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三位一体!? ~複垢プレイヤーの異世界召喚無双記~  作者: Sin Guilty
第三章 再臨戦争編

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第22話 千年記 狂気

 最初に歯車が狂いだしたのはどの国の、どの人物からだったのか。


 それは今ではもう、誰にもわからないことだという。


 ただ確実に、異変初期から安定期にかけて、奇跡のようなバランスで成立していた「神と英雄なき世界」への移行は、それを先導した指導者達の「狂気」から崩壊した。


 ウィンダリア皇国第一皇女にして「六喰召喚士」であったフィオナも、狂気に囚われたその一人であった。


 神々を知り、英雄らと直接関わりのある立場であった者達こそ、人々を「神と英雄なき世界」に導くことはできても、己が二度と再び神々や三英雄と逢えない事実に耐えることができなかったのだ。


 最初に壊れ始めたのは、異能の力を持ち、「宿者」(ハビトール)とよばれた「三英雄」達と共に神々の神託を受け、世界(ヴァル・ステイル)の異変に立ち向かった者達だった。

 異能者達は消えてしまった神々と英雄、特に三英雄とは盾を並べ、矛を揃えて共に戦った仲間であっただけに、消失から一年経ち、二年経っても彼らが戻ってこない事実に、心を壊していった。


 英雄シン、吸血姫夜、神子クレアの三英雄、その偉大な存在に助けられ、また自らの異能を以て「救世の英雄」の背中を守った自負のある者達こそ、強く再会を望んだ。

 そして、いずれまた来る世界の「異変」に対して、心酔する英雄と肩を並べて挑むことこそ、自らの存在意義と定めていた異能者達にとって、彼らの帰還を待たぬまま自らが老いさらばえてゆく事を許すことはできなかった。


 これは自分達が普通の人々から比べて、異質すぎる能力が持つが故に畏怖されることを、さも当然のごとく笑い飛ばし、それでも世界の為に尽力した英雄シン、吸血姫夜、神子クレアに対するある種の依存と、矛盾するようだが神々の加護と魔力が失われてゆく新たな世界の中で、自分を自分たらしめた異能が失われていく事に恐怖した事も大きく影響したはずだ。


 異能者達は、自らの異能が完全に失われる前に、「救世の英雄」の帰還を待つことが可能な状況に自らを置くことを最優先とした。


 「神々の加護と魔力」が失われた世界で、自分達ができることは何も無い。

 だからこそ、自分達の力が必要になるかもしれないその時の為に、自分達は「救世の英雄」を待つ。


 それを言い訳に、各国で就いていた要職を放り出し、自らの異能、フィオナの場合であれば永遠の存在である四象の一角、自らの使役する「天を喰らう鳳」と合一し、人の身では待つことが能わない「時間」に抗する手段を手に入れた。


 世界の行く末よりも、人々の暮らしよりも、自らが再び「想い人」に逢う事を最優先し、その他の一切を投げ出す行為。


 だがまだこれは、市井の人々には理解をもって受け入れられた。


 戦いによって名を馳せた、民衆にとっては「英雄」に含まれる存在たちが、万が一に備え「救世の英雄」を待つという行為は納得がいくものであったし、「異変」に備えてくれるということを好意的に受け取ることができたからだ。


 だが異能の力を持たない、為政者として各国で尽力していた者達、王族や皇族、高位貴族達にとっては、負担が増えるだけの話でしかない。

 魔力が失われていくとはいえ、民衆ですら知っている「救世の英雄」と盾を並べた者達の名前は、軍部を統制し、犯罪者を抑制することに有効であった。

 その存在が無くなれば、組織としてその穴を埋めなければならないのは自明の理だ。

 突出した「英雄」という個人戦力が失われ、国家の力の象徴は「軍」が担うようになる。

 犯罪抑止にも、今のところ良好な関係とはいえ、万が一の国防にも「軍」は肥大化せざるを得ない。

 異変後、向こうからは襲ってくる様子は無いとはいえ、魔物に対する備えもまた必要なことは言うまでもない。

 こうして時をおかず、各国の「軍」は必要に迫られた結果とはいえ、肥大化を続けた。

 「軍」の肥大化が進行するのとまるで歩調を合わせるかのように世界から魔力は失われてゆき、自らの異能を以て英雄を待つことを選んだ者達の「戦う力」もまた、失われていった。 


