第108話 月墜
『かかった!』
俺に自分が持つ全てのシステム権限を奪われ、すべての機能を停止させられた「神殻外装」神竜に、「システム」が駆使する「神殻外装Ver神鳥」の一撃が突き刺さっている。
どう見ても致命傷だ。
「システム」の狙い通り、まさに一瞬の隙を突いて「神殻外装」神竜を撃破したようにしか見えない。
にも拘らず、「本物の俺」は快哉を上げている。
まるで狙い通りに行ったのは自分だとでも言わんばかりに。
確かに「システム」の狙いが、俺達の対決によって弱った方を横合いから殴りつけ、叩き殺すことでシステム権限を開放させるという事であれば一歩遅い。
「本物の俺」が持っていたシステム権限はすでに、俺の支配下にあるからだ。
俺の予想した通り、「本物の俺」は想定外の俺達の激突をさえ利用して、「システム」を釣り上げた。
だがいま目の前で喰らっているダメージが尋常なものでないのも確かだ。
「! アストレイア様、神竜!」
間抜けなことに、「本物の俺」をとっさにどう呼んでいいかわからない。
それでもいま目に映る状況は、深刻なものとしか思えない。
共に合一しているアストレイア様や、本体を貫かれた神竜は無事なのか。
『神竜!』
『やってくれたな、主殿!』
神竜の名を叫ぶ「本物の俺」と、それに応える神竜。
こうなった時にどう動くべきか、「堕神群」側は準備済みという事だ。
刺し貫かれた神竜から無数の光が「神殻外装Ver神鳥」に絡みつく。
これが約束の「一発ぶん殴る」という事に相当するのか、神竜は心底嬉しそうだ。
『やっと一矢報いたぞ、我が世界を滅ぼしおった怨敵め。おめおめ生きながらえてきた甲斐があったというものよ! 礼を言うぞ、主殿、シン殿!』
俺にも礼を言う神竜。
役者が変わっても、この状況になれば「堕神群」の計画は成就されるという事。
現在俺が掌握している「堕神群」のシステム領域が、「システム」の持つ領域に繋がる。
物理的接触による、残存システム領域に対する侵入。
神竜が今行っているのはそれか!
『シン! いまなら俺達を介して、直接「システム」に侵入できるはずだ! 奪え!』
本来なら万全の状態で、自分たちが差し違える覚悟でこの手を使う予定だったのだろう。
そのために俺が覚醒させた七罪人の力、中でも「強欲」を欲した。
今や情報生命体と言ってもいい俺の精神が、物理的接触を果たした「システム領域」を侵食する。
抵抗らしい抵抗を受けることなく、あっという間に全てを掌握する。
『完全に掌握した! 「神殻外装Ver神鳥」の完全停止、操者の拘束完了。世界で発生している魔物の攻撃的化解除完了。――無事か!?』
捉まえてしまえばあっけない。
今や「システム」の全領域は俺の支配下にある。
『ああ、「システム」による介入がなくなれば物理的なダメージは「絶対領域」ですぐに修復できる。魂魄も問題ないし大丈夫だ。ルール無用で本体ぶち抜かれた時は驚いたがな』
「本物の俺」から答えが返る。
確かに言うとおりだ。
魂魄――経験値がある限り、全てのダメージを通さない筈の生体装甲が、問答無用で打ち抜かれている。
部分的とはいえ、こちらの理を無効化してきていることは驚愕に値する。
結果として一瞬で決着がついたとはいえ、「システム」が直接介入に踏み切る切り札であった、「神殻外装Ver神鳥」とその操者は驚異的な存在ではあったのだろう。
あらゆる状況が合わさって、俺があっさり掌握できる状況が出来上がっていただけだ。
一手ずれていたら、どういう結末になっていたかわからない。
「本物の俺」の言葉通り、「絶対領域」が展開され神竜は全てのダメージを「なかったこと」にする。
一安心だ。
嘘みたいにあっさり「システム」の制圧には成功したが、その犠牲が「本物の俺」、アストレイア様、神竜というのはさすがに寝覚めが悪い。
無事であるならばそれに越したことはない。
「神の目」が突然立ち上がる。
今や俺がその仕組みも支配しているはずなのに、俺の意志によることなく自動的に立ち上がった。
なにが起こった?
