表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/117

第2話 神託

『もうまもなく……ですの?』


 今は遠く、宗教国家アレスディアの央都ファルス、アレスディア教中央教会の聖殿中央。

 何があっても即応可能な状態で、その瞬間に備えているクレアから声が届く。

 「神剣ヴァスフリーデ」と「神盾ククル」を構え、最強防具の一角である「神衣」シリーズに身を包んで仁王立ちしている姿を、()()()()()()()()に確認できる。


『そうですね、シン君が教えてくれた時間まで、あと少しってところです。具体的に言えば42分17秒後』


 その声に答えるのは世間が持つであろう「吸血鬼」のイメージをまったく感じさせない(ヨル)の声。


 夜は「吸血鬼」に()()()から取り戻した自らの居城、今は僕たちの拠点となっている「天空城(ユビエ・ウィスピール)」の玉座の横に立ち、もっとも強力な召喚獣である「七眼(ジ・)尾の黒獣(ベスティア)」を万全な状態で召喚済み。


 これも()()()()()()()()()かの如く掌握できる。


 ある条件下においてのみ、三人の中で僕だけが使える能力が二つあり、その一方である「三位一体」(トリニティ)がそれを可能にさせている。


 「三位一体」はもう一つの能力である「神の目」(デウス・オクルス)とは違い、目に見える現象は何もない。


 僕から夜、クレアへという一歩通行ではあるものの、文字通り三位一体を可能とする「同調」が可能なのだ。

 夜、クレアが見ているものが僕にも見え、夜、クレアの身体的感覚、視覚を含めた五感はすべて僕にも掌握できる。


 二人にしてみれば僕と「同調」していることははっきりと認識できるとのことだが、五感は当然自分のものだけ、行動も自分の意志で決定しており、僕に操作されているような感覚は皆無だそうだ。

 漠然と僕がどう動くか、どう動きたいかがわかるとのことで、反射的に連携を成立可能らしい。


 一方、僕の方はなんといえばこの感覚が伝わるだろうか。


 何度も二人に説明しているが正しく伝わったとは思えないため、自分がそうならないと完全に理解する事は無理なのかもしれない。

 自分自身、どうやって自分の頭が処理しているかはわからないのだが、まず視界は自分含めて三人分が何の違和感もなく展開される。

 僕から見た夜とクレア、夜から見た僕とクレア、クレアから見た僕と夜を、「僕の視界」として破綻なく認識できる。


 どういえばいいだろう、合わせ鏡を自分という障害物なしで覗き込んでるような感じといおうか。


 次に感覚だが、ダメージによる痛覚、疲労感、脈拍や体温といった、五感が伝えるあらゆる状態を自分の体が三つあるかのごとく把握することができる。

 把握できるのみではなく、自分はもちろんのこと夜、クレアともに、スキルや術式の発動も含めた行動すべてを自分のしたいようにコントロールできるのだ。


 単純に言えば能力・容姿の違う自分が三体あり、ひとつの意思でその三体を制御しているということになる。


 ここに乖離がある。


 先にも述べたが夜とクレアにとっては、自分の意志で行動決定しており操作されている感覚は皆無らしい。一方僕は全ての行動を僕の意志でコントロールしていると認識している。

 あり得ないレベルで僕のやりたいこと(やってほしいこと)と二人の行動判断が一致しているということであり、それを成立させることこそが「三位一体」の能力と言っていいだろう。

 

 初期こそ二人の意志を自分の好きなように操っている気がして後ろめたいものもあったが、あっけらかんと二人が「自分のやりたいこととと一致しているから問題ありません(わ)」と言ってのけてくれているので、今では気にしないことにしている。


 「三位一体」は、事戦闘においては阿吽の呼吸などというものではないレベルでの連携を可能にする。

 まあ僕の戦況判断が間違っていると、流れるように失敗するというお間抜けなことにもなる諸刃の剣ではあるが。

 戦闘を常とする僕たちとしてはメリットが多く、デメリットは問題視するほどではない。あえて言えば僕の主観意識が三人分のダメージを食らうことと、視界混乱くらいだがそれも慣れれば問題はない。


