第17話 再会 ―クレア―
封印がなされた場所に、クレアはいなかった。
代わりにそこにあったのは、封印前、つまりゲームとしての「F.D.O」で俺が操作し、シン、夜、クレアがクリアしてきたグランドクエストをはじめとした出来事が、「救世神話」として語られている、物語だった。
ご丁寧に絵まで付いて。
夜やクレアは本物そっくりだったが、俺がまったくの別人だったのはまあ良しとしよう。
一目見たら忘れられない夜、本物が封印されている状態とはいえ目の前にいるクレアと違い、何度見ても忘れ去られるような風貌の俺を、高い格調が求められる宗教画にそのまま描くことなどできなかったのだろう。
実際、あれらの絵を描いた画家連中も、俺の顔を正確に思い出すことはできなかったのかもしれない。
そうであれば民衆受けするように、伝説に残っている「記号」、つまり黒髪黒目あたりを外さないように美しく描けばいい。
でも身長くらいは本物通りにしてほしいものだ、なんであそこまででかくなる。
結果として、黒髪黒目なことを除けば、俺から見ればアメリカンヒーローみたいにな有様になってしまっていたわけだ。
ほかならぬ俺自身が。
地球での偉人達も、生きて自分がどう描かれているかを目にすることがあれば、俺と同じ気持ちになるのであろうか。
「俺本人を知る人」から見た場合の「これじゃない感」、いやもうはっきり言えば「贋者感」がものすごいことは、夜がかつてない勢いで笑っていたことからもわかる。
あんな夜、初めて見たかもしれん。
何が悲しいって、贋者の方がよっぽど「救世の英雄」っぽいことだと思う。
まあいい、今はクレアと合流することが最優先だ。
「三位一体」を全開で起動しているので、クレアの位置は正確に把握できている。
夜の「影渉り」を使えば問題なくたどり着ける。
何で地下なのか、という疑問はあるが、人目に晒したくないという意図が関わっているのだろう。
『あれは絶対見ておくべきです。一度見ればその後シン君を見るたびに笑えます』
『そこまでですの?』
『だって、もうなんというか顔がうるさいんですよ。笑顔で歯が光る感じ』
『想像がつきませんわね』
『あれは見ないと無理だと思います。シン君を知ってる私たちにはできない芸当です』
もう勘弁してもらえませんか、ずっとこのネタで盛り上がっておられる。
しかし少し疑問だ、明確に秘匿の意志を示してクレアを隔離しているのに、転移魔法やその手の装置を使うことなく、隠し扉という古色蒼然とした手段を使っている。
俺達三人の「冒険」が「神話」として扱われている千年後のアレスディア教会の中枢、その中でも最重要な存在であろう「クレア本人」を保持する場所としては脆弱と言わざるを得ない。
最低でも許可者しか起動しない転移装置、万全を期すのであれば専任の転移者による、人間による確認を経ないと侵入不可能なシステムであってしかるべきだ。
何か理由があるのかな。
まあ夜の建物内で影の無い場所などない。
であれば影を渡る「吸血鬼」にとって、何の障害もないのと同じだ。
魔法やオーバーテクノロジーが駆使されていない作りとしては、最上級と言っていい作りの隠し扉とその向こうにある隠蔽空間だが、「三位一体」と「影渉り」の前にはただの部屋と何も変わら無い。
まあこれは転移を駆使したつくりであっても同じことか。
闇夜の「吸血鬼」に侵入できない場所などありはしないのだから。
『誰かいますね』
隠し部屋には確かに人の気配がある。
一人きりでなにをしているのか、昼の騒ぎに対して御神体たるクレアに祈りでも捧げてるのだろうか。 たぶんその御神体に、御祈り届いてないと思うぞ。
『え? 私見られてますの? の?』
『まあ肌とか顔はなあ。夜と同じなら肝心なところは見えてないから大丈夫。裸なのはわかるから、かなりそそる絵面にはなってるけどね』
あ、また「肝心なところ」発言してしまった。
うん、俺にとって肝心なところが見える状況だったら、もっと心穏やかではいられなかったと思うんだ。安堵も手伝ってつい失言が出てしまう。
『そ、その言い方! 肝心なところが見えていなければいいというものではありませんわ!』
『まあまあ』
『夜はいいですわよね! 我が主に堪能されただけですもの! 比べて私はどこの誰とも知れぬ方に寝顔どころか肌まで見られるとは……』
うん、クレア、正確には寝顔とは違うんじゃないかな。
影の中から確認すると、かなり高位の法衣に身を包んだ――おそらく神官長クラスだろう――男性が一人、夜と同じ結界に封じられたクレアの前で跪いている。
やっぱり祈りをささげているのか。
熱心なことだと思うが、昼の騒ぎがあった後では無理もないか。
どうやって移動させたのか、クレアの封印結界も夜のものと同じく、水晶で出来た大星型十二面体多面体が空中に浮かんでいる。
夜のものとの違いは、その色彩がクレアを象徴する金色であることと、おそらくは教会の準備したであろう、ありがたい聖鎖が幾重にもまかれ、地上の魔法陣に対応した各所に聖釘で打ちつけられていることだ。
