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第20話 知己

 追われていた皇女達、追っていた50騎、介入した俺たち3人が動くに動けない状況で硬直している中、「天を喰らう鳳」はあっという間にここに到達した。


 「天を喰らう鳳」はこの世界(ヴァル・ステイル)で強大な召喚獣として有名な「六喰」の一角である。

 他の「海を喰らう蛇」、「地を喰らう竜」、「人を喰らう鬼」をあわせて四象とよばれ、プレイヤーが召喚可能な「神を喰らう狼」(フ ェ ン リ ル)」と、イベントボスが使用する「魔を喰らう熊」が両儀と呼ばれている。


 風を象徴する「天を喰らう鳳」はウィンダリア皇国の守護召喚獣として知られており、皇族から生まれる「六喰召喚士」にのみ召喚できる、国家戦力級の存在だ。

 さすがに俺たちの知る、千年前の「六喰召喚士」であった幼い皇女様は、もう亡くなってしまっているのだろう。

 さっき助けた――事になるのかな――皇女様は「姫騎士」だったから、「天を喰らう鳳」を召喚しているのは別の皇族なんだろう。


 魔力が失われ、術式の行使が困難なこの千年後でも、消えてなくなったりはしていないようだ。

 というか神々が姿を消し、術式が事実上使用不可能といっていい現在においては、最強戦力なんじゃないだろうか。


 「天を喰らう鳳」を絶望的な表情で見上げる、追っ手側の兵士達の表情がその想像を裏打ちしている。

 まあ、50人いるとはいえ、術式による補助なしで四象の一角と戦うなんてのは自殺行為以外の何者でもない。

 そんな戦力を擁しているウィンダリア皇国、その皇族に対して明確な敵対行動を取るとは、愚かな国家といわざるを得ない。

 しかもこうなると50騎程度の兵力は捨て駒にすらならないし。


 どうもちぐはぐな印象を受けるな。


「やはり()()していたのか……」


 隊長格が絶望的な表情で言葉をこぼす。


 なるほど合点がいった。


 たった50騎程度の兵力で、ウィンダリア皇国の皇族を追い回していた理由。

 しかもこの位置はウィンダリア皇国の領内だ。

 それは本来ウィンダリア皇国には、この追っ手たちを脅かせる戦力などない、という前提に基づいていたんだろう。

 「軍隊」としてならば、十倍、百倍の兵力を出せるかもしれないが、国家として追っ手側の勢力と敵対することなど、不可能な国だと判断していたからこその50騎。

 ただ、今の隊長格の一言が示すように、なにか「万が一」を危惧するべき状況下にはあったわけだ。

 そう考えればいろいろと想像は付く。

 本来皇都ハルモニアにいて然るべき皇女が、国境から皇都へ向けて逃げていた状況。

 追っ手側が、皇女側に決定的な戦力がないにもかかわらず拘束しかねていた点。

 正規兵らしき割には、言動にあせりと言うか落ち着きのなさが見られた事。


 ウィンダリア皇国と、追っ手側の勢力、その本来の力関係からすれば皇女は「人質」か何かで、何らかの出来事を引き金に、そうであることを辞めた。

 「万一」の状況を考えても、面子として考えてもはいそうですかと逃がすわけにも行かない追っ手側はとりあえず追跡させるものの、確信を得れているわけでもないので中途半端な指示になる。

 現場である追跡部隊には具体的なことは伝えられておらず、さりとてなまじ正規軍なだけに「何か非常事態が発生していること」は空気で分かるため、浮き足立つ。

 さすがに隊長格だけはある程度のことを知らされていたようで、先の発言につながるって訳だ。


「やはり復活」という言葉。


 これはウィンダリア皇国に「天を喰らう鳳」が存在することを理解しているだけでなく、追っ手側は「万が一」とはいえ、その復活と敵対を予測していたことになる。

 まあ万が一、まずないと考えていたからこその、追っ手の規模であろう。

 逆を言えば、その「万が一」にかけて、人質であった皇女は脱出を図った。


 俺たちの介入に対しての隊長の挙動不審。

 術式の行使と、それを使えないはずの皇女にも使わせたであろう俺たちに対する「驚き」は、今になって考えてみれば、「あり得ない」というものではなく、これもまた「やはり」に属するものだと思われる。


 これは思ったより情報の拡散が速いな。


 まず間違いなく「天空城」(ユビエ・ウィスピール)の出現、それと同時にアレスディア宋国から「クレア」が失われたことが、少なくとも各国首脳には知れ渡っている。

 「救世の英雄」が再び現れた可能性を、国を動かす立場の人間は正しく理解しているということだ。

 似ても似つかない容貌とはいえ、黒髪黒目の俺に対して、隊長が挙動不審になったのもそれか。


 複数の国家が牽制しあっている状況では、ちょっと考えられない情報の拡散速度だ。

 ウィンダリア皇国の皇女が人質扱いであった可能性が高いことからも、国家の態は維持していても、千年後の世界(ヴァル・ステイル)は、政治中枢が一極集中している可能性が高いな。

