第18話 再構築
まだご飯食べる余裕はないな。
実際の時間はそれほど経過していない割に、何やら随分いろいろあったものの、俺と夜、クレアの合流は成った。
夜合流の際には、「吸血衝動」、クレア合流の際には封印の位置が替えられている事と、変態神官長の問題があったが、まあ事なきを得たと言っていいだろう。
それよりも実際の事件としては、クレアを迎えに央都ファルスに向かう際、「天空城」の「防護機構」の存在をすっかり忘れていたために引き起こした、「天空城出現事件」と、聖殿の宗教画から判明した、ゲームとしての「F.D.O」で俺、夜、クレアが解決してきた事件が、「救世神話」として、千年後のこの世界で語られていることの方が大きい。
描かれていた俺の顔が別人であることはこの際どうでもいいとしよう。
正体がばれる心配がないと思えばいいことであるとさえいえる。
夜、クレアと行動を同じくしていたら意味ないけど。
ちくしょう。
この二点は現在進行形であることも頭が痛い問題だ。
その上、クレアの封印結界が移動させられていた隠し部屋に記されていた、聖殿の「救世神話」の欠けた一片、つまり「世界の終わり」に関わるものが目下最大の問題だ。
曰く……
「神々の消失と、それに伴う魔力の逸失ですの?」
またしても絵と文章の組み合わせで表された「世界の終わりとその回避」を見るところ、やはり正確には伝わってはいないようだ。
だれも見たことのない女神アストレイア様は金色の光として表現され、その神託に従った「救世の英雄」シン(アメリカンヒーローVer)、夜、クレアの三名が何らかの犠牲を払うことにより、世界の終わりは回避されたと記されている。
まあアストレイア様とのやり取りが正確に伝わっていたら俺は羞恥のあまり悶死するし、夜やクレアも「お話」が衆目に晒されているとなったらひきつるんじゃないだろうか。
これはなんとなくの勘だが。
いや今はクレアの言う、最大の問題点だ。
神の消失は想定通りと言える。
アストレイア様が俺に伝えた言葉も、そのようなことを言っていた。
確か世界を救うために、神々は力を使い果たして姿を消しているということだったはずだ。
それが一時的なものか、世界の存続と引き換えに、神なき世界になってしまうのかははっきりしていないが、アストレイア様が俺に求めた約束が、
「私を探し出して」
だったことからも、完全な消失ではないだろう。
どこかで力の回復のために休んでいるといったところか。
その事実が、俺や夜、クレアが、世界から千年ずれた理由なのかもしれない。
俺たち三人の当面目標である、アストレイア様を見つけ出すことができれば、この問題は解決できるだろう。
直接、創世神に話を聞けるわけだし。
もう一方、魔力の逸失も、神々とともにあった世界にとっては、その在り方を変えるほどの変化と言える。
あくまでも「秘匿神話」――隠し部屋に記されていた「物語」は、聖殿に記されていた「救世神話」に対してそう記されていた――によるとだが、「世界の存続」と引き換えに神々が姿を消すと同時に、世界から魔力が失われていったとされている。
「F.D.O」における魔力とは、何か特別に捻ったものではなく、よくある「魔法」、「F.D.O」でいうところの「術式」を行使するために必要なものであり、人も含んだ世界に満ちている。
人が術式を使用できるのは自身が保有する魔力、俺にとってはMPとされるものの範囲内であり、体内から枯渇した魔力は時間経過とともに世界から補充される。
「逸失神話」に記された通りであれば、一度枯渇した魔力を回復することはできず、人は術式を行使することができない。
いや、世界から失われるということは、人の身からも失われているということか。
端的に言えば、今の世界から「術式」は失われているということだ。
最重要聖遺物である「クレア」の保管場所を、かくも脆弱な場所にせざるを得なかったことも、そういう前提があれば理解できる話だ。
一方で、俺がこの世界に来てから夜、クレアと合流するまでに行った戦闘において、魔力の枯渇を感じることはなかった。
