第14話 吸血鬼
この第14話は不快に感じる方もおられると思います。
一言で言えば、夜が吸血鬼ゆえの問題を解消して、クレアの元に向かえるようになるお話です。エロ系(になり得ているかは不明ですが)が苦手な方は飛ばしていただいても問題ないよう、次話で補完予定です。
引かずにお読みいただければ幸いです。
夜は「吸血鬼」だ。
「俺」にとってはゲームである「F.D.O」の不可逆転生イベントを経て上位種族へ転生した結果、「シン」にとっては旅の途中のある出来事から、夜が失っていた記憶を取り戻した結果、「吸血鬼」となった。
ある事情から「吸血鬼」としてのすべてを封印されていた夜が覚醒し、「吸血鬼の真祖」であったことが判明する出来事だった。
「吸血鬼」は強力な種族だ。
基礎ステータスにおいてはヒューマンはもちろん他の上位種族、クレアの「神子」すらも凌駕し、「吸血鬼」にしか使用できない強力なスキルを多数使いこなす。
よくある伝説とは違い、陽光は得意ではないものの苦手ともせず、流れる水や大蒜、十字架などもまるで気にしない。
鏡にさえ、自分の意志でうつることが可能だ。
ゲームである「F.D.O」において、また現実として存在するこの世界において、他の追従を許さない最強種族。
ましてやその真祖ともなれば圧倒的と言っていい能力を誇っている。
さすがに日中は他の種族より各ステータスが優れている程度だが、自らの領域である「闇」、それが支配する夜という時間において、「吸血鬼の真祖」に比肩し得る存在はない。
何らかの属性を伴わない通常攻撃は、いくら強力なものであっても無効。
多少ダメージを受けたとしても瞬時に回復。
強大な攻撃で滅ぼしたと見えても、灰からすら完全復活する不死身性。
霧、もしくは無数の蝙蝠になり地上空中の区別なく自在に移動。
圧倒的な腕力と、触れなくても物体を動かせる念動力。
影が存在すればその中に潜み、自身を変化させて空に浮き、自らの体内から使い魔を使役する。
文字通りの不死の王。
そのなかでもある意味、吸血鬼を象徴するスキルである「魔眼」が発動している。
対象者の意志を奪う、もしくは強烈な魅了によって、意のままに他者を操作できるようになる恐るべき能力。
本来の夜であれば、冗談でも俺相手に「魔眼」を向けることはない。
それが今、潤んだ紅瞳は僅かに光を帯び、「魔眼」の発動を示している。
身体にとっては千年を経ての発症なだけに、今までのようにいくらかでも自分で制御することができないのだろう。
薄く桜色に頬を染め、全身が熱に浮かされたようにうっすらと汗ばみ、一糸纏わぬなめらかな肌を妖しげに光らせている。
薄く開いた濡れた唇からわずかに覗く吸血の牙が震え、そろりと差し出された舌にさっきと同じ言葉をのせる。
「シン君の……血、ください」
これが唯一にして最大の「吸血鬼」の弱点、「吸血衝動」だ。
「吸血鬼」が「吸血鬼」であるためには、当然他者の血が必要となる。
原典から派生し、ありとあらゆる表現方法をされている数々の「吸血鬼」と比べても、とりわけ強力に解釈されている「F.D.O」、もしくはこの世界の「吸血鬼」ではあるが、その分弱点もかなり致命的なものになっている。
曰く生命活動に必須の血は、「己が愛する相手」のものでなければ意味がないという制約。
何とも思っていない相手の血を飲んでも、相手を「下僕」、そういうつもりがあれば「眷属」にすることは可能だが、自身の維持に必要な「血の充足」にはなり得ない。
また制約を満たす相手を、自らが「眷属」もしくは「下僕」とした場合、制約条件を満たさなくなる。
つまりこれは、吸血鬼を構成する大きな要素の一柱である「永遠の命」を実現するためには、「己の愛する相手」を、相手の寿命が尽きる前に次々と乗りかえていかなければ成立しない。
「血の充足」を一定期間、「吸血衝動」の起きる周期から判断すれば、夜の場合おそらく約一月行わなければ、吸血鬼は塵に還る。
これは夜の父親が長い生涯の果て、夜の母親を最後の相手と定め「次」の愛する相手を作らなかった、いや作れなかったことにより塵に還っているので間違いない。
