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第23話 為すべき事

 フィオナが、千年の語りを終える。


 幾多の想いと行動、その結果が積み重なって今に至る。


 当たり前のことだ、俺のいた地球の世界だってそうして現代にたどり着いている。


 「俺」に足りなかったのは、「今の世界が構築された重要な基礎要因」に自分が置かれたことなど無かったという事。

 「僕」が覚悟するべきだったのは、そういう立ち位置に自分がいると自覚する事だった。


 いやそんな経験と覚悟がたとえあったとしても、知らぬ間に千年が経過するという事象の前には何の意味も無かったのかもしれないけれど。


 胸の奥で、何かどろどろしたものが渦巻いている。


 シンの記憶と、ゲームとしての「F.D.O」フィリウス・ディ・オンラインの記憶をあわせ持つ今の「俺」の中で、責任とかけじめとか、俺のせいとかそうじゃないとか、愚にも付かない事が浮かんでは消える。


 フィリアの話に出てきた重要人物(キーパーソン)は、シンと俺、双方の記憶としてしっかりある。

 なかでも「今の世界(ヴァル・ステイル)」がこうなることに一番関わっている「ダリューン」については、シンの記憶の中で親友というより兄貴分、頼りになる存在として大きいものだった。

 俺にとってはすべての物語に関わる、重要「NPC」ノンプレイヤーキャラクター程度であったが。


 何をどうできた、という具体的なものがあるわけではない。


 軽い気持ちでこの世界に来ることを選んでしまったこと。

 その結果起こった、ゲームとしてこの世界を知っていたころからは比べ物にならないくらい、荒んだものに変容してしまったという事実。


 もしかして「俺」は、「僕」は、とりかえしのつかな――


「シン君」


我が主(マイ・マスター)


 静かな声で、(ヨル)とクレアが声をかけてくれた。


 はっとする。


 「三位一体」(トリニティ)が気にならないくらい、自分の思考にはまり込んでいた。

 二人のまったく動じていない身体と、しっかりと俺を見つめてぶれない視線が、「三位一体」を通して「俺」を落ち着かせてくれる。

 二人の目に映る俺は、自分でもどうかと思うくらい青ざめて、動揺していた。


 違う、間違えるな。


 このどろどろした物の正体は、温い現代日本で平和な社会人を続けていたくせに、この世界(ヴァル・ステイル)の根本が「F.D.O」フィリウス・ディ・オンラインというゲームだと思っている、「俺」の見下しに過ぎない。

 アストレイア様が言う、上位世界に属していた「俺」なら、もっと何とかできたんじゃないかという、勘違いの増上慢。


 このどろどろした物の正体は、「救世主」と持ち上げられ、自分がいればどんな「異変」でも何とかしてしまえると思い上がった「僕」の思い上がり。

 「宿者」(ハビトール)であり、夜とクレアに主と認められ、ダリューンが素直に言うことを聞く「僕」さえいれば、もっと何とかなったんじゃないかという傲慢。


 それらから来る、上から目線で、自己満足で、自己陶酔な「後悔」


 そうじゃない。


 「僕」が世界の終わりに抵抗することを決めたのは。

 「俺」が現実の生活すべてを放り出して、この世界(ヴァル・ステイル)に来ることを決めたのは。 


 夜とクレアの方を見る。


 二人とも目を逸らさずに、じっと俺を見つめてくれている。

 少し心配そうな色がその瞳に見えるのは、俺の不徳の致すところだ。

 猛省しよう。


 そうだ、もっと単純なことだ。

 

 世界(ヴァル・ステイル)が終わって、(ヨル)とクレアが消えてしまうことが嫌だった。

 後は何でも良いから、俺と、夜と、クレアが一緒に居るために、()()したに過ぎない。

 その条件が満たされるからこそ、女神アストレイア様の要望に応えたんだ。

 俺が通すべき筋は、そのときにアストレイア様とした約束のみだ。


 俺たち三英雄の帰還を待つことを決めた、フィオナをはじめとした異能者たち。

 自分達の導くべき人々の暮らしより、己の求める夜、クレアを優先した王族達。

 もう一度「シン」に会う為に、世界全てを掛け金にしたダリューン。

 翻弄され、搾取されながらも生きてきた、名も知らぬ市井の人々。


 みんなと何も変わらない。

 自分の願いの為に、自分の出来ることをしただけだ。

 