 

 一気に厄介な状況になったが、最低限の戦闘力は確保できている。

 ここは流れにのるべきか。

 少なくとも皇女を助けた形になっているし、今この場で警戒するべき戦力といえば「天を喰らう鳳」くらいだろう。

 それにしても「六喰召喚士」のレベルが俺たちを超えていなければ、三対一で不覚を取る事もないが。

 もともとウィンダリア皇国の皇都へ入る予定だった訳だし、ここでわざわざ四象の一角と正面からぶつかる必要はどこにもない。

 問題は「天を喰らう鳳」が、追っ手部隊を見逃すかどうかだが、まあそこまで面倒を見てやる義理もなかろう。

 少なくとも敵対の意思を見せた「戦力」だ、見捨てても文句を言われる筋合いはないはず。

 死なれたら寝覚めが悪い、程度で下手にかばって敵にまわすには、四象の一角は厄介すぎる。


(ヨル)、クレア、念のために臨戦態勢。今の俺達ならまず問題ないと思うけど、使役している「六喰召喚士」のレベルによっては「天を喰らう鳳」は厄介だ』


『はい』


『承知ですわ』


 あからさまな感謝の視線を向けてくる皇女とその御付を見るに、こちらへいきなり攻撃してくることはないだろうが、まあ念のためだ。 


 気の毒な追っ手部隊は、声も上げられない。

 まあ風巻く「天を喰らう鳳」を前にして、戦ってどうにかなる相手でないことは理解できるだろうし、もはや見逃してくれることを期待するしかない状況だ。

 介入者である俺たちには自分たちから敵対したし、守護対象である皇族に矢を射掛けた自分たちを「天を喰らう鳳」が見逃す理由もない。


 絵にかいたような絶望ってやつだな。


 心の中で南無南無唱えていると、


『シン兄様! シン兄様ですよね! やっぱりそうだ! 妾が動けるということは再臨されたのだと思っておりましたが、やっぱり! お久しぶりです! うわあ、本物だあ!』


 追っ手部隊に死の宣告でもするのかと思いきや、ものっすごい荘厳な声で、念話が送られてくる。

 うん、声は「天を喰らう鳳」のものなんだろうけど、このテンションは覚えがあるぞ。


『フィオナ皇女!?』


『え、千年経ってるんじゃありませんでしたの? あの小悪……いえ、なんでもありませんわ』


『夜お姉さまも、クレアお姉さまも、()()()()おられるんですのね。お久しぶりでございます』


 俺のことをシン兄様と呼び、夜とクレアをお姉さま付けで呼ぶとなると、ウィンダリア皇国第一皇女であり、「六喰召喚士」でもあったフィオナで間違いないだろう。


 ただし千年前の、だが。


 相変わらず俺に向けるテンションと、二人に向けるテンションの差がひどい。

 態度が悪いどころかすごく丁寧で、礼儀にはずれたところなど欠片もないが、俺に対する親しげな態度と比較して、ひどく表面的に見える。

 実際そうなんだろうが。


『あいかわらず元気そうですね。でもシン君は皇女様のお兄様ではありませんよ』


『私たちも姉ではありませんわね』


 やめて、記憶通りだと十歳程度の女の子相手に、美女二人が素で相手するの止めて。

 せめてお姉さんとして相手してあげて。


『フィオナなのか? 千年ぶり、でいいのかな』


『本当にお久しぶりです、シン兄様! それについてはいろいろお話がありますわ。こう見えても――って今は「鳳」の姿でしたわね――今の妾はシン兄様よりも、夜お姉さまよりも、クレアお姉さまよりも年上ですのよ。夜お姉さまはちょっと怪しいかもしれませんけれど』


 悪戯っぽい感じの声だが、「鳳」の声でやられると違和感はんぱない。

 俺たちより年上、って、もしかして千年間何らかの手段で生き続けたっていうのか?


