第39話 宴 前座
二日後の模擬戦闘開催は不可能だった。
「二重職マスター:フィア・ヨーコ」の帰還と、「冒険者ギルド」の再建及びそのギルドマスターにヨーコさんが着任することが告げられ、皇都ハルモニアは大騒ぎになった。
チョイ役ではあるものの「救世神話」にも登場しているヨーコさんは、千年後の人々にとっても、充分有名人であったのだ。
またそのチョイ役がおいしいというかなんというか、まだ「英雄」として名を上げる前のシン――俺に一度勝っているというものだから、その二人による模擬戦という情報は皇都ハルモニアのみならず、情報が伝達したすべての国家で「どうしても見たいもの」となった。
結論として、近々に開催予定であった「世界会議」が大幅に前倒しされ、その開幕セレモニーとして「冒険者ギルド」再建と、それに伴う模擬戦闘その他が行われることになったからだ。
開幕セレモニーの後に各国首脳、高官を交えた夜会があり、翌日から「世界会議」が開催される。
当然だが俺、夜、クレアはそのすべてに出席せねばならず、今から気が重い。
開幕セレモニーや夜会はともかく、「世界会議」についてはずっと出席しているというわけにもいかないので、育成を理由に要所だけ出席するように調整してもらってはいる。
最低でも十日以上続く「世界会議」にずっと付き合っていては、レベル上げその他に支障が出る。
だいたい冒険者ギルドが再建されれば、真っ先にクエストをこなしたいのだ、俺は。
リィン大陸を構成する、三大大国の残り二国、フィルリア連邦とバストニア共和国。
リィン大陸における最大宗教の総本山であるアレスディア宋国。
現在は「救世連盟」の名を棄て、千年前の名に戻っている商業都市サグィン。
これらの国々からトップ以下首脳陣がほぼ全員集合し、その際には有力な王族貴族も皇都ハルモニアにやってきている。
今夜の夜会はさぞ派手になる事だろう。
また各国の軍部は確認したいことが山ほどあるらしく、「冒険者ギルド」再建を祝う開幕セレモニーをこれ幸いと、模擬戦や手合せを申し込んできている。
俺とヨーコさんの模擬戦はトリだが、それまでの演目もかなり充実したものだ。
よくも数日間でここまでのプログラムを完成させたものだと思う。
えらく優秀な文官チームを率いる人物がいるようで、フィオナに頼んで「天空都市」の初代市長あたりになってもらえないものか。
「そろそろ始まりますね」
「申し訳ありませんフィオナ。もうあと二日くらいあれば何とかなったのですけれど」
『気にしておりませんわ、クレアお姉さま。冒険者ギルドの再建と「世界会議」の開催は、シン兄様達の強化と同じくらい重要ですもの。それに妾は諦めておりましたもの、自分の身体に戻る事なんて。それを叶えてくださるクレアお姉さまに謝られることなど何一つありませんわ』
「そういっていただけると……」
ヨーコさんと再会した日からこっち、一気に動き出した事態に翻弄され、日課となっていた地下迷宮での育成も、数日休まざるを得なかったのだ。
数日ずれたことくらい、千年に比べれば確かに大したことはない。
だけど今夜は各国首脳が集まって、俺たち三人も出席する夜会がある。
それに自分の身体で出席できないことは、やはり残念だろう。
「まあいいではありませんか。フィオナ元第一皇女も、もう数日のうちに本来の姿に戻れることは確実なのです。今日の夜会に自分の身体で出れなかったことをうまく利用して、シン様との時間を確保する事くらい余裕でしょうし、本来最大の障壁である夜様とクレア様が引け目から機能できない状況なのです。――ここは引いた方が得な時間帯」
『………………』
「………………」
「………………」
ヨーコさん……
ぶっちゃけすぎるのはどうかと思うんだ俺は。
俺たちは今、皇都ハルモニアの闘技場、その貴賓室の一室にいる。
メンバーは俺、夜、クレア、に加えてヨーコさん。
皇都ハルモニア全域を知覚範囲としている「天を喰らう鳳」であるフィオナは念話で参加している。
シルリア姫は同じ部屋であることをかなり強く望んだが、公式に他国の王家クラスが全員参席しているこの場で、ウィンダリア皇族として行動することは絶対だ。
ウィンダリア皇族として、家族と一緒に各国のトップと席を同じくしているのだろう。
肩凝るだろうなあ、気の毒なことだ。
「あ、始まりますわよ」
妙な沈黙に支配されそうになったところで、タイミングよく開幕セレモニーが始まる。
建前上各国首脳の歓待ではなく、あくまで冒険者ギルドの再建イベントのはずなのだが、その規模といい、力の入れようといいもはやその域を完全に超えている。