 そういった抑止力を失ってもまだ、手綱を握る人々は神々と英雄を知る者たちであり、少なくとも世代交代が起こるまでは大きな問題は起こらないだろうと、大きな問題を起こす当の本人達がそう思っていた。


 先に英雄を待つことを決めた異能者たちの穴を埋めながら、「救世の英雄」と共に為政者として世界を救った若い世代の王族、皇族、高位貴族達は、「神と英雄なき世界」を安定させる為に尽力した。

 各国の「軍」が肥大化することによって生じる軋轢や、人であるからには消しようもない欲をうまく制御しつつ、一旦は完全に安定した世界を作り出すことに、望み得る限り最短時間で成功した。

 神々と英雄が姿を消し、それを待つと決めた異能者たちが力を失ってから僅か十年。

 その間に、リィン大陸は人々が「平和」を享受できる、ある意味理想の世界に到達したのだ。


 これは為政者達が己に誇りを持ち、世界を救った英雄に感謝を忘れず、神々に対する信仰を失わなかったからこそなった偉業であるといえた。


 だが結局、異能を持つものたちと同じように世界の為政者達もまた、神と英雄無き世界に耐えられなかったのだ。


 待つことを選べた、異能者達はまだいい。


 何年待つことになるかわからない苦痛はあるかもしれないが、終わりの無い希望に縋ることができるからだ。


 対して異能を持たない為政者達には、じわじわと大きくなっていく絶望しかない。

 「救世の英雄」に助けられ、憧れ、自らの立場に応じた行動を取ることで、消えてしまった英雄達に恥じること無いよう、一心不乱に突き進めた十年間は目を逸らすことができた。

 腰の重い上の世代を宥め賺し、時には実権を奪ってでも、目指すべき世界のために前だけを見て突き進む日々であったから。

 だが、十年経ち、自分達が目指した世界が形になり、あえて逸らしていた事実に目を向ければ、自分たちは二十代、三十代になってしまっている。


 そしてまだ、三英雄は帰還しない。

 なぜ自分たちはこの十年がんばれたのか。

 自分たちは何に恥じたくなかったのか。

 

 世界を救い、自分達の憧れとなった「彼ら」に、失望されたくなかったからだ。

 「良くやった」と褒めてもらいたかったからだ。


 だがもう、彼らに逢う事は叶わないのかも知れない。

 憧れた者、尊敬した者、恋焦がれた者。

 十代から二十代前半だった、若かった故の想いは行き場を失う。


 それにきちんと折り合いをつけられた者も、もちろん多くいた。

 自分の為すべきことをやり遂げ、再び相見える事はできなかったけれど、恥ずべきことなく胸を張って自分の人生を生きていける、と。


 だが。


 想いの強かったものは、「狂気」に呑まれた。


 「吸血姫夜」に好意を寄せ、英雄シンと奪い合うことも厭わなかったフィルリア連邦の若き獅子王カインは、貴下全軍に「天空城」(ユビエ・ウィスピール)の検索を命じ、国民の血税と、国を守るべき精鋭を何も生み出さない行為に使役し始めた。


 「神子クレア」に心酔していたバストニア共和国の鉄血首相マーレイと、アレスディア宋国の清貧教皇アガトは、アレスディア教会聖殿に安置されている「聖女クレアの封印結晶」の所有権を争って、あろうことか戦争を起こす。


