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第15話 天変地異

 「吸血衝動」はつまるところ、吸血鬼が吸血鬼であるために必要な儀式だ。


 強力な種族に課せられる条件、それを満たせば恩恵を受けられ、満たさなければ罰則(ペナルティ)をくらうというプラグマティックなもの。


 「F.D.O」フィリウス・ディ・オンラインというゲームにおいては、現実時間で一週間に一度、「吸血鬼の想い人」に設定された他プレイヤーキャラクターから「吸血」を行うこと。

 それによって種族「吸血鬼」が使用可能な強力なスキルとステータスの恩恵を受けられるが、行えないと現実時間で一週間、通常レベル上げすら不可能になるレベルの罰則を受ける。

 「吸血鬼の想い人」以外からの「吸血」は、HPの回復や、相手への状態異常は与えるが、種族条件を満たすことはない。

 「吸血鬼の想い人」に設定されたプレイヤーキャラクターは、対象「吸血鬼」のレベルに応じた精神系状態異常スキル、術式に対する耐性を称号設定時に得るものの、「吸血」後、12時間に亘ってステータス値20%ダウンという罰則を受ける。

 そのため実質、種族「吸血鬼」を運用可能なのは、俺のような複垢プレイヤーにほぼ限定されていた。


 現実化した世界(ヴァル・ステイル)においては、「吸血鬼」が愛する相手、ゲームでの「吸血鬼の想い人」にあたる相手の血を一定期間以上「吸血」しなければ、塵に還るという厳しいものだった。

 そしてその愛する相手を「眷属」ないしは「下僕」にした場合、条件から外れるという事実も「吸血鬼」が「永遠の命」を維持する大きな弊害となっていた。

 常命の者を愛さなければ、永遠の命を支えることはできず、常命の者が相手である故に、死に別れる度に新たな相手を愛する事が必須になる。

 それに耐えきれず、(ヨル)の父親は塵に還り、愛娘である夜にそんな思いをさせないように、夜の吸血鬼としてのすべてを封じた。


 その封印はある事件を経て、解かれてしまっているのだが。


 今回の「吸血衝動」もなんとか俺の血を与えることで収まった。

 詳しく思い出すとあれなので忘れることにする。

 

 どうあれ夜が「吸血鬼」としてのスキルを使用可能になったので、クレアがいるであろう聖殿へ侵入することも問題がなくなった。


 次はクレアと合流だ。


 


 夜を隣に侍らせた状態で玉座に座り「天空城」(ユビエ・ウィスピール)制御板(コントロールパネル)を操作する。

 なんか絵面で見ると偉そうな感じだが、夜とクレアは俺の左右を定位置として譲らない。

 左右は定期的に入れ替えているようだが、まあ害があることではないので好きにさせている。

 ただ久しぶりにこうなると、夜の逆位置にクレアがいないのはやはり落ち着かないな。


 制御板からの情報を読み取ると、なんとかクレアのいる、宗教国家アレスディアの央都ファルスまで移動するだけの動力は残っているようで一安心する。


 しかしその後ここまで戻ってくるとほぼ完全に枯渇する量しかない。


 補給すれば良いだけの話だが、今の俺や夜、クレアのレベルではまともに「天空城」を動かせるだけの動力、つまりMPを補給しようと思えば、徒歩で移動したほうが速いくらいに時間がかかる。

 「天空城」の運用は、完全にレベルカンスト者前提で考えられており、少なくともレベル50以下でまともに運用するのは現実的ではない。

 まあいい、とりあえずクレアと合流さえできてしまえば、後のことはその時考えればいい。

 

 目的地を央都ファルスに設定する。

 

 やることはこれだけで、後は到着を待つだけだ。

 ゲーム時代であれば数分で到着したが、現状ではどれくらいかかるのだろうか。

 まあ一日かからずにウィンダリア皇国の皇都ハルモニア近くから、宗教国家アレスディアの央都ファルスまで移動できるというのは、ベースが「F.D.O」というゲーム、つまりは飛空艇や転移装置といったオーバーテクノロジーが存在する世界(ヴァル・ステイル)においてさえ、特別なものだ。

 もっとはやい移動手段は存在するが、個人所有のうえ、基本的に好きなところへ移動できるものとしては最速と言って間違いない。

 とはいえ、到着まで時間ができたのは事実だし、移動する「天空城」を見てみたくもある。


 俺は夜を伴って城外へ出た。

 

