伽噺に出てくる金髪碧眼の小さなお姫様そのものだ。
フィオナが自分の身体を取り戻して、二人して並べばさぞや愛くるしい姉妹に見えるだろう。
片方はやや腹黒いが。
だがそんな絵面に反して、俺は精神的には正座してお叱りを受ける直前のような状況だ。
今まで生きてきて、これ以上恥ずかしかったことはないと断言できるほどの想いをした直後ではあるのだが、お嬢様方にはまだ俺にきちんと認識させねばならないことがあるとのこと。
もはやまな板の上の鯉である俺は、黙って拝聴するのみだ。
「いいですかシン様。シン様の自己評価がちょっと引くくらい、失礼。ちょっと驚くくらい低いことは理解しましたが、まずそこを改めましょう」
ヨーコさんが口火を切る。
夜会までに俺の認識を改めさせなければならないということだったが、自己評価が低いというか、妥当なものだと自分では思っているんだがな。
「救世神話」のあれと比べる必要がないことは理解出来たけど、だからと言って俺の見た目が突然格好良く変化するものでもなかろうに。
二目と見れないという程ではないと信じたいが、間違っても格好良くはない。
モブで立っていても、その場に違和感を持ち込まない程度の平凡な容姿。
合コンなどでは待ち合わせ場所で引かれはしないまでも、地味判定を開幕で喰らってそのまま終わる感じ。
何を改めればいいのかがピンとこない。
「やはりわかっておられない様子ですね。筋金入り。ここまでくればちょっと萌要素として認めてもいいかもしれません。さておき、先ほどのフィオナ元第一皇女のお話を思い出していただけますかシン様」
「さっきの話?」
確かに俺が「救世神話」に描かれている「英雄シン」を意識しすぎていることは理解できたけど。
それ以外に何か、俺の認識を改めるような話あったっけ?
『妾はこう言いましたね。女は現実的な生き物です。その時代に名を挙げた殿方の見た目が、その時代に生きる女達の「格好いい基準」となります、と。つまり……』
「シン君が、今この瞬間の「格好いい基準」になってるんですよ、わかりますか?」
「我が主の髪型や、色。流行りますわよ絶対。あとこの数日の事があっというまにお芝居にされて、その主役演者は可能な限り我が主を真似ますわ」
いやそれはないだろう、さすがに。
いやあるの?
そんなもんなの?
全然ピンとこない、どころか違和感しか覚えない。
「再臨と同時に「天空城」を従えて「神子クレア」を奪還。ウィンダリア皇国シルリア姫の逃避行を助け、ウィンダリア皇国討伐の兵を挙げた「救世連盟」とその支配を受ける三国連合軍を一昼夜で撃破。即日服従させ「救世連盟」を解体。同時に各国から人質として滞在させられていた要人をすべて解放、帰国させる。その際自分達に敵対した各国兵士を護衛に付け無傷で解放。その後「天空城」の名のもとに「世界会議」の開催を宣言。付けて加えて千年間途絶えていた「冒険者ギルド」の再建をぶち上げ、その際に自分が味方となった軍と、何よりも自身の圧倒的な戦闘力を世界中に証明。引き立て役は私でしたね。おまけに現状千年間失われていた術式を使用できるのは、シン様が認めたものだけに許される「力」です。これらの事を成すその間、わずか半月あまりです」
『「名を挙げる」なんて程度じゃありませんわね。それにそもそも過去の偉業とはいえ、「救世神話」に謳われているその人本人という圧倒的な実績がありますし』
いや確かにヨーコさんが早口言葉みたいに言ったことは事実ではあるけどさ。
だから俺が「格好良い基準」になるのはどうもしっくりこない。
でもそんなもんなんだろうか。
現代日本でも世界中をひっくり返すような偉業を行い、誰よりも強くて、マスコミや芸能人、政財界の重要人物全てが持ち上げれば、それが「格好良い」ってなるか?
