第28話 空中都市
部屋に顔を出したシルリア姫に、皇都ハルモニアの地下迷宮の話を一通り聞かれた後一眠りし、一夜明けてから俺達は「天空城」へ移動した。
シルリア姫は話を聞いて興奮状態になっていた。
なかなか寝なかったけど、子供に夜更かしさせてよかったんだろうか。
夜とクレアが可愛がって構うし、ウィンダリア皇国の人たちも何も言わないから、まあ良かったとしておこう。
フィオナもうれしそうだったし。
ただ油断すると、ウィンダリア皇国の意向として、今後俺達に同行させるとか言い出しかねないんで注意が必要だ。
ああまで素直でかわいらしいと、夜とクレアが承認しかねない。
自分の時とはずいぶん扱いが違うと、千十歳の第一皇女様はお冠だったが。
フィオナは当時から、ちょっと腹黒、いやなんでもない。
当初予定していたウィンダリア皇国騎士団と、俺達が選出した「強化術式部隊」への魔力の再補充を優先する予定だった。
だが双方ともアラン騎士団長の指揮の下、皇都ハルモニアに程近いフィールドで魔物狩りを行っており、守備隊以外は場内に居ないとの事なので後回しとなった。
まあ回復術式使いは居ないとはいえ、西サヴァル平原の非好戦的魔物相手であれば死者が出るとも考えにくい。
少なくとも一度補充した魔力が切れるまでは術式系スキルも使用可能な状態だし、「強化術式部隊」の支援術式もある。
全員最低でも1から2レベル上昇して、無事帰ってくるだろう。
地下迷宮で獲得した、「ポーションタンク:改」を渡せていればより安心だったのだが、言っても仕方がない。
まあアラン騎士団長は精神論で無茶するタイプでもなさそうだし、大丈夫だろう。
それよりもまずはこちらの準備だ。
「天空城」のことは、やはり「救世神話」で語られているだけあって誰もが知っており、シルリア姫はかなり連れて行って欲しそうであったが、丁重にお断りした。
今は俺の城だと言っていくれてはいるが、あれは本来、夜の居城だ。
クレア以外の「女性」を、勝手に連れて行くわけにはいかない。
……そういう「天空城」の由来も含めて、俺が妄想していた設定が、ほぼそのままこの世界の事実に置き換わっている事も、調べるべきことの一つだな。
創造神であるアストレイア様にさえ再会できればいろいろ解りそうだが、俺が知るゲームとしての「F.D.O」に、「天空城」が夜、というか「吸血鬼」の居城としての設定なんかなかった。
そもそも難易度が結構高めとはいえ、運営イベント時の特殊クエストで、複数のプレイヤーが入手可能なものだったわけだし。
だけどシンの記憶からすれば、「天空城」は夜の元居城であり、それは夜が吸血鬼として覚醒する際に、かなりの物語性を伴って判明している。
「天空城」を手に入れる出来事も、夜を中心としたものとして発生している。
そしてそれは、この世界において間違いなく事実なのだ。
夜やクレアは「俺」が妄想していたままの人物像どころか、俺の妄想を超えた人生を持っている。
シンは二人から話を聞くことで、断片的とはいえそれを知っている。
ゲームとして終わりを迎えた「F.D.O」とその世界。
それがどういう経緯を経て現実として存続し、そこに「俺」やシン、夜とクレアがどう関わっているのかを理解しておかないと、おちおち安心して三人での冒険生活も送れない。
そのための第一歩として、知らぬ間に経過した千年でおかしくなっている世界をまず安定させる。
「救世連盟」という、どうやら今のこの世界を支配している連中を、俺たちに都合がいいように動かさなければならない。
ダリューンが精力的に作り上げた、「これならシンが怒って戻ってくるかな?」という世界の仕組みはさすがたいしたもので、俺にとって胸糞悪いものに仕上がっている。
経済的な問題だのなんだのあるんだろうが、「人種差別」や「奴隷制度」ってのは問答無用でぶっ潰してやりたくなる。
そんなものは心の中で罵り合っているうちは好きにすればいいが、「世界の在り方」として存在しているのは気分が悪い。
それにどうせあれのことだ。
その時点で自分が出来るあらゆることを試してもなお望みが叶わなかった場合、次善の策を必ず取っている。
あれが、俺にもう一度逢えないことに絶望して、世を儚むなんて絶対にありえない。
この世界のどこかに必ず居る。
今回の「救世連盟」との戦いで、俺がこの世界に戻ってきたことを世界中に喧伝してやる。
そうなればあれはどこかからのこのこ現れて、あの胡散臭い微笑でのうのうと謝罪してくるだろう。
あれが作ったものだ、あれになら壊すも戻すもお手の物だろう。
そういう難しい問題は、あれにさせれば、問題は問題でなくなる。