かくも「シン」や夜、クレアの世界での「吸血鬼」エピソードは抒情的だが、「俺」にとってはゲームとしての制約という、身も蓋もないプラグマティックさで、なんか申し訳ない気持ちになる。
不可逆転生イベントで「吸血鬼」になったプレイヤーキャラクターは一定期間、地球時間で一週間に一回、「吸血鬼の想い人」に設定したプレイヤーキャラクターに対して「吸血」を行わないとかなりの「弱体化」を受ける。
一度弱体化すれば一週間は「吸血」しても回復しないという程度のものだった。
とはいえ、毎日のようにプレイするへヴィユーザーにとって、この制約は大きい。
特にHPの減少率が深刻で、名前付狩りどころか、レベル上げのMOB魔物狩りにも支障をきたすレベルで、はっきり言えば一週間使い物にならなくなる。
また、吸血された側のプレイヤーキャラクターは現実経過で12時間、ステータス全般が20%ダウンするというペナルティを受けるので、よほど親しいフレンドでも快く了承できるものではなかった。
そのような条件下で、一週間に一度という頻度で安定して「吸血」させてくれる相手を得ることは当然難しい。
それこそ俺のような複垢プレイヤーでなければ安定した運用の出来ない、ピーキーな「最強種族」だったのだ。
今はゲームではなく、現実となったこの世界のルールが適用されるだろう。
千年間「血の充足」を得ていなかった夜を、万が一にも塵にしてしまうわけにはいかない。
可能な限り速やかに血を与えないといけない状況だが、千年の反動か、夜の様子がシンの記憶にある「吸血衝動」時に比べてもかなり違う。
具体的に言うと暴力的なまでに艶っぽい。
レベル1にリセットされているにもかかわらず強烈な魅了が発動していて、事前にこの状況を見越して称号「吸血鬼の想い人」をセットしていなければ、正気を失っていたかもしれない。
基本的に実効性能を伴わない「称号」だが、プレイヤー同士の関係によって得られる「称号」など、極一部はその限りではない。
種族「吸血鬼」の吸血対象に設定されたプレイヤーキャラクターが得られる称号、「吸血鬼の想い人」には、「吸血鬼」に限らず、魅了をはじめとする精神系スキル、術式に対してかなりの抵抗力を得ることが可能だ。
抵抗力は相手の「吸血鬼」のレベルに依存し、カンスト状態の「吸血鬼」の伴侶は、精神系スキル、術式を完全無効化するほどの抵抗力を得る。
いや、そういうシステム的な事を長々と考えているのはあれだ。
お経の代わり。
魅了がどうのとか、スキルとかシステムとか本当はどうでもいいよ。
やばいやばいやばいやばい。
何がやばいって夜がやばい。
自分の理想をそのまま現実に持ってきたような夜が、完全に女の貌だ。
衝動を抑えている反動か、切なげな呼吸に混ざる苦悶の声。
俺の腕の中で震えている、熱く火照った躰。
そしてその躰は今、一糸纏わぬ姿だ。
汗が首筋から、胸元へ一筋流れてゆく。
もうこれ、このまま押し倒しちゃってもいいんじゃないかな。
ちがうちがう。
冷静になれ、冷静に。
夜の潤んだ瞳には、今俺の首筋がドアップでうつっている。
自分の間抜け面が見えないことと、夜の躰がどれだけ火照り、鼓動が高まっているかが「三位一体」の効果で、自分の事のように伝わるのも理性を蕩かせる。
やばい、「三位一体」の弊害も、間合いをつめてしまえば結構無効化される。
それどころかシンの躰と夜の躰の情報が同時に脳を直撃するから、自分の意志としてなるようになってしまいそうだ。
夜の躰を俺がコントロールできることもまずい。
そうか、夜の目を閉じていれば、萎える要素もなくなるんだ。
そう思った瞬間、目じりに涙をためたままの紅眼を閉じ、夜が切なげに首筋を晒すように上を向く。
俺の目に、接吻をせがむように頤を上げ、目を閉じた夜の顔がアップになる。
「三位一体」の効果は俺と夜の行動完全一致。
俺が本当にしたいと思ったことと、夜が本当にしたいと思ったことがずれなく一致する。
このままキスして流れ込んでしまえ、という欲望の大号令を、莫大な意思で抑え込む。
目を閉じてくれたおかげで、「魅了」が遮断されたことも大きい。
