第26話 巨大魔獣
やるべきお約束はきっちりこなしたし、後は早急にレベル上げだ。
やれ昼食会だの、夜会だのと言い出した貴族様達はいるにはいたが、目の前でウィンダリア皇国の最強戦力を、鎧袖一触で打ち破った俺の固辞に食い下がるものはさすがにいなかった。
ただ迷宮に潜る前に、やっておくべきいくつかの事があった。
正規軍すべての閲兵と、その際に「調べる」を使用してそれぞれのジョブの把握だ。
それと「術式」が事実上使用不可能になった千年の歴史の中で、消えざるを得なかった「術士」候補の選出。
本来「術士」は攻撃、防御、強化、敵弱体など必要な方向は無数にあるのだが、今は強化に特化して選出した。
正規軍はもちろん、城仕えの人たちみんなに「調べる」を使用し、なんとか百人程の「強化術式使い」を選出できた。
当然「三位一体」を使用して、俺、夜、クレアの三人で一気に行ったわけだが、予想に反して俺のところに並びたがる人が多くて、ちょっとびっくりした。
騎士団長を倒したという話のせいだろう、筋骨隆々な正規兵が俺のところに並び、侍女をはじめとした女性陣は夜、クレアの列に並んだのが、どうにも納得いかないが。
双方の共通点は、憧れに似た光をその瞳に宿していることだ。
ええい、逆ならまだ納得もできるが、なんだこの状況。
まあ逆なら三人とも、要らんストレスためる可能性が高いからこれで良いのか。
いい年した男に「握手してください」って言われてもなあ……
なぜかその様子を、熱い眼差しで見つめるシルリア姫がちょっと不安だ。
クレアに何か吹き込まれたのかもしれん。
ともあれ、そうして出来上がったリストをアラン騎士団長とその麾下参謀、特に組織編制を担当する人たちに提供する。
魔力が失われた現在の世界で、自分のジョブと使用可能なスキルを完全に把握できている人は、ほとんどいないといっていいはずだ。
アラン騎士団長クラスなら、国家を代表する戦力ということも有り、アレスディア宋国の神官による「識別スキル」を受けるだろうから、スタミナ系スキル、使えないにしても術式系スキルも掌握していたのだと思われる。
だからこそ、先の模擬戦――あくまでも模擬戦だ、他の何ものでもない――で、急に魔力を補充された際に即、「聖なる加護」を使用できたんだろう。
他の一般兵士、おそらくは部隊長クラスまでは、そうも行かないだろうと思う。
「F.D.O」というゲームを基礎とするこの世界において、スキルの発動は詠唱でも技名呼び上げでもなく、その発動に対する意思だ。
故に自分が何のスキルを持っているかわからなければ、発動させることもできない。
プレイヤーなら、レベルアップやスキル獲得時にログが流れるが、「神の目」を持たない一般の人たちに、それを見ることは不可能だしな。
魔力、つまりMPの回復を「聖女クレアの封印結晶」に頼っていたアレスディアの神官による「識別」が、無償であったわけがない。
よって重要な役職、地位にいる人、もしくは逸脱した実力を持つ人以外は、現在においては自分のジョブが何なのか、レベルはいくつなのか、使用可能なスキルは何なのかを、正確に把握できてはいないと見て間違いないはずだ。
当然各種戦闘スキルを発動できた人たちは兵士として出世するので、自分達でいろいろ試してはいるだろうが、強い確信を持たなければ、発動に失敗している場合が多いはずだ。
完全に自分が使用可能なスキルと知っていてさえ、慌てている状況下では「失敗」することもあるくらいなのだ。
半信半疑でやろうとしても「失敗」し、結果何らかのペナルティをくらえば試すこともなくなる。
そうして、せっかく正規軍としての訓練や迷宮探索でレベルを上げても、ステータスが優秀なだけの、スキルを使えない兵士になってしまっている者が多いと予想しての、閲兵だったわけだ。
これは「ゲームが基礎にある世界」というものを、「俺」という現代日本のへヴィゲーマーとして捉えた上での予想なので、まずはずさない自信があった。
聞いてみれば案の定だったわけだ。
お約束というのは、基本の部分ではずすことは少ないのだ。
このリストによって、アラン団長と参謀さんたちは、自分達の兵がどんな状態で、どんなスキルを使用可能かを完全に掌握して編成することができる。
これは戦力として組織を編成する上で、圧倒的なアドバンテージとなる。
兵士達も、「神話の英雄」から伝えられた事に疑問を持つものは少ない。
何より否定的な情報ではなく、「君たち実はこんなスキルが使えるんですよ」という、肯定的な情報なのだ。
