第12話 天空城
やっと使用可能になった「帰還」を早速使う。
視界に転移系術式共通のエフェクトが発生。
足元と頭の上には互いに逆回転する魔法陣が現れているはずだ。
このエフェクトが終了すれば一瞬で帰還ポイントに登録している、「天空城」の城門前に移動する。
帰還ポイントが「天空城」であることは「神の目」で確認している。
万一隠しダンジョンの入口なんかに飛んだ日には、最果ての地からここまで無事戻ってこれるとは思えない。
油断大敵。
ゲーム時代なら帰還ポイントが高難易度の場所なのを忘れて、低レベル職状態でそこへ飛んで魔物に絡まれて即死、なんてよくある笑い話だが、今はとてもじゃないけど笑えない。
エフェクトが消え去ると同時に、コマ落としのように視界が「天空城」の景色に切り替わる。俺としては初の体験、シンにしてみても何度やっても慣れない感覚が襲いくる。
「瞬脚」をはじめとする高速移動系スキルは、目に映らないほどの速度で移動しても、あくまで移動であることに変わりはなく、主観的にはものすごい速度であっても、移動している感覚はちゃんとある。
思考も反応速度もそれに合わせて引き上げられており、己の意志でコントロール可能なのだ。
対して今使用した「帰還」や「転移」に代表される転移系スキルは、エフェクトによる予告状況は経るものの、突然視界も身体に来る感覚も変わるのでいつまでたっても慣れない。
過去空中にいきなり飛ばされた時や、常夏の島から極北の地へ飛んだ時はそりゃもうびっくりしたものだ。
ああ、このあたりゲームとしてやっていた俺にとっては、わかりきった事なので落ちついたもんだったな。
それよりも移動系スキルの「何かにぶつかったらただじゃすまない」ことを本能的に伝えてくる超速度の方が未だになれない、ていうかいまだに怖い。
「帰還」完了、目の前に「天空城」の帰還ポイントである黒い石板が見える。
緩やかに光が収縮するようなエフェクトは相変わらず綺麗だ。
新しい場所にいく度、「シン」として見知ってはいるはずなのに「俺」が「F.D.O」で見ていた画面との差に驚く。
中でも屈指の景観を誇る「天空城」の光景を前にしては、その驚きも大きい。
驚きというよりも、感動といって大げさではないくらいに。
ゲーム画面としてみても「壮大な光景だなあ」と思っていた、世界の遥か上空で、眼下に雲海を従えて太陽の光を浴びる「天空城」の光景は、現実として体験すると正直口が開く。
こんな高度からの景色は、現代日本で育った俺にとってもTVやネットの画像でしか目にしたことはない。
飛行機に乗ってもここまでの高度に上がるわけでもないし、小さい窓越しに眺めるだけだ。
対して「天空城」では建物としての城を支える大地部分と、そこで育っている木々草花、それらを支えるための水路などもあり、文字通り城とその周りの土地を空中に浮かべた威容を誇る。
どういった仕組かは理解できていないが、元が「F.D.O」というゲームということもあるのか「天空城」の環境はその高度や、今位置する場所に影響されることなく常に快適だ。
極寒の地や、灼熱の砂漠でも、この大地の上では快適に過ごせる。
その大地に立って風を受けながら世界を一望する体験は、いくら真面目に会社員続けていても得ることはできないだろう。
そりゃそうだ、地球のどこを飛び回ってもこんな場所が存在しないんだから。
もしかしたら人類の知らない「不思議」はあるかもしれないけどな。
自身がこんな体験をしているからか、「向こう」で語られていた常識がひどく脆く感じる。
常識に不信感持ちながら考えることでもないんだろうが、異世界でもちゃんと天体は丸いんだなあ……
いや四角くても困るけどさ。
というか、実際に地球をこんな視点で見たことがないから何とも言えないけど、こっちの世界って地球より大きいんじゃなかろうか。
なんとなくだがそう思う。
降りそそぐ陽光、緩やかな風。
水路を流れる水の音が微かに聞こえ、天空城の外へ排出される水がしばらくすると霧に変わる。
こんな空間でも小動物たちは千年にわたって栄えることができたようで、鳥のさえずりが聞こえ、小動物たちが草木を揺らす。
人間に対する警戒感がまるでないあたり、ほんとにここで千年繁栄してきたんだろうか。
ゲームの環境演出としても存在していたし、俺が意識を持った瞬間に存在したのかもしれない。
なんか「世界は5秒前に生まれた説」みたいなことを考えてしまった。
「神に観測されて初めて世界は存在する」とか、そういう話は嫌いじゃないしな。
傍から見ていたらあほの子に見えるんじゃないかってくらい、ぼーっと景色を眺めていたら突然背後に気配を感じる。
チキッという機械音と、キュキュイというレンズの焦点を合わせるような音。
振り返ると、3メートルくらいの人型機械がこちらを確認するように立っている。
おわ、忘れてた。
イベントで入手した「天空城」は、運営の悪ふざけみたいな機能が満載で、アイテムやお金、クエストなどの条件を満たせば解放されていく仕組みになっていた。
こいつは警備用の魔道機械で、MPを中央制御球に補給するだけで解放できる「天空城」のオプションの一つ、「守護人形」だ。
