第106話 メギドの丘
最高の生物と謳われる「神竜」と、最強の生物と謳われる「神竜」が、互いの主の我を通すため、主を鎧う「神殻外装」として激突する。
まるでメギドの丘だ。
自分の大事な女達にあそこまで言われて、自分が関わった仲間たちにあそこまで言われて、戦いもせずに膝を折ってる場合じゃない。
それに負けてもともとで、やけくそで挑んでいる訳でもない。
勝つ。
根拠も具体的な手段も何もないけれど、勝つ。
そんな決意だけで勝てるのなら、世の中何の苦労もない。
解ってる。
それでも石にかじりついてでも必ず勝つ。
そう決めた。
「神竜、全神核直列励起開始、「絶対領域」常時展開! 相手も「神殻外装」だ、同じことが出来る。アストレイア様の時と違って今回は同じ「絶対領域」だ。「世界の理」と「世界の理」の力比べじゃないから相殺できるはず。「絶対領域」は相殺を前提として短期決戦でケリをつける!」
「承知」
どちらにせよ全力でかかるだけだ。
なぜアストレイア様が、「こうなってしまってはもう俺達はどうしようもない」と言う様子なのかはわからないが、純粋な戦闘として後れを取る気などない。
「夜、全武装の使用許可。魂魄消費は考慮しなくていい。「絶対領域」を相殺している以上、「神殻外装」の武装なら先に当てた方が勝ちだ。当てられると思ったら全武装を即時使用してくれていい」
「わかりました」
「三位一体」のおかげで、俺がそうしたいと思った通りに夜、クレアは動いてくれる。
だけど主操者として集中してしまえば、武装使用にまで思考がまわらない。
夜の判断で使用してもらったほうが良い。
「クレア。同じ「神殻外装」の火力に攻性防御は事実上無意味だ。迎撃ではなく夜の攻撃補助として必要なタイミングで全開斉射。パッシブ系の防御はすべて切っていい。俺が全部躱す!」
「承知ですの!」
同格の兵器同士で、防御は無意味だ。
装甲を除けば、攻性防御という攻撃による攻撃の相殺を狙う思想である「神殻外装」では、防御用火力も攻撃用のものにそう引けを取らない。
当てれば十分な攻撃となる。
「行くぞ!」
「本物の俺」は千年の時を過ごしている。
今の俺には、相手がどれだけ「出来る」かわからない。
それでも基本的に操者の動きに追従する「神殻外装」を駆使することにおいて、シンとしての記憶、経験がある俺の方が有利なはずだ。
初めから戦う存在としてのシンが、今の俺のベースにはある。
あくまでもゲームとして、コントローラーで操作していた「本物の俺」とはものが違う。
「本物の俺」は、たとえ千年の研鑽を積めていたとしても、ベースはおっさん会社員の俺だ。
それとも千年の研鑽と執念は、それさえも覆すか。
どちらにせよ全力で当たるしかない。
初動から最速をかけ、右方向にすっ飛んで距離を取る。
神竜は微動だにしていない。
反応できていないのか、余裕なのかは判然としない。
「撃ちます!」
夜の声と同時に、「流星光雨」が即時発射される。
360度あらゆる方向から、神竜を呑みこむように放射される数万の光の矢。
試し撃ちだな、これは。
どれだけの高速機動をとっても、躱しようがないはずだ。
予想に違わず全弾直撃する。
「全弾着弾!――神竜に被害皆無!」
情報管制を行う神竜の報告。
解っていたことだが、「絶対領域」に触れた瞬間、全ての攻撃は「なかったこと」にされている。
遠隔攻撃は無意味か。
「シン君、見ての通りです。こちらの「絶対領域」で向うの「絶対領域」を相殺しない限り、何を当てたところで無効化されます。「絶対領域」圏内での近接戦闘。シン君の領域です」
「了解、任せろ!」
「絶対領域」と「絶対領域」を接触させ、相殺した上で攻撃を当てる。
そうでなければ通らない。
望むところだ、近接戦闘は術式格闘士の真骨頂。
当てさせず懐に潜り込み、こちらの攻撃を確実に当ててこそだ。
向うの遠隔攻撃もこっちの「絶対領域」で無効化出来るから、躱すよりも、相手を幻惑する機動が重要になる。
『やっぱりすごいなシン。「神殻外装」としてのスペックは互角のはずなのに、まったく捉えられない。勝つと言い切るだけはあるなあ』
『儂は捉えておるじゃろうが、お主が反応できておらんだけじゃ!』
欺瞞ではない余裕が腹立たしい。
しかしいかな「神殻外装」と言えども、同等の相手からの攻撃はどうにもならないはずだ。
最強の矛と盾を兼任する「絶対領域」も、相殺されてしまえば何の意味もない。
どれだけの装甲を重ねようと、神竜の本体が強靭さを誇ろうと、攻撃力と防御力の乖離は如何ともしがたい。
自身の攻撃を自身に喰らえば、ひとたまりもないというのは一定を越えた「兵器」が行き着く境地なのかもしれない。
だからこそ必ず先に当てる。
捉えられない、という言葉がハッタリの可能性もある。
手は一切抜かない。
棒立ちの左斜め後ろから、最速の単打攻撃である「涅槃寂静」を発動。
念のための一撃離脱。
入る!
ガカァン!
