第42話 美醜を決めるもの
最後の演目を終え、元の位置に戻った俺とヨーコさんを待っていたのは大歓声であった。
てっきり最初ヨーコさんに連れて行かれた場所に戻るのだと思っていたら、闘技場のど真ん中に転送されてしまった。
観客たちには直前まで「特殊戦闘フィールド」の画面が表示されていたようで、俺とヨーコさんが転送されてきた瞬間、一瞬しんとなり、直後爆発したような歓声に変わる。
空中に複数表示されている「映像窓」には、先の戦闘のリプレイが流されている。
ああ、こうやって見ると派手というより人間離れした闘いだな。
俺とヨーコさんが本物とか贋者以前に、ただの人間ではどうしようもないほどの戦闘力を持っている事は確実に伝わっただろう。
よくある展開のひとつで、「化け物」として恐れられることも危惧していたが、この反応を見る限り今のところそういう心配はなさそうだ。
このあたりも「救世神話」が及ぼす影響はでかいんだろうな。
千年経ってかなり風化は進んでも、人々は過去にあった真実として「救世神話」を捉えている。
再び世界に危機が迫ったとき、さっきの俺やヨーコさんのような力を持った存在が居なければ「魔族」に蹂躙される事を、実感こそ伴わないものの、本能的に恐れてはいるのだろう。
であれば、俺や夜、クレアという「救世の英雄」再臨と、「異能者」として有名なフィア・ヨーコが復活した事、「天を喰らう鳳」であるフィオナの存在は、民衆にとっては歓迎するべき事なのかもしれない。
一昼夜で「救世連盟」を膝下に組み伏せた事や、頭上に圧倒的な存在感を示す「天空城」の存在も相まって、民衆は俺達を「絶対者」と捉えている節がある。
強大な敵が存在しうる世界においては、「絶対者による好意的な支配」こそが、民衆の求める「平和」なのだろう。
まあ各国の首脳クラスは、そうのほほんと構えているわけ訳にも行かないだろうが。
正面の貴賓室から、腕の心配をしたくなるほどこちらに向けて手を振ってくれているシルリア皇女は無邪気なものだが、他の各国首脳クラスの顔が引きつっているのが解る。
ある意味において、国家を国家たらしめる最大の「暴力」である軍を単体であしらえる「英雄」の存在は、国家を運営してきた自負のあるものにこそ衝撃を与えているだろう。
いっそ落ち着いているのは、すでに全面的な恭順を表明している元「救世連盟」、現商業都市サグィンのソテル老をはじめとする首脳陣くらいか。
まあ「世界会議」の開催直前に俺やヨーコさん――現在に復活した「宿者」や異能者の実力を示せたのは悪い事ではないはずだ。
「シン君!」
「我が主!」
「闘技場」中央で照れながらも、主にシルリア皇女に向けて手を振っている俺の元へ、夜とクレアが転移してくる。
ああ、「特殊戦闘フィールド」が解除されても自分達の下へ転送されてこないから、またあっさりパーティー指輪の機能使ったわけか。
ほんと躊躇しないな、夜とクレアは。
夜とクレアの登場に、歓声は一段と大きいものになる。
まあ「英雄シン」の勝利を讃えに、その両翼と謳われる「吸血姫夜」と「神子クレア」が祝福に訪れた図だ。
絵になる状況といえばそうなのだろう。
実際は心配して駆けつけてるだけなのだが、この二人は。
「何とか勝てたよ、夜、クレア」
「そこは疑ってません。いいからシン君、はやく「三位一体」復帰させてください、落ち着かないです」
「「三位一体」を切るときは、先に言っておいてくださいと、あれほど言っているではありませんの。不意打ちは心臓に悪いですわ」
なんか「三位一体」が任意で切れることが明確になってから、二人の俺に対する心配性の度合いというか、発動していない事に対する忌避感がすごく強くなってる気がする。
なんでだ。
俺としてはいろんな意味で、切れている時間も増やしたいと思わないこともないかもしれないが別にエロい意味で言っているのではないのでやっぱなしで。
今回は最後に使った「形態:七罪人ira:コードSatan」の特殊状態「憤怒の熾天使」を、ヨーコさん相手に使って見るという目的もあったんで、許して欲しいところだ。
