第41話 宴 激闘
転送されたのは、ほぼ垂直に切り立った台地が複数存在する、広大な荒野だった。
俺が立っているのは、荒野の平地部分。
相当な距離を置いて、ヨーコさんはかなり高い台地の淵に立っている。
高い位置を押さえるのは有利と言えるが、これだけ距離が離れていればほとんど影響ないな。
今この瞬間にも、この様子は「競技場」の観客に映像として提供されているはずだ。
重なるように無数に展開した「映像窓」が、俺やヨーコさんのアップや別アングルの映像も映しているだろう。
転送されたということは、もうすでにいつ戦闘を開始してもいいということだ。
対人戦では「七眼九尾の黒獣」の仮面が邪魔だな。
視界を邪魔するわけではないが、違和感がぬぐえない。
兜とかの装備、苦手なんだよな。
さて。
「遠見」で確認したヨーコさんは本気モードだ。
相変わらず露出の高い装備だが、レベルキャップ解放戦時と同じものを身に付けている。
それに周りを守るように浮いている「氷の魔道書」は、格闘士として戦闘しながら、「二重職マスター」として極めた「氷系術式」を自在に発動可能にするレア・アイテムだ。
まずは遠距離攻撃で様子を見て来るかな? と思いつつ各種強化系スキルを発動していく。
同じように強化系スキルをかけ終わったのであろうヨーコさんが、意外なことに遠距離攻撃ではなく、突撃を選択した。
かなりの高さがある台地から一気に飛び降り、爆発したような砂煙をあげながらこちらへ高速移動を開始する。
一定距離ごとに左右にすっ飛ぶようにフェイントを織り交ぜ、ジグザグではあるが凄まじい速度で彼我の距離をつめて来る。
あんまり得意じゃないけれど!
先手を取られ、近接を仕掛けられているからには迎撃をさせてもらう。
お約束は外さない主義だ。
術式格闘士の遠隔攻撃代表である「龍砲」を、充分に引きつけてから前に突き出した右掌から発動する。
莫大な光を伴った、レーザーにしか見えない攻撃が高速で接近するヨーコさんに向かう。
当たる寸前で空中に大きくジャンプして躱すヨーコさん。
あたるとは思ってなかったよ!
「龍砲」を空中へのがれたヨーコさんへ二撃、三撃と放つ。
普通に考えれば空中へのがれるのは悪手で、次の攻撃を躱せなくなるのが常識なんだろうが、ヨーコさんは空中を蹴っ飛ばすようにして方向転換し、二撃目、三撃目も躱す。
「空蹴」くらいはできなきゃ話になりませんよね。
三撃目を躱した時点で、俺の頭上に到達している。
三撃目の「龍砲」を撃つのが少し遅れた、硬直が解けきっていない。
その位置から天空方向を蹴りつけ、ヨーコさんが俺の方へ向かって大きく拳を振りかぶっている。
あれの直撃喰らうとさすがにやばい。
はやく硬直解けろ!
間一髪で行動可能になり、「瞬脚」で後方へすっ飛んで躱す。
ヨーコさんの拳が直撃した地面が、広範囲に陥没して土煙を派手に吹き上げる。
爆音とともに立ち上がった土煙が、ヨーコさんの姿を隠す。
これでほっとしちゃいけない。
土煙の向こうから、「龍砲」に相当する魔力の塊りがすっ飛んでくる。
ほらな!
これあるを予期して両手に発動しておいた防御スキル、「禍祓」の光が宿った手でその二撃を弾き飛ばす。
直線的に「瞬脚」で回避した直後だけに、読み違えれば「瞬脚」連続発動までの硬直中に直撃する。
もし喰らえば、間違いなくダメージ硬直が派生し、そこへ大技なり連撃なりを叩き込まれる。
逆に狙いがシンプルなだけに、読めていれば防御系スキルで無効化することはそう難しいことではない。
だがこれでヨーコさんに硬直が発生しているのは間違いない。
あれだけの攻撃力を発生させる攻撃スキルから、硬直をキャンセルして遠距離術式を放ったのだ、発生しないはずがない。
まだ土煙のせいで目視はできていないが、着地した大地を逆方向に蹴って、ヨーコさんがいるであろう位置に「瞬脚」で踏み込む。
いた!
案の定硬直から抜け出せていないヨーコさんに、「累瞬撃」を叩き込む。
最後の一撃を掌底の突き上げにして、ヨーコさんを浮かせる。
打撃で空中に浮いたヨーコさんを視界にとらえたまま、相手の行動阻害スキルである瞳術「鏡封」を発動させる。
キィンという効果音とともに、空中に浮かぶヨーコさんの身体が空中に固定される。
よく見ればその身体の真下に、薄い半透明の鏡がヨーコさんの身体を映しているのが確認できるはずだ。
瞳術「鏡封」は、任意の位置に発生させた鏡に映ったものを、一定時間もしくは一撃を入れるまで静止させる。
一撃を入れると、鏡は割れて消え去る。
その隙に、通常であれば直撃させるのが難しい大技「覇終」――ぶっちゃければ派手なエフェクトを纏った、腰を落としてからの右ストレートだ――を発動させる。
直撃!
