番外編 ありふれた聖夜 ~女神と神竜と会社員~ 【X’masエピソード】
今日はクリスマス・イブ。
日本中の相手がいる男女はうかれまくって、そうじゃない男女は自分の居場所でそっと息を潜めざるを得ない、残酷な日だ。
――かくいう私も後者でね。
去年のクリスマス・イブは、サービス終了がささやかれ始めた「F.D.O」を、現実から目を背けるようにずっとやっていたのを覚えている。
念のために言っておくが、目を背けていた現実とは「F.D.O」のサービス終了のことであり、クリスマス・イブに「F.D.O」をやり続けることが可能な己の境遇についてではない。
そんなことは物心ついた頃からずっと当たり前のように繰り返してきた俺にとって、今更逸らす必要も無いくらい、当たり前の現実だったからだ。
うん、千年の虚無を越えた今の俺の心にも、充分に突き刺さる現実だ。
自虐は止めよう、心にも身体にもよくない。
まあそうやって一心不乱に「F.D.O」をプレイし、脳内でオリジナルエピソードを妄想していたが、今の俺はあっちの世界ではそれが本当にあったエピソードである事を知っている。
恐ろしい事に主観でいえばそれはもう、千と一年前の出来事なのだが、そんなことをいえば職を失い、病院に隔離されかねないので黙っている。
我が魂の片割れである「シン」のおかげで、今もこうやってのほほんと会社員を続けていられるのはありがたい限りだ。
俺はこの日本に戻ってきてからも、普通の暮らしを続けている。
朝起きて出社し、定時まで働いて残業もし、家に帰って酒を飲んで寝る日々である。
週末はうろうろとどこかに出かけたり、ちょっとおいしいモノを食べに行ったりしているのが変わったと言えば変わった所とは言える。
そのために国産の軽だが、車も買ったしな。
ちなみに一度「術式格闘士」の技を試してみたら、普通に起動したので血の気が引いた。
うっかり喧嘩でもしようものなら、人殺しになってしまうことは間違いない。
それ以来、深く静かに封印している。
千年の時を過ごす前は面白いことも無い生活だ、「F.D.O」だけが俺の心のよりどころだと思っていたのだが、今となれば真っ当に働くのは存外楽しい。
人と関わり、購買としてできる限りの事をやるのはやりがいもある。
意外と充実した生活を送れている俺である。
仕事後のビールは美味しいしな。
……。
まあ楽しいのは他に理由があるからだ、というのは否定しない。
なんと言っても今の俺は、住みなれた小奇麗なマンションに帰れば、待ってくれている人がいるのだ。
それも二人も。
ア○ロの気持ちもわかろうと言うものである。
一人は金と碧が入り混じったような瞳と、輝くような金髪をもった東欧系の美女。
――創世神、女神アストレイア。
もう一人は褐色の肌に、艶やかな黒髪と赤い瞳を持ったエキゾチック美女。
――神竜、レヴィアタン。
……。
我ながら明確に思考してみると、気が狂った気の毒な人としか思えないな。
冷静に考えるとびっくりするレベルで酷い。
もう名前からして、どうしてこうなるまで放置していた?! とぶん殴られそうなものである。
幻覚でも妄想でもなく、間違いなく現実ではあるのだが。
俺も混ざった「シン」に問われ、一も二も無く俺の世界で俺と一緒にいると言ってくれた、ともに千年を越えた二人は、今も変わらず俺と一緒にいてくれる。
普通の会社員がどうやって女神と神竜を養えばいいのだと初期こそ頭を抱えたが、アストレイアもレヴィアタンも、食べる量は普通の女の子と変わらないし、贅沢をしたがるわけでもない。
二人とも「神」と言う立場だった為に、世俗の贅沢にそれほど興味がない。
初めて経験する食事や、遊びに行くという行為そのものを心の底から楽しんでいるようだ。
ちょっとした不満めいた事を言われるのは、俺が会社で働いている時間をもてあますと言ったものだったが、それもアストレイアは家事全般に目覚めて楽しげにやっているし、レヴィアタンはなにやらこっちの世界の神様とか悪魔とかそういう曰く言い難いものとの付き合いがあるみたいで怖い。