本当の意味での責任は、そういう諸問題を全部片付けてから取らせればいい。
どうせその時には「世界に必要不可欠な立場」を固め上げているだろうから、必要であれば俺がぶっ飛ばしてもいい。
とにかく今回の戦いで、必ず吊り上げてやる。
そうじゃなければ、狂ってしまった世界の調整など俺だけの手には余る。
何らかの理由で、本格的に敵に回っていたら厄介なことになるが、まあそれはそうなったとき考えよう。
幸いにしてダリューンには戦闘力は皆無な事だし。
居場所さえ解れば、乗り込んでぶっ飛ばせば正気に戻るだろう。
それよりも万一、あっさり諦めてお亡くなりになってたら嫌だな。
やらかした事の後始末、全部俺達三人に丸投げ。
やりそうで怖くもある。
そもそもどこかにいるんなら、俺の世界への帰還もすでに把握してるんじゃないだろうか。
その場合は……
「シン君、悪い顔」
「あれのことは、深く考えるだけ無駄ですのよ。あったら一瞬で意識を刈り取って、考えるのはその後にしませんと、深みに嵌るだけですわ」
なに考えてるのかお見通しか。
確かにダリューンについてはクレアの言うとおりだろう。
とりあえず身動きできないようにしてから、考えればいい。
考えを切り替える。
すでに皇都ハルモニアから「天空城」へ、「帰還」を使用して、一瞬で移動完了している。
一定以上の高度に上昇しているため、防御機構は起動していない。
位置的にはウィンダリア皇国領内、西サヴァル平原の遥か上空だ。
相変わらずの絶景である。
「天空城」を「救世連盟」との戦いで有効利用するため、魔力の補充をしなければならない。
今のレベルであれば、それなりに時間をかけさえすれば、俺が想定している使い方をするくらいは問題なく補充可能なはずだ。
夜とクレアを伴って、玉座にある制御板のところへ急ぐ。
魔力の補充はそこからしかできない。
玉座にたどり着くと同時に、勝手に「神の目」が立ち上がった。
なんだ?
魔力補充は制御板側に操作窓が出て、そこで行うはずだが。
何で「神の目」が勝手に立ち上がったんだ。
メッセージ欄に何か表示されている。
『「制御ユニット:???」を使用しますか? YES/NO』
あ。
「クリム」がドロップした謎アイテム、「天空城」絡みのものだったのか。
これは使ってみるしかないだろう、悪い事が起こるとは考えにくいし。
何らかの「天空城」の機能が解放される鍵アイテムって訳だ。
視線で「YES」を選択する。
「シン君、どうかしましたか?」
「我が主?」
突然動きを止めた俺に、夜とクレアが声をかけてくる。
「神の目」が見えない二人にとって、俺が突然その操作や確認を始めた時は、いきなり俺がフリーズしたように映る。
ただ二人も慣れたもので、俺が何らかの情報を得た事を即時に理解したようだ。
「ああ、どうやら「クリム」がドロップしたあの謎アイテム、「天空城」絡みのものだったみたいだ。今確認メッセージ出てるから、とりあえず使用してみる」
「おや、何か新機能解放ですか」
「戦に備えて、幸先がよろしいですわね」
どんな機能が解放されるにせよ、まさかマイナス要素のものではあるまい。
これから行う「救世連盟」との戦いに有効利用できるものであれば、正直助かる。
『特定されていないアイテムですが、使用しますか? YES/NO』
特定されていないアイテムの場合、何か不都合があるんだろうか。
考えられるのは機能解放の方向性が定められていて、「ある制御ユニット」で、「ある機能」を解放した場合、それと異なる解放ツリーに存在する機能を解放できなくなるというパターンか。
まあ今は選択の余地があるわけでもないし、どんな機能でも無いよりはあったほうがいい状況だ。
「特定済みアイテムじゃないから、何の機能が解放されるかわからない。それを確認してくるってことは、このアイテムで何かの機能を解放すると、同階層の別の機能は解放できなくなる可能性高いけど、どうする?」
「ゴーで」
「我が主の判断に任せますわ」
念のため二人に確認してみるが、本当の城の主である夜は賛成、クレアは判断を任せるとの返答。
しかし夜軽いな、おい。
まあ、俺が「天空城」の持ち主、として扱っていることを理解しているので、クレアのように一任せず、自分の意見として応えてくれている。
そのあたりの阿吽の呼吸が気持ちいい。
二人の確認が取れたので、もう一度視線で「YES」を選択する。
『「制御ユニット:???」を使用します。「制御ユニット:???」特定完了。「制御ユニット:群島5(未設定)」を確認。使用承認確認。使用します』
え?
