第25話 絶異
騎士団長は予想通り、実戦を知っている戦士だった。
魔力がないため使えないと知りつつも、己のスキル、すなわち「正騎士:Lv9」に使用可能なものは全て掌握していたようだ。
イレギュラーな事態によって魔力が充填された状況下で、実際には使用したことはないにもかかわらず――魔力が失われている今の世界では使用できない――「正騎士:Lv9」が使用可能な魔力使用系強化スキル、「聖なる加護」を躊躇うことなく発動させる。
「正騎士:Lv9」の魔力量、ゲームらしくいうならMP量では、「聖なる加護」を一度発動すると、ほぼ完全に枯渇する。
ただしそれを代償に、一定時間、すべてのステータスが上昇する。
これはレベル一桁の、本来近接戦闘系ジョブが持つスキルの中ではかなり使い勝手のいい部類だ。
中途半端な攻撃術式などで魔力を消耗するよりは、よほど効果的であるといえる。
使い慣れない術式系であっても、発動してしまえば「いつも通りの自分が圧倒的に強化される」だけなので、スキルに振り回されることもない。
「聖なる加護」発動と同時に、騎士団長殿の体全体が金色のエフェクトに包まれる。
相変わらず剣系近接職のエフェクトは派手だな。
ファンタジー系ゲームの花形であるからには、優遇処置もやむなしか。
魔力が失われたこの世界の、通常の戦闘では見ることのできない術式系エフェクトに、結界の外にいる観客達から感嘆の声が上がる。
わかるよ、派手だもんな。
ある意味ではこの時点で、目的を果たしているとも言える。
俺達が本物であろうがなかろうが、アレスディア宋国の神官が「聖女クレアの封印結晶」を用いてやっと可能としていた「術式の使用」、すなわち魔力の補充が可能であることを証明完了したわけだ。
これが戦力にどれだけのアドバンテージを与えるかを理解できない者は居ないだろう。
使いきりであるとはいえ、術式使用可能な軍と、そうでないものがぶつかれば、多少の数的有利や装備の格差なんかは無いも同然どころか、簡単にひっくり返される。。
それだけ「術式」が戦いに与える影響は大きいのだ。
ただせっかくの機会だ、「絶異した力」っていうのがどういうものかを、理解しておいてもらおう。
そういう力を持った敵と対峙したとき、逃げるという判断をするためには、どれだけ絶望的な差があるかを理解しておく必要があるのだ。
ただの人から見れば、雷光のような速度で騎士団長殿が斬りかかって来る。
油断なく、ただ力任せに斬りかかるだけではなく、スタミナ系近接剣スキル「パワースラッシュ」を発動した上でだ。
「聖なる加護」の効果で特筆すべきは、単純な攻撃力、防御力の上昇ではなく、動きの敏捷化と、それを制御可能な思考速度の上昇だ。
俺の「瞬脚」に、ステータス上昇も加えられたようなものと言えばいいか。
ただの兵士であれば、自分に何が起こったか理解できないまま斬り捨てられるほどの「速度」
これこそが兵士同士の戦闘、特に多数の格下を制圧する際には著しく効果を発揮する。
だがプレイヤーキャラクター――この世界での呼び名なら「宿者」――を敵に回しての攻撃としては、脆弱に過ぎる。
「聖なる加護」が使い勝手のいい強化系スキルであることに間違いはないし、その発動状態で繰り出される「パワースラッシュ」は、どんな重装兵でも粉砕するだろう。
人が活動領域としているフィールド限定であれば、大体の魔物も一撃で屠って見せるはずだ。
が、言い換えればその程度に過ぎない。
優良スキルとはいえ、初めて発動した「聖なる加護」そのもののスキルレベルは低いままだし、どうやらレベル上限まで鍛え上げられている「パワースラッシュ」も、言ってしまえばレベル9の上限値程度のものだ。
それでもまだ相手が同レベルであれば相性、駆引きで勝負は揺らぐのだろうが、残念ながら俺のレベルはフィールドボスである「アルク・ガルフ」戦を経て20を超えている。
さすがにまったくダメージを受けない事はないだろうが、極論、騎士団長殿のスタミナが尽きて動けなくなるまで突っ立っていたところでHPを削りきられることはないだろう。
レベル20とレベル9の差は、かくも残酷だ。
痛いのは痛いし、それやると化け物呼ばわりされるのはよく知っているのでやらないが。
特に何のスキルも発動していない俺の動きは、騎士団長殿から見れば止まっているようなものだろう。
実際一度まわりこんでから斬りかかって来るその姿は、俺の目には捉えられてはいない。
たとえ今からそちらを振り向こうとしても、相手の剣が俺を斬り裂くほうが速いだろう。