一度「やっぱりこっちにも神様とかそういう存在っているの?」と聞いてみたら、アストレイアもレヴィアタンも不思議そうに首をかしげて「居られますよ?」「居るぞ?」と答えてくれたので、それ以上深く突っ込むことを放棄している。
最近仕事で何をやってもうまく行ったり、何かトラブルが起こっても俺がかむと嘘みたいな幸運が発生して何とかなることは、うちの女性陣がこっちの神様とご友人な事と何か関係あるのだろうか。
あるのだろうな。
ありがたいがなんとなく嫌でもある。
うっかり宝くじも買えない。
元々俺のマンションは一人では広すぎるくらいの物件だったので、三人で住んでも手狭には感じない。
二人とも私室が欲しいとか言い出すわけでも無いので、少々プライベートに難のある状態であるとはいえ、今のところ取り立ててて問題があるわけでもないのだ。
ただちょっと見た事が無いくらいの美女、それもどうみても日本人ではない二人を、俺のような何の変哲も無い男が連れていることを、周囲の住人から奇異の目でみられていると自覚できることが問題なくらいだ。
俺を迎えに、雨の日は駅まで来てくれたりするアストレイアとレヴィアタンに目を奪われた人たちが、その待ち人が俺だと理解した瞬間に見せる表情は見飽きない。
結構へこみもするが、まあ俺でも同じ反応を示すだろうと思えば腹も立たないしな。
ずっと夢だった連れ立って銭湯に行くことや、ついぞ取ったことなどなかった有給休暇を使って温泉や海へ旅行することなどは、この数ヶ月でほとんど叶っている。
そして今夜、初めて血の繋がった家族や悪友達とではなく、クリスマス・イブを好きな女の子と過ごすという夢も叶おうとしている。
それがいきなりアストレイアとレヴィアタン二人同時と言うのは難易度が高いが、どちらかがお留守番と言う訳に行くはずも無いので、必然的にそうなる。
結構出た冬のボーナスをつぎ込んでレストランやホテルも押さえた。
俺の稼ぎでは超一流とは行かないが、それでも二人と行けば最高の場所に成る筈だ。
二人があっちの世界からつけてきていたアクセサリー類とは比べるのもバカバカしくなるような安物ではあるが、プレゼントの貴金属も用意している。
経験無い男にとって、女の子へのクリスマスプレゼントと言えば貴金属なんだよ。
憧れなんだよ。
それなりに有名なショップで、プレゼントを二つ買う俺に向ける店員の生暖かい視線を俺は生涯忘れない。
大人気ないかもしれないが、クリスマスが終わったらアストレイアとレヴィアタンをつれてお店に行ってやる所存である。
それと今日一緒に食事をする用の服も買っている。
俺は職場から直行なので、残念ながら代わり映えしないスーツ姿であるが、アストレイアとレヴィアタンは、三人で選んだ服に身を包んで、待ち合わせ場所で、もう待っていてくれているはずである。
幸い服屋には一緒に行ったので、驚愕の視線に晒されはしたものの、生暖かい視線は頂戴せずに済んでいる。
さすがに今日は年配の方から若いのまで、ほとんど定時で帰っている。
家族や子供の相手をせねばならない日だろうし、若手はもしも予定が無かったとしても意地でも残っていていい日では無いだろう。
勢い、誰かしら残っている我が職場も、定時後15分もたてば誰もいない状況に相成った。
おかげで俺も、いそいそと待ち合わせ場所に向かえているという訳だ。
うわあ……
もうかなり慣れたとはいえ、今の状況で待ち合わせ場所に姿を現すのはかなりの度胸が要求されるぞこれ。
待ち合わせ場所はこの街で遊ぶのであれば、誰もが一度は指定したことがあるであろう有名な場所。
当然クリスマス・イブの今夜ともなれば、相手を待つ無数の男女で溢れかえっている。
その混雑した空間の中、俺を待っているアストレイアとレヴィアタンの周りだけ、嘘みたいに空間が空いている。
ただ美女と言うだけではなく、どうみても日本人には見えない二人である。
冗談ではなく何かの撮影かと思われても不思議では無い光景だ。