『おー、絶景絶景』


 夜とは当然パーティーチャットを使用する必要はなくなっているのだが、クレアを仲間外れにするわけにもいかないので、三人合流完了まではパーティーチャットを使用する。

 移動を開始した「天空城」は、最初俺が着いたときよりも高度を大幅に下げ、雲海のすぐ上まで降りている。

 大地部分が雲海を引き裂き、さながら白い海を進む巨大な船舶のようだ。

 陽光に輝く城は、それが「吸血鬼」の居城だとは思えないくらい美しい。


『仮にも吸血鬼の居城が、陽光降りそそぐ中、空中移動というのもいかがなものかと思いますのよ?』


『別に私、陽光苦手じゃないですもん』


 どっちかというとお日様好きだもんな、夜。


 「天空城」に関して、毎回似たようなやり取りをする夜とクレア。

 それに今はシン君のお城だからいいんです、とこれも毎回同じことを口にする夜。


 個人的には「俺の城」という言い回しの時点でしっくりこない。


 「F.D.O」で移動拠点を所有している事に違和感はなかったし、自慢でもあった。

 ただそれが現実となった今、「これがあなたの城ですよ」と言われてもピンとこないというか、俺の家ってことだよなと思うとスケールの違いに笑ってしまう。

 初期に入手した皇都ハルモニアの屋敷ですら、現実となれば庶民である俺にとって実感の伴わないものになるだろう。


 千年経った今、どうなってるんだろうな、ゲーム内での不動産の扱い。


 陽光が苦手じゃないと言いつつ、夜は日傘をさして外に出ている。

 実際苦手ではないのだろうが、種族としての嗜みであろうか。

 傘は洋風なものではなく和傘で、身に着けている衣服も和服をアレンジしたようなものだ。


 夜は和装を好む。


 クレアもそれなりに着たりもするが、これは間違いなく俺の趣味が反映された結果だろう。

 今身に着けているのも、運営がクエスト付衣装として販売した、和服の課金アイテムだ。

 和服を織ることのできる職人がらみのクエストをこなせば、複数デザインの和服を入手可能になり、色は好きに設定できる。

 何事にもやたらと凝る運営が、有名な和服デザイナーと絹織物デザイナーに依頼して起こした衣装だったはずだ。


 今夜が身に着けているのは、雅楽文様の黒留袖だ。


 長い黒髪をポニーテールにまとめて、男の俺にはよくわからないがうまく着崩している?のだろうか。

 まあ似合っていると思う。

 既婚女性の服だよな、確か留袖って。


 そんな夜をつれ、クレアとも会話しながら天空城の外を見て回る。

 美しい庭園や、池というには広すぎる水源池。

 持ち主の自分でさえ入ったことはないが、かなりの大きさを誇る地下部分には何があるのだろうか。

 城の中を詳しく調べれば、現実となった今なら入れるかもしれないな。


 そんなことを考えながらいろいろ見て回っていると、それなりに時間が経過した。



『やっぱり速いですね。「天空城」がもう一度高度を下げ始めました』


『もう着くんですの? 結局、意識回復してから一日のうちに合流完了できそうですわね』


 確かにそうだ。

 あれこれあった割に、この世界で意識を取り戻してからまだ一日も経っていない。

 まあ順調なのはいいことだろう。


 夜の言葉通り、「天空城」が雲の中へ沈むように高度を下げ始めている。

 城の周りに渦巻くように、雲が割れてゆく。

 雲海を抜ければ、地上からも視認できる高度に下がるだろう。


『……あ』


『あ、ってなんですの? 我が主(マイ・マスター)


『どうかしましたか、シン君』


 やっばい、忘れてた!


 「天空城」が一定以上高度を下げた場合、他者からの隠蔽のために嵐を纏うという、要らん設定があったのをすっかり失念していた。

 文字通り〇ピュタの如く、竜の巣並みの嵐を引き連れて人の暮らす街、しかも宗教国家の首都に突撃するなんて魔王の所業じゃないか。


 くっそ、ゲームの中では表現されてなかったはずだし、城入手後も長距離移動は基本「転移」(テレポート)を使っていたから、「天空城」で人里に向かうのは初めてで、頭から完全に抜けてた。


