第27話 抑止力
三十階層の転移装置を有効化し、皇城へ帰還する。
三十階層のボス、ゴーレム型の巨大魔獣である「クリム」を倒したことにより、俺のレベルは41に達し、夜とクレアのレベルも39に到達した。
やはりフィールドにおける名前付と同じ現象が、迷宮ボスにも発生しているのは間違いない。
「F.D.O」時代の知識どおりであれば、いくら隠し迷宮の大型ボスとはいえ、三人で倒すことが可能なレベルから、二桁近いレベルアップをすることなどありえない。
「クリム」はもともとレベル30前後の少人数パーティーでも充分討伐可能なボスだったのだ。
ドロップアイテムのことも含めて、何が影響してこのようになっているのかを調べる必要はある。
ただしそれは今じゃない。
今は間違いなく発生する「救世連盟」との戦いの対応が最優先だ。
それが落ち着けば、アストレイア様を探しつつ、フィオナによる当時の仲間達、自ら千年の時を超えるために姿を消した異能者達に会いに行く。
その際に、異能者達の話を聞くのも有効だろうし、アストレイア様に再会できればほとんどの問題の答はもらえるような気はするしな。
その答えが、そのまま解決になる保証はないが。
今回三十階層まで一気に駆け抜けて、確保したドロップアイテムは、強くはあるがやはり装備可能レベルがすごく高くなっているものばかりであった。
十階層のボスから「スペクタクルズ:改 装備可能レベル70 命中+50%」
アクセサリー枠で命中補正がものすごく上がる。
俺たちに遠距離物理メインはいないからあんまり意味ないな。
二十階層のボスから「ポーションタンク:改 装備可能レベル1 ハイポーション200個」
200個のハイポーションを供給可能な、これもアクセサリー枠の使いきりタイプのアイテムだ。
これはアラン騎士団長に進呈することに決定。
レベル10までのHPなら、即死していなければ完全に回復できるので、軍としては重宝するはず。
三十層のボス、初の巨大ボス「クリム」からは「制御ユニット:???」
意味が解らない。
「F.D.O」時代の知識にはないアイテムだ。
ゲームでの「クリム」は自律防御機能を持った外套である「幻影のケープ」をドロップした。
すでに三人分持っているが、装備可能レベルに届いていないのでまだ装備できない。
これはマントに仕込まれた「逸失技術」により、装備者に対する一定数値以下の攻撃を、自動的に防御する自律装置が展開される浪漫あふれるものだった。
これの「改」がドロップするかもと期待してたんだけどな。
ゲームではなく、現実となったこの世界で、他者からの攻撃を自動的に防御してくれる装備は重要だ。
気を抜いていれば弓や術式、もしくは「逸失技術」のひとつである「銃」などで狙撃され、命を落とす可能性は否定できない。
一定以上のレベルを持っていれば、一撃で死ぬことはないだろうが、自律防御系装備は優先して揃えたいところだ。
ともあれ最低限必要なレベルは確保できたし、万が一に備えての大技の試験もできた。
想定している最悪の状況であっても何とか対処は可能だろう。
まず妥当なところだろうな、と思っている状況であれば、制御を外れた戦乱を引き起こすことに対する、絶対的な抑止力として俺達が機能する事に成功できるだろう。
帰還したことを、地下迷宮の入り口を見張っている兵士に告げ、あてがわれた自分達の部屋へとりあえず戻る。
一休みした後も、やることは山積みだ。
兵士や「強化術式部隊」への魔力の再補充、それから一度「天空城」へ帰って運用可能状態まで、魔力を補給する必要がある。
「天空城」は「抑止力」として俺達が機能するための、重要な要素だ。
それでもまだ時間的な余裕があれば、ウィンダリア皇国軍のアラン騎士団長を含む、重要戦力のパワーレベリングに費やしてもいい。
まあ今日一日くらいはゆっくりしても良いだろう。
自分の部屋でくつろごうとしていると、左右の部屋から当然のように夜とクレアが俺の部屋に集合する。
城内の事は完全に把握できているのか、フィオナも念話で無事の帰還を喜んでくれた。
「挨拶に!」と張り切る皇帝以下、大臣大貴族の方々はフィオナが抑えてくれたらしい。
やっと一息つけるな。
シルリア姫だけはどうやらこちらに向かっているそうだが。
服を着替えたりなんだり、まだそれなりに時間がかかるらしい。
皇族の子女ってのは、何かと面倒なものだ。