敵は魔力を使用する攻撃をして来るものではなかったし、俺が使用したのは「格闘士」と「狩人」のスキル、体力依存のものなので、MPの有無は関係ない。
が、今この瞬間に「神の目」で、自分自身や夜、クレアのステータスを確認しても、MPはきちんと存在する。
「秘匿神話」に記されていることが正しければ、MPは最大値こそ表示されていても、現在値はゼロでなければおかしいことになる。
それともここから使用すれば、減少したまま回復しないということなのか。
ああ、そうか試せばいいのか。
いや、試すまでもない。
俺が「天空城」に戻るために使用した「帰還」や、ここに来るまで頼りにした夜の「影渉り」はMP依存スキルだ。
俺のものはもちろん、夜の目から見える、夜のステータスではレベル1のものとはいえ、上限値まで回復している。
少なくとも俺や、夜、クレアにとっては依然と何も変わることなく、スキル、術式の行使と自然回復が望めるということだろう。
一応念のため試すとしよう、まだ術式を使用していないクレアで使ってみればいい。
言葉をかけるまでもなく、クレアが初級術式「灯」を使用する。
「吸血鬼」の夜、「神子」のクレアの視界があるから別に問題なかったが、暗闇の中に「灯」がともることで、俺自身の目にもこの空間がはっきりと見えるようになる。
変態神官長が持っていたランタンを消してから、俺にとっては何も見えない暗闇だったのだ。
ほんのわずかに減少したクレアのMPが瞬く間に回復する。
やはり俺たちは「逸失神話」で語られている影響の外にあるようだ。
ん?
さっき調べた変態神官長、レベル7だったよな。
神職がレベル上げようと思えば、神聖術式の行使くらいしか思いつかないが、どうやってレベル7にまで上がったんだろう、あの……名前思い出せないや、変態神官長でいいか。
まさか傭兵と共に魔物狩りをするようには見えないし、もしそうであったとしたら、戦闘において術式を使えない神官なんて足手まといでしかない。
そもそも術式行使できない状況で、何を持って神官としているのだろう。
少なくとも「F.D.O」における神官は、階位の違いこそあれ神聖術式と回復術式を使用することを最低条件としていたはずだ。
いや、神々が姿を消した世界で「神官」としてあるのは、相当はっきりした「力」がなければ権威を保つのは難しいのではなかろうか。
千年経っているこの世界でも、宗教国家としてアレスディアは変わらず存在し、この聖殿を見てもアレスディア教が衰退している兆しはない。
昼間の民衆を受け入れる対応、商業区の活気、ざっと見た限りの人口でも、俺の知るアレスディア宋国よりも勢力を増していると言っていいくらいだ。
それを可能にした「力」ってなんだ?
「もしかして、クレアだったりしませんか?」
行き着いた疑問に、夜が予測の答えを述べる。
それだ。
だからこそ、本人である俺達から見ても大げさに思えるくらいに神格化され、隠し部屋に移動させられていたわけだ。
自然に回復することが不可能になった魔力を、回復させる「聖遺物」。
これほど教会の権威をいや増すものもないだろう。
夜や、ついでに俺も相当捜索されたんじゃないだろうか。
千年前の権力者の中には、「天空城」のことを知る者もいたはずだ。
いや、確かに先ほどの「救世神話」の中にも絵描かれていた。
であれば、現在の権力者にとっては「天空城」の出現は、民衆とは全く別の意味を持っているのかもしれない。
すなわち、もう一つ「聖遺物」を入手できるかもしれない好機。
そういう前提で考えれば、先ほど、封印の補助のみと思っていた魔法陣、聖鎖、聖釘も、封印されたクレアから対象者へ魔力を補充するための仕組みだったのだろう。
「可能性高いな……そうなるとクレアを連れ去るってことは、象徴が失われるだけじゃなく、国を成立させ得る力が失われるってことだ。「天空城」の出現も含めて世界規模の騒ぎになるな、これは」
「拙いんですの?」
「拙くないことはないですね」
拙いからと言って、クレアを魔力供給装置として提供してやる気なんざ、サラサラない。