侵入者を確認し、起動したのか。
ずっと待機状態だったとしても、千年経過しても問題なく動く事に少し驚いた。
まさにラピュ〇のアレみたいなもんだな、見た目は全然違うけれど。
ゲームの時の「天空城」は通常のフィールドとは隔離されていたから、外敵侵入なんて事態にはならないんだけど、雰囲気作りというやつだろう。
確か設定上では無駄に高スペックが謳われていて、MOB最強クラスの魔物程度なら単体で楽々狩れるくらい強かったはずだ。
現実となったこの世界においては、これ相当な戦力なんじゃなかろうか。
天空城に存在する全ての「守護人形」で攻め込めば、国の一つや二つ陥落させるのは苦でもないだろう。
もう一度チキッという音がして、顔部分にある小さな光が緑色に変わる。
マスターとして登録されている「シン」と認識したのだろう、振り返って去ってゆく。
定位置に戻るのか、こうやって現実として見ると雰囲気あるなあ。
肩にリスが載ったり、夜の封印に花を届けてくれていたりしないだろうか。
『まーだーでーすーかー? もしかして城門開かなかったりします?』
「帰還」の使用を伝えてからかなり時間が経過している。
帰還ポイントから城門はすぐだし、おそらく夜がいるであろう玉座の間までも、城内の転移装置が生きてさえいれば一瞬だ。
何かトラブルがあったのかと疑っても無理ないな。
『いや、ちょっと景色に見惚れてて。後「守護人形」に確認されてた』
『ああ、あれちゃんとまだ動いてますの? さすがですわね』
そういえばクレアでどれくらい守護人形が強いか試したことあったな。
レベルカンストのプレイヤーでも手こずるくらい強くて、びっくりしたものだ。
どう見てもレーザーにしか見えない攻撃を弾き返すクレアにびっくりした覚えがあるな、「シン」としては。
「俺」としては自分の城のオプションに負けそうになって、冷や汗かいてた記憶がある。
『ここに来て、千年経ってるの本当なんだろうなと思ったよ。「守護人形」の苔生しっぷりとか、城門前の木々とか、城門にまとわりついてる蔦とか、相当な時間が経過しないとこうはならない感じがする』
城門に向かって歩きながら持った感想を伝える。
シンの記憶にあるこの「天空城」が、今目に映るようになるには本当に年月を重ねないと無理だろうと思う。
そもそも千年というタイムスケールがピンと来ないので、こうなって当然なのか、時間の割にはまだまともなのかはわからないのだが。
『ちゃんと機能しますかね、お城のいろいろ』
『「守護人形」が無事だったんだし、大丈夫じゃないかな。とりあえず急いで玉座まで行くよ』
「天空城」が浮き続けている時点で魔力的な機能は無事だということだし、「守護人形」が稼働しているということは同じつくりであろう転移装置や制御装置も無事だと思いたい。
目に映る景色も、自然に閲した年月を伝えてくるが、廃墟のような「死んだ」感じは全くない。
起動していない間に、害にならない自然と融合したといえばいいか。
「汚い」とか「寂れた」といった、もの悲しい感情を引き起こさないのだ。
水路も兼ねる石造りの眼鏡橋を渡って、城門につくと自動的に開門が始まった。
纏わりついた蔦を引きちぎりながら、巨大な城門が重々しい音と供に開いてゆく。
『無事みたいだ。俺を認識して城門が開き始めた』
『運命の時ですわ! 私が素っ裸仁王立ちかどうかが決定しますのよ!?』
クレア落ちつけ。
確かに大事なことではあるけども。
『冷静に考えたら、最後のポーズのままってこた無いと思うんだけど、そこらへん記憶にない?』
千年の時を越えるために封印が必要だったとして、なにもそのそのときのポーズのままでやらなくてもいいと思う。
アストレイア様にそこまでの悪意もないだろうから、よくある乙女なポーズで封印されてるんじゃないかなあ、とか思うんだが。
身も蓋もない言い方をすれば、アストレイア様はゲームがどうとかもひっくるめて「管理側」の存在なわけだし、この一連の流れで俺たちのレベルがリセットされることは解ってたはずだ。
そうなれば夜やクレアの装備が、制限に引っかかって「脱げる」というのは百も承知のはずだし、その辺の気配りをしてくれていることを祈るのみだ。
レベルリセットがイレギュラーな事態だった場合は知らん。
悪意なくても許せない事ってのはあるよな、とくに本人たちにとっては。
『アストレイア様とのお話は、いきなり異空間みたいなところだったので、はっきりしないんですよね、そこらあたり』
『お話そのものが意識だけのものであった場合、身体の方はあの時の状態で封印されててもおかしくはないんですの』
なるほど、俺が夢だと思ってたようなあの空間でお話ししたということね。
そうすると意識だけが神様の能力かなんかで会話していた可能性があり、その場合身体は会話が始まる瞬間の状態で封印されている、っていうのが考え得る最悪の事態なわけか。
『どんなポーズで封印されているかは、まあいいとしましょう』
ぶっちゃけたな、夜。
夜はまあ、玉座の横で寝そべっていたからそう問題のあるポーズではない。
――そうか?