「抵抗」できるということと、まったくその影響を受けないということは似ているが違う。
「魅了」の衝動は常に心に発生し続け、それをその都度「抵抗」しているだけなのだ。
わかりやすく言うと、やっちゃえ→いやいや、を延々繰り返してるようなもの。
持たないよ。
やっちゃえ(魅了の効果)→やっちゃえ(俺の意志)になるのは時間の問題。
夜が必死で耐えているのは、俺の首筋に自分の牙を突き立てて、血を啜ることだ。
それをやってしまうと、俺は夜の「眷属」なしいは「下僕」になるしかなくなる。
首筋から直接血を吸うということは、そういうことらしい。
それをしたくなくて、夜は必死に「吸血衝動」をこらえている。
夜曰く「吸血衝動」が出ると、首筋に牙を立てて何もかも自分のものにしてしまいたくなるんだそうだ。
まあ本能に基づく行動だろうししかたなかろう。
この状況下で俺が押し倒したくなるのも、本能に基づく行動だろうし、しかたなかろう。
いや、夜が耐えてるのに俺がバカやるわけにはいかない。
そうなれば我慢効かなくなって、首筋に牙立てちゃうだろうしな。
別にそれでもいいような気がするが。
いやいや。
なんとか衝動を抑え込み、目を閉じて頤を上げている夜の唇に、そっと指を這わせる。
「あぁ……」
触れた瞬間に漏れ出る夜の切なげな声に、背中がぞくぞくする。
「三位一体」が伝えてくる夜の躰は、俺の指が唇に触れた瞬間びくりと震え、一層熱く、鼓動は速くなってゆく。
下腹部に感じるマグマのような熱さが、俺のものなのか、夜のものなのか区別がつかない。
これ三位一体発動したまま致しちゃうと、俺に来る感覚ってどんなんなんだろう。
夜の躰を通して、自分が男としての快感を得ながら与える、夜の女としての快感も得るというのは背徳的だと思う。
「三位一体」の使い方、大人編。
あほなことでも考えてないと、すぐさま夜を組み敷いてしまいそうだ。
這わせた親指で、汗で濡れた夜の艶やかな唇を捲り、歯に当てながら吸血鬼の象徴である少し尖った犬歯にたどり着く。
短く吐き出される夜の呼気が、唾液で濡れた指に生暖かい快感を伝えてくる。
ぶつり。
這わせた親指を、夜の犬歯で突き破る。
一瞬生じる鋭い痛みは、あふれ出る俺の血と夜の唾液と混ざりあったものが染みて、鈍いものに変わる。
俺の鼓動に合わせてあふれる血が、夜の咥内に広がってゆく。
「や……ぁ……」
少しずつ流れ込む俺の血を呑み下すたびに、夜の艶めかしい首筋が嚥下の蠕動を繰り返す。
我慢しきれなくなったのか、夜が俺の親指を咥内に迎え入れ、指の根元に唇を押し付ける。
咥え込まれた親指に舌を絡め、舐め取るように傷口からあふれる血をすくう。
あふれ出る血を飲み込みながら、時折量が足りないのか唇を窄めるようにして吸い付いてくる。
その度、俺の理性を吹き飛ばすような、濁った音が漏れる。
強く吸った際、あふれた俺の血と夜の唾液が混ざり合ったものが首筋を伝って、夜の豊かな双丘へ零れ落ちてゆく。
俺の目に映る、俺の血と自身の涎や汗にぬめる夜の躰。
俺自身が感じている興奮と衝動、咥え込まれた指から定期的におとずれる痛みと快感。
俺の血を飲み込むたびに熱くなってゆく夜の躰と、咥えた俺の指をなぞる唇と舌の感覚を伝えてくる「三位一体」。
一瞬でも心が緩めば、そのまま夜を組み敷いてしまいそうな時間が続く。
実際には数分間だろうが、俺には永遠にも感じられた。
やがて夜が俺の指を解放し、きつく閉じていた目をゆっくりと開けた。
湛えていた赤光が弱まり、「魔眼」が停止する。
そこに映った俺の顔のなんと間抜けなことよ。
男が我慢してるときの顔ってこんなのなのか。
正直ひどい。
そんな俺の顔を見て、ほっとしたような表情を一瞬浮かべ、両手で己の身体を抱くようにして後ろを向いた。
「……はしたないところを、見せちゃいました」
まだ落ち着かないのだろう、呼吸が整わないまま途切れがちに言う。
それでもその声には理性が戻り、知り合ってから今までで最大の「吸血衝動」が収まったことを示している。
「や、こっちこそ間抜け面晒してすまん」