辛うじてその形を守っているのは、皇帝や各国首脳の長ったらしい挨拶がないことくらいだ。
まあそれだけでも充分助かるが。
一般市民にも無料で公開されている今回のイベントは、別に会場である「闘技場」まで来なくても、街の至る所に「映像窓」が表示され、そこで見ることができる。
大きな酒屋や料理店にも大きめの「映像窓」を表示させているので、今日は皇都中、昼から飲んでる連中は多いことだろう。
ここら辺は「天空城」の機能で全面協力している。
各国首脳も、圧倒的な「逸失技術」と、それをこのようなイベントで惜しげもなく使用できる「魔力供給」の存在を嫌でも理解するだろう。
各所に表示されている「映像窓」に今日の第一演目が表示される。
『ウィンダリア皇国騎士団及び新設「強化術式部隊」 VS 各国連合軍』
これはウィンダリア皇国以外の国々が強く求めたものだ。
「救世の英雄」直下にあるウィンダリア皇国軍が、この短期間でどれだけ隔絶した力を手にしているのか、それともいないのか。
それを確認するにはいい機会だし、軍勢の移転に「天空城」及び「浮島」の機能デモンストレーションにもなるので、最初の演目として採用された。
当然のように賭けの対象になっていて、しょっぱなから凄い盛り上がりだ。
皇都ハルモニア上空に位置する「天空城」がその高度を下げ始める。
操作しているのは夜だ。
「闘技場」の真上までその威容を下げた「天空城」を見上げ、人々が歓声を上げている。
確かに大迫力ではある。
そこから転送装置を使い、まず騎士団長アラン率いるウィンダリア皇国騎士団精鋭四百が、「強化術式部隊」百を伴って現れる。
たかが五百とはいえ、その数を一瞬で転送する「逸失技術」に観客から無邪気な歓声が上がる。
事前に知らせてはいるものの、実際にこれを目の当たりにした各国首脳、特に軍部の人間は冷や汗をかいているはずだ。
いま目の前で起こった光景は、つまり「天空城」を敵にまわした場合、好きな場所に最低でも五百人規模の兵力を瞬時展開できることを指し示しているからだ。
城塞など何の意味も持たない代物となる。
数瞬遅れて、自国首都の上空にある「浮島」まで転送されていた、各国の五百も会場に現れる。
みな一様に驚いたような顔をしているのは、自国首都の上空にある「浮島」までの転送はなんとなく納得できても、はるか離れたウィンダリア皇国皇都ハルモニアの「闘技場」に、一瞬で転送されたことがやはり信じきれないのだろう。
抵抗するのがばかばかしくなるくらいの力を見せることは重要だ。
「アラン騎士団長、鼻息荒いなあ……」
肉眼で「闘技場」全体を見下ろしているが、複数の「映像窓」が各指揮官クラスをはじめ、色々な角度で各軍を捉え、表示している。
これだって見るものが見れば、戦場における情報収集能力が圧倒的であることを理解できるだろう。
大規模戦において、情報の有無はその勝敗に直結する。
「映像窓」に映るアラン騎士団長はいまにも襲い掛かりそうな好戦的な表情だ。
駆け出しの新兵じゃないんですから、もっと落ち着いてください。
まあ今からする「蹂躙」を思えば興奮するなという方が無理なんだろうけれど。
「やりすぎないといいのですけど」
「無理じゃありませんの?」
まあ「闘技場」の保護機能があるから怪我はしない。
やりすぎぐらいに、一方的な結果にしてくれた方が盛り上がる……はずだ。
ウィンダリア皇国五百に対して、連合国側は二千。
本来であれば勝負にならない兵力差である。
「だけどこれ、一瞬で勝負付くだろ」
「ですよねえ」
ここ数日の鍛錬でアラン騎士団長は念願のレベル二桁に届き、選出された精鋭四百もレベル7以上のものばかり。
「強化術式部隊」百名は全員がレベル5を超え、四百の精鋭に対して攻撃力、防御力、速度、すべての強化術式をかけることが可能だ。
当然魔力の補充は済ませてある。
はっきり言えば、最初の一当てで二千が壊滅して終わりだろう。
賭けの結果については知らん。
開始の合図が出ると同時に、連合側二千は重厚な方陣でウィンダリア皇国軍に迫ってくる。
定石だが、悪手だ。
強化術式が発動する前に乱戦に巻き込んで、数の優位を活かすのが唯一の……うんまあそれでも無理だな、レベル差がありすぎる。
予想通り、アラン騎士団長は「強化術式部隊」にMPが尽きるまで一気に強化術式を使用させた。
日頃見ることのない、千年間失われていた術式のエフェクトに各所から歓声が上がる。
この瞬間、各国の首脳は「救世の英雄」が本物か贋者かを問わず、他者の魔力を回復することが可能であることを自分たちの目で確認したことになる。
