第33話 怒りの矛先
人の悪意。
それはただ単純に負の感情をぶつけるだけのものではなかった。
敬愛、憧憬、尊敬――歪んだ偏執。
間違いなく正と呼んでいい感情から生まれ、そして何らかの理由により、対極にたどり着いてしまうもの。
それは最初の想いが強ければ強いほど、反対の位置に届いてしまう。
人の尊厳を踏みにじるものは、そういったもの。
それこそが本物の「悪意」
「救世の英雄」、その筆頭であり「吸血姫夜」「神子クレア」を両翼に従える「英雄シン」の懐刀、親友、理解者など、数多の二つ名で呼び称されたダリューン。
異能の力を持たない市井の人々にとって、人としての能力のみで「英雄」と肩を並べたダリューンは、あるいは「救世の英雄」よりも憧れの対象であったかもしれない。
神と英雄が姿を消した世界を当初安定に導き、後に巧妙に制御された乱世に落とし込んだダリューンは、それでも多くの人々から尊敬と憧れの目で見られていた。
そのダリューンから直々に選ばれ、「救世連盟」の基礎を築いた千年前の有力者たちは、喜々としてダリューンの振るう指揮棒に従い、己の全能力を駆使して「英雄シンが叩き直したくなる」であろう、歪んだ世界の成立に尽力した。
その功績として与えられ、異能者――神と英雄を追う様に姿を消した、超常の力を持って「英雄」と肩を並べた者達――が、力なき存在である自分たちに敵対した際の切り札として聞かされた「もの」
それが「宿者の抜け殻」であった。
自身が超常の能力を持たず、舞台裏を支える配役であることに不満があった訳ではない。
「英雄」と並び立ち、世界の危機に立ち向かう異能者たちの装備や、食事や、移動を支える事こそが自らに出来ることで、誇りを持ってそれを遂行してきた。
だからと言って「超常の力を持つ」事に憧れなかった訳でもない。
英雄達の力も完全ではない。
どうしても届き切らず、その救いの手からこぼれてしまう者達は必ずいた。
そういった者達を目の当たりにしながら、自分自身では何もできない無力感。
無理を言っていることを頭では理解しながらも、完全ではない英雄に対する不満の想い。
何よりも、自分自身と自分の大切な者たちが英雄達の救いの手から零れ落ちた時、何もできない、守ってくれることを盲目的に信じ、祈るしかないと自覚することは、心の深い部分にほんのわずかな、だが戻しようもない歪みを生む。
これはなまじ英雄やそれと肩を並べる者たちと接点を持ち得るような、本当の意味で世界を運営することが可能な能力を持った者たちをこそ蝕んだ。
神と英雄が消え、混乱する世界を自分たちが救う。
超常の力で高みから救うのではなく、人としての力でこそできるやり方――力なきお互いが支えあって、世界をいい方向へ動かしてゆく――で一時の安定を得たことは、彼らの心の奥底にあった歪みを忘れさせるには十分な偉業だった。
そのまま、世界が落ち着いて行きさえすれば。
だがその安定した世界を、安定させた本人がひっくり返す。
ダリューンは「シン」ともう一度逢いたかっただけなんだろうが、有力者たちは盲目的にダリューンの指し示すことを信じた。
そうする事こそが、長期的に見て世界を安定させるために必要な事なのだと。
「英雄に守られるしかない」無力な自分を恥じたはずなのに、「偉大な指導者に言われるがまま動く」自分の万能感には疑問を持つことはなかったのだ。
そしてダリューンが用意した毒は、じわじわと、しかし確実に彼らを蝕んでいく。
ただの人間にすぎない自分たちが指し示す方向へ、世界が動く。
疑問を感じる者の方が多かった、差別思想があっさりと常識になる。
それを根幹に、あっという間に確立された奴隷制度。
忌むべきものであったはずの「戦争」を、自分たちが制御して「利益」を生み出すという背徳感。
そしてそれを糺す神も、英雄たる宿者も、自分たちでは太刀打ちできない異能者も今はもういない。