なんと返していいか解らないので、間抜けな返答になってしまう。
何の琴線に触れたのか、ふふ、とうれしそうに夜が笑う。
「ありがとうございます。これでしばらくは大丈夫です」
それは何より。
次は千年ぶりじゃないから、今回みたいなことはないだろう。
毎回こうだとずっと耐え切れるとは思えない、俺も夜も。
残念と思う気持ちがなくもないが。
「……服、着ちゃいますね」
「ごめん」
さっきまでの状況があまりにもあれすぎて、ぼーっと夜の素っ裸の背中凝視し続けてた。
あわてて後ろを向く。
ストレージから取り出した水で躰に付いた俺の血その他を洗い流し、タオルのようなもので躰の各部を拭っていく。
それらの感覚と、夜の視界が「三位一体」によって強制的に送られてくるから落ち着かないこと甚だしい。
シンの記憶で理解していたつもりだったけど、複垢を現実世界で成立させる「三位一体」に慣れるの大変そうだなこれは。
女性である夜の、体を拭う感覚とか、今は服を着る感覚とかが視界とともにダイレクトに伝わってくるってのは、俺にとっては覗き行為を数段悪質にしたことをやっている感覚に苛まれる。
夜やクレアに対して申し訳ないという気持ちがあるのと同時に、男の身でありながら女性としての身だしなみや衣服の感覚を得るというのが背徳的というか、ぶっちゃけ変態くさい。
逆に夜はもう慣れたものと言う感じなのがすごいと思う。
夜やクレアに俺の感覚が行くことはないから、俺に伝わることは開き直ってしまえば平気ということなんだろう。
女って強い。
あ、そういえばクレアがずっと沈黙を保ってる。
そりゃそうか。
『……クレア。何とか無事終わったよ。ごめんずっとほったらかしで』
『あ、すいません、ちょっと大変でしたので。クレアのこと頭からすっ飛んでました』
夜が大概ひどい。
「吸血衝動」のことはクレアもよく知っているから、その際にパーティーチャットで言葉を挟むのを遠慮していたのは間違いない。
まあしゃべるといっても何を言えばいいのかわからないのはよくわかる。
合いの手でも入れればいいのか。
『あ、あの。許可を得て発言致しますけど、何とか終わったのは、その、お食事の方ですかしら、それとも、あの、とうとう……』
『……』
なんて直球の質問して来るんだクレア。
しかし「吸血」を「お食事」っていうのはクレア独特だな。
というか、やっぱり耳年増というか、もしそうならこんな時間で会話再開できないだろ。
『ち、沈黙。――沈黙とはつまり肯定ですのね!?』
『ちーがーいーまーす! やってません。まだやってません』
夜。
女の子なんだからもうちょっとこう、ぼかした言い方がね? あると思うんだけど。
『まだ! まだって言いましたわ!? とりあえずセーフですけど、次あたりやばいんですのね?』
やめなさいキミタチ。
とりあえず夜の封印解除と合流はなった。
「血の充足」も完了したし、クレアのところへ行くにも問題はなくなった。
早速「天空城」の機能で移動しよう。
行けるだけの動力残ってればいいけど。
『この後すぐ、クレアのところに向かうからもうちょっと待っててな』
『お待ちしております我が主。はしたない格好をお見せすることになりますけれど、夜も充分以上にはしたなかったことでしょうし、私だけが恥じることはありませんわね?』
『しーりーまーせーん!』
夜が真っ赤になっている。
そりゃやっぱり恥ずかしいのは恥ずかしいよな。
しかしこういうことでも遠慮なく言い合えるってのは、二人は相変わらず仲が良くて安心する。
「三位一体」が夜のほうだけとはいえ完全に機能し始めたのではやく慣れないと。
視界と感覚が複数あるってのはちょっとくらくらする。
どういう仕組みか、シンである俺が主であることはぶれないんだけどな。
ふと夜が、軽く俺の左腕に抱きついてくる。
「今日からまた、よろしくお願いしますね、シン君」
「ああ。こちらこそよろしくな、夜」
うれしそうな、輝く笑顔の夜に、精一杯さわやかに返事する。
そのつもりだったが、夜の紅眼に映る俺の顔は、左腕から伝わる柔らかな感覚にだらしなく緩んでいる。
しまらないなあ。