「シン君、質問良いですか?」
「なに?」
豪奢なソファーに身体を沈め、クレアの入れてくれた紅茶――道具を一式借受はしたものの、城の侍女に入れさせることを、夜もクレアも認めなかった。毒入ってるわけでもあるまいに――を飲んでいると、夜が質問をしてくる。
「正直、地下迷宮に入る前のレベルでも「救世連盟」の軍を退けるくらい問題なかったと思うんですけど、急いだ理由を聞いてもいいですか?」
ああ、そういうことね。
確かに俺の態度は、焦っているといっていいものだった。
その結果として一気にレベルが上がったとはいえ、迷宮入り前と後で「絶対に負けることはない」という結果に変化はない。
にもかかわらず、今になって初めて、俺が余裕を持っているように見えることに対する疑問なわけだ。
『それは妾も気になりますね。アラン騎士団長を圧倒したあの時点でのシン兄様と夜お姉さま、クレアお姉さまだけでも、「救世連盟」が短期間で揃えられる兵力程度なら蹴散らせるでしょう。僭越ながら「天を喰らう鳳」である妾もおりますし。シン兄様が慌ててまで強くなろうとされた理由はなんですか?』
確かに勝ち負けで言うならその通りだろう。
敵を蹴散らし、一方的に勝利するだけならまず問題なく可能だ。
「あー。えっとな、今回は「天を喰らう鳳」の復活と、それに呼応したシルリア姫の脱出、それに対する制裁として「救世連盟」が出兵すると予想しているのはわかるよな?」
「我が主。私たちにもおつむはありますわ」
『世界を千年間管理してきた自負もあるでしょうし、他国に対する面子もあるでしょう。出兵しない可能性はありませんわね。一度兵を退けられているわけですし』
「そこに疑問はないですね」
さすがにここがわかってないなんて事はないよな。
まあそれに加えて、指導者層は「救世の英雄」――つまり俺達――の復活も把握しているだろう。
実際に「天空城」がアレスディア宋国に現れ、その日の内に「神子クレアの封印結晶」は失われている。
その上、シルリア姫追跡部隊の話をまじめに聞いていればまず疑う余地はない。
それを踏まえて俺たち三人の戦闘力強化を急いだ理由は二つある。
それをここにいる三人――フィオナは念話だし今現在、四象の一角である守護召喚獣だけどな――にはきちんと説明しておいたほうが良いだろう。
「ごめん。通常兵力であればまず負けないのは俺もそう思う。それでも急いだ理由のひとつはイレギュラーの存在と、その予想が当たった場合の対処能力を手に入れたかったから」
「イレギュラーですの?」
「私たちでも負ける可能性がある、何かがあるってことですか」
少なくともあの時点で、フィールドボス「アルク・ガルフ」を撃破可能だった自分達を、どうにかできる存在がいるかもしれないという事に納得いかない様子だ。
「ああ、うん。負けることはまずないと思ってる。もしそんな存在がいたら、ちょっとレベル上げたくらいだとどうしようもないしね。でもフィオナ?」
『なんでしょう』
「あのダリューンが、君達異能者が力を取り戻した場合に備えてないって思う?」
他でもない、当のフィオナから聞いたダリューンの話。
「救世連盟」を立ち上げたのは、あの恐るべき人物なのだ。
しかもその組織の役目は、「世界を引っ掻き回すこと」
自身に戦う力は皆無なくせに、敵に回ったと想定すれば誰よりも恐ろしい。
油断してかかると、こちらの行動をまるで見ているかのようなタイミングで、足元を掬われるはずだ。
『……考えにくいですね』
「それだよ。まず間違いなく力を取り戻した異能者たちに抗する力を、ダリューンは準備してる。あれが何の準備もなく「今力を失っているから未来永劫大丈夫」なんて判断を、自らが立ち上げる組織に許すはずがない」
「いわれてみればそうですわね」
「認めたくはありませんけど、完璧主義者でしたもんね」
ダリューンを直接知っている者にとって、俺のこの予想はけして大袈裟なものには聞こえるまい。
それだけの実績を、ダリューンは俺たちの味方として成し遂げてきた。
今そこに居ないからと言って、ダリューンが残した策が機能しないとは考えにくい。
「まあでも、今回その準備が出てくるとはあまり思ってないけどね。ダリューン本人が判断してるわけでもないし、千年後の指導者たちは異能者の実力なんて実感できてないだろう。フィオナが見逃した追跡隊の話を全部完全に信じたとしても、数と権威で押し切れると判断するんじゃないかな」
