第10話 無双
忘れてた。
いや忘れてた訳じゃないけど「F.D.O」、つまりゲームとしての世界の広さと、現実としての世界の広さ。
シンの記憶で分かっているのに、いざ行動を起こそうとするまで完全に失念していた。
今俺が立っているここは、西サヴァル平原のほぼ真ん中。
「神の目」で表示できる簡易地図でも間違いなくそう表示されている。
ゲームの頃は徒歩移動でも15分ぐらいでたどり着けたこの位置は、今の感覚でいえば単純換算でも6時間かかる。
そればかりか世界のスケールはゲーム時代より広大なようで、実際ここから最寄りの大都市である、ウィンダリア皇国の首都まででも3日はかかる距離だ。
馬を使えばかなり短縮できるだろうが、馬を所有できるのはレベル30になって専用クエストをこなす必要がある。
当然クエストはクリア済み、俺専用の馬も持ってはいるが、レベルが30にならないと呼び出すことはできないし、乗ることもできない。
そういえば、俺専用の馬であった「月影」はどういう状態なのだろう。
俺と一緒に千年を越えてきてくれているなら、レベル30になった暁には再会したいものだ。
夜の「真夜中」とクレアの「金色」も長らく会ってない。
カンストしてからの移動は「転移」ばっかり使ってたからなあ。
まあいい、本来西サヴァル平原は開始地点にウィンダリア皇国を選んだプレイヤーたちの最初のフィールドだ。
この位置からならレベル1から狩れる「クロウラー」の群生地帯がすぐ傍だし、目印になる大岩も見えている。
問題点といえば「名前付」がまれに湧出することだが――千年誰も狩って無いなんてこともないだろうし、そうそう逢えるもんでもない。
ゲームの時は、張り込んでも空振りが多かったし。
とか言ってたら居るよ、「クロウラー」の名前付、「アートレータ・エールカ」が。
こういうもんだよなあ。
倒せた場合、運が良ければ低レベル帯ではもちろん、ジョブによっては最終装備候補ともなる、スタミナ消費を低減するアクセサリが手に入る。
とはいえレベル1では無理な話だ。
今の状況で死んだ場合、それで終わりな気がするし、無茶はできない。
とりあえず自ら攻撃してくる好戦的魔物ではないので、自分が攻撃した「クロウラー」とのリンク、つまり敵対意志を共有し、同種が戦っている相手を敵として攻撃してくる事に注意しておけば問題ないだろう。
一番使い慣れた「格闘士」をメインジョブに設定。
レベル1範疇のスキル、ステータスしかないとはいえカスタマイズポイントとコネクトポイントはフルにあるので可能な限りステータスとスキルをつける。
「格闘士」の戦闘系スキルに、低レベル術式をコネクトさせて各属性の攻撃を可能にしたうえで、レベル1の各職ステータスをカスタマイズしたらレベル1とは思えないステータス値になった。
まずこのあたりの敵に後れを取ることはないだろう。
暇なのか、さっきから夜とクレアがひっきりなしに喋っている。
身動きできないどころか目も開かない状況では無理もないか。
俺としてもBGMみたいなもので、たまに会話に割り込みながら聞き流してる状況だ。
ところで、話題が女子会系なのはあれか。
俺は男に数えられてないのか。
好きという気持ちと、揺るぎないヘタレ認定では後者の方が強いらしい。
おのれ。
まあ狩りを始めよう。
好戦的ではないので「クロウラー」の真後ろまで近づいてから、攻撃を開始する。
攻撃スキルを使うまでもない魔物なはずなので、通常攻撃でいってみようか。
「格闘士」の通常攻撃は、タイミングよく攻撃ボタンを押せば十連撃までのコンボとなる。
低レベルの敵でも3→4と7→8の間には割り込んでの反撃をしてくるので、防御するなり、距離を取るなり、キャンセル気味にスキルにつなげるなりする必要がある。
現状では連撃の隙をなくすスキルもアクティブになってないし、防御してどの程度ダメージくらうかもわからないので、慎重に三連撃から回避、そのあとまた三連撃で行くことにする。
「クロウラー」ならプレイヤーがレベル1でも六撃も入れば沈むはずだ。
しかし千年経ってても変わらんね、お前ら。
のこのこのこのこ。
平和そう。
とはいいつつ、万一行動特性とか変化してたら怖いので、慎重に群れから離れた一匹を選び、じっと見つめる。
プレイヤーにデフォルトで付いているスキル「調べる」が効果を発揮し、「クロウラー」という種別と、レベルが表示される。
「クロウラー:Lv3」と、敵対中では無いことを示す緑色で表示される。
これが敵対すると赤色に変化するわけだ。
よく考えたら、この「調べる」ってものすごいスキルではあるよな。
プレイヤーを含む全キャラクターどころか、カーソルが出るすべてのものを文字通り調べることができる。
表示される情報は高が知れているが、人物でいうならば名前、種族、性別、ジョブ、レベル、装備まで確認できるのだ。
プライバシーもへったくれもない。
夜やクレアが使っても、夜やクレアに見えないのは「俺」だけがプレイヤーであったからだろう。
さておき、リンクする距離に他の「クロウラー」は居ない、目標のレベルは3で、最初の敵としてはちょっと高いが問題というほどでもない。
三連撃から回避、再び踏み込んでの三連撃の流れをゲームでの記憶と、実際に戦っていたシンの記憶を乖離の無いように統合し、深呼吸。
通常攻撃の一発目、二発目は攻撃力より速度と敵の行動阻害を重視した連撃、いわゆるジャブだ。
せーの!