 あの十歳だった皇女様が。


『まあ積もるお話は皇都ハルモニアにて致しましょう。ここは妾の一族を無礼にも追い回した愚か者共をどうするかですが……』


 ああ、この念話は、追っ手側にも伝わってるのね。

 追っ手の一団が今の一言で竦み上がった。

 ってことは、俺たちが「救世の英雄」であることは完全にばれたって事だ。

 

 やっぱり皆殺しかな。

 

 やけっぱちにすらなれない、充分な教育と鍛錬を経たであろう追っ手たちを見るに、哀れに思わなくもない。

 あわてて幼皇女を殺しそうになったのは許しがたいが、彼らも命令に従っただけなのだろうし、夜は切れかけてたけど、俺がされたのはあたるはずもない矢を脅しで射掛けられただけだ。

 正体についても、上層部に予測されていることは確実なので、それが確定してもそう大きな違いはないだろう。


 故に、死に値するとまでは、俺たちの事情では思わない。


 ただ「ウィンダリア皇国」としては違うということも理解できる。


『さて本来であれば、全員殺しつくすだけのことを貴様ら「救世連盟」はやっておるが、我が眷属もシン兄様のおかげもあって、結果的には無事だったこともある。見逃してやるからさっさと逃げ帰れ』


 おや、見逃すのか。


『意外ですわね』


『シン君に、えぐい所見られたくないのでは?』


『夜姉さま、正解。――そういうわけで、精々シン兄様に感謝して逃げ帰るとよい。あと見逃すからには念のための忠告だが、上に何を報告するかは慎重にするが良いぞ? 妾の事はそのまま伝えるしかなかろうが、「救世の英雄」再臨を正直に告げれば、せっかくここで見逃したものを、口封じに消される可能性もあるでな』


 そういう脅しをかけておいて、ウィンダリア皇国に強大な戦力が戻ったことを「救世連盟」とやらに正確に伝える道具に使うわけか。

 下手なことをすれば「救世連盟」の現有戦力では手に負えない「力」を行使するぞという事実を、少数とはいえ錬度の高い正規兵から語らせることで、相手の上層部に認識させる。


 なるほど老獪だな。


 さすが正規兵というべきか、敵わぬ相手の気まぐれが変わらぬうちに、捨て台詞を残すこともなく撤退の行動に入る。

 まあそれ以外の選択肢はないわな。

 何人かがちらちらと夜、クレアに視線を送っていたのが逞しい。

 如何に伝説の英雄相手とはいえ、意外と余裕あるなお前ら。


 俺見て舌打ちしたやついなかったか。


「あ、あの! 助けてくださってありがとうございました!」


 あ、忘れてた。

 幼皇女が頬を上気させて俺にお礼を言っている。


「ああ、怪我がなくて……お仲間まではそうは行かなかったけど、まあ無事でよかった」


 まあ皇族なんてのは千年経っても美形なもんだ。

 血の恐ろしさというべきか、お約束の拘束力に感心するべきか。


「そんなことより、本当の意味で助けてくれたフィオナにお礼言わなくていいの?」


「あ! 申し訳ありません。フィオナ……様? 危ないところを助けていただいてありがとうございます」


 ふむ、「天を喰らう鳳」の存在は知っているが、それを使役する「六喰召喚士」であるフィオナの事は知らないのか。

 千年間生き続けている皇女が、表に出ることがないのも当然といえば当然なのかな。


『妾の為すべき事を為したまでだ、皇女シルリア。ただしそれ以上シン兄様に近づいてはならん。怖いお姉さま方にしかられるのでな』


「失礼な」


「こんな子供に嫉妬したりはいたしませんわ」


『おや、異なことを仰いますのね。妾は十歳当時、ずいぶんと邪魔者扱いを受けた覚えがございますけれど』


 あ、珍しい。

 夜とクレアが沈黙した。


 しかしフィオナ、俺たち三人に対する言葉遣いと、守るべき眷属や敵に使う言葉使いのギャップがひどいな。今の声なら、偉そうなほうがしっくり来るけど。


「やっぱり「救世の英雄」である、シン様とその両翼、夜様とクレア様なのですね!」


 眼をキラキラさせてシルリア姫が問いかけてくる。


 ああ、がっかりしてないといいけどな、俺のこの見た目に。

 あとその両翼とか言う言い方勘弁して欲しい。お前たちは俺の翼だ!とか言った覚えないし。

 あれ、状況はそんなに変わらないのか。

 やっぱり恵まれてるよな、今の状況。


『よいか皇女シルリア。シン兄様を、シン兄様と呼んでいいのは妾だけじゃ。それを忘れるな』


 ややこしいこと言い出したよ。

 夜とクレアも「許可してない」とか訳わかんないこと言い出してるし。


「とりあえず皇都ハルモニアまで行こうか。いろいろ聞きたいこともあるし、フィオナがいてくれて助かるよ」


『はい、それはもちろん。シン兄様達が姿を消してから、本当にいろんなことがありました。まずはそれを聞いていただいてから、これからのことを話しましょう』


 それにまったく異存はない。

 少なくともフィオナは俺たちの敵ではない。


 千年前の俺たちを知ってくれている存在は、思った以上に心強いものだった。

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