「……ありがとう、落ち着いた」


「いえ」


「問題ありませんわ」


 二人に微笑みかけると、笑顔で返してくれた。

 うわ、二人の笑顔は眩しいくらいなのに、なにこれ二人から見る俺の笑顔きもい。

 何で引きつってんだろう。

 この顔に向かってやさしく笑いかけられる夜とクレアは偉大だな。

 

 よし、調子戻ってきた。


『さすがですね。不必要な自責の念は、夜お姉さまとクレアお姉さまの一言で解消ですか。ですがそれでこそシン兄様』


 長く重い話をしてくれたフィリアの声も笑いを含んでいる。

 そうだ、彼女の「選択」に、()が憤るなんて必要はないんだ。


「ごめんな、フィリア。ちょっとびっくりしたからさ」


『妾からお話しできるのは以上です。異能者の一人としてシン兄様たちの帰還を待つことを決めた妾は、戦う力こそ失くしましたが、ここで千年の時を越え、シン兄様に再会叶いました。だから何の文句もございませんわ。あとの望みは妾と同じようにこの永い時を待っている、当時の仲間にあってあげてくだされば、何も言うことはありません』


「それは約束するよ。というか俺も逢いたいしな。いろいろ片付いたら是非案内頼む。それよりも……」


『……俺?』


 あ、夜とクレアと、同じところに引っかかるのな。

 千年の時間を実際に超えてきていても、シンの一人称が「俺」に変わっていることに違和感は覚える訳だ。


 一通りの説明を夜とクレアがして、フィオナが納得する。


 これもしかして「シン」を知るすべての人との再会で、必要な手続きになるのかな。

 一人称を「僕」に変えることも真剣に検討しようか。

 状況次第ではたまに素で出ることだしな。

 

『……申し訳ありません、あまりにも意外だったので、お話を遮ってしまいました。「それよりも」、なんでしょう?』


 フィオナもクレア寄りか、そこはかとなく残念そうだな。


 こんな事いったら「天を喰らう鳳」と本気で闘うことになるだろうから言わないけど、千歳超えてショタってのもどうかと思うんだが。

 実際に千年の時を過ごしながら、この精神性を保っているのはすごいことなんだろうけど。


「ああ、千年の停滞が、俺たちが世界(ヴァル・ステイル)に帰還したことで再び動き出したのは大体理解した。フィオナは戦えるようになってると思って間違いないか?」


『はい。さすがにもとの身体に戻ることはかないませんけれど、四象の一角「天を喰らう鳳」として、夜お姉さまの召喚獣として戦うことに問題はありません。おそらくシン兄様に関わる、もっとはっきり言えば味方する意思持つ異能者は、魔力を取り戻していると見て間違いないでしょう。理由ははっきり致しませんが』


 なるほど、そういうことか。

 確かめなければならないことはまだまだあるが、当面戦力として問題はないだろう。


「わかった。ああ、あと元の身体に戻ることを諦めるこたないぞ。クレアのレベルが元に戻りさえすれば、元の身体に戻せると思う。身体はそこ(奥の院)の石柱の中だろ?たぶん」


『……え?』


 神子の最上位スキルである「聖骸復活」を使えば、ミイラ状になった肉体でも完全に復活できる。

 精神、魂が完全に維持できているフィオナなら、何の問題もなく復活できるだろう。

 ミイラ状になったフィオナ十歳の身体は見たくないけど、復活するなら我慢もしよう。

 「天を喰らう鳳」との分離は夜に任せればいい、召喚獣の扱いはお手の物だ。

 それもまたレベルを元に戻す必要があるけどな。


「まあ、問題ありませんわね」


「四象との分離は、私がなんとかしますし」


『あ、あのう……』


 千歳超えても元の性格は変わらないな。

 どうしても俺にとっては、おしゃまな第一皇女フィオナ十歳がイメージの基本だ。


「千年を超えて、願いをかなえて、後はかっこよくせめて戦力として役に立とう、とか思ってたのかもしれないけどな。俺達が居なかったときの事はどうしようもないけど、居るからには気に食わん不幸は全部蹴っ飛ばしていくからな。さっさと元に戻って、夜とクレアと喧嘩でもしてくれ」