だが結界の外にいる、夜とクレアの目にはスローモーションのようにその動きは捉えられており、当然それは「三位一体」がある以上、俺が捉えていることと変わらない。
ちょっと卑怯くさいかもしれないが、まあ今のところ自分の意志で「三位一体」の発動をコントロールすることは不可能だし、見えてしまうものは仕方がない。
別に夜とクレアのスキル使って介入するわけでもないしな。
俺の斜め後から、「パワースラッシュ」で斬りかかって来ていた騎士団長が、弾かれたようにスキルをキャンセルして、横方向に飛びすざる。
お、気付くか、すごいな。
そのまま突っ込んできてればちょっとグロいことになって決着だったんだが、大したものだ。
何が起こったかわかるはずもない観客達がざわめいている。
そりゃそうだ、棒立ちの俺にものすごい勢いで斬りかかった騎士団長が、俺が特段何かしたわけでもないのに大きく飛び退いて、構えなおしているのだ。
訳がわかるまい。
「どうしました、完全に死角からの攻撃だったでしょう? スキルの効果もそう長くは続かないですよ?」
斜め後で構えを崩さない騎士団長殿に、すっとぼけて声をかける。
あえて体ごと向き直らず、首だけをそちらへ向けて。
しかしすごいな、「聖なる加護」のエフェクト。
野菜越えた人みたい。
騎士団長、逆立つ髪の毛無いからわかりにくいけど。
「ああ、提案なんですが、ここで降参って訳には……行きませんかやはり」
おそらくは貴族の出身なんだろう、優雅な口調と見た目のギャップが結構すごい。
いや顔のつくりは優男風なんだが、各所の傷や剃り上げた頭がいかにも老練な戦士の風情だ。
それが困ったような表情で、先ほどとは一転したことを言ってくる。
結界外にも声は聞こえるので、皇帝以下大臣たちは怪訝そうな声を漏らしている。
神話に謳われる「英雄シン」に勝つことはできないまでも、一撃入れるくらいは期待しているのだろう。
魔力補充により発動した強化スキル「聖なる加護」も派手なことだしな。
「お互い一撃も入れぬまま、幕引きというのも芸がないでしょう?」
「……確かに、喧嘩を売ったのは自分のほうでしたね」
ため息と共に「降参」をあきらめ、再び構える剣に力をこめる。
「結構ひどい目に遭わされそうなんで、今謝っておきます。先程の非礼をお許しください。後、できれば治していただくと大変ありがたいのですが……」
本当に戦いなれてるんだな、見栄や意地じゃなく、俺に敵わないことをさっきので理解している。
その上で痛い目にあうのは甘受するから、治してくれと来たもんだ。
こちらとしても有効な戦力を、こんなデモンストレーションで使い潰す気はもとよりない。
「クレア?」
「やりすぎなければ、問題ありませんわ」
クレアもすでにレベル20を超えている。
通常の怪我であれば、命さえ落としていなければ、ほぼすべて完治可能な回復術式を使用可能だ。
四肢欠損のレベルでも、直後であればリハビリも必要ないレベルで治してしまえる。
「て、ことだそうです」
「お願いしますよ、うっかり殺さないでくださいね」
クレアへの確認を騎士団長殿へ伝えると、覚悟を決めたのか剣を大上段に構え軽口を叩く。
根が武人だけあって、せっかく仕合えるなら全力を出すということだ。
そこで口を閉ざし、おそらく現在の持ち技最強であろう「壱乃太刀:霞」を発動させる。
おお、太刀スキルも使えたんだな。
しかも踏み込み位置があそこということは、最初飛び退いたのも勘ではなく、俺の「鋼糸陣」にちゃんと気付いていたって事だ。
せめて「鋼糸陣」くらいは斬り払ってみせるというつもりか。
雷光のような速度で、間合いから言えば俺の身体の前方空間に神速の剣を振り下ろす。
気づいているだけはある。
こんな低レベルから使用可能な攻撃スキルでありながら、こちらが何もしなければ「鋼糸陣」を斬り裂く事ぐらいはできたであろう斬撃だ。
だがさせない。
極僅かな運指で、俺の周りに結界のごとく張り巡らされた不可視の鋼糸を制御する。
「鋼糸スキル」
俺が使う戦闘系スキルの中でも、格闘についでお気に入りの「厨二脳全開」スキルだ。
ジョブ「人形遣い」の基本スキルにして最終奥義となり得るスキル。
スキルカスタマイズと、スキルコネクトを上手く使えば、カンスト職のメイン武器でも張れる使い勝手を誇るが、今のレベルではまだそこまで使いこなすことはできない。
ゲームとしての「F.D.O」時代、「術式格闘士」として完成していた「シン」の副武装として、もっぱら愛用していた。
実際の使用頻度から言えば、こっちのほうが高かったくらいだ。
