第107話 三位一体
神竜に再び合一する、夜とクレア。
だが、本来俺が立っているべき主操者のスペースに、俺は存在しない。
消えてしまっている。
『たった半年の記憶の為に、シン本人が消失してしまったが、それでよかったのか夜、クレア、神竜』
「本物の俺」が、シンを失った夜、クレア、神竜に話しかける。
この状態で再び合一しても、もはや打てる手は何もない。
そう確信している。
自暴自棄になって、夜、クレア、神竜が自殺行為に走らないかを心配している、そんないたわりの空気さえある。
「あはは、あはははははは」
「うふふ、うふふふふふふ」
夜とクレアが、質問に答えることなく、下を向いたまま笑い出す。
傍から見たら気がふれたようにも見えるかもしれない。
実際、神竜は心配そうだ。
それはまあしょうがない。
『――夜、クレア』
『夜様、クレア様……』
『神竜、こうなることは解っていたじゃろうに、なぜ止めなんだ』
正直自分たちでやっておいてよく言うと思わなくもないが、本当に心配してくれているのは解る。
彼らにしてみれば、たった半年間の記憶に拘って、こんな事態になることは想定していなかったのだろう。
もっとあっさり俺が折れ、仕方のないこととして夜とクレアも受け入れると判断していた。
でもそれは、半年前に「本物の俺」の欠片と「シン」から生まれた今の俺を、殺すって事だ。
共に居た夜、クレア、神竜がそれをよしとしなかった。
今の俺こそが大切なんだと、照れもせず正面からそう言ってくれた。
そして大切な三人がそう思ってくれているなら、俺も馬鹿な自己犠牲なんて考えない。
「主殿が消失したという事は、貴様らが望んでいた権能、七罪人の力も消えたことになると思うが、それには焦っておらんのじゃな」
神竜が核心を突いた質問をする。
『それは……』
言いよどむ「本物の俺」
「――神殻外装の仕組みは、「堕神群」が掌握しているシステム領域の支配下ですもんね」
その答えを待たずに、夜が理由を告げる。
「我が主が、神殻外装の仕組みに従って消失しても、行き着く先はあなた方「堕神群」の支配する「狭間」ということですわ。貴方がヒントをくれましたのよ、ダリューンもそこに居たと仰いましたの」
夜の言葉を継いで、クレアが俺達の賭けの種を明かす。
上手く行ったんだからもうちょっと引っ張ってもよかったんじゃないかな。
シン君を、我が主を返してって、泣いてみせるとか。
――いや、お芝居でも見たくないな、そんなシーン。
『まさか……』
「そのまさかです。私たちは賭けに勝ちました。シン君!」
「やりましたわ我が主。「三位一体」が健在を伝えてはくれますけれど、声を聞けないと不安ですの」
ダリューンが「狭間」にいた理由。
「茨の冠」を使い続ければ消失するという話。
「茨の冠」は、「神殻外装」の技術を応用して創られたものだという予測。
「本物の俺」が認識していれば、神々は堕神となっても、消え去らなかったという実績。
魂魄――経験値を失い、人としての形を失っていきつく先は「システム」の領域だと予測する。
ダリューンが、クリス・クラリスを「茨の冠」で使役し続けた結果、「狭間」に至ることになったというのであれば。
「本物の俺」の掌の中である「神殻外装」の仕組みで消えて、俺がたどり着くのもそこなんじゃないのか。
即ち、「本物の俺」が権限を持つ、システム領域。
どれも確信を持って行動するに至るには、あまりにも頼りない情報。
だけどあのどうしようもない状況をひっくり返すには、それに賭けるしかなかった。
そして何よりも俺達がこの賭けに出れた最大の理由。
俺、夜、クレアを象徴する能力、「三位一体」
俺と夜とクレアを繋ぐ、大前提の力。
俺はどこに居ても夜とクレアの感覚をすべて共有できる。
夜とクレアも、俺と繋がっていることを認識できる。
そして夜とクレアの中には、シンの魂の欠片が入っているという事実。
それに全てを賭けた。
俺が夜とクレアを介して自分自身を認識できていれば。
