第24話 様式美
現ウィンダリア皇国皇帝シルウェステルとの謁見はすぐに叶った。
お堅い席といっても、年に一度の全社会議と、若い部下の披露宴挨拶くらいしか経験のない俺はかなりの緊張を強いられる。
経営者どころか上司と話すことですら緊張するのに、「謁見」て。
情けないことに「シン」の記憶に頼って振舞うのが一番無難だ。
それはまあそうだ、「救世の英雄」として、「F.D.O」時代のシンは各国の王族皇族、教皇どころか諸大臣、大貴族とも交流のある「英雄」としての立場もあるのだ。
本人が好むと好まざるに関わらず。
夜とクレアは手馴れたもの、本当に俺の妄想から生まれた存在なのか疑わしくなるほど堂々としている。
まあ、慣れとはそんなものか。
謁見に際して一番めんどくさいのは、それに相応しい「身嗜み」が必要なことだ。
夜はいつも通り黒の和服をベースに、髪飾りなどで髪の毛をアップに纏め上げ、気に入ったのか狐面を阿弥陀かぶりにしている。
身に纏ったものが、艶やかな黒髪と、吸血鬼特有の紅い瞳に映えている。
すごく似合ってて綺麗だけど、これ謁見に臨む正装としてはいいのかな。
夜クラスの美人が堂々としていれば、大概の格好は正装に見えるか。
こういうときのクレアは隙がない。
肌の露出が少ない、青のローブ・モンタントに同色の品のいい帽子をあわせている。
自身の金髪金眼と鮮やかな青が引き立てあい、圧倒的な存在感を放つ。
夜会とかだともっと派手になるんだろうな、昼でよかった。
対して俺はなんと言うか無理した成人式といおうか、一言で言えば残念な感じだ。
ダブルブレストのフロックコートに、お決まりのシャツ、ズボン、ベスト、ネクタイの一式。
正式色の黒だが、自身の黒髪黒目と合わさっていかにも野暮ったい。
夜は似合うのに何でだろうなあ。
仕立てもいいものなんだが。
ああ、まあ大体解る、ただしイケメンに限るっていうコードに引っかかってるわけだ、ちくしょう。
しかし元はゲームだけあって、全体的な雰囲気は中世ファンタジーなのに、和服、ローブ・モンタント、フロックコートと何でもござれだ。
ファンタジーと付いた時点で何でもありか。
魔力による「逸失技術」がある世界で、衣装の年代妥当性を説いたところで意味もない。
そもそも異世界だ。
助かるのはウィンダリア皇国の大貴族である大臣達はもとより、その頂点である皇帝自身が俺たちよりも緊張して見えることだ。
人というのは自分よりも緊張している相手を前にすると、不思議と落ち着けるものなのだ。
神話の英雄との「謁見」
緊張するなというほうが無理なのは理解できる。
絶世の美女、それも「救世神話」に絵描かれている通りの夜、クレアを左右に従えて謁見の間に入場する俺たちに、ざわめきが起こる。
憧れの視線で、俺を一心に見つめているシルリア姫に救われるが、他のやつらわかってるからな。
夜とクレアに息を呑み、俺を確認した瞬間ちょっとほっとしてる事。
まあ解るし、緊張しすぎていてもお互い良いことないだろうから、大いに俺で緊張を解いてくれ。
釈然としないが。
誰だこいつと思われてるってことはないよな?