「そうですね。ちゃんと決着つけないと納得いきませんでしょうから」


「勝ちを譲った態でいられるのは本意ではありませんわ」


 夜とクレアも俺の軽口に合わせてくれる。


『……あ、あり、がとう、ございます。』


 さすがのフィオナも感極まっている。

 二度と再び自分の身体に戻れることはないと覚悟して、「天を喰らう鳳」と合一することを選び、無駄かもしれないという諦観に抗いながら、千年を過ごしてきたのだろう。

 すごいじゃないか。


 ご都合主義上等だ、俺の知識とシンの知識、夜とクレアの力も全部使って、ここからは俺にとって都合のいい世界(ヴァル・ステイル)に全部作り変えてやる。


 与えられた力であろうが、なんだろうが知ったことか。

 異世界に来てまで、安っぽい悲劇に付き合う気は毛頭ない。


 世界にはびこる人種差別と、それを象徴する奴隷制度。

 搾取するばかりの王侯貴族と、それを助長する「救世連盟」

 要らん戦乱を繰り返す、ウィンダリア皇国、フィルリア連邦、バストニア共和国の軋轢。

 腐敗したアレスディア協会と、目的もない利益ばかりを追求する商業都市サグィン


 全部ぶっ壊して、俺が知っている元の世界(ヴァル・ステイル)に戻してやる。


 そしてどうせどっかで俺の再臨を待ってるダリューン見つけ出して、一発ぶん殴ってやる。

 あいつが絶望して死ぬなんて、そんな殊勝なタマであるはずがない。

 碌でもないこと思いついて、魔王でも魔神でも利用して、どこかで生きてるに違いないんだ。

 自分のやったことに責任取らせて、無駄に万能なあの能力を世界の再生のために余すことなく使ってやる。


 そのためにはまずは力だ。

 俺たち三人の力を、少なくとも元に戻すことが急務となる。


 アストレイア様には申し訳ないが、女神様検索はちょっと後回しだ。

 どちみち絶対しなければならないことではあるが。


「フィオナ、頼みがある」


『何なりと』


 これは後悔を拭うためとか、義務としてやることじゃない。

 俺が、夜とクレアと、納得してこの世界での生を楽しむために為すべき事だ。


「まず俺達が強くなる必要がある。フィオナたちが知る俺たちより、ずいぶん弱くなってしまってるんでな。だから皇都ハルモニアの地下迷宮を借りたい。あと近いうちに間違いなく軍が差し向けられるだろうから、それに対する準備。それと皇都ハルモニア内にも奴隷売買の組織と奴隷がいるんなら、解体と奴隷の保護の動きを、できる範囲でかまわないから進めてくれ。金は今俺達が持っている分、すべてを渡す。必要ならアイテムも処分してくれてかまわない」


『承知しました。ただちに』


 これで当面の対処はできるはずだ。

 アイテムと金は後でフィオナが指定した者に渡せばいい。

 これから俺たちは、寝る間も惜しんで育成(レベリング)だ。


「バタバタすまん、夜、クレア。息つく暇もなく育成だ」


「まあこうなるだろうと……」


「望むところですわ!」


 さて、グランドクエストをクリアした後に開放される、三大強国首都地下迷宮は、育成特化の巨大迷宮だ。

 地下一階から進めていけば、低レベルからレベルカンストまで、問題なく育成できる。

 一定階層ごとのボスや、それらがドロップするアイテム、運次第で遭遇できる名前付(ネームドモンスター)もいる。

 一気にレベルを上げてしまえば、「天空城」(ユビエ・ウィスピール)の運用も可能になるし、リィン大陸の各国家と対峙するのも大きな問題ではなくなるだろう。


 そもそも数の暴力が通用するのはレベル差30程度までだ。

 それ以上乖離すれば、ダメージを与えることすら不可能になる。


 「救世連盟」が発動する軍とウィンダリア皇国がぶつかるまでに、なんとしてもそこまで持っていく必要がある。

 「天を喰らう鳳」と俺たち三人の戦力があって負けるとは思わないが、そこまで持って行けば「敵味方に被害をまったく出さずに完勝する」事が可能になるのだ。


 絶対的強者である「救世の英雄」再臨と、それを実証する圧倒的戦果。

 俺たちが再臨後の初戦として、それは必須条件と言える。


『あの……申し訳ないのですが、現皇帝との謁見だけはお願いします……』


 意識を育成に飛ばしていると、申し訳なさそうにフィオナが声をかけてくる。


 あ、忘れてた。


 皇帝にも会わずに、皇都ハルモニアの地下迷宮を使わせてもらうわけにもいかない。

 今後滞在するのも、しばらくはここになるわけだし。

 フィオナの公的な立場が何であれ、今ウィンダリア帝国を実際に運営しているのは、現皇帝とその臣下達なのだ。


 まあ娘であるシルリア姫を救っているし、大きな問題はないだろう。

 でもお約束展開はそれなりにあるんだろうな、と想うとうんざりする。


 厄介事ははやく済ませてしまおう。

 時間が十全にあるわけではないのだし。

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