まあ意味もなく不安にさせておく必要もないので、復活させるのに否やはない。
いまや手馴れたもので、形態の切り替えも一瞬だしな。
もっと慣れれば、戦闘機動中の切り替えも可能になるだろう。
「群体化」はともかくとして、「憤怒の熾天使」の運用上、早期にそれが可能なようになる必要もある。
夜とクレアの視界が復活し、二人の動悸が激しいことと、涙目であることを理解する。
――と同時に二人が俺に抱きついてきた。
「勝利おめでとうございます、シン君」
「素晴らしい闘いでしたわ。さすが我が主」
それを見て、歓声が再び大きなものとなる。
少数とはけして言えない舌打ちが含まれているのは、幻聴ではないはずだ。
まあ気持ちはわかる。
「引き立て役でがんばった私には一言もなしですか、そうですか。しかし敗者に発言権がないのは自明の事、私は今夜シン様にエロい事要求されるまではじっと耐える事とします」
ヨーコさんの挑発にも反応しないほど、二人は強く俺に抱きついている。
だから「三位一体」発動してると、俺の体が感じる二人の感覚と、二人の体が感じる俺の感覚が同時に来るからきついんだってば、オトコノコとしては。
公衆の面前でこの状態を続けるのもなんなので、もったいないけど二人を引き離そうとすると二人同時に睨まれた。
「もう少しぐらいこのままでもバチはあたりません」
「じっと待ってた事に対するご褒美! ご褒美ですのよ!」
犬ですかキミタチ。
いやそうじゃない、自分も赤い顔してるくせに抱きついたまま、至近距離から俺を見上げる二人がかわいいなとかそういうことではなく、「ほほう、ご褒美ですか。それなら今夜の方が期待できるのでは」などと不穏な発言しているヨーコさんでもなく。
二人の視界に映る俺は、素顔だ。
そうだ戦闘中に仮面すっ飛んでた。
一気に素になって、右手で自分の顔を思わず隠す。
「シン君?」
「我が主?」
「シン様?」
俺の突然動揺した事に、夜とクレアだけでなく、ヨーコさんも心配そうな声をかけてくる。
うわどうしよう、「救世神話」の「英雄シン」とは似ても似つかない顔晒してるぞ俺。
この大歓声に隠されているけど、疑問の声も相当上がってるんじゃないか?
「いや、なんでもない。さすがに疲れたから俺達にあてがわれた貴賓室に戻ろうか」
そういう俺に疑問は感じてはいるのだろうが、三人とも同意してくれた。
俺達が貴賓室に戻ってもまだ、「闘技場」から人々がひけていく様子はなかった。
今日の演目がすべて終了したことはすでにアナウンスされているが、まだ日が暮れるにははやい時間帯という事もあり、思い思いの感想を言い合いながら繰り返し流される本日の演目の映像をみなで見ているのだろう。
ひときわ歓声が大きくなるのは、俺とヨーコさんの闘いが再生されるときだ。
時間としてはたかだか数分のことなので、あらゆる角度から繰り返し再生されている。
あああ、でもあの歓声の中には
「英雄シンって顔しょぼくね?」
とか
「救世神話のルックス盛りすぎ」
とか言われてるのかと思うと、転げまわりたくなる。
発言の最後に草生えていることは疑う余地もない。
あああ。
「ど、どうしたんですかシン君、す、すごい脂汗かいてますけど「闘技場」はダメージ残らないはずですよね?」
「お、おなかが痛いんですの? 回復術式を……」
大丈夫だと口ではいいながら、精神的に復帰できない俺を二人が心配してくれる。
今までにない俺の状況に、二人も動揺を隠せていない。
クレアなどは現時点で最上位の回復術式を繰り返し俺にかけてくれている。
駄目なんだクレア、心の傷は回復術式では治らないんだ。
二人の視界に映る自分の顔を直視できなくて、右手を顔から離せない。
いや、カッコイイと思い上がったことはないけれど、それほど自分の容姿にコンプレックスがあったわけではないのだが。
あのくそかっこいい「救世神話」に描かれている「英雄シン」と本来の自分との乖離と、夜とクレアがその「救世神話」そのままの見た目である事が重なって、自分でもよくわからない劣等感に苛まれている。
不意打ちで晒してしまった事も手伝っているのだろうが、俺ってこんなにメンタル弱かったっけ?