クリスマス・イブという事もあるのか、二人があまりにも現実離れしているためか、ナンパを仕掛ける不埒者も居ないようである。
まあ話しかけて言葉が通じなければ赤っ恥でもあるだろうし、あれだけ周りの視線を集めている美女二人に玉砕覚悟とはいえ特攻できる豪の者はいないようだ。
それだけに出て行き難くなる俺である。
レストランに先に行っておいて、携帯で連絡しようかななどとおいう、ヘタれた考えが頭に浮かぶ。
待ち合わせ場所を決めるときは、周りの連中に自慢してやるぜと言うような、鼻持ちなら無い考えだったくせに、いざあの二人の破壊力を目の当たりにすると尻込みしていしまう。
シンに見られていたらケツ蹴っ飛ばされそうだけど、ビビッてしまうのは仕方が無い。
俺は「シン」と違って、変哲も無いただの会社員なんだよ。
どうしたものかと尻込みしていたら、俺に関するセンサーが異常に発達している二人に先に発見された。
アストレイアはその抜けるような白い肌と、金と碧の瞳、金の髪に合わせた黒ベースのドレス。
レヴィアタンはその褐色の肌と、黒髪紅眼にあわせた白ベースのドレス。
周りの目を奪っていた二人の美女の表情が、もう見慣れているはずの俺が驚くくらい劇的に変わる。
喜色満面というやつだ。
無表情でもあれだけ美しかった二人の表情に、感情が宿っただけでその魅力は倍増する。
俺を見つけて、まるで子供のように屈託無い笑顔を浮かべる二人に、周りの人間は魂を抜かれたように視線を奪われている。
自然の流れとして、その二人が駆け寄る相手に視線が向くのは自然な事だ。
その結果起きる反応も、俺はもう慣れているはずだ。
「や、約束の時間にはまだはやいのですけれど、待ちきれなくて来てしまいました。あ、あの、似合ってますか?」
そういって、俺の前でくるりと回ってみせるアストレイア。
「主殿が選んでくれた服に文句などは無いが、少々ひらひらしすぎでは無いかこれ? 変ではないか?」
スカートたくし上げるなレヴィアタン。
二人とも照れくさそうな上目遣いで、俺の言葉を待っている。
二人の仕草と、それを向けた俺を確認した周りからざわついた空気が発生する。
気持ちはわかるがもうちょっと遠慮できないか。
カ○ジの黒服かお前らは。
「二人とも似合ってるよ」
棒読みに近い俺の台詞に、アストレイアとレヴィアタンが嬉しそうに微笑む。
「それなら良かったです」
「ふん、主殿がいいというなら、まあ我は別に裸でもかまわん」
なんの捻りも無い俺の一言に、二人とも頬を染めて反応する。
その反応に周りのほうが騒ぎを大きくする始末だ。
どうやら二人には周りのことなど目にも耳にも入っていないようだ。
「じゃ、じゃあ店予約してるから、さっそく行こうか」
もうさっさとここから離れたい俺は、かみ気味に二人を促す。
「はいっ」
素直に頷いて、アストレイアが俺の左腕に抱きついてくる。
「ぬ?」
それを見たレヴィアタンが負けてはいられないとばかりに、俺の右腕に自分の身体を絡めてくる。
いやこれじゃまともに歩けないって。
大胆な二人の行動に、騒ぎを大きくする周りのことも、二人の身体の感覚のせいで俺の意識からも抜けてゆく。
これこの後食事して、お酒呑むところまで続くのか。
大変だと思う反面、これでこそと思っている俺もいる。
今夜は開き直って、勇気を出して予約したホテルの部屋までたどり着こう。
レストランやホテルのロビーで向けられるであろう視線については、この待ち合わせ場所で覚悟完了できた。
こうなったらもう、開き直って二人を楽しませて、自分も楽しむことに集中する。
二人とも、その表情からみるに、本当に今夜を楽しみにしてくれているようだ。
俺だってそれは同じだ。
俺にとっても、アストレイアとレヴィアタンにとっても、好きな人と過ごす最初のクリスマス・イブ。
周りの反応に気を取られていたんじゃもったいないことこの上ない。
千年の時間の中では想像も出来なかった今の幸福を存分に楽しもう。
消えるしか無いと思っていた俺に、こんな楽しい時間を与えてくれたシン。
シンは異世界で楽しく過ごしているか?