夜とクレアが、「俺」を強く認識していてくれれば。
目に見える形を失っても、「俺」は「俺」として、システムのリソース領域である狭間に存在できるのではないかという可能性。
そして俺達はその賭けに勝った。
今こうして、合一空間での意識の形を無くしてもなお、自我を保ち思考できている俺が存在していることがその証左だ。
『もうちょっと引っ張ってもいいと思うんだけど、しょうがないか』
声だけを、双方の神殻外装に聞こえるように出す。
『シンか! 俺と同じ「狭間」に居るのか!』
「本物の俺」が状況を理解して叫ぶ。
だがもう遅い。
「シン君!」
「我が主!」
「主殿!」
確信はしていても、声を聴くまで心配だったのだろう。
夜、クレア、神竜が歓喜の声で俺を呼ぶ。
「三位一体」を持たない神竜が一番不安だっただろう。
目の前で消失する俺を見ていたわけだし。
『俺の、俺達の勝ちだ、この勝負!』
勝利宣言。
「本物の俺」へ、アストレイア様へ、神竜へ、俺達の勝利を告げる。
「俺」が「情報意識体」としてシステム領域に存在できたとしても、支配者である「本物の俺」に認識されてしまえばどうなるかわからない。
「システム」が消すことを決めた世界の神々を存在させる事が出来たからには、消し去られることはないだろう。
だが「システム」に対する「堕神群」と同様に、自由に動くことはできなくなるとみて間違いない。
――本来であれば。
だが「俺」が「俺」である以上、七罪人の能力は健在だ。
そしてこの戦いに臨む直前に覚醒した力。
『「強欲」――七罪人avaritia:コード「Mammon」、能力「簒奪」 「システム」――言い換えれば最古の「逸失技術」だよな。――奪え、「Mammon」 ここにある全ての権限を奪い尽くせ!』
システム全域には届かないが、今「本物の俺」が掌握しているシステム領域を、今そこに溶けている俺は完全に把握できている。
俺が七罪人の覚醒に応じて得ているシステム権限も今ならわかる。
直接触れた「逸失技術」の権限をすべて奪う能力を以て、「堕神群」が有していたシステム権限をすべて俺の配下に置く。
俺が認識した領域全てが、次々に俺の支配領域に塗り替えられていく。
『これは……ちょっと予想できてなかったな』
「本物の俺」が素直な感想を述べる。
もはやこうなっては抵抗の余地もないことを理解しているのだろう。
神竜の全機能も。
アストレイア様の全権能も。
「本物の俺」の存在そのものすら、今は俺の支配下にある。
当然「本物の俺」が持っていた、「嫉妬」「怠惰」「暴食」の七罪人の力もその支配のもとにある。
賭けに勝った瞬間に、勝負は決したのだ。
かたちがないのも落ち着かないので、夜とクレア、神竜が待っていてくれる、「神殻外装」の合一空間に、自身を顕現させる。
一度消失するまでの、実体の俺を模したものではない、雷のように揺れ迸る、エネルギーの塊のような姿で現れる。
どうしても俺の「力」のイメージというのは「雷」になる。
好きなものはしょうがないか。
我ながらなんかちょっと気持ち悪い、というか悪役くさい。
目鼻立ちがはっきりしないので、こっちの方がいいのかもしれないけど……
「シン君、シン君なんだか違うんだか、見た目で解りません。落ちつかないのでもっと強く自分の姿をイメージしてください」
「そのままですと電気の塊みたいですわ。電源?」
確かに夜とクレアの目に映る今の俺は、人であるかどうかすら疑わしい。
膨大な力の塊を、無理やり人の形に抑え込んでいるようなイメージだ。
ちょっと油断すれば爆発しそうですらある。
これは確かに落ち着かない。
「主殿、主殿、エネルギー量が多すぎて我の中が、あ、ちょ、動かないで……もうちょっと抑えて」
ああそうか、神竜の中なんだから、抑えないときついか。
より強く、本来のシンの身体に基づいた自分をイメージする。
なんとか「雷」のエフェクトを本来の姿にまとわりつかせたような形に落ち着く。
「めちゃくちゃ強そうですよ、シン君」
髪の毛、金髪にして逆立ててみようか?