「救世連盟」を即日解体した事実から明確に敵対する勢力はないが、甘く見て何かを画策する可能性はできるだけ摘む方がいい。
いくら各国の正規軍精鋭とはいえ「回復術式」以外を目の当たりにするのは初めてだろう、一瞬足が止まっている。
派手だもんな、強化術式系のエフェクト。
アラン騎士団長、キラッキラ。
定石からは考えられないことだが、アラン騎士団長は自軍四百を四つに分け、それぞれ百をフィルリア連邦、バストニア共和国、アレスディア宋国、商業都市サグィンの各五百に正面から当たらせる。
集合状態から、放たれた四本の矢のように各五百に飛ぶウィンダリア皇国軍を、相対する精鋭達も、見ている観客たちも一瞬見失ったはずだ。
格闘士であればレベル2で習得する「瞬脚」だが、レベル5に達すればどのジョブでも何らかの「高速戦闘機動用スキル」を身に付ける。
部隊全員をそのスキルを使える者達で固め、集団運用を訓練すれば、今見たように常識を超えた速度での部隊運用が可能になる。
俺の「瞬脚」でも発生する「思考速度の加速」も伴って、知らぬ相手にとっては神速で移動し、攻撃を加えてくる悪夢のような敵となる。
事実目の前でも、圧倒的速度で敵に切り込んだ百が、それぞれ五人をあっという間に切り伏せてゆく。
「闘技場」の防護システムのおかげで実際に怪我はしないが、「致命」レベルの攻撃をくらえば戦闘終了時まで自分の意思で行動不可能になる。
ものの数秒で二千悉くが行動不能になる様は、各国首脳の目にどう映っているんだろうな。
というかあれ、切り込んだ先頭の数人がノルマ越えて倒してるな、間違いなく。
注目してたアラン騎士団長なんて、13人くらい倒してたし。
「高速戦闘機動用スキル」でダッシュしただけの形になった後方の連中ともめるだろうなあ、これ。
あまりの結果に一瞬静寂が訪れた「闘技場」と皇都ハルモニアの各所だが、一拍置いてものすごい歓声に包まれた。
何と言ってもここはウィンダリア皇国の皇都なのだ。
賭けで損した人が居たとしても、自国の軍が他国を圧倒した事実に興奮しないわけがない。
アラン騎士団長はじめ、すでに顔を覚えている部隊長クラス数人が得意満面で手を挙げて、歓声に応えている。
「アラン騎士団長は、この後の褒賞も大事だろうからなあ」
俺はこの演目で俺の望むとおりに圧勝してくれた場合、アラン騎士団長にあるアイテムを進呈することを約束していた。
プレゼンターは夜とクレア。
どうせこの後、二演目目として、今魔力を失った「強化術式部隊」への魔力補充の実演があるのだ。
ちょうどいい。
「我が主、行ってまいりますわ」
「行ってきます、シン君。でもアラン騎士団長、アレ本当に人前で使用するつもりなんですか? ある意味罰ゲームに近い気もするんですけど」
出番が来たので、貴賓室から「闘技場」中央へ出て行こうとする二人が、アラン騎士団長が今、心の底から楽しみに待っているアイテムとその使用方法について言及する。
「本人が是非って言ってるからいいんじゃないの? なんかアラン騎士団長に言わせれば、あのアイテムだけで各国首脳を傅かせることは十分に可能だとか言ってたけど、そういうもんかね」
「シン様にはまだ実感できませんか。実感できる頃になれば、あのアイテムがどれだけ特別なものか理解できるでしょう。――混ざっているオッサンの方でも本当に理解できませんか? 本当に?」
やめて確認しないで。
俺はまだ大丈夫、全然大丈夫。
でも絶対一個は確保しておくけど。
夜とクレアが闘技場中央中空に転移して現れると、観客の歓声は一段と大きくなる。
変わらず黒ベースの和服を着崩した夜は、艶やかな黒髪をサイドポニーテールにまとめ、その逆側に最近ずっと気に入っている狐面を阿弥陀被りしている。
美人は何しても様になるからずるい。
クレアは「神子」としても立場もあるので、アレスディア教徒ならおなじみの聖騎士衣装の女性型、千年前にヒギヌスのエロ爺――アレスディア教の教皇だが――がクレア専用に仕立てたものを身に付けている。
別に露出が多いわけでもなし、色使いも白をベースに金糸だし、なんでこんなに色っぽくなるかなこの衣装。
クレア本人のスタイルのせいか。
千年前に「神子クレア」の専用衣装と知って、気合入れたんだろうな職人さん。
空中から二人はゆっくりと地上に降り、一番きれいに見えるエフェクトを発生させながら、魔力補給を行う。
本来魔力補給にエフェクトは無いから、地味なんだよねそのままやると。