ちょっとなりそうな気もする、確かに。
芸能界とかでも歌の才能とかで売れていくと、最初もっさかったのに垢抜けていくのも事実だし。
でもそれに俺が当てはまるかと言われればなあ。
「まだ納得がいきませんか。ではその偉業に直接触れ、もしかしたら手が届くかもしれない立ち位置の女性がどうなるかは、こちらをご覧ください」
そういってシルリア姫に視線を投げるヨーコさん。
突然話を振られたシルリア姫は、こっちがびっくりするくらい真っ赤になって俯いてしまった。
『開催前はまだ皇族としての責務が優先されていたシルリアが、なぜ今はあっさりとここへ来ることを許されたかお分かりですか、シン兄様』
えええ、そういうことなの?
シルリア姫まだ十歳行ってないよな。
『皇族とはかくも貪欲なものなのですよ。皇国の利益になるとみれば取りうる手段はすべて取ります。今各国の首脳陣にとって、シルリアは一番の脅威でしょう。今彼らは今夜の夜会に向けて、取りうる全ての手段をとっているはずです。おそらく、いえ間違いなく「浮島」の転送装置の使用許可と、夜会の参加人員差し替え要請がこの後来ます。賭けてもいいですよ』
やっぱりそういうことなのか。
もはや俺の見た目がどうのこうのじゃなくて、ぶっちゃけて言えば今俺に取り入ることが最重要課題として、各国首脳は動き出してるという事実。
確かにその認識なく夜会にのぞめば、そのために動いている貴人に恥をかかせかねない。
いや間違いなくそうなる、それは認識を正しくした今だってそうだ。
「でも俺には夜とクレアがいるけど?」
俺には夜とクレアがいる。
にも拘らず他国の初対面の姫様達を相手に、恥をかかさないように立ち回るなんて無理だ。
ダンスだって、夜とクレア、まあシルリア姫とヨーコさんは想定していたけど、それ位としか踊らないつもりでいたのに。
「っは。笑止ですなシン様。肌も合わせていない男女の仲など、肌を合わせてしまえばなんとでもなるもの。手段を選ばぬ各国の美姫にとってハンデにもなりません。それに女を甘く見ておられませんかシン様。神話に謳われる「吸血姫夜」、「神子クレア」と、「英雄シン」の寵を争って勝つなど、自分に自信のある女にとっては一つの夢です。貴族としての生き方を叩き込まれているのであればなおの事そうなはずです」
えええ、生臭いな。
というかヨーコさんの価値観に夢がなさすぎる!
もうちょっとこう、ふわふわした要素もないもんですか、宮廷の恋。
「シン君がそう言ってくれるのはうれしいですけど、そういうわけにもいきませんよね……」
「私たちが一番であることを譲るつもりは毛頭ありませんけれど、事がこうなった以上、我が主がどの国の姫とも関わらないというのは、確かに難しいですわね」
当の夜とクレアまでこんなことを言い出している。
事は政治の域の話な訳か。
俺の顔がどうのこうのでのた打ち回ってたら、そりゃ笑われるわけだ。
いやそれは夜やクレアやフィオナが優しいだけで、ヨーコさんのように呆れるのが一番正しい反応だと思う。
別の意味で顔が赤くなってきた。
『というより、「世界会議」を円滑に進める意味でも、少なくとも各国に差が出ないようにお付き合いする程度の意志を見せることは必須でしょう。夜お姉さまとクレアお姉さまが一番でもよいのです。ですけれど、シン兄様に近しいシルリアという存在がいる以上、シン兄様は他の四勢力の姫のどなたかと仲良くされる程度はしていただかなければ、明日の「世界会議」進行に障ります』
そういうものとして割り切るしかないのか。
というか、シルリア姫と同じ程度仲良くなるだけでいいのか。
それなら年下の娘であればまだ……これ俺にロリコン疑惑付かないか?