心の奥底にあったほんの小さな劣等感という歪みを巧みに操られ、彼らはその与えられた万能感に悪酔いするように、世界を自らの心の如く歪めていった。
おかしなことをしているという自覚はあった。
ただ今は絶対者であるダリューンの言うことに従っておけば、この万能感を失うことはない。
そしてそれを糺す存在はもういない。
糺しに来ることをこそ望んで、ダリューンが世界を歪めていることなど知らない彼らは、いつか疑問すら忘れて自分たちは特別なのだと錯覚、あるいは自己欺瞞した。
彼らを導いたダリューンが心から望んでいることをこそ、彼らは心から恐れた。
最初は小さな劣等感から始まった歪みは、今やダリューンの手腕により世界を呑みこみ、もはや後戻りのできない状況にまでなっている。
まだしも自分のやっていることに後ろめたさがなければ救われたのであろうが、彼らは愚かではないが故に、自分たちのやっていることの意味を正確に理解していた。
それを誤魔化すために、自分たちは「特別」なんだと、自分たちこそが神と英雄がいなくなった世界を正しく導いているんだと、自分にこそ言い聞かせていたのだ。
だって理解している。
神は赦さない。
英雄も赦さない。
異能者たちも赦してくれない。
「神」に罰されるなら素直に従おう。
「英雄」である「宿者」が我らを断罪するなら、首を差し出すことに否やはない。
何より憧れた彼らに、蔑みの目で見られるなら死んだ方がましだ。
だが、異能者達だけは。
自分たちと同じ「人」に生まれながら、神の気まぐれで超常の力を与えられ、いくら自分たちが憧れても、本当の意味で肩を並べることが叶わなかった「英雄」の横に立つことを許された者達。
そんなずっと「羨ましい」と心の中で思っていた相手に、
「お前たちがやったことを、神も英雄も赦しはしない」
と断罪されることは、認めることはできなかった。
どうしても。
そこへ差し出された「宿者の抜け殻」は、そんな彼らの最後に残った良心――神と英雄を崇拝する想い――を覆い隠す、無花果の葉となった。
憧れた「英雄」を穢し、嫉妬した異能者に抗する力を手に入れることで、神とも決別したのだ。
そうなれば人の堕落ははやい。
どこまでも己を正当化し、他者を蔑み、自ら進んでより堕してゆく。
何よりも「宿者の抜け殻」の扱い方が、それを後押しした。
自らの頭に装着する、ダリューンから渡された――下賜されたといった方が正確かもしれない――茨の冠を起動させると、自分の身体の感覚は消えうせ、同時に茨の冠に対応した「宿者の抜け殻」に意識が宿った状態で覚醒する。
それは自分の身体のように明確な感覚は伝えてはこないが、自分の意志で自由に動く程度のことは可能だった。
その「宿者の抜け殻」が本来持つスキルや術式を完全に駆使することはできなかったが、合一者本人が身に付けているスキルと合致した場合、その「宿者の抜け殻」が持つレベルで発動することができた。
何よりも現存するプレイヤーキャラクターの多くはレベル99カンストか、何らかの理由があって特定ジョブを一定レベルでとどめているものばかりだ。
ゲームとしての「F.D.O」が終わるときに、ログインしていたようなプレイヤーたちの分身なのだ、ある意味当たり前と言える。
それはレベル30差のシステムルールに基づき、この世界に生きる、普通の人々からの攻撃をすべて無効とする。
その上スキル、術式を一切使わなくとも、高レベル故のステータスが通常攻撃の一撃を普通の人にとっての必殺へと変える。
「宿者の抜け殻」を持つ者は、この世界のどんな屈強な戦士にも傷一つ受けることはなく、たとえ異能者が戻ってきたとしても返り討ちにするだけの力を手に入れたのだ。
使用するたびに発生する多少のデメリットなどは顧みられることすらなかった。
憧れていた「英雄」の身体を自分の物のように使い、あらゆる脅威からの安全を保障された彼らは、一層堕落した。
それでも初代、二代目あたりまではまだ敬意もあった。