疑うというよりも、信じたいと思うのが人間の心理だ。
事実、スキルの発動に成功する者が数人出れば、あとは速いものだった。
それに加えて、全員に魔力補充を行っている。
相当な人数とはいえ、すべてがレベル5に達していない程度なので、自動回復しつつ行えばそう大した労力でもなかった。
これは俺達が迷宮から帰ってくるまでに、必ず全員使い切っておくように伝えている。
スキル、術式とも自分で一度でも発動できていないと、実戦で使う事は覚束ない。
今回は通常兵力でぶつかることは想定していないが、想定外のことが発生して泥沼の実戦になった場合のことも考えて、準備しておくに越したことはない。
俺達が帰ってくるまで魔力補充が不可能なので使い切りだが、それでも感覚くらいはつかめるだろう。
これは別途編成した、百人の「強化術式部隊」にも同じことを伝えている。
実際に「救世連盟」の兵力と対峙するまでに、「失敗」しない程度になっていてくれれば、それでいい。
アラン団長は準備を進めつつ、可能な限り経験もつませるつもりのようだが。
無理はしないと信じておく。
そういった自分達以外の準備も済ませ、俺たちは皇都ハルモニア地下の迷宮に突入した。
本来であれば姫騎士であるシルリア姫や、有望な回復術者、前衛職の人なんかとパーティーを組み、パワーレベリングも兼ねたいところだが、今回は全体的な効率より、俺、夜、クレアのレベルを可能な限りはやく、可能な限り高く持って行くことを最優先としたため断念した。
フィオナやシルリア、何人かの部隊長クラスが付いて来たそうにしていたが、また今度な。
シルリア姫はいろんな意味で一度、ご一緒しないといけないっぽいしな、主に政略的な意味合いで。
そうして、今に至る。
「クレア!」
「問題ありませんわ!」
キキキキキキキィン!
敵巨大魔獣「クリム」が連続で発動した、攻撃術式「魔力の矢」が、クレアの展開した防御術式に阻まれて金属音を連続させる。
「クリム」は皇都ハルモニアの地下迷宮で最初に出てくる、巨大魔獣型ボスだ。
地下三十階層、その最奥にボスとして存在している。
ゴーレム系の巨大魔獣。
生き物ではなく古代文明――便利な設定だよまったく――の魔道機械、俺の目からは自律して動く巨大ロボットにしか見えない。
所謂「逸失技術」の塊って訳だ。
問題はその巨大さで、どのくらい巨大かといえば……
「シン君!」
「見えてる、サンクス!」
夜の目には、肩に乗っている俺に向かって打ち込まれる尻尾部分――蛇腹状になった、えらくカッコイイが何のために付いてるんだこれ、バランサーにしちゃ自在に動きすぎだろ――が映っている。
クレアに向かって撃ち出された「魔力の矢」に反応していた俺からは死角だが、「三位一体」が発動している俺にとって、夜、クレアが捉えている以上死角にはなりえない。
後を確認することもなく、肩から「クリム」の膝を利用してクレアのところまで「瞬脚」で移動する。
……つまり俺が肩に乗って、その部分にあった「大型魔力放出装置」らしきものをぶっ壊せるくらいの大きさを持っているということだ。
ざっと10メートルくらいの全長と、その七割くらいの幅、その割には貧弱に見える足元。
ゲームのときにも馬鹿でかいとは思っていたが、実際に見るとちょっと腰が引けるくらいの迫力だ。
見た目に反して、術式系の攻撃を得意としているので助かるが、このスケールで、全長と同じくらいの武器とか振り回されたら、シンはともかく「俺」がブルって硬直してしまうかもしれん。
フィールドボスの「アルク・ガルフ」が平気だったから大丈夫かと思ったが、結構怖いわ巨大ボス。
とはいえはやくなれないと、こんな程度ではないスケールの敵もいるしな。
内心びびりながらも、シンの身体に染み付いた動きは「俺」であっても百戦錬磨の動きを可能にしてくれる。
その上「俺」にはゲームとしての「クリム」の挙動、その前兆や隙、弱点に至るまで完全な知識があるし、ここに至るまでに充分レベルも上げたので、まず負けることはないはずだ。
準備を整えて皇都ハルモニアの地下迷宮に突入した俺たち三人は、ものすごいペースで狩りを行った。
すでにレベル20を超えていたこともあり、二十階層まではモブ、ボス共にまるで問題にはならず、順調な育成の糧になってもらった。
二十階層を超えてからは、一戦闘ごとにそれなりに時間もかかり、万一リンクした場合厄介なので慎重に進んだが、それでも三人での連携を確かめつつレベルを上げることができた。