ヨーコさんが常時展開している防御陣を軒並み割砕きながらかなりの距離をふっ飛ばし、切り立った台地の壁面にたたきつける。
壁面が派手に崩壊し、再びの土煙が一帯を覆う。
今のは手応えあった。
確実に防御陣を打ち抜いたし、決着とはいかないまでも相当のダメージを与えたはずだ。
ただしこれで再び距離が離れたし、仕切り直しだ。
今度はこっちから――
ってやばい!
轟音を響かせながら未だ収まらない台地の崩落と土煙の中から、ものすごい高密度の魔力照射術式――これはほんとレーザーにしか見えん。術者の意志で曲がったりするからマジ、サ〇コガン――が二連射で殺到してくる。
ヨーコさんの属性である「氷」の特性を帯びた魔力の直接照射は、相当な威力と速度を誇る。
距離を詰めるべく前傾姿勢に入ろうとしていた今の俺の状況では――
躱せない。
そう判断し、即時起動した「禍祓」を展開した両手で無効化をはかる。
さすがに手慣れたもので、一撃目と二撃目は絶妙の時間差をつけて照射されている。
球状にして破壊力を増大させる方向ではなく、細く絞り貫通力を高めるとともに、照射時間を長くするように調整されている。
一撃目を右手で受け、照射が終了するまで無効化開始。
物凄いエフェクトと轟音をまき散らしながら、俺の右手で無効化されてゆく一撃目の照射が終わり切らないうちに、二撃目が到達する。
少しずつ着弾点をずらすのに合わせて右手が流れたところへ、俺の身体のど真ん中を狙った二撃目が着弾する。
左手を折りたたむ様にしてそれを受けるが、まだ一撃目の照射は終了しない。
これはやばいな、ヨーコさんやっぱり遠隔攻撃で勝負かけてきたか。
間違いなく今、ヨーコさんは奥義級術式の発動準備に入っているはずだ。
一撃目を躱せなかった時点で、ヨーコさんの目論んだ流れにのってしまっている。
こちらの魔力が続く限り、捉えた術式を無効化し続けられるという強力なスキルである、「禍祓」だが、両手でしか発生できないという弱点がある。
連打系の光弾や、照射時間に途切れがある連射なら、左右の掌でその術式を捉え続ければ無効化できる。
術式を捉える目と、反射神経の勝負だ。
だが今のヨーコさんのような撃ち方をされると、両手とも塞がってしまう上に足止めもされてしまう。
強力なスキルであるだけに、無効化する対象術式との魔力消費効率は悪く、今の俺のMP量をもってしても奥義級術式を無効化しきるだけの量はないはずだ。
それ以前に、今防いでる照射術式が直撃すればダメージ硬直が間違いなく発生するので、MP量が十分にあっても現実的な選択ではない。
俺の判断ミスだ、多少の、いや相当のダメージを覚悟してでも一撃目を「躱す」選択をしなければならなかった。
詰んだか。
案の定、「禍祓」を発動させた両手を封じられ、防御姿勢に入っているため移動もできない俺に向けて、ヨーコさんの最大遠距離攻撃、氷系の最上級術式の一つである「帝王氷龍瀑」が向かってくる。
龍の形をした水の奔流が対象者に襲い掛かり、着弾した瞬間すべてが氷結し、対象もろとも砕け散るという、氷系術式屈指の威力と派手さをもった術式。
相当な発動準備時間が必要な術式なため、通常一対一の対人戦で発動できる代物ではない。
高速機動戦闘の中で、それだけの発動準備時間を確保することが現実的ではない為で、この手の大技はレイドボス戦などの最後の削り、止め用に撃たれる類のものだ。
複数同士の対人戦では、盾職との連携で放つことも可能だろうが、今度は当てることが難しい。
逆に言えば対人戦で発動することに成功し、直撃させれば一撃で勝負が決まる。
これは撃たせた俺が下手うったというしかない。
しかも躱せない状況にまで追い込まれているというのは、文字通り致命的だ。
エロいことされる!
冗談はさておき、直撃喰らえば負け確定なのだ、一か八かにかけるしかない。
かなりのダメージは喰らうが、今防いでいる魔力照射を喰らってでも「帝王氷龍瀑」をギリギリまで引き付けてから「瞬脚」で躱す。
このヨーコさん渾身の連撃を凌ぎ切れば、なんとか反撃する手段はある。
「形態:七罪人ira:コードSatan」の特殊状態発動条件さえ満たせれば――
ここだ!