なにがあってもクレアを失いたくないという決意が伝わってくるようだ。
確かに封印に封じられているクレアは儚げで、目を離すと消えてなくなってしまいそうだ。
その上、「神子」がその真の能力を行使する際発現する、「光輪」も現れている。
これはそりゃ、神聖視するよな。
『強く殴ると記憶失うんでしたわよね? 確か』
こんなこと言ってる人ですけどね、実際は。
というか千年間こうして存在したのであれば、クレアの記憶を消したい対象の多くはすでに鬼籍じゃないかな。
とりあえず神官長っぽい人には意識を失ってもらおう。
クレアの希望通り記憶まで失ってくれるとは思えないが、ここで紳士的に登場してクレアを返してくださいと言っても騒ぎが大きくなるだけで、何一つ解決するとは思えない。
クレアがいなくなってどうせ騒ぎになるんなら、ここは一番効率的な方法を取らせてもらおう。
封印解除の際、クレアの裸を見せるつもりもないしな。
『私はここで待ってますね。はやく封印解除してきてあげてください』
クレアとの再会は二人きりでしろということらしい。
この辺は気が利いてるというべきなのか、クレアとの暗黙の了解ゆえか判断に困るところだ。
『あ、あれは意識刈ったら、適当に影に投げ込んでください。その辺にポイしますんで』
大概ひどいな、夜も。
この状況下で、隠されたこの部屋で祈りをささげてるってことは相当偉い人だろうに、あれ呼ばわりですか。
俺のみ、気配を消して影から抜け出る。
神官長らしき人の祈りの声が聞こえるようになる。
「クレア様……ク、クレア様……」
聖なる祈りとはほど遠い、陶酔した声と荒い息遣い。
何やってやがるこの変態神官!
一瞬で頭に血が上る。
「……僕のクレアでなにしてる」
自分のものとも思えない、ぞっとする静かで冷たい声。
これ俺の声か。
いや、今「僕」って言ったか。
「瞬脚」で一瞬で間合いをつめ、後頭部に一撃。
やばい、調節しくじって首ぽーんさせてしまうところだった。
今、完全に「シン」が前面に出てた。
「僕」って言ったし、まったく手加減なしで利き腕振りぬくつもりだった。
こわあ、シンの方が強く出ると手加減とか全くないぞこれ。
戦闘にはいいかもしれないけど、「俺」と「シン」の乖離は起こしちゃいかんな。
夜とクレアに対する悪意にはほんとに気を付けよう。
手が付けられなくなる可能性がある、俺が。
しかしこのやろう、非常事態に何してやがる。
非常事態つくった張本人が言う台詞ではないだろうけれど。
『どうかしましたか?』
『我が主?』
一瞬で意識を刈り取られ、ぐったりしているやんごとなき変態の首根っこを摑まえて持ち上げる。
思ったよりずっと若い、二十代前半といったところか。
変態のくせに目鼻立ちは整っている、悔しいが俺と比べて十人が十人、この変態の方が男前だと判断するだろう。
『いや、なんでもない。やっぱり神官長だな、この人。夜、悪いがその辺にポイして来て』
「調べる」を使用すると、「神官長 Lv7 クリストファー・ハイネル」と表示された。
神官長が何やってんだ、世も末だな。
まさか夜とクレアに事実をそのまま伝えるわけにもいかないし、当初の予定通り行動することにする。
まあ、クリストファー神官長も人前では立派なのだろう、そういう点では俺も人のことを一方的に変態野郎と罵ることはできない。
欲望の対象がクレアだったから、「僕」が悪・即・斬しただけです。
とりあえず自分の影の中にクリストファー神官長をポイした。
あとは夜がどこか適当な場所にペッしてくれるだろう。
目が覚めてから慌てるがいい。
さて邪魔者も排除したことだし、クレアの封印解除を始めよう。
『封印解除始めるよ』
『お願いしますわ、我が主。……しかし二番目の定めとはいえ、なんというかこう、盛り上がりには欠けますわね』
苦笑めいたクレアの声。
そんなこともないんだけどなあ、俺にとっては。
方向性が違うだけで、クレアも俺にとって究極の理想を具現化した存在だ。
しかも日本人よりの妄想具現化である夜と違い、あくまでも日本人である俺が妄想する理想の外国人美女を根幹にしているので、色気というか空気というか、正直気後れするのはクレアの方に対しての方が強かったりする。
自分で理想を妄想した対象に気後れするというのはいかにもヘタレだが、スタイルも含めて圧倒的なクレアを前にすると、日本人の俺としてはどうしても本能的に一歩引くのだ。
で、照れ隠し的に扱うので、夜よりも扱いが雑にも見える。
夜はその事にも気付いているだろうが、当の本人であるクレアにしてみればそんなことは解らないだろうし、拗ねているほどではないのだろうが先のような発言をたまにする。
『そんなことないよ。この後素っ裸のクレアを受け止めると思うと心臓バクバクいってる』
『ほんとですよ、クレア。シン君はクレアの前にいるときの方が心拍数高めです』
止めて、詳細に分析するのほんと止めて。
何で心拍数とかわかるの? 「吸血鬼」の能力なの?