『そのあたりが妥当ですか』
一方で、ダリューンが直接指示できない影響は確実に出る。
それこそダリューンがいれば、最初の一戦に最大戦力をつぎ込んでくるのは間違いなく、こちらもその前提で動く必要があるが、彼らにとってだけとはいえ、千年の太平に慣れた現指導者にそこまでの苛烈さはあるまい。
まず間違い無く様子見と、上から目線の脅しとしてかかってくる。
まあダリューンがいた場合、俺の復活を察知した時点で平気で味方面してこちらに参戦しそうだが。
それで嬉々として自分が立ち上げた組織を壊滅させるんだろう。
「万一出てきても、ダリューンが対異能者用に準備した戦力なら、レベル30前後で使用可能になるスキル、さっき実験した「神罰代行」あたりならたぶん瞬殺できる。それ以上のものはさすがにダリューンでも用意できないだろうし、瞬殺可能であれば俺たち以外に被害が出るのも抑えられるしね」
「なるほど」
ダリューンとはいえ万能ではない。
一定レベルを超えた「宿者」に対抗可能なものなど、人の手に扱えるような形でこの世界には存在しないのだ。
それでも万一現指導者に隙や傲慢がなく、可能な全戦力で事に当たられた場合、ウィンダリア皇国の兵達に被害が出るのを止められないかもしれない。
それを防ぐ為に、イレギュラー戦力を瞬殺できるだけのレベルが必要だったのだ。
「もうひとつ、実はこっちのほうが重要なんだけど、俺達が完全な抑止力として機能するため」
「抑止力、ですの?」
今回、何よりも最優先でレベル上げを急いだ最大の理由はそれだ。
戦って負けるとは思っていないし、敵を退けるだけなら何の問題もない。
ただ各地で復活するであろう異能者達と、それを旗頭にしかねない各国が、ダリューンから「対異能者用」の戦闘手段を与えられている「救世連盟」と、俺たちの制御の利かない泥沼の戦乱を起こすのを止めなければならない。
どうやら俺達が復活したことで、世界は千年の停滞から再び動き出しているようだが、それに巻き込まれて本来必要ない被害を生み出すのは本意ではない。
どうしようもない事にまで万能ぶって責任を負う気は更々ないが、出来ることを放棄して要らん戦乱の犠牲者を生み出す気もない。
だから最初の一戦、まだ「救世連盟」とやらが寝ぼけているうちに強烈な一撃を叩き込む。
もはや「救世の英雄」の復活は間違いなく、それに刃向かう事はダリューンの残した戦力を使用してもなお無意味だと、本能で理解してもらう。
それには陳腐だが、圧倒的な力で敵の自信をなぎ払えばいい。
レベル差が30開けば、一切の攻撃は無効になる。
その意味では今回、「救世連盟」が動員してくれる兵力は多ければ多いほどいい。
おそらくダリューンが用意した何らかの手段を使わない代わりに、自分達の通常の力で用意できる兵力はブラフの意味も含めて、最大兵力を展開してくれると期待している。
それを俺たち三人だけで叩き潰す。
それもこっちには一切の被害がなく、その上相手にも被害を与えないような方法でだ。
「救世の英雄」の慈悲で命を助けられ、次に逆らったら有無を言わせずこの世から退場させられる。
それを充分に理解してもらった上で、無事に帰って宣伝してもらうわけだ。
そうすれば「救世連盟」の指導者達も迂闊な動きは取れないだろうし、異能者たちと連携する可能性のある国家郡も、ウィンダリア皇国とそれと共にある俺たちの動向を無視して動くことはなくなるだろう。
そういうハッタリにおあつらえむきの「天空城」もあるし、まずうまくいくはずだ。
いやうまくいかせる。
そうした上で、安心してアストレイア様の捜索や、昔なじみの連中に会いに行く。
そのあたりを具体策も含めて説明すると、三人は理解をしてくれた。
「シン君らしいといいますか……」
「さすが我が主。やさしさは重要ですのよ」
『なんか最終的にシン兄様が世界を統べる気がしてきましたわ』
あれ、なんか微妙な評価。
それに嫌だよフィオナ、世界の王様なんでめんどくさい。
俺は夜とクレアと、楽しく冒険しながら暮らせたらそれで良いんだ。
そのために必要なことは、骨惜しみしないでするけどね。
さて、一休みしたら「天空城」へ行って準備。
それが終われば、できることから順番にやっていこう。
「救世連盟」の動きが早ければ、もうそんなに時間も残ってないだろうしな。