しかし三代目に遷る頃には「宿者」に向けられていた敬意など爪の先程もなくなり、「力ある自家に伝わる自慢の家宝」程度の扱いに堕する。
ダリューンが何か仕掛けをしたのか、それともプレイヤーキャラクターに対する世界の加護が働いているのか、男娼や娼婦のように扱うことはできなかったが、逆にそのことが「敬い」を失った持ち主たちを、偏執的な行動に走らせる。
直接「抱く」ことが不可能なら、宿った状態で自分や誰かを抱けばいいのではないか。
これを思いついた最初の数人は、力の調整が上手くできないため、自らの意志で、自らの肉体を破壊して死んだ。
それならば宿った者同士でならば可能ではないのか。
これは感覚があいまいなため、そういう状態になれないことと、抱き合ったり口付けをしようとすると、彼らには読めない文字が空中に現れ、それ以上近づくことが不可能になった。
これはゲーム時代の「セクハラ防止機構」が働いたためだろう。
どうやっても直接的な行為が不可能だと理解すると、より歪んだ征服欲がより異常な行動をとらせるようになる。
宿っている間に服を脱ぎ、扇情的なポーズをとって貴族の間で見せ合う。
服を脱いだままで合一を解き、装飾品などでその身体を固定し、まるで鹿の剥製のように広間に飾って見世物にする。
自慰行為の対象として、思いつく限りの扱いを、時に複数で、衆目に晒すことさえやっている。
あくまで映像のような記憶として見ていながら、吐き気を催すほどだ。
よくここまでの事ができるものだと思う。
なぜか再生される記憶の中に、プレイヤーキャラクター自身のものがないのは救いなのか。
「俺」のフレンドとしての凜さんとは別に、シンの戦友としての凜さんの記憶もある。
そのさばさばとした性格だった彼女の、何らかの記憶を垣間見ることはできない。
それは救いと思っていいのかもしれない。
すべての「持ち主」がそんな風にプレイヤーキャラクターを扱っていたわけではもちろんない。
憧れ、崇拝し、自分たちの家を守り救ってくれる存在として、大事に、大切にしていた人の方が多いくらいだ。
また中には不気味がったり、本当に嫁や旦那にしようといろいろ考えていた人もいた。
でもそれはやっぱり「もの」として扱っている域を出ない。
初代の連中の気持ちもわからないでもない。
俺だって現代日本にいた時は、初代連中の足元にも及ばない凡人だった。
そういう存在に憧れ、並べないならいっそ壊し、穢してしまいたくなる気持ちが、まったく理解できないというほど清廉潔白な精神の持ち主ではない。
でもやっちまったら駄目だろう。
心の中でどう思おうが、それは自由だ。
だが、実際にやったことには報いがなければならない。
どんな理由があっても、今のこのプレイヤーキャラクターたちに対する扱いを許す理由にはならない。
許すつもりもない。
特に今現在の持ち主、少なくとも「凜」「エルノア」「イングウェイ」の現在の持ち主は殺す。
「救世連盟」のほかの持ち主どもも全員探し出して、やったことに応じた報いを受けさせる。
今俺が真っ先にやることはそれだ。
プレイヤーキャラクターたちの解放と、その報復。
それをしないうちには、この世界を冷静に見ることなんざ出来はしない。
それに、なあダリューン。
今もまだこの世界のどこかにいるなら待ってろよ。
もう半殺しにして笑って終われる線は踏み越えたぞ、お前。
やったことの報いは必ず受けさせる。
張本人のお前には必ずだ。
待ってろ。
断片的とはいえ、三人分の千年の歴史を一瞬で頭に叩き込まれたせいでくらくらする。
怒りのあまりくらくらしているのかもしれないが。
周りの動きはない、本当に一瞬の事だったんだな。
「シン君、しっかりしてください、今何がどうなってるんですか!?」
「我が主、状況を! ちゃんと「三位一体」は発動していますの?」
俺の居る場所にたどり着いた夜とクレアが声をかけてくる。