『本当に大丈夫ですか、シン兄様。必要であれば宮廷薬剤師を回しますが、クレアお姉さまの回復術式で治らないものを何とかできるとは思えませんし……』
「大概の事がわかりやすいシン様ですが、これはちょっとわかりませんね。心に傷を負うような展開があったようには思えないのですが」
フィオナも真剣に心配してくれている。
さすがヨーコさん、俺の状態が精神面に起因することは解っているようで、一番心配の色が声にない。
だがその原因には思い当たらないようで、声に疑問の色が強い。
というか何気に酷いなヨーコさん、俺そんな解りやすいですかね。
ああ、こうやって考えると夜とクレアは言うまでもないが、フィオナやヨーコさんだってルックス的には平均値からは遥かに飛びぬけた位置に居る。
俺の今の気持ちなど解るまい。
確実に羨ましがられながらも、見た目的な部分では草生やされる俺の気持ちなど。
とはいえ、真剣に心配してくれている夜、クレア、フィオナに心配させ続けるわけにも行かないし、なぜか今回はあっさり俺達の貴賓室にくる事ができたシルリア皇女なんて、俺の状況に泣き出しそうな顔だ。
恥をしのんで理由を言うしかない。
どうせ今夜の夜会は仮面舞踏会というわけでもないから素顔を晒さなければならなかったのだが、まさか首脳陣以外どころか、ほぼ世界中に晒す事になるとは思ってなかったからなあ。
「浮島」の機能を利用して、各国首都にまで映像提供なんてするんじゃなかった。
しかし、自分の顔がしょぼい事を嘆いていると美人さんたちに自ら告げるなんてこれなんて罰ゲーム?
これもすべて「英雄シン」をあんなふうに描いた千年前の画家が悪い。
謝罪を要求する。
「いや、ごめん、ほんとになんでもないんだ。ただ、ほら、あの……顔がね?」
「顔?」
俺の消え入るような声での発言に、この場に居る全員が異口同音に疑問の声を発する。
本当に俺が何に動揺しているのかまったく理解できないようだ。
くそう、これだから自分が美しい事に疑問を持った事もない連中は!
「……俺の顔がさ、「救世神話」に描かれている「英雄シン」とは似ても似つかないじゃないですか。「救世神話」を初めて目にした時に、夜とクレアも爆笑してたし、なんというかほら、皆がっかりしてるんじゃないのかなーとか、がっかりどころか笑ってるんじゃないのかなーとか、ね? いや初めから俺の顔知ってる人たちは別にあれなんだけど、何であいつあんな格好良く描かれてたんだよとか言われてると思うと……」
――我ながら女々しい!
しかもなんか丁寧語だし、最後のほうごにょごにょと声が消えていってしまったし。
違うんだ、一時的に動揺してるだけなんだ。
そんな深刻にへこんでいる訳ではなくて、いたたまれない気持ちがマックスというかなんと言うか。
耐え切れなくなって両手で顔を覆って悶えていると、耐え切れないように周りから笑いが漏れた。
なんで?
何で笑うん?
「……それで顔隠してるんですか、シン君」
夜の声が震えている。
これマジでツボ入ってるときの夜だ、ひでえ。
「顔って、我が主……本気で仰ってますの?」
クレアさえも笑いを堪えている状態だ。
いや、夜とクレアは笑っているが、シルリア皇女はびっくりしたような顔をして固まっているし、ヨーコさんは明らかにあきれ果てた顔をしている。
何も言わないが、フィオナの気配もなんか笑いを堪えているよーな……
あれえ?