夜とクレアがいてくれるから大丈夫か。
なんかピントのずれた疑問ばかり頭に湧いてくる。
「シン様の基本方針は、本来の意味とは違えど「君臨すれども統治せず」で行くつもりでしょう。ただシン様のやり方における「君臨する絶対者」には最低限の義務が生じます。それは統治をまかされる各国を基本平等に扱い、お互いの抜け駆けを抑止し得る存在を容認することです。これは夜様、クレア様という別格な存在があってもなお、寵姫をつくってもらうのが手っ取り早いのです。諦めて今夜の夜会でその相手を吟味しましょう」
身も蓋もないな、ヨーコさん。
でもまあ、俺が「格好良い基準」になる話よりは、欲得ずくでそういう立ち位置になるという話の方が、はるかに納得がいく。
そういう立ち居振る舞いを求められているのであれば、応えるのにやぶさかではない。
…………
具体的な受け答えについては、ヨーコさん、フィオナさん、ご指導よろしくお願いします。
無理です俺、解んないです。
夜とクレアに左右守ってもらいながら、夜会を終えたい気持ちでいっぱいです、正直。
「なにやらヘタれた気配を感じますが、夜会までまだ十分時間はあります。「格好良いシン様」をそれまでに何とか板に付けてもらいますので、覚悟してください」
『大丈夫ですよ、シン兄様。「救世神話」を土台に、ここ数日の実績、何よりも先程の戦闘がものを言います。落ちついてゆっくり微笑みかければ、みなシルリアのようになりますよ。ね? シルリア?』
「し、知りません! フィオナ様のいじわる!」
真っ赤になって俯いたままのシルリア姫がかわいらしい。
みなこんな感じならいいけれど、百戦錬磨のお色気お姉さまに来られたらやだなあ。
夜とクレアを常に側に置いておくのはやはり失礼になるだろうし、よわったな。
「というかシン様。夜様とクレア様とさっさとやっちまってください、ほんとにもう面倒くさい。このお二人とそうなってしまえば、そこらのお色気姫が束になって尻振ってきたって動じなくなります。これだけのとびっきりを二人も侍らせておいて、夜会ぐらいでオタオタするとは。シン様自身の事もありますが、夜様とクレア様にも恥をかかせる事になるのを理解してください。さっさとやる、これにつきます。その後はぜひ私も加えてください」
「や、やっちまうって……初めてはもうちょっとこう、ろまんちっくにですね」
「……………」
やめてよして生臭いというよりもはや容赦ない話題に持っていかないで。
夜もクレアもこういう話には弱いんだし、ホラまだちょっとはやい気もするし。
俺を含めてあっという間に三人とも真っ赤だ。
自分の分も含めて、三人の鼓動がえらいことになっている。
「三位一体」切ろうかな。
でも確かに、「三位一体」を任意で切れるようにはなってるんだよな、今。
…………
「私だって初めてです。ですがいいのですか悠長に構えていて。万が一何かの間違いで、そこらのぽっと出に先にシン様を掻っ攫われたりした日には、私は指さして笑いますよ、夜様、クレア様」
「…………」
「…………」
ヨーコさんが何か聞き捨てならないことを言った気もするがまあそれはいい。
何で夜とクレア、愕然とした顔でこっち見るんですか。
大丈夫ですよ、俺は大丈夫です。
『はーい、シルリアは聴いちゃいけませんよー、まだはやいですよー、妾とシルリアは残念ながらもう数年待ちましょうねー、その頃にはいくらヘタれたシン兄様でも夜姉さまともクレア姉さまとも決着付けてるでしょうから、きっと妾達も相手にしてくれますよー、期待して女を磨きましょうねー』
「え? どういうお話なの? フィオナ様」
『シン兄様とずっと一緒に居れるようになるためのお話ですよ。がんばりましょうね』
「はい!」
フィオナ、お前もか……
なんかとんでもない流れに巻き込まれている気もする。
夜もクレアもいいようにヨーコさんに振り回されて、ヨーコさん自身どころか、フィオナとシルリア姫の意志表明に突っ込めてさえいないし。
シルリア姫はよくわかってないんだろうけど。
とりあえずよくわかりました、今の自分の立場でどう夜会に臨むべきなのかは。
必要なことであればやるまでだ、ちょっと、いやかなりヨーコさんとフィオナの手を借りるけど。
作法とかは完璧だろうけど、意外なことに夜もクレアもこの手の事にはあまり役に立たない。
これを役得と思えるくらいにならないとなあ。
ちょっと真剣にいろいろ考えるべきなのかもしれない。
夜とクレアはなんて言うだろう。
そう思った瞬間、三人目があった。
全員思わず下を向く。
たぶん湯気でてる今。