パァン! という初撃の乾いた音。
あれ?
軽く踏み込んで三連撃の初撃、左半身を前に出して軽いが速い左ジャブ。
それで「クロウラー:Lv3」は吹き飛んで絶命する。
うお、グロい。
あと半透明になって消えたりしないのな。
当然といえば当然だ。
これドロップアイテムとか素材とかこれから回収すんの?
うわ、そうだ、そうだわシンの記憶ではそんな作業してるわ。
夜が意外と得意なんだこれが。
ギブ。
ギブアップです。
とりあえずストレージに放り込んで、ギルドなり店舗なりで買い取ってもらおう。
『どうかしましたか?』
グロさに思わず出た声に夜が反応する。
いやグロさじゃなくて、問題はかなり強化されたレベル1とはいえ、通常攻撃の初撃で「クロウラー:Lv3」が沈んだことだ。
決してグロさに引いたことを知られるのが、恥ずかしいわけではない。
『うん、「クロウラー:Lv3」が通常攻撃の初撃でお亡くなりに…』
『なんですの、それ。れべるかんすと? でも通常攻撃の一撃で屠れる魔物なんて居ませんでしたわよね?』
確かにそうだ。
前衛職の中ではかなりの攻撃力を持つ「格闘士」だが、それは強力なスキルに依存する部分が多く、レベル1の通常攻撃では装備できる武器の脆弱さもあって上位前衛職はもちろん、「戦士」や「騎士」にも一歩を譲る。
その上他ジョブに比べて連撃の手数が多い分一撃は軽く、連撃後半に繋がる事と比例して攻撃力が跳ね上がる特性があり、初撃は速いがものすごく弱い。
一部の敵のスキル発動を潰せるため、強敵との多人数戦闘では、厄介かつ発動の速い敵スキルを潰すために、ずっと初撃を打つのに待機する「格闘士」の悲哀が一時ネットで話題になったくらいだ。
『シン君がよく騒いでた、けいけんちしゅとくりょう、とかどうなんですか? すごく少なくなっているとか』
ありそうだと思って「神の目」を立ち上げる。
レベル2までのNEXTは俺の知識にある通りの経験値を取得していることを証明している。
『問題ないみたいだ。ちょっといろいろ試してみるけど、敵がとんでもなく脆いな。あと目の前に「名前付」がのこのこしてる』
『「アートレータ・エールカ」ですか?あれ確か「ミストシルクアンクレット」をドロップしましたよね』
『……弱い「名前付」がドロップするレアアイテムの癖に、ジョブによっては最終装備になり得るあれですわね』
夜の声にソコハカトナイ欲望の香りを微かに感じる。
冷静そうな態度とは裏腹に、クレアのメインジョブである「聖騎士」こそその「ジョブによっては」のジョブ筆頭だ。
防御行動はスタミナが命だからなあ。
というか、「神の目」からの情報をシン経由で得ているせいで、言葉だけ聴いてるとMMORPG慣れした女の子みたいなこと言ってるな、二人とも。
『シン君』
『我が主』
はい、何とかして倒せってことですね、わかります。
『もうちょっとレベル上げたらがんばってみる。出るよう祈ってて』
こいつは張り込んでもなかなか会えない上に、湧出に何とかかち合えて倒せたとしてもドロップ率が非常に悪い。
最終装備になりえるとしても一長一短の代替品がないわけではない為、張り込む者も減り、通りがかりに偶然湧出してたら運試し、見たいなポジションの「名前付」となっていた。
とはいえ狩れる機会があるならば、逃したくないと思うのは人情だし、うちのメイン盾には重要なアイテムでもある。
「名前付」って結構強いんだけどな、ソロだとレベル10くらいまで持っていっとかないと万一がある。
まあ好戦的魔物ではないので、リンクにさえ気をつければ問題ないだろう。
さっさとレべリングを再開しよう。
さっきの感じからしてここの敵に遅れをとることはまずないだろうけど、念のため今現在湧出している「クロウラー」すべてに「調べる」を使用する。
最大レベル4、最低レベル2。
「名前付」である「アートレータ・エールカ」のみレベル13、こいつとのリンクは命取りだな、気をつけよう。
適度に離れているので、リンクの恐れがあるのは二、三匹だけだ。
リンクの恐れのない「クロウラー」に次々攻撃を仕掛ける。
レベルが2の「クロウラー」はもちろん、レベル4でも初撃でパァン! だ。
技術も慣れもあったもんじゃない、レベル1にして無双の様相を呈している。