 国家を導き、世界を安定させた立役者、ある意味においては真の英雄であった者達の、絶望から来る暴走、まさに「狂気」が世界を巻き込み始める。


 彼らが才知の限りを尽くして、無私の気持ちがあるからこそなんとか制御していた人間の「欲」や、この十年間で培われた国家としての体面や誇り、薄くなった「魔物」(モンスター)への恐れなども複雑に絡み合い、数百年なかった「人同士の争い」が各地で頻発するようになる。


 この暴発を最も効果的に利用し、ある意味英雄達を待つことと、正反対の選択をしたものが一人いた。


 英雄シンの救世において、その最初期から協力し、両翼と呼ばれた「夜」「クレア」とも並び称された商業都市サグィンの総督、ダリューンである。


 英雄シンの親友であり、真の理解者。


 常に英雄シンと行動を共にした夜、クレアとは違い、経済的なフォローや武器の調達、最終的にはシンの嫌う世界のあり方を根本から変えるために、「経済」という化物を御し得た、戦闘とは違うステージでの「英雄」。


 男でありながら、絶世の美女であった「夜」「クレア」と並んでも見劣りしない怜悧な美貌と、誰にも真似出来ない経済的才能。

 民衆が好む、たわいも無い英雄譚の中には、夜とクレアが、シンとのあまりの仲のよさに嫉妬するものが多くあるくらいだ。


 「神と英雄の消失」からの十年、たったそれだけの時間で世界を安定に持っていけたのは、各国の為政者が協力したことはもちろんだが、経済という面ですべてを支えた商業都市サグィン、その舵取りを一手に引き受けた総督ダリューンの才覚があればこそでもあった。


 世界を完全に安定させても、親友は戻ってこない。

 それを理解したダリューンは極端な手段を取る。


 あるいは彼が異能を持ち、「待つ」という選択肢が与えられていれば、安定した世界を見守りつつ、親友の帰還をどれだけの時間でも待ったかもしれない。

 だが彼は経済的才能を除けばただの人であり、自身の寿命を超えて親友を待つ手段を持ち得なかった。


 安定させても戻ってこないのであれば、逆をすればよい。

 そもそも「英雄」とは乱世に現れ、それを平定するものだ。


 ちょうど暴発し始めた各国の思惑をうまく誘導し、経済という化け物を縦横に駆使して戦乱を拡大させる。

 もちろん致命的な状況には至らぬように細心の注意を払い、リィン大陸の各地に戦乱の火を撒き散らかした。

 魔力が失われ、表立った行動を取れなくなっていた異能者達は、突如崩れだした世界の安定、それを誰が演出しているのか、そんなことが可能なのは誰なのかをすぐさま確信し、思い直すよう、暴走する各国を収めるよう願い出た。