「いいですかシン様」
「いや、やめて。ヨーコさんレベルで抉られたら立ち直れないかもしれないから勘弁して」
「予想の斜め上を行くヘタレですね。ではそうですね……フィオナ元第一皇女、適任では?」
『……っぷ。そうですね、妾が適任だと思いますわ』
やっぱりフィオナも笑ってる。
笑われるほどヘタレで女々しい考え方なんだろうなあ、やっぱり。
でもしょうがないじゃないか、くるものはくるんだ。
『いいですか、シン兄様。実際に千年を過ごしてきた妾がなぜ適任かと申しますとですね、美しいとされる見た目は時代と共に変遷します、それはもう、面白いくらいに』
「え?」
『たしかにシン兄様達が現役であった千年前は「救世神話」に描かれているようなお顔が美しい、格好いいと言われておりましたわね。だからこそシン兄様がああいう風に描かれたわけですし。ですがこの千年の間には、ああいう見た目が醜いといわれたことこそありませんが、「濃い」「くどい」といわれていた事も在りますのよ。「英雄シンは顔がうるさい」とか』
えええ。
たしかに俺もそう思わなくもなかったけど、「救世神話」の「英雄シン」を見て。
でもそれだと、女性の見た目も変遷するって事なのか。
夜やクレア、フィオナやヨーコさんがそんな風に言われるのは信じられないが。
というか幼いけれども充分に美しいと感じられるシルリア皇女に対する周りの反応は、俺の美醜の感覚とそんなにずれていないと感じるんだが。
『女性の見た目はそうですね、夜お姉さまとクレアお姉さまのイメージが鮮烈なのと、英雄と共に戦った「異能者」達の見た目が基準となっているせいか、そんなに変わりませんわね』
ほっとしたような、納得がいかないような。
でもそれで言うなら、「救世神話」の主役である「英雄シン」の見た目が男性の「格好良い基準」になってもおかしくないと思うんだけど。
千年前は間違いなくあの絵に描かれた「英雄シン」が格好良いとされる基準だったわけだし。
『殿方は純粋ですから、神聖視されている存在が基準になりがちなのですよ。その点女は現実的です。実際にはもう居ない過去の殿方より、その時代時代に名を挙げた殿方の見た目が、その時代に生きる女達の「格好いい基準」となりますのよ? シビアなものでしょう、千年前の英雄であるシン兄様』
隠す気も無いようで、ころころと笑いながらフィオナが説明してくれる。
夜とクレアは御腹を押さえてプルプル震えているし、シルリア皇女はぽかんとしたままだ。
ヨーコさんは白い目で口が横に開いている。
……さっきまでと違う意味でいたたまれない。
『つまり、人々にとってシン兄様が「救世神話」にどう描かれているかなどどうでも良いのです。圧政とまでは行きませんが我が物顔で世界を仕切っていた「救世連盟」を一昼夜で膝下に組敷き、神話で語られていた、嘘にしか聞こえない戦闘能力を証明したシン兄様のお顔が、「救世神話」に描かれているものと違うとかどうとか気にしている人などおりません』
とうとう堪えられなくなったのか、この時点で夜とクレアが噴き出した。
「シ、シン君……私たちがあの時笑ったのは、本物のシン君とのギャップが、あまりにも大きかったからで、まさかシン君があの絵を実際より「かっこよく描かれている」と思っているとは……」
「お、御腹が痛いんですのよ。それでへこんでたんですの我が主……せ、繊細ですわ。繊細ですの。オッサン成分入ったほうが傷つきやすくなるとは……」
ああ、そういうことね。
俺一人で落ち込んでたってことね。
「そうですね、一番驚いたのはシン様がそういうことを気にするタイプであったという事です。なるほどここまで細やかな心の持ち主であれば、夜様とクレア様が清い身体のままである事も頷けるというものです。納得納得」
反論の余地がない!
よーしもうこれ以上恥をかくこともなくなった。
夜会でも世界会議でもドンと来い。
やけくそだ。
「ただ、シン様がそういう認識で今の今までおられたと言う事は、夜会までに少し打ち合わせが必要ですね。そう思われませんか、夜様、クレア様、フィオナ元第一皇女。シルリア皇女は……まあいいでしょう、もうその辺は組み込み済みにするしかありませんし」
「そうですね。まさかシン君がそんな、っぷ。失礼、なしで。そんな考えで居るとは思い至りませんでしたから、少し認識統一が必要です」
「ですわね。このままで夜会に望むと、我が主だけでなく各国のお姫様達に恥をかかせることになりかねませんわね」
『そうですねえ、妾やシルリアにとっては他人事でもありませんし、シン兄様にはしっかり認識していただかないと』
あれ?
まだ俺なんか抜けてますか。
「戦って勝てばいいとだけ思っている男の人って……」
ヨーコさん、ぐだぐだ考えてないでそれが一番大事だって言ったよね?
余計な事ふっ飛ばす為に俺と模擬戦してくれたんだよね?
言う事変わってませんか。
「でもそんなシン君が好きですよ、私は。正直惚れ直しました」
「純粋であることは正義ですわ。我が主、間違ってはおりませんのよ?」
はい全面的に降伏しますので、説明お願いできますか。
夜会までには理解して善処する所存ですので。