群島5(未設定)って何?
疑問を感じると同時に、地響きが聞こえ始める。
足元も僅かに振動している。
天空に居ながらにして地響きっていうのも、なんか変な感じがするな。
まあ「天空城」くらい馬鹿でかいと、地響きが起こってもそう不思議ではないけど。
地上からはるか上空に居るという事実が、そこで地震のようなものに晒されている事に強い恐怖を感じさせる。
情けないので表情に出さないよう努力するが。
夜、クレア、こっち見んな。
ビビッてなどいない。
「何がはじまりましたの?」
「シン君、「制御ユニット」は何だったんですか?」
「うん、群島5、未設定って表示された。その後のメッセージがまだ無いから、具体的には何なのかはわからない。でもこの地響きは、制御ユニット使ったからなのは間違いないと思う」
疑問に対する俺の答えを受けて、夜が中空に右手を振る。
それと同時に玉座の間の高い位置に、映像窓が複数展開される。
ほんとこの辺、ゲームが土台になってると便利だよなあ。
「逸失技術」で大概の事は可能になる。
現れた映像窓は五つ、群島5に符合する。
そこに映っている映像は、ちょっと想像を絶するものだった。
何もない空中から突如現れる岩や土が固まり、巨大な島となってゆく。
轟音を伴い、どこから出てくるのやら草木や水が浮島の上部を覆ってゆく。
なんかミニチュア版天地創造のようだな、これ。
「シン君、シン君、これ直接見ましょう、すごいすごい」
「は、派手ですわね。大丈夫ですのこれ?」
えらくハイテンションな夜に手を引かれ、三人で玉座の間から「天空城」の外縁部へ移動する。
城の外に出てからは、「念話」を使用しなければ声が聞こえないくらいの轟音だ。
『うわあ……』
『……絶景ですわね』
その二人の言葉に、俺も異論はない。
今は、出来上がりつつある浮き島に、その上空から膨大な量の水が降り注いでいる段階だ。
それなりに距離が離れているのでざっくりとしか解らないが、それぞれが本来の「天空城」を数倍した広さを持っている。
おそらく全長一km、幅はそれに少し足りないくらいか。
下部は無骨な岩肌、上部はほとんどが平地で、そこにはすでに草原や木々が定着している。
中央部分に切り立った丹霞地形が形成され、そこから水が地上に流れ落ち、川を形成して浮島の四方から空中へ流れ出している。
まさに幻想的な風景と言って、言い過ぎではないだろう。
夜もクレアも先の一言を最後に、口を開けて浮島が完成していく光景に見入っている。
口閉じなさい、ハシタナイ。
巨大な、自然を備えた天空の大地。
それがきっちり5つ、轟音を響かせながら、「天空城」を取り囲むように完成してゆく。
「これは……」
思わず念話ではなく、実際の声が出てしまう。
これが「群島5」という事だろう。
今俺達のいる「天空城」とあわせれば、現存する世界の各国家、その首都よりも巨大な空中都市が成立するんじゃないだろうか、これ。
空中帝国でも建国するか。
冗談でもそんな事をふと思ってしまう光景である。
いやこれらが「天空城」と連動して動くのであれば、これからやろうとしている「作戦」にはもってこいだ。
これ以上のハッタリはそうそうあるまい。
『シン君の作戦の為に、あつらえたような機能追加ですね』
『これに度肝を抜かれない人間などおりませんわね』
うん、俺もそう思う。
俺を含めた三人が、今やっと完成する段になるまで、呆然と口をあけて眺めるような光景だ。
今は空中に放出されるそれぞれの浮き島からの水が、太陽の光を反射して無数の虹を作り出している。
『「浮島:壱」から「浮島:伍」まで形成完了。各浮島の設定を行いますか? YES/NO』
轟音が収まり、浮島が完成すると同時に、「神の目」にメッセージが表示される。
各浮島に何らかの設定が可能なようだ。
「群島5(未設定)」となってたもんな、そういえば。
とりあえずこれはあとでじっくり話し合って決めよう、今は「NO」を選択しておく。
『「浮島:壱」から「浮島:伍」の設定を保留します。現状は未設定のまま「天空城」に追従モードに入ります』
そのメッセージを表示して、「神の目」は消えた。
さて思いのほかすさまじい機能拡張だったが、本来の作戦に変更はない。
予定通り「天空城」に魔力を充填して、準備を完了しなければならない。
はしゃぐ夜と、ちょっとびっくりが抜け切らないクレアをつれて玉座の間に戻る。
これ、「天空城」にお供ができた事によって、必要な補充魔力量が増えてたらどうしよう。
寝ないで補充するしかないなあ、これは。