三十階層に到達した時点で、当面の目標であったレベル30には達しており、その時点で対多数用に特化されたスキルも使用可能になっているし、40近くまで上げてしまえば、レベル格差によるノーダメージ現象を、「救世連盟」の戦力に対して発現させられるようになるはずだ。
「天空城」の本格運用には少し足りないが、ブラフのために使うくらいなら何とかなるだろう。
通常のフィールドボスであった「アルク・ガルフ」とは違い、迷宮ボスである十階層、二十階層のボスでは、名前付「アートレータ・エールカ」と同じ現象が起こっていた。
すなわち、俺の知識から比べて妙に多い経験値の獲得と、ゲーム時代から別物レベルで強化されたアイテムをドロップしている。
せっかくのアイテムも「アートレータ・エールカ」の場合と同じで、装備可能レベルが高すぎるため今は意味がなかったが。
というわけでおそらく、三十階層のボスであり、初の巨大魔獣である「クリム」を倒せば、当面問題ないレベルに到達できると見なしているわけだ。
今のレベルからして、ワンミスで即死はありえないし、敵の最大攻撃力である両肩の「大型魔力放出装置」は潰した。
メイン盾が機能しなくなるのはちょっと怖いが、レベル30で使用可能になった大技も試しておきたいし、勝負をかけよう。
「夜!」
「はいさ」
軽快だね、返事。
育成に入ってレベルを取り戻すにつれ、夜とクレアは絶好調だ。
「強くある」ってことはやっぱり重要なんだなと思う。
ともあれ、俺の一言で、俺が何をやりたいかを完全に理解して行動を起こす。
「三位一体」を通して、俺が夜やクレアを直接操作する場合も、その行動が夜とクレアのしたい行動と僅かのずれもないというのは、未だにピンと来ない。
特に意識していないときの行動は、運営が提供していた複垢サポートツールに従ってるようなものかな、と漠然と理解している。
だけど二人に対して、もう二体ある俺の身体、ある意味複垢として正しい使い方を行使する場合、俺にとっては本当に別の自分の身体を動かしている感覚なのに、二人もそう動こうとして結果が一致するってのはどういう仕組みなんだかな。
夜とクレアの思考を読んでみたい気分になる。
一度そう言ったら、夜とクレアも同じことを俺に対して思っているようだ。
クレアと試したいスキル発動の時間を稼ぐため、夜がレベル30で使用可能になった対多数用召喚獣、「猫多羅天」を発動する。
ひょこ、っと夜の足元に現れた、僅かに雷を帯びた黒猫が「クリム」に向かってトコトコと走り出す。
一撃くらったら消し飛んで終わりそうだが、この召喚獣の真髄は「数」である。
一歩進むごとに、一匹が二匹に、二匹が四匹に、四匹が八匹に増えてゆく。
ゲーム的に言えば、その一匹一匹が敵のターゲットを奪うくらいのヘイトを持っており、敵は、「猫多羅天」を完全に排除するまでプレイヤーをターゲットできない。
まあそれはプレイヤー側から、「猫多羅天」の持つヘイトを超える行動を起こさない限りにおいてだが。
その攻撃力は高が知れたものだが、個体単位で充分すばやく、攻撃を受けた際結構な確率で雷による状態異常を付与する、対人戦では相当嫌われた召喚獣だ。
気の抜けた「うにゃあああ」という声がボス部屋に響き、今の夜のレベルでも充分数え切れない数に増えた黒猫たちが、時計回りにクリムの周りを走り出す。
ほとんどダメージにならない雷撃を時折飛ばしながら、「クリム」の攻撃をひきつけてくれている。
「シン君、どうぞ」
「助かる。クレア!」
夜の時間稼ぎが完全に機能しているのを確認したうえで、クレアに声をかける。
クレアは常の盾を構える姿ではなく、自然体ですこし空中に浮いていた。
「神子」が神の力を顕現させる際に発生する、「浮遊」現象だ。
それと同時に封印結界でも少し現れていた、神子がその力を全力で発揮するときに現れる「光輪」が完全な形で、強い光を放って発現している。
僅かに開いた金の瞳と、広がる金髪と相まって、天使が顕現しているような光景だ。
今試そうとしているスキルは、俺とクレアの合わせ技、「神子」としてのクレアが「己の主」と認めた相手とだけ発動可能な、まあ身も蓋もない言い方をすれば「複垢専用」といってもいい強力なスキルだ。
神の力を宿した「神子」と、その主が一時的に合一して発動する、強烈なスキル「神罰代行」である。
このスキルは発動後極短い一定時間、すべての攻撃が強烈な雷属性を持ち、圧倒的な攻撃力を得る。