『「システム」再統合完了を確認――』
確かに「システム」は再び統合された。
本来の「システム」としてではなく、俺の支配下においてではあるが。
それでも再統合されたことは間違いない。
それがどうしたというのか。
『――先行命令の条件成立。「Memento Mori」を発動します。発動と同時に「システム」制御下から解放。以後一切の干渉を排除します』
――やられた!
愚者の罠を仕込まれていた。
誰がシステムを統合しても、それをトリガーにして発動するようにされていた。
そして発動後は「システム」の制御を受け付けないように処理されている。
『なにがあった?』
こちらの動揺を察して、「本物の俺」が聞いてくる。
『してやられた。「システム」は誰が再統合しても発動するように罠を仕掛けていた。コードネームは「Memento Mori」 内容は――』
「シン君、空が……」
「我が主……月が墜ちてきていますのよ」
夜とクレアの呆然とした声が告げる通り。
――最も巨大な、大気圏外にある本物の月を、世界に墜とすこと。
それはすでに始まっていて、肉眼で見てそれとわかるような勢いで巨大化していっている。
『成程、何がどうあれこの世界をぶっ壊せる策を取ってきたか。やられたな、前にも話したがあくまでも軸は現実世界だ。それをぶっ壊されたら、世界の要素を自在にできる「システム」を掌握していても意味がない。しょうがない、これは俺も想定できてなかった事態だ、こっちに任せておけ』
特に慌てることもなく、任せろと言ってくる。
千歳差というのはやはり圧倒的なものが在る。
こっちは「月が墜ちてくる」という異常事態に浮足立ちそうなのに、落ちついたものだ。
『どうするつもりだ』
『こっちにゃ無敵の「神殻外装」があるんだ。月の一つや二つ止めてみせるさ』
月の一つや二つって。
だが確かに言うとおり、俺達の手持ちの力の中で墜ちてくる月を止めるなんていうとんでもないまねが出来るものは「神殻外装」だけだ。
とはいえ本当になんとか成るものなのか、巨躯を誇るといっても、月とは比べ物にならない。
『――それなら俺達も』
「絶対領域」の全面展開における事象改変なら、二体あれば効率は倍だ。
とんでもない空間に対する展開が必要なのだ、一体では荷が勝ち過ぎないか。
『魂魄足りないだろうが。いいから任せとけ、さっき丸一日あの戦闘を続けても平気だと言ったのはハッタリじゃない』
確かにこっちは魂魄が足りない。
それこそさっきの戦闘で、俺が消失するところまで追いつめられていたのだ。
『いけるよなアストレイア、神竜』
自分を千年支えた、俺にとっての夜、クレア、神竜にあたる存在、いや積み重ねた時間の長さではそれ以上の信頼関係を誇る二人に、気楽そうに声をかける。
『貴方が千年かけてやっと辿り着いた世界の形ですもの、何としてでも守ります』
『儂は約束守ってもろうたからの。こっちも約束を果たすだけじゃ。それにさっき負けた借りをここで返すのも都合がよい』
期待を裏切らない、答えがすぐに帰る。
俺達の会話も、傍から見ていてこんな風ならいい。
敵に回すと恐ろしかったが、味方となるとここまで心強い。
『てなわけだ、シン。俺が一人で、なんていうといかにも自己犠牲っぽいけど、アストレイアと神竜連れて行くんだから安心だろ? 俺がこの二人を犠牲にする事はないよ』
これ以上ない説得力だ。
千年をその解放のためにかけた相手を、一か八かの賭けには巻き込まないだろう。
もしその可能性があるのなら、まだしも俺に協力を求めるはずだ。
『わかった、頼む』
『頼まれた』
そう言うと、神竜は月に向かって飛翔をはじめる。
あんなものが地上に落ちたら、もはやどうしようもない。
魂魄を使い果たしていなければ神竜も協力できるが、今は頼るしかない。
今から慌てて魔物を狩っても、焼け石に水にしかならない。
『すまん』
「システム」を完全掌握していながら、出来ることが他にないとは情けない。
ただ馬鹿でっかい質量が墜ちてくると言うだけの事態に対処できない。
この星に眠る、全ての「逸失技術」を掌握していればその限りではなかったのかもしれないが、今はないものねだりだ。
『気にするな。「システム」引っ張り出して、最後っ屁の「月墜」も俺達が止める。おいしい役どころじゃないか。これくらいの役をもらわないと、千年の割に合わない。それに俺には最後のお仕事だ』