強引に「瞬脚」を発動させて、空中に斜めに跳ねるように前進する。
今まで無効化していた照射術式が二撃とも直撃し、ダメージ硬直が発生する。
こちらにも相当な魔力が込められていたようで、防御陣を抜かれかなりのダメージを喰らう。
着弾するまでは水の状態である「帝王氷龍瀑」が俺の跳ねた空中へ方向修正する。
ダメージ硬直で動けないまま、徐々に落下していく俺を外すこともない。
今の直撃でHP三割ぐらい持って行かれているし、直撃すれば決着だ。
あとは着弾までに硬直が解けるかどうか、解けたとしてそこから連続「瞬脚」でどこまで「帝王氷龍瀑」を躱せるかが勝負だ。
だが間違いなく間に合う、なんとかかわしきれるはずだ。
そこでHPはかなり削れるけど、逆にその状況でこそ――
そう考えた瞬間、「帝王氷龍瀑」は八つに分かれた。
派生技の「帝王氷龍瀑:八岐」
八分割されるので一撃一撃のダメージはもちろん、全て着弾した場合のダメージも低下するが、着弾直前に広範囲に誘導性を持った攻撃が拡散するため、命中率は圧倒的なものになる。
全弾は無理でも、一撃でも直撃すれば、そのダメージで硬直している対象に、少なくとも着弾した一撃の近辺の数撃は追撃で決まる。
今の俺のHPであれば、半分の四撃が入れば「致命」レベルのダメージと判断されるだろう。
あー、くっそこれは躱しきれない。
負けるのか……
まあ、実戦でもないし、楽しませるための模擬戦だしな。
久しぶりの対人戦で油断してたし、だいたい実戦で一対一なんて言う状況はほとんどないし、夜とクレアと連携していれば負けることなんて――
――あほか!
模擬戦も実戦もあるか、負けたら終わりだ。
負けた方は何も言えないのがこの世界だ。
いや、俺がいた現代日本だってそうだったはずだ。
感情を押さえて暮らす日常生活の中でわかりにくいように薄められていただけで、あっちでだってものを言えるのは勝ったものだけだったはずだ。
寝ぼけてんなよ俺。
負けたらすべてを失っても文句言えないんだ。
そう、夜と、クレアも。
相手がどうとか、状況がどうとか言ってられるか。
負けられないんだよ、俺は。
「があああああああああああ!!!」
咆哮を上げ、硬直が終わった身体を強引に高速機動させる。
一方方向へ逃げても喰らう、縦横無尽に起動して追跡を振り切る!
上下左右に逃げたって逃げ切れない、ならば前へ踏み込む。
分裂した「帝王氷龍瀑:八岐」の八弾全て、俺との相対距離においては同距離にある。
前に踏み込んだ状況でどれかが直撃しても、ほぼ直角の位置への追撃が可能な数は限られるはずだ。
行け!
空中で上下左右にはじけるように飛びながら、迫りくる「帝王氷龍瀑:八岐」へ突っ込んでいく。
右前方へ進んだ俺に、八弾の一撃が追跡してくる。
ほぼ正面、これは躱しきれない。
直撃した。
喰らった瞬間、水のひやりとした感覚が全身をつつみ、次の瞬間刺すような冷気が俺のHPをごっそり削る。
バキィン! という轟音と共に、直撃した「帝王氷龍瀑:八岐」の一撃が発動し、ダメージ硬直を喰らった俺は、最後に無理やり発動させた「瞬脚」の勢いで攻撃を喰らったにも拘らず、前方へ吹っ飛ぶ。
地上に落下しゴロゴロと転がる俺に、次々と「帝王氷龍瀑:八岐」の残りの七弾が追跡しようとするが、直角以上の位置へ追跡しきれず外れていく。
それでも喰らった初弾の近くにあった二発が、少しの時間差で俺に着弾する。
一撃毎にごっそりと減るHP。
だが、回り込んで俺にあたる軌道となった攻撃が、着弾するたび俺の身体を前方へふっ飛ばす。
最初にはずれた二撃以外、なんとか俺を捉えようと回り込んできた残りの攻撃も、三撃目を喰らった俺が右に軌道を変えつつ前方へ吹っ飛ぶと、追跡しきれず外れて地面に着弾した。
ははは。
躱して……はいないが、生き残ってやった。
HPは一割も残っておらず危険域で真っ赤だが、「致命」レベルを喰らって決着したわけじゃない。
ダメージ硬直が解けた俺はゆっくりと起き上がる。
その俺の身体に、纏わりつくように黒焔が上がる。
自身の耳にも「ゴッ!」っという音が聞こえる。
周りの空気が揺らぐようなエフェクトに包まれ、俺の本来黒い瞳は、今紅く光っているはずだ。