 明確な思考や感情は伝わらないとはいえ、二人からすれば自分の視界や感覚を覗き見られているような状態は問題あると思うのだが、


 夜曰く


「シン君だからいいのです」


 クレア曰く


我が主(マイ・マスター)が我が主である故に必然ですわ!」


 とのこと。


 意味がわからない。


 まあ、二人がそれで納得しているのならそれでいい。

 自分の能力であるとはいえ、自動的に発動して止める手段もないのだから仕方がないといえば仕方がないのだが。


 僕としては発動することはやむなしとしても、「三位一体」の効果レベルを、もっと完全に自分の意志で制御できたらいいのに、と思わないこともない。

 視界や感覚の同調のみといったが、ぼんやりではあるが感情や意志(言葉や思考ほど明確なものではない)が流れ込んでくることがあり、これは二人も何となく気づいていることと思う。


 戦闘直後や、野宿の見張り時、なんでもない日常のちょっとした瞬間。


 僕を視界の中心にとらえた夜やクレアの鼓動が速くなったり、体温が上昇したり、呼吸が乱れたり。おそらくはそういうことかなと思うし、ありがたいしうれしいと思いもするのだけれど。


 しかしちょっと考えてみてほしい。


 自分でも認めざるを得ないほど凡庸な容貌の自分を見ながら、ハアハアする自分。


 僕にとってはそうでしかないところが恐ろしい。


 その上そんな時に限って同調率が上がるのか、夜やクレアの感情とか意志が漏れ出してきて質が悪い。

 自分でも認めざるを得ないほど凡庸な容貌の自分を見ながら、精神的にも身体的にもハアハアドキドキする自分。

 いやそれが夜やクレアの本心とズレがないのだとしても、「三位一体」発動中の僕にとっては、自分が自分見てハアハアしてる現実には何の変りもない。


 正直よっぽどのナルシストじゃなきゃ、耐えられたもんじゃないと思う。


 その上戦闘時などは何の問題もないと仰るお二人だが、このようなシチュエーションで僕が気づいていると発覚した場合、ひどくお怒りになられる。


 僕にどうせよと。


 結果野宿の見張りの時などは、横になった自分を見つめながらハアハアしつつ、それに気づかず寝たふりを続けるわけです。


 それなんて拷問。


 大体、「三位一体」発動している状況だと、僕の意識は眠れないんだってば、僕にしてみれば三分の一の僕が常に起きてるようなものなんだし。


 これだけ長いこと一緒にいながら、それもお互いはっきりと気持ちも知りながら一線を越えない(越えられない)のは間違いなく「三位一体」の弊害だと思う。


 断じて僕がヘタレなせいではない。


 想像するだけでぞっとするだろ、ドキドキしながら自分で自分をうわあああ。


 ああ、深刻な状況下にも拘らず思考が盛大に逸れた。


 あ、夜が呆れたように微笑して、クレアがため息ついた。

 返事をしない僕を「またいつものことですね(わね)」とでも思っているのだろう。


『ただ待つとなると結構な時間だね』


『とはいえ、名前付(ネームド)魔物(モンスター)狩りよりはまだ幾分ましではありませんの?』


『ですね。まあやれるだけの準備はそれぞれやれたと思うので、おとなしくシン君が教えてくれた時間を待ちましょう』 


 まあそうするしかない。


 とりあえずもうひとつの能力である、「神の目(デウス・オクルス)」を使用する。


 同時に三人の目の前の空間に半透明の「窓」としか呼べないものが開く。


 そこには自分の名前、現在のジョブ、そのレベル及び戦闘特性とその数値が並び、別枠でおそらく自分を構成する各戦闘要素の数値が並び、また別枠で現在取得しているスキルとそのレベル、カスタマイズ状況とコネクト状況が表示される。

 自分が死に至るまでの体力、思い通りの動きが継続できる指標となるスタミナ、術式発動可能な上限を示す魔力量すら表示されている(戦闘時には自分の体力、スタミナ、魔力量は自動的に視界の邪魔にならないところに表示される)


 表示される数値はわかるが、それが何を表すかは理解できない。

 数値の左側に並ぶ文字が読めないのだ。


 各々の名前、ジョブ名、スキル名は読めるというのが不思議なところだけど、ジョブの変更やレベルアップに伴う変動、それが他でもない自分の行う戦闘に与える影響から、それぞれの数値が何を示しているのかはある程度把握できている。


 自分の状態を数値的かつ視覚的に把握できるというまさに神の如き能力といえるけど、「神の目」の真の能力は他にある。


 「窓」が何枚か重なっているように見える下部にはその重なっている「窓」がなんなのかを示す名称らしきものが書かれており、そこに意識を集中すれば視界に写っている「窓」が切り替わる。