『もう、バカなことばっかり』
呆れたようなクレアの声に、喜色が混ざる。
こうやってバカな会話していけるのが、一番楽しいよなと改めて思う。
クレアの封印解除も済めば、久しぶりに三人一緒だ。
お酒でも飲みながら朝まで馬鹿話をしたいな、と思った。
『私の場合は、あれがあっても踏み止まられてしまいましたからね。完敗です。さてここからはクレアが攻める時間帯』
『しませんのよ? 素で色仕掛けなんかしませんのよ?』
『あれ、しないんですか。めったにないチャンスですよ、理由を伴った状態で全裸で向き合うなんて』
『し ま せ ん の よ !』
しないのか。
まあ残念と思う気持ちがあることは否定しない。
ただクレアのあれは夜と違い、時間が経過したからと言って発生するものではない。
今日の月齢では何の問題もないだろう。
『ざんねん。じゃ、素でない時に期待します』
『こ、この……』
当然夜も、クレアが夜の「吸血衝動」を知っているのと同じく、クレアのあれも知っている。
そうなったときの破壊力が、自分が「吸血衝動」に駆られたときに勝るとも劣らないこともよく理解しているが故の、からかいの言葉だ。
『はーじーめーるーぞー』
『ごめんなさい』
『あ、申し訳ありません。よろしくお願いしますわ』
まったくじゃれあいだすと長いのは相変わらずだな。
こんな状況じゃなければ俺も混ざるんだけどさ。
封印結界に俺が触れると、夜の時と全く同じようにあっさりと結界が解かれてゆく。
音を立てて結界に巻かれていた聖鎖が落ち、聖釘にかかっていた圧力が抜ける。
ゆっくりとクレアの金眼が開くと、発現していた「光輪」が強くなる。
おそらくは千年前の最高の術者が仕込んだのであろう、封印補助の魔法陣が、一瞬たりともクレアの行動を束縛する事かなわず掻き消される。
聖なる力を込められた鎖も釘も、今やただの鉄に過ぎないだろう。
自身の力で空中に浮き、ゆっくりと俺の手の中に降りてくる。
いや、きれいなんだけど全裸ですよクレアさん。
「お久しぶりですわ、我が主。夜ともども、今後ともよろしく」
そういって微笑むと、俺の首に手を回して抱きついてきた。
久しぶりに、初めて聞くクレアの生の声が俺の頭をしびれさせる。
そうだ、こういう声を頭の中で妄想してあたってるあたってる。
「こ、これからもよろしくな、クレア」
いや、あててんだなこれは。
全裸であることも当然理解したうえで、こうしてるわけか。
だとしても声が上擦るのを止めることができない。
男ってほんとしょうもない。
「中途半端な。やるならもっと思い切ればいいじゃないですか」
「な、何影から出てきてますの? 今は私の時間帯ではありませんでしたの?」
「そんな半端な色仕掛けに、占有時間はありません。はやく服を着てください、はしたない」
自分の時のことを棚に上げて夜がひどい。
というか本気の色仕掛けだったら、影の中でずっと待ってるんですか夜さん。
そういえばクレアも、夜の「吸血衝動」の時は事が終わるまで声さえかけてこなかったな。
女同士の不文律はよくわからない。
今のクレアも、本気で抗議しているわけではないみたいだし。
ともあれ。
これで無事三人集合完了だ。
一番の目的は果たせたと言っていいだろう。
まずは三人一緒に食事でもしようか。