フィオナは謁見の場所には入れない――サイズ的な問題で――ため、奥の院で留守番だ。
とはいえ念話は通じるし、見聞きすることも可能だそうで、問題はあるまい。
こちらから先に、皇帝に声をかけるような不敬をはたらく気はないので、玉座に至る階の前で膝を折り、頭を垂れて言葉を待つ。
夜とクレアも俺に倣う。
本来ならば玉座に腰掛けて「謁見」を行う皇帝だが、今は玉座の前に立っている。
周りを囲む臣下達からも、唾を飲み込む音が聞こえてくるようだ。
緊張が生む、しばしの沈黙。
『今上帝よ。何時まで、妾が唯一絶対従うシン兄様に膝を折らせて置くつもりか』
念話で轟く、フィオナの怒り声。
「天を喰らう鳳」の声として聞こえてくるので重厚感抜群である。
しかも俺たちに対するとき以外は、基本偉そうなしゃべりだしな。
……偉くていいのか、守護召喚獣たる「天を喰らう鳳」そのもので、神代の皇族である第一皇女。
もしかして、ウィンダリア皇国で一番偉いのってフィオナなのか。
「し、失礼した、「救世の英雄」シン殿、夜殿、クレア殿。頭を上げ楽にしていただきたい。我らウィンダリア皇国は、神の使徒たる英雄の上であるとは、微塵にも思うておらぬ故」
今、フィオナに一喝されて大臣が二、三人飛び上がったな。
皇帝もちょっとかんだし。
フィオナのおかげでスムーズに話が通りそうだ。
「お言葉に甘えます皇帝陛下。本日はずうずうしくもウィンダリア皇国への滞在の許可と、陛下の管理される皇都ハルモニアの地下迷宮への立ち入りを許可していただきたく、まかり越しました。「天を喰らう鳳」の復活と、シルリア姫の皇都帰還。「救世連盟」との戦端が開かれる可能性も高い今、何卒ご許可を賜りたく」
かみそうになりながら告げた願いに、場がざわめく。
馬鹿でなければ「俺達が味方しますよ」という意思は伝わったはずだ。
「天を喰らう鳳」であるフィオナが俺に従っていること、シルリア姫を助けたという実績があること、見る人間が見れば、そのシルリア姫が俺たちと会って一日も経たぬうちにレベル3になっていることも、俺達が本物の「救世の英雄」であることを信頼するに足る理由になるはずだ。
「願ってもないことだが、英雄シン殿よ。なぜ我々に味方してくださるのか。それには何か条件」
『不服か』
不機嫌そうなフィオナの声が割り込む。
やめなさいって、皇帝にも面子があるし、手順ってものもあるんだから。
千歳超えてるんだから大人気ないことしない。
「いや、けしてそのような……」
『こうなった以上、いまさら「救世連盟」との戦を避ける手段などあるまいよ。であれば圧倒的な戦力であるシン兄様の便宜を図ることに腐心すべきで、意を確認できるような立場とおもうてか? それともシン兄様の真意次第では、「天を喰らう鳳」である妾ごと切り捨てることも厭わぬとでも言うつもりか?』
うん、身も蓋もないな、ちょっと待とうか。
過激な事言うから、重臣の皆様、青ざめてしまってるじゃないか。
この状況下で、真贋定かならぬ――まあ本物だと確信してるだろうけど――俺たちを失うことは許容できても、最大戦力である「天を喰らう鳳」を失えば、「救世連盟」に勝つ算段など出来はしないだろう。
ウィンダリア皇国が俺達の意に従わなければ、フィオナが離反するという意思表明は、決定的過ぎて交渉にもなっていない。
これじゃただの脅しだ。
「やめなって、フィオナ。申し訳ありません皇帝陛下。今回御味方するのは「救世連盟」のやり方が気に食わないのがひとつ。それと古い友人であるフィオナと、新しくできた友人、特に夜とクレアが仲良くさせていただいている、シルリア姫の味方でありたいからです。これで納得いただけませんか?」
『……シン兄様』
あっさり黙って、乙女モードになるフィオナもどうかと思うが、真っ赤な顔をしてこっちを見つめるシルリア姫もどうかと思う。
ちゃんと夜とクレアを前面に出したよな、俺が気に入ってますよみたいな言い方してないよな?
まあ効果はあった。
フィオナ、彼らにとっては「天を喰らう鳳」という絶対存在に対して気軽に声をかけ、従わせる俺と、どうやら間違いなく本物であるらしい「救世の英雄」達が、自分達の皇族、しかも女――に好意的なことから、一気に安堵感が広がる。
変わって漂いだす政治的な空気、つまりシルリア姫の有効な使い方――に、夜とクレア、フィオナからまで不穏な空気を感じるので、さっさと皇帝の言質を取って退散しよう。
「いかがでしょう、皇帝陛下」
返事は決まっているようなものだ。
許可を得てさっさとレベルを上げればできることも増える。
「失礼ですが、言葉を挟んでも?」
おお、皇帝陛下と直接会話しているところに口突っ込んできた人がいるよ。
ほんとに失礼だが、一応許可を求めている。
それが可能な立ち位置にいる人物なのだろう。
やっぱりお約束の回避はできなかったか。
まあ、実際に自分の目で見るまで信じないのが武人であるといえば、それはそうだよなとは思う。
「無礼であろう、アラン殿。如何に騎士団長とはいえ、皇帝陛下とシン殿の会話に割り込むとは!」
見知らぬ大臣さん、説明どうも。
やっぱりその立ち位置の人が口差し挟んでくるのは、お約束だよね。
「構いません。皇帝陛下も構いませんか? ――ありがとうございます。で、アラン殿?」
引っ張っても仕方がないので、皇帝陛下の許可も得て、言いたいことを言ってもらうことにする。
どうせ内容もほぼ予想通りなわけだし、これも様式美のひとつだ。
よくわかっているようでフィオナはもちろん、夜とクレアも何も言わない。
値踏みするような目で、騎士団長であるアラン殿を見ている。
クレアあたり自分が受けるとか言い出しかねないが、大丈夫だろうな?