「人形遣い」が、その本来の主武器である「人形」を操作する為に必要なスキルであり、それに必要な「鋼糸」は、対象となる「人形」のレベルによって異なる。
最終レベルの人形を操る為の糸は「神糸」と呼ばれる特殊な糸で、そこまでたどり着けば「人形」がなくとも相当な戦闘力になる。
特殊な素材を使われている糸の呼び名が変わるだけで、基本すべて「鋼糸」である故に「鋼糸スキル」と呼称される。
今の俺のレベルで使用可能なのは、不可視の糸で任意の結界を構築する「鋼糸陣」と、対象を捕縛、攻撃可能な「糸絡み」だけだが、対人戦では充分だ。
もし先刻、騎士団長殿が気付かないまま俺の間合いに突入していた場合、両手両脚の位置に張られた鋼糸によって四肢を切り飛ばされて、床に転がることになっていたはずだ。
まだ使用可能なのはただの「鋼糸」だが、その切れ味からショック死するようなことはないし、切り口もこれ以上ないくらい綺麗なので、クレアの回復術式で問題なく回復することは間違いない。
まあ見た目の衝撃は充分すぎるほどあっただろうが、見破られたからには仕方がない。
俺の運指に従い、不可視の鋼糸が縦横に機動する。
ひうん、ひうん
という、空気を切り裂く音が極僅かに聞こえている筈だが、騎士団長殿の突進の前には聞き取ることは不可能だ。
このスキル使用時の効果音、好きだったんだよな俺。
「鋼糸陣」のあったはずの場所に振り下ろされる剣――騎士団長殿は「鋼糸」そのものが見えていたわけではなく、そこに何らかの攻撃手段があることを見抜いていたに過ぎない――に、俺の操作する鋼糸が纏わり付く。
ピキン
という高い音と同時に、騎士団長殿の剣は無数に分かれて砕け散った。
砕け散ったように見えるが、実際は鋼糸で細かく断ったに過ぎない。
得物を突然失い、腕に掛かっていたであろう荷重が突然抜けたせいで、前に二、三歩、体勢を崩してのめる騎士団長殿を、「糸絡み」で絡め取る。
呆然とした表情の騎士団長を、「人形」を操るときのようにくるりと振り向かせた。
まったく自分の意志とは関係なく動く身体に、さぞや驚愕しているだろうけど、四肢を切り飛ばされるよりはマシだと納得してもらうしかない。
自身で「鋼糸陣」を見抜いたことにより、ちょっと悪趣味かなと思いながらも効果的だと考えていた「惨劇」を回避したのは大したものだ。
だからこの程度で済ます事にする。
呆然と見つめる皇帝をはじめとした観客達に、芝居じみた仕草で、大袈裟に一礼する。
それは一分のずれもなく、俺と騎士団長が同期して行われた。
その瞬間、騎士団長の両手両脚の関節から、噴水のように血が吹き上がり、糸を切られた操り人形が地に伏すように崩れ落ちる。
変わらず深く頭を下げる俺の横で、己の血に沈み伏す騎士団長。
「ぐ……あ……この、程度で済ませてもらって、感謝、するべき、か?」
相当な激痛だろうに、軽口を叩いてくるのは大したものだ。
俺なら泣きながら転げまわる自信がある。
「驚きましたね。相当の激痛だと思うんですが。ですがそうですね、最初の突撃のまま止まらなければ、四肢が飛んでいたのでまだマシかと。ただ苦痛はそっちのほうが少なかったかもしれませんね」
「……堪りらんな、馬鹿なことをした」
下げていた頭を上げ、こちらを見ることもなく語りかけてくる騎士団長に応える。
これでこの人は、感情や下手な損得で俺たちに敵対することはないだろう。
若造にこれだけのことをされ、激痛の中であるにもかかわらず、自省している。
必要なことだったとはいえ、良いように利用した挙句、要らん苦痛を与えていることに罪悪感を覚えない訳でもない。
「クレア」
「承知しましたわ」
その一言で行使された回復術式により、騎士団長の傷は一瞬で完治する。
失った血が戻ることはないのでまだ青ざめたままだが、自身の血溜りから身を起こし、苦笑いしながら右手を差し出してくる。
「完敗だ、救世の英雄シン殿。無礼な態度をこの程度で済ませてくれたことに、心から感謝する。改めて、ウィンダリア皇国騎士団団長、アラン・クリスフォードだ。今後我が麾下の兵を含め、いかようにも使ってくれてかまわん、すべて従おう。よろしく頼む」
今までの慇懃無礼な態度とは違い、こっちが素なのか。
いかにも武人らしい、すっきりとした話し方だ。
「こちらこそよろしく頼みます、アラン騎士団長」
差し出された手を握り返す。
皇帝以下観客たちはほっとしているだろう。
ところで今の技はなんだ、何をどうしたああなる、と質問を繰り返すアラン騎士団長に曖昧に答えながら、夜とクレアのところへ戻っていく。
アラン騎士団長の名前を忘れていたのは内緒だ。