「三位一体」が発動していない状態で二人を見るのは新鮮だ。
当たり前の事なのに、ちゃんと俺とは別人として、俺の事を気遣ってくれていることに涙が出そうになる。
「返事してください、シン君!」
「……我が主」
ああ、やばいぼーっとしてたら二人が涙目になっている。
クレアの台詞にもあるように、二人も違和感を感じているのだろう。
本能的に異常事態、おそらく「三位一体」が解除されていることにも気付いている。
ああ、でもごめんな、二人を見たらまた怒りが強くなってきてどうにかなりそうなんだ。
今俺が見せられたような記憶を、もし二人にされていたらと想像するだけで、とりあえずここにいる三人の「持ち主」を八つ裂きにしたくなる。
「ごめん、「宿者」を道具のように言われてブチ切れたらなんか変な能力発動したみたい。それのせいか、ずっと発動してた「三位一体」は今停止してる」
「まさか戻りませんの?」
「まさかずっと、このままってことは……」
おかしいな、お互い。
便利な反面、困ったことも多い――特に夜やクレアにしてみれば一方的に自分の躰の調子や視界、時に大まかな感情まで俺に伝わることもある――「三位一体」なのに、無くなる思うと、不安な気持ちが先に来るなんてな。
「勘だけど、たぶん大丈夫。プレイヤーキャラクター、こっちでいう宿者の制御権を奪う……どう言ったらいいかな、一時的に、宿者がそう呼ばれる原因となった「宿るもの」、つまりシンにとっての「俺」の立場を、ほかの全プレイヤーキャラクターに拡大できる能力みたい。どうやったらいいかわからないけど、こっちを停止させたら「三位一体」は再起動するはず」
「わ、わからないのが問題ではありませんの!」
「いや、シン君さらっとすごいこと言ってますけど、今のシン君だとつまり、「宿者」であればだれでも支配下に置けるってことですよね? なんですかそれ、私やクレアとの「三位一体」を無制限に拡張したようなもんなんですか?」
夜が食いついた。
うんまあ興味があるのは解るけど、今は冷静に会話できる精神状態じゃないんだ、ごめん。
やるべきことを優先させてもらう。
「うん、詳しくは後で話すし、俺もよくわかってないから一緒に考察しよう。今はこの場を治めてしまうのを優先したい。ちょっと……いやだいぶ最初の予定と狂うけど、どうしてもやらなきゃならないことができたんでさ」
「宿者の扱いのことですか」
まあ、俺が血相変えて飛び出していった後の流れが見えてればだいたいわかるよな。
夜とクレアも、凜さんとは面識あったわけだし。
「ああ、すぐにでもここにいる二万五千全員を人質にして、「救世連盟」の本拠地へ「天空城」で殴りこむ。相手の出方次第によっては、人質全員殺すことも厭わない。それだけはすぐやらなくちゃいけない。協力してくれ」
「わかりました」
「了解ですわ、我が主」
二人に一切の躊躇がない。
たぶん俺が何に切れてるのか、ほぼ正確に理解してくれているんだろう。
「俺」の側の話は、夜とクレアにはわかりにくいものだろうに、「僕」の話と同じように大切にしてくれる。
感謝しなきゃな。
それだけにこの二人に危害を及ぼす可能性の一切は確実に摘み取る。
ダリューンが与えた茨の冠は一つ残さず破壊する。
夜とクレアが奪われる可能性が「三位一体」にあるのなら、今俺に宿っている力で夜とクレアを俺の完全な一部にしてしまってもいい。
ああ、だめだなんてこと考えてるんだ俺は。
それはプレイヤーキャラクターを物のように扱ったあいつらと、何も変わらない考え方じゃないか。
何のことはない、きれいごと言いながらも、どんな手段を使ってでも夜とクレアを奪われたくないだけか。
奪われる可能性を見せつけられて、それに恐怖して切れたのか、俺は。
いや、そうじゃない。
そういう部分があるのも認めるが、それだけじゃないはずだ。
俺は楽しく、夜とクレアと一緒に冒険して過ごしたいだけなんだ。