「寛大な取り計いに感謝を。失礼ついでに質問させていただいても?」
「どうぞ」
うん、特に嫌味っぽく神経逆なでしてくるわけでもないし、やっぱり自分が守るべき国の命運を託す相手の実力は、自分で確認しておきたい人なんだな。
丁寧な言葉遣いとは裏腹に、見た目は無骨な武人だ。
「調べる」を使うと、「正騎士:レベル9」と表示される。
術式の補佐もなしに、一般人が上げ得る上限まで鍛えられていると見て良いだろう。
如何に地下迷宮があるとはいえ、何度も命を落としそうになりながら鍛え上げたはずだ。
当然それに相応しい自負もあろう。
「シン殿が、本物である保証は?」
「……ありませんね」
言葉ではいくらでも言える。
伝説どおりの夜とクレアが付き従っていること。
「天を喰らう鳳」と合一している神代から生き続ける第一皇女フィオナが従属すること。
失われた魔力をシルリア姫に与え、術式の行使を可能にしたこと。
まさか「救世神話」に描かれている人物とまるで別人だから聞いてきてるんじゃないよな?
もしそうなら泣くぞ。
夜とクレアがちょっと怖い。
俺に対する否定的な言動に、いちいち殺気立たなくて良いです。
フィオナも。
シルリア姫、あなたを心配して憎まれ役買って出てる騎士団長睨んじゃいけません。
それにこれは枕みたいなもんだ、本題は当然別にある。
だから皇帝陛下や大臣の人たち、引きつらなくても良いですよ。
「でもそんなものは、必要ないのではありませんか。私がその気になれば、ここの全員を鏖に出来る力があってなお、味方するということさえ証明できれば」
ことさら挑発的に笑って答える。
間違いなくこの騎士団長がウィンダリア皇国において最強の存在だろう。
突出しているといっていい。
たぶん彼は、自分ひとりでこの場にいる全員を鏖にする自信がある。
その自分を制圧できるのなら、俺達が本物であろうがなかろうが従うしかないという、シンプルな考え方だ。
嫌いじゃない。
だが鏖に出来ると思っている対象に俺はともかく、夜とクレアが含まれていることにはちょっとカチンと来た。
歴戦の武人ならば実力者は見ればわかるってか?
やってみろ。
突然好戦的な空気を出す俺に、当の騎士団長アラン殿のみならず、周りの人間もざわめく。
残念ながら闘気を吹き上げるような演出は出来ないので、地味なものだが。
あ、「累瞬撃・雷」を使えばそれっぽいかな。
駄目だ殺してしまう。
「夜」
「はい」
一言告げただけで、俺が望むことを理解して、夜が騎士団長殿に魔力を補充する。
突然のことにびっくりした表情を見せる騎士団長。
魔力がないから使えなかっただろうけど、自分が本来使用可能な術式の確認くらい怠っちゃいないよな?
術式使えなかったからなー、とかの言い訳は聞かないよ。
「クレア」
「承知ですわ」
こちらも一言告げただけで、謁見の間の中央に、俺と騎士団長だけを残した結界を張る。
これで少なくとも騎士団長がどんなスキルを使っても、結界の外には影響しない。
謁見の間というだけあって、広くて助かった。
「どうぞお試しになっては?」
準備万端整えて言う俺の言葉に、もうちょっと問答があるとでも思っていたのか騎士団長の顔が引きつる。
読心術など持ってないので、この人が本気で俺たち三人にも勝てると踏んでいるのか、自分が負けることで皇帝はもちろん、大臣達文官が妙な動きをしないようにしてくれてるのか、はっきりとは解らない。
ただ茶番で負けるつもりはないのだろう、間違いなく全力で来る。
であればこちらもそれなりに実力を見せることにしよう。
避け切れなかったお約束なら、せいぜいお約束どおりに立ち回るまでだ。
「では、遠慮なく」
そういって腰の剣を抜き、なかなか様になっている構えを取る。
「いつでもどうぞ」
こっちは格闘スキルじゃなく、マイナーなスキルを使わせてもらおう。
魔力が消え、魔力なしでは成立し得なくなったジョブのスキルは、今の世界では逸失しているはずだ。
ハッタリにはちょうどいい。
自分の指をコキコキと鳴らす。
格闘スキルに次ぐ、俺の得意スキル。
「鋼糸スキル」を使用する。