おかげさまで俺はこの上なく楽しいよ。
こっちのクリスマスが懐かしければ、夜やクレア、自慢の「天空城騎士団」を引き連れて遊びに来いよ。
案内役としてはお互い頼りにならないけれど、幸いお互い頼りになる女性陣には困らないだろう。
一度みんなで呑みたいもんだ。
お正月とかどうだろう?
そんな馬鹿なことを考えながら、大事な二人に手を取られて、予約の店へと歩いていく。
メリー・クリスマス、アストレイア。
メリー・クリスマス、レヴィアタン。
メリー・クリスマス、俺の片割れ。
俺だけじゃなく、シンにとって、シンのかけがえの無い両翼や仲間達にとって、このありふれた聖夜がいい夜でありますように。
このクリスマス・イブの出来事が、後日ちょっとした――ちょっとしたではすまない規模の騒ぎを引き起こす事になる。
クリスマス・イブの夜にその場に居合わせた、ゲーマーでありながらリア充でもある希少種。
そのなかでも「F.D.O」のプレイヤーでもあった数人がネット上で
「創世神アストレイア様そっくりの美人が、さえない男に連れられていた件についてwwwwww」
とか
「俺のアストレイア様がNTR」
などという、馬鹿なスレッドを立ち上げたせいである。
サービス終了からそれなりに時間が経過しているにもかかわらず、まだある程度の賑わいをみせている「F.D.O」関連の話題の中で、それは相当な注目を集めることとなる。
それだけであれば、クリスマスに付き物の与太話で終わる程度のものであったが、現代社会の問題と化学反応を起こして大きな騒ぎへと発展した。
クリスマス・イブの夜に街中に溢れていた多くの人間たちの中には、肖像権とかそういった認識が薄い人間も含まれており、そのほぼ全員がスマートフォンを所有している時代である。
そして勝手に人の「写真」を取るような人間は、ネット上へ自分が興味を持った「写真」をアップすることに抵抗感など覚えるはずも無い。
「今日めっちゃ美人見た。これ」
「すっげ綺麗な外人が、ふつーの男に連れられてた。めっちゃ金持ちなのかなあの男。こいつなんだけど」
「格差www社会www」
などというコメントと供に、精一杯おしゃれした女神や神竜、それをつれている会社員の写真が相当な枚数、ネット上に流出したのである。
これが「F.D.O」の関連スレの情報と結びつき、それがただの美人ではなく、本当にスレに書かれていた通り彼らが良く知る「創世神アストレイア」とそっくりな事に騒ぎ出したのだ。
女神や神竜は衣装こそ現代のモノを身につけていたが、おしゃれのためにと身につけたネックレスやイヤリングと言ったアクセサリーに、「F.D.O」にどっぷり浸かっていたへヴィ・ユーザー層が反応する。
曰く、設定資料集にあるそのままのネックレスやイヤリングである。
しかもおもちゃではなく、本物っぽいと言う分析をする者達も多く現れた。
それらの情報が錯綜する中、、VRゲームとして「F.D.O」がリメイクされるための宣伝活動では無いかという噂が必然的に生まれ、それは一定数の支持を得るに至る。
そうなれば開発会社へのインタビューなどがゲームメディアによって行われることになるのは当然で、それは女神や神竜の写真と供にかなりの話題をゲーム業界でさらうことになった。
そうなれば注目を集めるのが、女神と神竜をつれていた男になるのは自然の流れである。
そして今の時代、複数の写真とそれがどこで撮られたのかという情報が揃っていれば、身元確定に至るのにそんなに時間がかかるわけではない。
そこから巻き起こった大騒動は、最終的に異世界に居るシンや夜、クレアを始めとした「天空城騎士団」の面子も巻き込んだものになるのだが……
それはまた別のお話し。
雨は夜更け過ぎに雪へと変わりませんでしたが、投稿します。
そもそも雨も降っておりません。
皆様のところではどうでしょうか?
良いクリスマスを過ごされている事を祈っております(呪)
クリスマス番外編です。
ずっと書きたかった、こっちへ帰ってきた俺の後日談です。
メリー・クリスマス!
読んでくださっているみなさん、できましたら来年もどうぞよろしくお願いいたします。
現在連載中である
「いずれ不敗の魔法遣い ~アカシックレコード・オーバーライト」
にも
「番外編 廃都アースグリムにて 【X’masエピソード】」
を投稿しております。
よろしければそちらも読んでくださったら嬉しいです。