 だがそれに対するダリューンの返答は、以前の彼を知るものには信じられないものだった。


「私は()にもう一度逢う為に、自分にできることを全てするだけです。文句があるなら止めてみなさい」


 にこやかに微笑んで言うダリューンに、言葉を返せるものは誰もいなかった。

 「待てる」自分達とは違い、ダリューンには時間の制限があるのだ。

 永遠の時でも待ってみせるという覚悟を持った自分達と、ダリューンにどんな差があるというのか。

 自分達こそ、「もう一度逢う」という目的のために、十年前すべてを投げ捨てた立場なのだ。

 どの面下げてダリューンに「馬鹿なことを辞めろ」といえるのか。


 それでも何人かは陳腐に過ぎる言葉、


「こんなことをしてシン様が許すと思うのか」


 という言い方で翻意を促したはした。

 だが、彼らは


「ならば、再会した彼に死を与えてもらいますよ」


 という変わらぬ笑みの前に言葉を失った。


 しかしダリューンは二年も経つ頃には戦乱を収める方向に動き出す。

 これは別に考え直したわけでもなんでもなく、二年も戦乱を続けても英雄の帰還がならないということは、続けても無駄と判断したからに他ならない。


 ならば何をするのか。


 あの子供っぽい親友。

 世の中が汚いことを理解しながらも、それを仕方が無いことだと受け入れることを拒否した、綺麗事をそれと知りつつ、捨て切れなかった甘い英雄。


 そんな彼のために尽力し、少しずつマシなものにしてきたこの世界(ヴァル・ステイル)を、彼が許せなかった世界に戻せばいい。

 それでも足りなければ、もっとひどい世界にしてしまえば。


 我慢のきかない彼のことだ、すぐに私をぶん殴りに戻ってくるだろう。


 手段の為に目的を選ばない。

 冷静なまま、喪失の「狂気」に侵されたダリューンが取った手段は、世界をより不平等な、不幸な世界にすることであった。


 皮肉に過ぎる名称、「救世連盟」を立ち上げ、各国の主権は認めながらも、経済面からの支配で完全にリィン大陸を掌握すると、ダリューンは情熱を持って世界を腐らせ始めた。


 重税を課し、人々の暮らしを貧困に落とし、それを王侯貴族に与えて貧富の差と差別意識を増大させる。

 要らぬ小競り合いを定期的に発生させ、国家間の因縁と恨みを蓄積させる。

 手を出さなくてもいい「魔物」(モンスター)に、国家の欲望を刺激して手を出させ、軍と民衆に多大な被害を発生させる。

 アレスディア教の神官達を金で堕落させ、清廉な宗教を腐敗させる。


 万一舵取りに失敗して、真に世界の危機が迫ってもそれはそれでいいとの覚悟から、それらのことを己の才能の限りを尽くして推し進めた。


 滅んでも彼が帰ってこない世界なら、滅べばいいのだ。


 最終的には英雄シンの種族であった「ヒューマン」を真の人類、唯一尊いものとし、他の種族に対する差別を助長し、アレスディア教会も巻き込んでその思想を定着させる。

 その上で経済的混乱を起こし、「奴隷制度」を確立、人の尊厳を踏みにじる「世界の仕組み」を立ち上げるに至る。


 さすがにここまでやるのに、ダリューンの才覚を以てしても二十年の時が流れた。

 その上でも「神々と英雄の帰還」は叶うことはなかった。


 自らの手で、親友と自分達が築き上げた世界(ヴァル・ステイル)を汚し、終わらない程度に破壊しつくしたダリューンは、一言だけ残して表舞台から姿を消す。


「それでも私は、必ず彼に、もう一度会う」

 

 あまりの所業に暗殺されたのだ、再臨を待つために禁断の儀式に手を出したのだ、自分のやった事と、もう一度会う事が叶わない事実に絶望して自殺したのだ、などとあらゆる推論が語られたが、真実は杳として知れない。


 そこまで壊された世界は、自浄作用で復活することはできなかった。


 「神々と英雄」の偉業は神話の中だけのおとぎ話とされ、欲望と、自分達なりの「正義」がぶつかり合うリィン大陸は、ここから長い暗黒時代を歩むことになる。


 「神々と英雄の帰還」を夢見て沈黙する異能者たち。

 欲と己の正義を振りかざす、各国の為政者達。

 一方的に搾取される民衆と、言われない差別を受け、経済的な理由から奴隷に落とされる「亜人」達。


 誰が救ってくれるわけでもなく、だが決定的な「滅び」が訪れるわけでもないまま時を重ね、今や国家は「救世連盟」に搾取されるだけの存在、「奴隷制度」は亜人だけでは無く、経済的に失墜した者はある意味平等に「奴隷」に堕する、()()()()()()()として定着するに至っている。


 かろうじて宗教国家であるアレスディア宋国が、「聖女クレアの封印結界」と、それがもたらす回復術式で一定の立場を維持している以外、「世界」の舵取りは「救世連盟」が行う。



 そして千年の時が流れ、異能者たちが待ち続けた瞬間が訪れる。



 それが俺たち「救世の英雄」と呼ばれた三人の、この世界(ヴァル・ステイル)への帰還であった。


 フィオナの、長く不幸な千年の話は、そうして終わりを告げた。

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