 メイン以外、複数存在する「窓」では、本来ギルドか教会でなければ不可能とされているジョブチェンジどころか、いろんなジョブで得たスキルや術式、果ては戦闘特性や能力値までを現在のジョブに付与する事が可能となり、これをスキルカスタマイズと呼んでいる。


 また別の「窓」では現在のジョブが持つスキル、術式と、カスタマイズしたスキル、術式、能力値が表示され、それらを関連付けることで新たなスキルを生み出すことができる。


 これをスキルコネクトと呼ぶ。


 コネクトして生まれたスキル、術式は明るく表示され、そのために使われたスキルは暗く表示されて、その後のコネクトには使えなくなる。戦闘時に単体のスキル、術式として使用することは可能だ。


 これらの「窓」は、僕たちがある事件を解決した際に急に使えるようになった。

 スキルカスタマイズとスキルコネクトは入手後、僕たち三人の戦闘力を「英雄」と並び称されるレベルまで押し上げた。 


 これが僕たちに圧倒的な戦闘力を与えているももうひとつの能力、「神の目」である。


 「神の目」も「三位一体」と同じく僕、夜、クレアで共通の能力ではなく、僕の主観意識ではスキルを使った瞬間に三者それぞれの視界に、三者それぞれの「窓」が展開されるのだが、夜とクレアにはまったく見えないそうだ。

 戦闘時の簡易表示も見えていないのも確認済みだ。


 よって「三位一体」、「神の目」はあくまでも僕の能力であり、夜とクレアはその恩恵を受けている、というのが二人の共通認識らしい。

 一見納得いくようだが、それならばなぜこの二つの能力「三位一体」と「神の目」は夜とクレア、二人にしか使えないのかという疑問が残る。


 幾度かパーティーを組んだ二人以外の仲間にはこの二つの能力は発揮されなかったのだ。


 それを二人に問うても、「三位一体」のときとほぼ同じ返答しかないので参考にはならない。


 何よりも不思議なのはこの特殊な能力が使用可能なのは、ある条件下においてのみという事実だ。


 ある条件化というのは、「なにか」が宿っている時ということ。


 「なにか」というのはいかにも曖昧な表現だとは思うが、そうとしか言いようのないのも事実だ。

 「今日はちょっと調子がいい」とか「今なら今までできなかったこともできそうな気がする」とかいった曖昧なものではない。


 間違いなく「なにか」、特殊な能力を駆使するに足る「力」が宿っていると自覚できるのだ。


 不思議なもので、一度街などの安全地帯から魔物の存在する危険領域に出ると、再び安全地帯に帰還するまで「なにか」が去ってしまうことはほとんどない。

 稀にあったが、そのときはなぜか三人揃って出発した街で意識を取り戻した。

 街を出てから得たはずの経験値や素材はすべて失われていた。記憶はあるにもかかわらずだ。


 正直ちょっと怖い。


 結構な期間「宿る」ことがなく、街でぼーっと過ごさざるを得ない日々もたまにある。

 逆に街にいる時にも、宿っていることは多い。

 思えば街で宿っている時に限って僕たちは生産系スキル作業をしたり、共有市場での売り買いをやっていたような気がする。


 何かが宿ってないときはなぜか、能動的な行動を極力避けてしまう。


 宿っている時しかできないことが膨大にあり、宿っていない=できないことが多いときに魔物との戦闘に臨むのはかなり不利なので、すべての行動に影響を与えているのかもしれない。


 僕たちを含むそういう存在を、世間では人ならざる何者かが宿っているもの、「宿者(ハビトール)」と呼んで畏敬の念を持つ。


 世間はもちろんのこと、「宿者」同士であってもお互いの詳細を理解しているわけではないのだが、特別なカテゴリで分類されるほどに、その戦闘能力が突出している人物が、「宿者」と呼ばれるようになる。

 そう多くはない「宿者」達が自分について語る内容がすべて、「自分に何かが宿っている」という言い回しをすることから、そう名付けられたのだと考えられる。


 「宿者」の多くは冒険者や軍人として「民の身を護る」立場なので忌避されることはないのだが。


 いや、「宿者」である僕たち三人が世界の危機を救った今となっては、「英雄」の別名といった方が早いかもしれない。


 だからこそなのか、「三位一体」、「神の目」という、他の「宿者」にも見られない特殊な能力を駆使する僕に、女神アストレイア様は「神託」を下されたのだろう。


 世界から「宿者」を成立させていた「なにか」が失われること、それと同時に、もしかしたら世界が終わるかもしれないこと。


 具体的になにをせよとまでは託されていないが、僕たちはその神託で示された時刻を待っている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