あれはあれで裸婦画みたいで扇情的だと思うんだが、そういうのはいいのか。
見られるとしても、それが俺に限定されているから割とどうでもいいのか。
『放置! 放置ですのね! 自分はまともなポーズだからと余裕ですわね?』
『まあまあ』
クレアの場合、最悪の事態を想定すれば、いろんな意味で信者に拝まれている可能性もあるから、「まあいいとしましょう」とも行かんのだろうが、芸風としては有りな気がしないでもない。
神聖な存在が絵画になったりする場合、裸なことも結構あるし。
本人がそのまま御神体になってるっていうのはさすがに聞いた事はないけど。
『でも、あの、シン君に見られることは確定ですよね』
そうですね。
どうしたもんだかな、レベル1になってて装備は脱げてるけど、アストレイア様がそれっぽい衣装を着させてくれてるなんて言う、ある意味肩すかしではあるけども穏やかなオチにはならんもんだろうか。
ならんな。
『……目を閉じとこうか?』
封印があっさり解けるならそれもありだけど、そうもいかない場合目を閉じて解放方法を模索するなんて言うのは現実的じゃない。
せめて夜とクレアの視界があればできなくもないだろうけど、固定されてれば意味ないしな。
とはいえ、目を開いたまま千年間封印されてるなんて言うのは、絵的にもあれだし目を閉じているのはまあ妥当なところなので文句は言うまい。
この後再会して目を開けたまま封印さてる夜とかクレア見たら笑っちゃいそうだし。
そのあと酷い目に遭うのは確実だ。
『シン君は、その、見たくないんですか?……私の裸』
『……いや見たいけどさ。ただタナボタ的に見るんじゃなくて、見るべくして見たいかな? だからとりあえず目を閉じるってのも、手ではあるよね』
夜のこういう罠に引っかかってはいけない。
シンの記憶ではここから要らん言質とられたり、長らくからかわれる原因作ったりしてるし。
大体は「み、見たくないよ!」「ひどい」「ごめんそういうつもりじゃなくて」「じゃあどういうつもりなんですか?(無垢な笑顔)」のコンボで茹で上がる。
おっさんの経験をなめるなよ、新卒のOL連中が酒入るとどれだけえぐいか君たちは知るまい。
実践面ではヘタレでも、からかいや社交辞令を躱すスキルは青字カンストだ。
夜さん、今舌打ちしませんでしたか。
夜やクレアが手慣れたお姉さんだったというわけじゃなくて、色仕掛けとも呼べない、あの程度のやり取りで取り乱してた「シン」が純真過ぎただけだぞ。
シンの記憶から判断するに、夜もクレアも背伸びしてるだけの耳年増だ。
おっさんにはわかる。
しかし俺がこの年頃って、シンみたいに純真だったっけ?
環境が違うと変わるよな、元が基本同じでも。
『それですっ転んで、裸のまま抱き合うんですのね!? これぞラッキースケベ!』
クレア、その手の知識どこで得てるの?
俺の妄想がベースになっているせいか、けっこう残念要素満載だもんな二人とも。
黙ってれいば、近づき難い美女二人そのものなのに。
俺はそんな見た目どおりのお高くとまった女性、苦手だからなあ。
二人がこうなっているのは、まさに身から出た錆と言えるかもしれない。
『まあ、封印解除できたらすぐ後ろ向くよ。とりあえず夜は封印解けたらすぐ服出して着てください』
『はーい』
素直に返事するあたり、ちょっと怪しい。
たぶん夜のことだから、この後の展開をある程度理解してるのだろう。
たしかに服着てるか着てないかなんて、些細な問題かもしれん。
封印状態だから今は平気なんだろうけど、解除したら絶対あれが来るよなあ。
どちらにせよクレアの所に行くためには必要なことだけど、ああなった夜は、シンをただからかっている時とは破壊力が違う。
邪なおっさん成分過多になってしまった今の「俺」で、耐えきれるものやら。
考えても仕方がない、俺は開き切った門の中へ足を踏み入れる。
「シン」の記憶としてではなく、現実化した夜を直接見るのは初めてなんだな、と思うと、「俺」の意識がそわそわしてきた。
落ちつけ俺。