通常攻撃もその対象となるが、普通は合一者が持つ最大のスキルに「神罰代行」を乗せて打ち込むという、レイドボスなど難敵のとどめに使用される事が多い。
その場合はその時点で「神罰代行」は解除されるが、プレイヤー二人分の硬直とクーリングを加味しても、充分すぎるダメージを叩き出す。
「我が主」
「頼む」
神掛かった状態のクレアの声に答えると同時、空中に浮いていたクレアが俺の身体に重なる。
身につけていた武器防具はクレアのストレージ空間に格納され、光に包まれたクレアの身体が物理的に俺の体と融合していく。
これ気持ちよくて、ちょっと困るんだよな。
くすぐったいのを堪えるような快感に包まれながら、「俺」の身体と「クレア」の身体がひとつになってゆく。
「三位一体」のおかげで俺の身体の感覚も、クレアの身体の感覚も、同時に俺の意識に届いている。
それが完全に「一つの身体」の感覚になった瞬間が、「神罰代行」の完全発動だ。
俺の目に映る、少し羨ましそうな表情の夜の目には、合一した俺とクレアの姿が映っている。
金の左目、黒の右目の「黒金妖眼」
少し長めなだけだった黒髪は、クレアのもののように金の長髪になっている。
顔は、俺のものでもクレアのものでもない、絶世の……
ここだけは、俺とクレア足して二で割ってるようなもんだから、クレア単体のほうが綺麗なんだよな。
くそう。
どうあれ、いつ見ても厨二病全開、ただし俺は結構好きな姿になっている。
頭上に浮いている「光輪」が圧倒的な厨二力を如何なく発揮している。
後は、今の俺の最強スキルを発動するだけだ。
レベル30に到達しても、対単体の最強スキルは相変わらず「累瞬撃・雷」であることは変わらない。
代わり映えしないが、「神罰代行」の雷属性との相乗効果が望めるので、悪い選択ではない。
「黒金妖眼」の黒目のほうで、ロックオンカーソルを「クリム」に重ねてゆく。
夜の召喚した、「猫多羅天」はまだ半数以上が健在で、充分「クリム」のターゲットを奪ってくれている。
ロックオン完了、同時に発動。
一瞬で「クリム」への間合いをつめ、多重魔法陣を消費しながら、刹那の時間で無数の攻撃を「クリム」の巨体へ叩き込む。
レベルが上がったことにより、現在の最大ロックオン数は57に達している。
「神罰代行」の与えてくれる膨大な攻撃力と雷属性のおかげで、単体の「累瞬撃・雷」の場合はバチチチチと響く効果音は、一撃一撃が落雷のごとく鈍い低音で、それが連続するという現実ではちょっと聞くことのない音の連続になっている。
太鼓の連打みたい。
あ、夜が耳押さえてる、うるさいよな確かに。
一撃を当てるたびに、「クリム」の巨大な体がその部分を中心に半径30cm分くらい消し飛ぶ。
「累瞬撃・雷」の全攻撃が完了したときには、「クリム」の巨体は、そのまま巨大な穴あきチーズのようになって、轟音と共に崩れ落ちた。
それと同時に「神罰代行」も完了し、俺はいつも通りのさえない俺に戻る。
予想通り一撃だったな。
まあそれまでに結構なダメージを与えてもいたわけだが。
両肩の「大型魔力放出装置」も潰してたしな。
ともあれこれで、目標のレベルにほぼほぼ到達できたはずだ。
十階層毎にある地上への転送装置を有効化すれば、即行き来できるようになるし、一旦帰還することにしよう。
何個か出ていたドロップアイテムの確認も帰ってからすればいい。
「あのう、我が主。ふ、服をお願いですのよ?」
ああ、「三位一体」が伝えてくる、再び俺とクレアに別れたクレアの視線が、低い位置から俺の背中に向かって声をかけてくる。
振り返っちゃいけません。
夜もクレアのほう見ちゃいけません。
……俺が見てることになるだろ!
「神罰代行」の最大の問題点は、発動完了後、元に戻る時だ。
俺のほうは平気なんだが、クレアのほうは合一の際すべての装備が外れることの影響で、素っ裸になってしまうんだよな。
人の目がある戦場では使えない、断じて。
今も自身の両手で、大事なところを隠してしゃがみこんでいる。
これでは自分で服を出すこともできないのも解る。
「そうですね。クレアの場合素っ裸でシン君と向き合う機会、結構あるんでした。忘れてましたね」
「そういうのはいいから、服をくださいませんの!?」
ああもう。
俺はけして振り向かないようにしながら、ストレージから出した適当な服をクレアのほうへ向かって放り投げた。
とにかく一旦帰還しよう。
疲れた。