確かに「誰が世界を守ったか」となれば、「堕神群」、それを率いた「本物の俺」となるだろう。
おいしいという一言で済ますのもどうかと思うが。
「本物の俺」にとって、アストレイア様の堕神解放が成り、「システム」からの世界の解放が成った今の状況は、千年の苦難に見合うものなのだろうか。
最後のお仕事という言い回しが気になるが、その声に悲壮なものは感じられない。
『よし、着いた。こいつはでかいな、「絶対領域」を全面展開してこいつをここに押しとどめる。この位置なら地上に影響もさほど出ないだろうから、ここで止める』
そういうと同時に、頭上に大きくなっている月の一角が蒼く光る。
神竜が展開している「絶対領域」だ。
本来は自身の周りにだけ展開する「絶対領域」が、ここから見てもわかるくらいの範囲に拡大していっている。
白く見えている月が、徐々に蒼に染まってゆく。
どれだけ膨大な経験値があると言っても、持つんだろうか。
いや、「本物の俺」が持つといい、アストレイア様と神竜を伴っている以上持つんだろう。
千年の宿願を果たしたアストレイア様を犠牲にするとは考えられない。
戦闘が終わった各地の人々も、この光景を見上げているはずだ。
事が終わったら、紹介しなければならないな。
この世界を本当の意味で救った、「本物の俺」の事も。
アラン騎士団長との呑み会を、三人でやるのもいいかもしれない。
今の俺なら、キャラクタークリエイトの能力を使うことも可能だ。
シンを創りだした時は、自分のさえない見た目を出来るだけ再現したけど、「本物の俺」の身体は、おもいっきりオトコマエにしてみてもいいかもしれない。
嫌がるだろうか。
『夜』
「なんですか、シン君」
『クレア』
「なんでしょう、我が主」
『神竜』
「なんじゃ主殿」
俺を支えてくれる、一人一人に声をかける。
もうすぐ事が済む。
『これ、でっかい借りだよな。月止めてくれるの』
利用し、利用され、決定的な対立もした。
だがことを収めるのに、これだけの協力が出来たのなら、この後も共に行けると思いたい。
その事を、誰よりもこの三人に納得してもらいたいと思う。
「そうですね、今の私たちだと無理ですから、もし彼らが居なかったら最後の最後で負けてますね」
「全ての準備は「堕神群」がしてくださったといっても過言ではありませんものね」
「我はとやかく言う気はないぞ。何より神竜には勝ったしの。勝者の慈悲で共に在ることを認めてやるのに吝かではない」
夜も、クレアも、神竜も。
俺が言いたい事を理解してくれている。
『仲間として、一緒に居てもいいかなあ』
甘いのかもしれない。
いやきっと甘いのだろう。
「シン君がよければ私は何も」
「我が主の決めたことに従いますのよ」
「喧嘩相手が居るのはいいことじゃと思うぞ」
三者三様に認めてくれる。
俺にしてみれば、もう一人の俺と共に在る事になるわけで、複雑なところもあるけれど。
そういう結末を望んでもいいと思うんだ。
『聞こえてるか、「本物の俺」』
『――ああ、ありがたくて涙が出るね。こっちもなんとかなりそうだ』
その返事の通り、巨大な月は今やほとんど蒼で覆い尽くされている。
どうやら世界は終わらずに済むようだ。
これからはちょっと月の大きい世界になるかもしれないけれど。
ヨーコさんや、フィオナや、シルリアや、アラン騎士団長。
他にも知り合った多くの人と、「堕神群」が一緒に歩んで行けるなら。
「システム」から解放されたこの世界は、俺と俺にとって、すばらしい世界になると思うんだ。
『なんとか終わった』
天空に、蒼い月が完成する。
今後この蒼月が、解放された世界を象徴するものになればいい。
『感謝する』
『礼には及ばん。これからそっちへ帰還する。その前にシン、二人で話できるか。七罪人の件について話したい事がある』
そう言えばそうだった。
七罪人を揃えることにあれだけ拘っていたのに、「システム」との決着は七罪人の力が揃っているかいないかに関わりなくついてしまった。
今後二人が分けてその力を持つからには、その打ち合わせが必要なのだろうか。
まあ今更拒む理由もない。
今の俺にとって、「本物の俺」と二人で話せる空間をつくるなど造作もないことだ。
『わかった、夜、クレア、神竜。アストレイア様、神竜。少し時間をくれ、話してくる』