そのためにすべて捨ててこの世界に来たんだ。
そこを外したらすべてが無意味になる。
「シン君?」
「我が主?」
「いや、なんでもない。すぐ作業に入ろう」
俺がブチ切れて特攻している間に、夜とクレアは二万五千のすべてを無力化していた。
まあ夜の「猫多羅天」をもう一発撃つだけだから速攻だっただろう。
行動不能な全兵士を、悪いが適当に浮島の一つに隔離する。
場合によっては「救世連盟」の首都に、雨のように降り注いでもらおう。
別に恨みのある相手ではないが、「救世連盟」が俺の要求にこたえないなら問答無用で首都ごと磨り潰す。
まずやることは茨の冠の完全破壊で、次は茨の冠で支配されているプレイヤーキャラクターの救出だ。
それに必要なことなら何でもやる。
優先順位がぶれたらろくなことにならない。
要求に従うなら、ある特定の人たちを除いて無闇な殺生をする気は当然ないが。
ただ、間違いなくこの場にいる「持ち主」三人には、「救世連盟」首都に降ってもらう。
「持ち主」になれるくらいの身分だろうし、こっちが本気だと見せるためのいい道具だ。
さっき見た記憶でも、殺すことに一切の躊躇を覚えない。
家族が居ようが居まいが割とどうでもいい。
俺が赦せないと思う気持ちの方が重要だ。
「あのう、シン君?」
「ん?」
「さっきからめちゃくちゃ怖いんですけど、まだ怒ってます、か?」
「こ、怖がってなどいませんのよ? よ? ただ空気がちょっとびりびりしていると言いますか……」
「ああ、ごめん、怒ってる。ちょっと収まりそうにない。わかってるとは思うけど二人に対してじゃないから、流しといてくれるとありがたい」
「……しょうがないですね」
「りょ、了解ですわ」
俺が怒ってると二人が怖いのか?
いや違うな、俺だってそうだろう。
夜やクレアが本気で怒っていたら、俺だって心配なはずだ。
心配かけるのは悪いと思うけど、これはちょっとやることやり終えるまで収まりそうにない。
流れたメッセージによると「群体化」というらしい、「三位一体」とは似て非なる能力を使って、「凜」「エルノア」「イングウェイ」にそれぞれの「元持ち主」をここへ持ってこさせる。
うん、基本的にはそんなに「三位一体」と変わらないかな。
これが二桁、三桁になった時、俺の頭がどうなるかちょっと想像つかないが。
視界が一つ増えるだけでちょっと酔いそうだし、今。
俺たち三人の目の前に、それぞれ「持ち主」を抱えて戻ってきた「凜」「エルノア」「イングウェイ」の顔に表情はない。
まるで意志なき人形のようだ。
さばさばとしていながら人懐っこかった、凜さんの面影はどこにもない。
茨の冠を破壊して、俺の今の能力も解除すれば元に戻るのか、それともずっとこのままなのか、今は判断できない。
ごめんな、凜さんと、多分あったことくらいはあるんだろう、エルノアさんと、イングウェイさん。
解除の仕方がすぐには解らないから、しばらくこのままでいさせてください。
勝手に使うような真似は、今後は絶対しないから。
急ごう、この瞬間にも「持ち主」どもはのうのうと生きている。
全てが善人であればいいが、この場では三分の三が屑だった。
それを望むのは難しいだろう。
全ての行動を急ぐにこしたことはない。
今の俺の能力がある以上、脅威は何もないわけだし。
「えーと、もう一ついいですか」
呼び出した召喚獣に、二万五千の兵を運ばせながら、夜が再び質問してくる。
「ん?」
「それ、なんですか?」
夜が指差したのは、俺の頭の上。
そこには小さいが、間違いようのない「黒い竜」が浮いていた。
いつ現れたんだ、こいつ。
「……かわいいですわね」
クレアこういうの好きだっけ。
なんかちょっとだけ力抜けたよ、ありがとな。
たぶん今の能力に関係して出てきたんだろうな、こいつ。
まあ「天空城」に帰ってから詳しく調べよう。
「救世連盟」の首都まで移動する間、時間はあるだろうし。