 今から玉座に戻って、制御板を……


 そう思っている間にも「天空城」の周りには時折雷光を走らせる、分厚い積乱雲が形成されてゆく。

 台風の目に位置する「天空城」の上空には青空が見えているけど、今どの程度の高度なのかを測る手段にはなり得ない。


 これ地上から見たら天変地異発生レベルなんじゃなかろうか。


 突然曇り空の雲を越えて、巨大な雷を纏った嵐が降りてくる。

 周りに及ぼす影響も大きいだろうし、こんなことで人死にが出たらたまったものじゃない。

 なんとかしないと。


 しかしこれ、絶景といえば絶景だな。


 こんな至近距離で、凄まじい規模の台風の内側を見る機会なんてあるものじゃない。

 自然として正しいことなのかどうかわからないが、時計回りに渦巻く、雷を走らせる雲の層は物凄い迫力で展開されてゆく。


 そんな呑気なこと考えてる場合じゃなかった。


 少なくともこんなものが地上を巻き込みながら街に近づけば、そこに住む人々は唯ではすむまい。


『嵐纏ったまま、街に突撃したら駄目だろう!』


『……ああ、なるほど』


『まるで神罰執行のようですわね』


 いや、ああなるほどじゃなくて夜さん、なんとかなりませんか。

 クレアさん、それをあなたがいるであろう街に対してやらかしそうになっている訳ですが、落ち着いてますね。

 そういえばアレスディア教において、主神の権能だったな、「雷纏う嵐」。


 宗教国家の央都に神罰執行ってシャレにならん。


『じゃあ解除しますね、防御機構』


 何事も無いように夜がそういうと、ものすごい勢いで、形成されていた積乱雲が消えてゆく。

 おお、さすが元居城、その制御はお手のもの、何の問題もないということか。


 ほっとした、少なくともこれで要らん混乱を街に及ぼすことはないだろう。

 ないだろう……?


 ちょっと待とうか。


 天空からものすごい勢いで雷を纏った嵐が突然現れます。

 何事かと思った人々が空を見上げ、だからと言って抵抗の手段があるはずもなく、自分たちの信じる主神の権能である、雷を纏った嵐が襲い掛かってくるのをあきらめの気持ちで見ているしかありません。

 覚悟を決めたその時、突然嵐は消え去り、今日の曇天も掻き消して空中に浮かぶ城が現れました。

 陽光を燦々と浴びて輝く城は、まるで神様のお城のようです。


 これは国家の枠を超えた騒ぎになるだけの、大規模イベントを発生させてしまったような気がする。


 いや大丈夫だ! まだ街から距離があればそんなに目立ってはいないはずだ。


 ……はず、だ。


 夜の指示に従い、防御機構を停止した「天空城」の視界は良好だ。

 この感じだと大体500メートルくらい下、距離にして1000メートルくらいかなあ、央都ファルス。

 こんな角度から見るのは初めてだけど、相変わらずきれいな街だな。


 千年経っても変わらないもんだなあ。


 思わず現実逃避をしてしまう。


 防御機構を停止するために使用された力の影響なのか、央都ファルスの上空だけ綺麗に雲がなくなり蒼天から太陽の光を降らせている。

 その中央に浮かぶ、我らが「天空城」はさぞや神秘的なことだろう。

 俺の要らん想像通りのことが起こったと見て間違いない。


 こんな高空から見えるわけはないのに、央都ファルスの人々が、口を開けて「天空城」を見上げているのが見えた気がした。


『……これは、目立っちゃいましたね』


我が主(マイ・マスター)は、それくらい派手で丁度よいのですわ!』


 目立っちゃだめだろう、これからおそらくこの国で「御神体」になっているクレアを連れ出す、この国の人々からすれば「盗み出す」予定なんだから。

 

 どうしようかな、これ。


 まあ予定通り行動するしかないか。

 この高度の「天空城」に手出しできる戦力を持っているとも思えないし、俺や夜の顔がばれている訳でもない。

 夜のスキルでさっさとクレアを解放、合流して「天空城」ごと逃げてしまおう。


 うん、こんな騒ぎがあれば警戒はすべて「天空城」に向けられるだろうし、クレアの所が手薄になる可能性もある。

 神頼みの神官が押しかけている可能性もなくはないが。

 いや、よそう、ポジティブに考えるんだ。

 俺は致命的なミスはしていない。はずだ。たぶん。きっとそう。


 三十六計逃げるに如かず。


 うん、それがいい。

 そうしよう。

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