確かに強そうだ。
というか実際に強い。
「常時「雷公鞭・纏」が発動しているのような感じですのね。これ合一解いてもその状態だと、あの、我が主に触れられないんじゃありませんの?」
さすがにそれは制御できると信じたいな。
常時これだと日常生活が破綻する。
「主殿、見た目は変わっても、その、我の中に膨大な力が流れ込んできてることに変わりは……あ、や、もう……」
神竜がくったりした。
しょうがない、これ以上抑えようも無いし我慢してもらうしかない。
今の俺は、50パーセント以上の「システム領域」、この世界を統括する最古の「逸失技術」を掌握している。
「堕神群」が掌握していた領域のため、今世界中で発生している魔物の大侵攻を停止させる権限はまだ得ていない。
だが、「本物の俺」が千年かけて仕込んだ「七罪人」の力は全て掌握した。
『これは……チェックメイトだな。こういうやり方はさすがに想定できなかった。とはいえシステム領域を掌握されてしまってはこちらに打つ手はない。降参しよう』
『シン様、待ってください、この方は……』
「本物の俺」が降参の意を示し、アストレイア様が慌てて言葉を発する。
『大丈夫ですよ、アストレイア様。俺達は別に、殺すか殺されるかで戦っていたわけじゃありません。殺されるか、我を通すかです。勝ったからには従ってもらいますけど、それ以上の事をする気はありませんよ』
声もなく、アストレイア様が安堵の表情を浮かべる。
本当に「本物の俺」が大切なんだな、アストレイア様は。
最初からそう言っていた。
「シン」ではなく、「あの方」が好きだと。
そのために世界の消滅に抗ったんだと。
俺も俺であるからには少しさみしいけど、「本物の俺」のように積み重ねた時間があるわけでもない。
それに俺には夜とクレア、神竜が居てくれる。
「天空城騎士団」のみんなや、世界を共に生きていく多くの人たちも。
その礎を積み上げてくれた「本物の俺」を、排除する理由は何もない。
アストレイア様と、神竜とともに、仲間になってくれればそれでいい。
「甘いと言いますか、シン君らしいといいますか」
「まあもう今さらですわ夜。こうでなければ我が主ではありませんの」
返す言葉もないけれど、ここで「本物の俺」を殺す気にはなれない。
何故協力を拒み、自身で「システム」と決着をつけることに固執したのかは解せないところもあるけれど、負けたからには潔くこちらの思惑に従ってくれるはずだ。
それに「システム領域」を掌握した今となっては、抵抗の手段もないはずだ。
故にここで確実に排除しておかなければならない理由もない。
甘いか甘くないかで言えば、甘いと言われるのは甘受する。
しょうがないじゃないか、その気になれないんだから。
「まあ甘かろうか辛かろうが、それを決めるのは勝者の権利じゃ。勝った以上は何人たりとも文句は言えまい。そうじゃろう神竜」
『……ぬ』
言ってやってくれ、神竜。
敗者の美学とやらで、敗れ去ったものは潔く死ぬべきだとか言い出したらぶん殴ってやってくれ。
まあ「本物の俺」とアストレイア様にはそんな心配はいらないだろうけど。
千年の地獄を見たとはいえ、元は俺だ。
負けたからには従うだろうし、敗者の美学なんかを持ち合わせているとも思えない。
後は揃った権能と七罪人の力をどう使って、「システム」を撃破するかを聞かねばならない。
だがそれは後だ。
決着がついたからには、一刻も早く「神殻外装」という圧倒的な戦力で、各地で奮戦する防衛戦力の応援に向かわねばならない。
神竜だけでなく、神竜の協力もあれば犠牲は最小限に抑えられるだろう。
そう言おうとした瞬間。
頭上の空が割り砕け、巨大な存在が突如として現出する。
一斉に開く「映像窓」と、鳴り響く警告音。
「主殿、直上に転移反応! これは――「神殻外装」! Ver「神鳥」!」
『直接介入により、異常存在を排除します』
聞いた事のない、機械的な声が響く。
「システム」の擬人化も女かよ、と場違いな考えが浮かぶ。
「システム」の直接介入!
神竜と神竜の激突で、疲弊したところを物理的に撃破、排除という手段にでたという事か。
本来の計画では、俺達と折り合いをつけ万全の状況で「システム」との決戦に挑む予定だったのだろうが、俺達の思わぬ抵抗により計画の変更を余儀なくされた。
想定外の激突で、付け込む隙を与えてしまった。
俺の支配下にあるとはいえ、「嫉妬」「怠惰」「暴食」の七罪人の力は、一つに集結していない。
そして物理的には本来互角の「神殻外装」は、システムの駆る「神鳥」を除いて疲弊している。
「システム」にとっては、異常存在を排除する千載一遇の好機。
きっちりとそのタイミングで介入してきた。
計画の全貌を知らない俺は、力はあってもそれをどう駆使すればいいのかがわからない。
計画を練り上げてきた「本物の俺」は、駆使するべき力を奪われている。
そこをピンポイントで突かれた。
神竜にも負けぬ巨躯を誇る、「神殻外装Ver神鳥」は、一直線に無力化された神竜へ向かう。
「神殻外装Ver神鳥」の巨大な嘴が、神竜を貫いた。
『在るべき姿に「システム」を戻します』
「システム」の声が無慈悲に響く。
だが一歩遅いぞシステム。
今「堕神群」の掌握していたシステム領域を支配しているのは俺だ。
お前はおそらく釣られたんだ、「本物の俺」に。
そして俺がすべてを奪う。
システムに支配される世界を、今終わらせる。