スタミナ値が減る余地すらない。
本来想定していた三連撃から回避、再度踏み込んでからの三連撃であれば、スキルカスタマイズで上昇したスタミナ値であっても7セットくらいで回復を図らないといけないはずなんだが、すべて一撃であれば自然回復量のほうが消費を上回る。
手近な4匹をあっという間に屠ったところで、レベルが2に上がる。
この時点で一般市民はおろか、大国の正規兵でも俺に敵う者はほとんどいなくなったといっていい。
他国にまで名が通っているほどの軍団長や将軍クラス、宮廷魔術師筆頭や、隠棲している伝説級の人物である剣聖、拳聖、賢者クラスにはまだ勝てないだろうが、そんな存在でさえレベルで言えば一桁だ。
「プレイヤー」が苦戦するほどの「NPC」は、それこそ「F.D.O」でいう、グランドクエストをはじめとするシナリオ関連でイベントバトルが存在した、イレギュラー存在数名を数えるのみだ。
そんな彼らも、本当に千年経っていた場合、鬼籍だろう。
「プレイヤー」に対抗しうる存在は、少なくとも人類サイドには現存しないのかもしれない。
その「プレイヤー」も、現時点では俺だけになっているっぽいが。
もしそうなら、イベント級の敵が出現したら詰む可能性があるな。
あんなもん最初に倒されるまでは完全にレイドボスで、たしか最終イベントのボスはカンストプレイヤー72名が役割分担かっちり決めて、それでも二度の敗北を経て何とか撃破できた。
俺も攻撃役として、シンで参加したからどれだけ強いかは身に染みている。
「F.D.O」では一度ボスが倒されると、最初に倒したメンバーに称号と実効性能のないマントが与えられ、その後のボスはソロでも撃破可能な強さに調整される。
実効性能を伴った有用なアイテムは、弱体化後のボスから低確率でドロップされ、シナリオを堪能するためだけではなく、アイテムのためにボスが何度も狩られるという悲しいことになった。
俺と夜とクレアだけ、期待できてもソロプレイ補助であった「従者」を加えた六人だか三人と三匹だかで、レイドボスクラスに勝てるとは思えない。
何で三匹かといえば、俺、夜、クレアが「従者」に選んでいたのは、高難度クエストをクリアして手に入る「聖獣」だから。
ちなみに「猫」「犬」「梟」だった。
出現するにしても、撃破後の強さでしてくれるのを祈るしかないな。
ああ、某イベントNPCである、あのくそババアクラスが参戦してくれるなら問題ないか。
あのくそババアなら、千年生きててもさして驚かないしな。
ともあれ、レベルアップによってカスタマイズしたステータス、戦闘特性値は自動的にレベル2の上限値になり、「格闘」レベル2スキルである「瞬脚」が使用可能になる。
どうやらステータス、戦闘特性値、スキル熟練度などの数値はカンスト時の上限値のままであり、レベルによって制限されているだけという予想は正しかったようだ。
「瞬脚」はスタミナ値の許す限り、発動すれば視線の先へほぼ瞬時に移動できる「格闘」の人気スキルで、スキルコネクトの高重要スキルでもある。再使用の硬直が1秒しかないことも使い勝手をよくしている。
これで一気にレベル上げの効率はよくなるはずだ。
スタミナ依存のスキルなので、ある程度でクールタイムをはさむ必要はあるだろうけれど。
というかこれ、先に「狩人」のレベル上げて、「同時多数射撃」とった方が効率いいんじゃなかろうか。
通常攻撃の初撃で屠れるなら、「瞬脚」に「同時多数射撃」をコネクトさせて「累瞬撃」にしても良いし、スキルカスタマイズで付けた初級術式とコネクトさせて「多重追跡術式」にしてもよさそうだ。
いや後者はMPの都合上効率悪いか。
スタミナよりMPのほうが、消費は大きく回復に時間が掛かる。
それに通常攻撃の初撃でパァン! な状況では、初級術式でもオーバーキルになることは間違いないし。
どちらにせよ、「同時多数射撃」を早期にとったほうが効率はずっとよくなるのは間違いないだろう。
「狩人」をレベル10まで上げる必要があるが、スキルカスタマイズを使えば低レベル域では「格闘士」としての戦い方でまったく問題はない。
そのままレベル15まで持っていって、「帰還」を取れば無駄もないだろう。
乱獲で迷惑かける他プレイヤーもいないことだし、その方向で行く事にする。