「七眼九尾の黒獣」の仮面は、さっきの攻撃喰らって地面転げまわっているうちにはずれてしまっている。
ああ、素顔初公開ですね、みなさんがっかりしないように。
この状態になると思考が少しぼうっとする。
術者のHPが三割を切り、かつMPが五割以上残っている場合のみ発動する「形態:七罪人ira:コードSatan」の特殊状態「憤怒の熾天使」である。
攻撃力、防御力が爆発的に上がり、何よりも「速度」が圧倒的に上昇する。
特殊状況下で使用するスキル、術式はノーコストで発動可能だ。
ただし起動している間、ものすごいスピードでMPとスタミナは消費されていき、何もしないで立っているだけでも3分ほどで自ら倒れるだろう。
ヨーコさんを視界に捉える。
最初に俺に喰らったダメージでHPは半減し、その後の渾身の術式連撃でMPは枯渇状況だろう。
だけどヨーコさんはまだ格闘士としての近接戦闘能力を持っている。
一瞬で勝負を決める。
様子をうかがっているヨーコさんに向かって、「瞬脚」を使用し一瞬で間合いをつめる。
圧倒的な速度差により、フェイントをかける必要もない。
事実ヨーコさんは全く反応できていない。
機動速度の上昇に伴って引き揚げられた思考速度、認識速度の中で、ゆっくりとヨーコさんがこちらの突撃に反応しているのがわかる。
一瞬で瞳術「鏡封」を複数発動させ、ヨーコさんの周りを囲む。
動けなくなったヨーコさんの懐へもぐりこみ、超高速で攻撃を叩き込む。
掌底で空中へ一旦浮かせてから、自分も空中へ駆け上がりながら打撃で空中高くへカチ上げてゆく。
地上へ落ちることを許さない。
幾度も交差し、そのたびに確実にダメージを与えてゆく。
自動的に反撃しようとしている「氷の魔道書」を、自分の背後に発動させた魔法陣からの追尾術式で焼き落とした。
すでに反撃の手段のないヨーコさんを、再び瞳術「鏡封」で空中に固定、その背後に瞬間で移動し、投げ技である「墜天」に捉える。
そのまま「墜天」を発動、自身ごと地面に叩きつけた時点でヨーコさんのHPは付き、「致命レベル」の攻撃を受けたと判定され、決着がついた。
――なんとか、勝てたか。
安堵のため、どっと力が抜けてへたり込んでしまった。
「やはりすごいですね、シン様。完敗です」
倒れ伏したままの状態から、ヨーコさんが声をかけてくる。
なんか色っぽいな、倒れ方が。
あ、最後の投げ技で密着したことに対して、言い訳を用意しておく必要性を感じる。
主に夜とクレアに対して。
「……いや、一回あきらめかけたんだけどね、どうせ模擬戦だしってさ」
「おや、結構惜しかったのですか」
「ああ、うん。……でもありがとな、ヨーコさん。本気で暴れてすっきりするとか、そういうんじゃなくて……なんか吹っ切れた」
「それはよかったです。人前で惨めにもタコ殴りにされて敗北した甲斐がありました。その上この後どんな要求をされるのか。怯えて震える自分を止められません」
よく言うよこの人は。
でも感謝だ。
決着がついたので、「特殊戦闘フィールド」は解除され、俺もヨーコさんも元の位置に転送される。
「三位一体」を切っていたのでわからないけど、観客は盛り上がっていたのかな。
情けないところも見せたけど、夜とクレアがちゃんと「かっこいい」と思ってくれる闘いができていたらいいんだけど。
負けかけて、初めてちゃんと認識できることがあった。
俺の望むとおりに生きたいのであれば、負けることは許されない。
決してだ。
結果として勝ちはしたけど、ヨーコさんの言うとおりだ。
『糞の役にも立たない考えは一時棚上げして、強くなるため鍛えましょう』
その通り、今はそれが一番大事だ。
すぐに会えるのに、夜とクレアに会いたいなと思った。
「三位一体」でではなく、自分の目で、自分の身体でちゃんと二人を実感したいと、そう思った。
「では今夜実感しましょう。そうしましょう。なーに嫌がりやしませんて、口ではなんだかんだ言うでしょうけど、そこは強気攻めで。めんどくさいので二人一緒にやってしまいましょう。なんなら私が指導してもいいです」
独白読むの止めてもらえませんか。
そういうスキルあるんですか、持ってるんですかヨーコさん。
……なんかいろいろ台無しだ。