わかりやすいのは魔力補給を続けながら、初級術式を撃ちつづけるとかなんだろうけど、絵的にそれはどうなんだって感じだしな。
見せ方に嘘はあっても、やってることは嘘じゃないんだし良しとしよう。
騎士団の連中も「強化術式部隊」の連中もうれしそうだからいいだろう。
倒れ伏している連合国側の兵達にも続いて魔力補充を行う。
これで各国首脳に質問された際、自身の体験として語ることができる。
嘘じゃない証拠に、実際術式を使って見せることもできるしな。
しかし連合国兵士の夜とクレアを見る目がちょっと怖い。
嫉妬するというか、ここまで崇拝の視線だと正直ちょっとひく。
「神話」でバカやった獅子王カインを先祖に持つフィルリア連邦の連中や、クレア取り合って戦争起こした鉄血首相マーレイと清貧教皇アガトを先祖に持つ、バストニア共和国とアレスディア宋国の兵士たちは「傾国の美女」というものを目の当たりにしている訳だ。
うーん。
ますます自分の素顔を晒すハードルが高くなっていってる気がする。
模擬戦で相当度肝抜かねばブーイングもらうんじゃないだろうか。
一通りの騒ぎが収まったところで、夜が口を開く。
「この度の各国精鋭による模擬戦、大変すばらしいものでしたが、勝利をしたのはアラン騎士団長率いるウィンダリア皇国騎士団と、「強化術式部隊」となりました」
その後をついで、クレアが声を発する。
「勝者には酬いを、と我が主は仰られています。アラン騎士団長、前へ」
二人の美しい声に、先ほどまで建物が震えるほどの歓声を上げていた観客も静かに聴いている。
その中を緊張した面持ちで、アラン騎士団長が前に進み出る。
騎士団はアレスディア教会に祝福されて、その名と旗を戴く習わしだ。
アラン騎士団長へ商品を渡すのは、神子であるクレアが適任だろう。
クレアの前に膝を屈して平伏するアラン騎士団長は、当然兜を脱いでいる。
汗に光る禿頭。
若いから剃り上げてると思ってたら、天然なんだって。
その話題にふれると、笑顔が怖いので基本的に誰も触れない。
でも俺があるアイテムに思い至ってその話をすると、自分が何か手柄を上げれば必ず譲ってくれないかと真顔で言われた。
別に今すぐあげるよと言っても、頑として受け取らなかった。
騎士とはそういうものらしい。
それで今回の模擬戦の話が出た際、見ている全員の度肝を抜く圧勝を演出出来たら差し上げる、という話になっていたのだ。
彼は充分に任務をこなした、受け取るのにも抵抗はないだろう。
クレアから渡された小さな巻物を、まるで騎士叙勲の剣の如く恭しく受け取る。
そしてその場で即開く。
あのアイテムは――
ゲームである「F.D.O」を長期間プレイしていると、一定期間ごとに運営から「継続感謝アイテム」というものが送られてくる。
実際のゲーム攻略に役立つものではなく、ほとんどは家具やちょっとしたお笑いアイテム、運営のセンスの見せ所であるアクセサリーなど。
年単位でのものはさすがに豪華で、継続者にしか入手不可能な衣装やアクセサリーなどもあった。
その中で、毎月契約更新するだけで必ず一つもらえた「継続感謝アイテム」が、今クレアがアラン騎士団長に渡したものだ。
「F.D.O」はキャラクターメイキングがめちゃくちゃ凝っていて、課金要素も加えれば膨大なパターンの中からアバターを作り出すことができたが、一度生み出されたアバターを変更するサービスは意外なことに一切行っていなかった。
そりゃそうだ、あの頃からこっちの世界もあったとすれば、ある日突然容姿が激変した「宿者」が発生することになる。
そういった矛盾を発生させることはできなかったのだろう。
ただ例外はある。
そう、髪型と髪の色だ。
これは定期的に変えてもおかしいものではないし、逆にずっと変わらない方がおかしいとも言える。
ゆえに運営は月に一回、無償で髪型と髪色を変更できるアイテムを配信していたのだ。
スキンヘッドに設定していたプレイヤーキャラクターも、次の月には金髪ロングにすることが可能。
これを現実に当てはめると……
声にならない声が、「闘技場」全体と、皇都ハルモニア中に展開されている「映像窓」の前で湧き上がる。
それは歓声ではなく、唸るような声。
「――取り戻した! 私は取り戻したぞ!」
涙さえ流しながら、拳を振り上げるアラン騎士団長は――
――その本来のものであろう、豪奢な金髪を取り戻していた。
いやこうしてみるとほんとに男前なんだな、アラン騎士団長。
ちょっとびっくりした。
この後、このアイテムの扱いが「世界会議」の進行をかなり遅らせたのは世界に特秘されている。