「象徴」としてありがたがっていたというのなら可愛げもあるが、実利を伴う便利なものとして扱っていたというのならば、遠慮する必要など感じないしな。
「神聖術式」や「回復術式」を使用不可能になることで、どれだけの人々に影響が出るのかを想像できないわけじゃない。
本来なら助かった命を失う人も出るだろうし、教会の権威も失墜するかもしれない。
ただ、乱暴に言えば知ったことじゃないってのが本音だ。
顔も知らない多くの人を救うために、クレアの自由を縛るなんて、ばかばかしくて比べる気にもならない。
とはいえ――
「クレア」
「我が主についていきますわ」
念のために意思を確認しようとすると即答される。
まあこの件で下手なこと言うと、トラの尻尾踏むだけなのはよくわかっているので黙って頷く。
「ふふ、「神子」とか「聖女」とか言われていても、クレアはまずシン君のクレアですもんね」
「……と、当然ですわ!」
照れながらも、服を着たばかりの大きな胸を逸らす。
――揺れる揺れる。
夜のジト目が怖い。
ほんと、夜にも「三位一体」発動してるんじゃないかと思うことがよくある。
それだけ俺がわかりやすいんだろうけど。
しかし今予測していることが事実となれば最悪、俺たち三人は民衆には「救世の英雄」と思われながら、現在の権力者達を敵にまわす可能性が高い。
動くことも文句を言うこともない、封印されたクレアであればいくらでも英雄に祭り上げて有難がっても害はないが、自分の意志を持って動き出したらそうもいくまい。
宗教国家としてアレスディアを維持するために、合法非合法を問わず力ずくで問題解決にあたる可能性が高い。
一人一人は敬虔な信者であっても、国家というのはそういうものだ。
現代日本で育った俺にはピンとこないが、国家間の問題に深くかかわっていたシンの記憶がそう確信させる。
それだけではなく、今までアレスディアにその「力」を独占されていた他国も、俺や夜、クレアが独自の意志を持って動き出したと知れば、上手くいけば我が物に、そこまでいかなくても利用しようとして接触してくることは間違いない。
当初は、俺や夜の顔が割れているわけではないし、と楽に構えていたが、「救世神話」が世間に広まっているのであればその限りではない。
顔が割れていないのは俺くらいだ、ちくしょうめ。
「天空城」の出現、クレアの消失。
少なくとも現在の権力者の地位にいる者たちは、「救世の英雄」の復活を確信するだろう。
魔力が失われ、術式の行使が困難な今の世界での戦力がどの程度のものかは不明だが、国家が持つ最大の暴力である「軍隊」に抗し得る力を、早急に身に着ける必要がある。
力を持って無理を通そうとする相手と対等に話をする為には、こちらにもぶんなぐることが可能なだけの力が必須なのだ。
そうでなければ一方的に蹂躙され、利用される。
相手は国家規模、それを背景とした「数の脅威」は、ちっぽけな「英雄」など踏み砕く。
一気に元の力、カンストレベルまで戻すのは不可能だろうが、可能な限り速やかに三人それぞれのメインジョブを再構築、「天空城」の運用可能なレベル50程度まで戻す必要がある。
そこまで戻せば、装備の方もそうそうただの軍隊程度に後れを取るものではなくなるし、「従者」の呼び出しや、対多数の強力なスキルも使用可能になる。
そうと決まればさっさとレべリングだ、「天空城」に戻って狩り場に移動しよう。
「夜、「召喚士」で問題ないな?」
「はい。「七眼九尾の黒獣」にはもう一度逢いたいですし」
「クレア」
「我が主の盾をやめるつもりはありませんわ」
クレアも「聖騎士」メインで問題ないようだ。
まあ三人でたどり着いた最強布陣を、今更放棄することなどありえない。
「シン君は……」
「我が主は……」
ああ、俺も今更ブレる気はない。
余裕があれば、この圧倒的な現実感の中で魔法職とかいろいろやってみたいけど、今は自分が馴染んだ「俺の考えた最強職」「俺の考えた最強技」を取り戻すことが優先だ。
「もちろん、「術式格闘士」を取り戻す」