という大音響とともに、神竜の腰後ろあたりに「涅槃寂静」が直撃する。
同時に夜がその瞬間に発動可能な火力をすべて叩き込む。
叩き込んだ一撃に追撃で、腕部に仕込まれている神竜の攻撃が入る。
よし、「絶対領域」の相殺はできている。
「直撃! 確実に入った!」
神竜の声が弾む。
全ての攻撃が通ったのは間違いない。
神竜の巨躯が、胸部装甲を砕け散らせながら空中を弾き飛ばされる。
こちらも当てた瞬間、スキルでも何でもない、腕を振り回しただけの一撃を左腕部に喰らっている。
すごい反応速度だ。
躱すことを放棄して、スキルや術式、武装の発動も放棄して、ただ当てられた瞬間に当て返すことのみを狙った攻撃。
さすがにこれは躱し難い。
ただ「神殻外装」の腕を振り回して当てただけとはいえ、相当な攻撃力を誇る。
左腕部の装甲はあっさり割砕かれ、神竜本体にもダメージが通っている。
俺と夜とクレアの魂魄――経験値が、ダメージに応じてかなり減る。
こっちがそうしているように、向こうもこちらの「絶対領域」は相殺できている。
だがこちらの攻撃は、比べ物にならないダメージを与えたはずだ。
ただ腕を振り回しただけの攻撃とは違い、速度重視のものとはいえスキルが直撃した上に、夜による武装追撃も入っている。
彼我のダメージ量は……
『ほんとにすごいなシン。まったく見えなかったよ。当てられた瞬間になんとか一発殴り返すのが精いっぱいだ。――だが確実に当てられるぞ、シン』
そうか。
そういう事か。
「神殻外装」のダメージは、装甲を砕いて以降は本体が喰らう。
それは魂魄――経験値を削る形になる。
逆に言えば、魂魄を削りきるまでは、無敵の生体装甲ともいえるのだ。
まずい。
この戦いは、技術とか駆け引きとかのものじゃない。
極論すれば、経験値量の比べあいがその本質だ。
「絶対領域」を常に全力展開させるために、全神核直列励起している状況では、ただじっとしているだけでも物凄い勢いで経験値は減少してゆく。
スキルや術式、各種武装を使用すればするだけ、それに応じた経験値が消費される。
その上相手は素の一撃とはいえ、こちらが攻撃を仕掛けた際、確実に当ててくる。
彼我のダメージ量など問題にならないくらいの、保有経験値量の差があった場合――
『気付いたかな? シン達も上限突破して相当に経験値を稼いでいるんだろうけど。創世神であるアストレイアにはレベルの概念はないけれど、俺達も経験値は相当に積み上げてある。たぶんシン達四人を合わせてもまるで届かないんじゃないかな。その意味は解るよね』
一定時間が経過した時点で、自動的に俺達の負けが決まる。
そんなことよりも、俺と夜、クレアの経験値には結構な差がある。
それが意味する事は、このまま事態が推移すれば、俺を残して夜とクレアが消失してしまうことを意味する。
背筋というより、腹の底がスッと冷える感覚。
「どうやって、そんな経験値を……」
戦闘機動中にもかかわらず、思わず声が漏れる。
確かに育成以外の事もいろいろやってはいたけれど、俺達は相当な時間を育成――経験値稼ぎに費やしていた。
「――信じられません……けど」
「事実、なんですわ。今ここでそんな嘘を言う意味がありませんもの」
夜とクレアの言うとおりだ。
攻撃を当てられるのはこっちで、「戦闘」を切り取ってみればこちらが圧倒的に有利な状況なのだ。
こちらが事実上いくらでも攻撃を叩き込めるのに対して、あちらは素の一撃を返せる程度。
ハッタリが必要な状況ではない。
ゆえに嘘を言う必要がない。
「神殻外装」としての神竜と合一可能になってからは、乱獲としか言いようのないペースでほぼ毎日狩りというか、殲滅を行っていた。
それを遥かに凌駕する経験値など、どうやって得たのか想像もつかない。
何より「本物の俺」とアストレイア様は、ほんのついさっきまで「堕神」として「狭間」に居たはずなのに……
『俺達は俺達で手段を選んでないんだよ、結構。俺達の事を「堕神群」と伝えていたね。ある意味あれは嘘だ。「狭間」に居たのは俺と、アストレイアと、神竜を除けば、何としてもシンにもう一度逢うことを執念としたダリューンだけだ。でもまあ嘘ではないか。最初はみんな確かに居たしね』
何でもない事のように、「本物の俺」が言う。
まさか――
「――喰ったな。アストレイアと我以外の神々を」
神竜が、俺の想像した通りの言葉を口にする。
『御明察。まあアストレイアは創世神だ、堕神解放さえ成ればみな復活できる。言っておくけど合意の上だからな。さっきアストレイアに四大が協力してただろ。まあ一部魔神な方々という例外もあるけど』
その時に七罪人の「暴食」は覚醒したんだよ、と笑う。
さらっと恐ろしいことを言っている。
しかしそれが意味することは深刻だ。
『というわけで、こっちはまず負けないだけの準備をしてる。納得いくまで続けようか』
一合撃ち合う内容を比べれば、俺達の方が遥かに上を行っている。
一定時間で区切って戦闘を見てもその結果は変わらない。
制限時間ありの「試合」なら俺達のワンサイドゲームだ。
だけどこれは殺し合いで、決着は魂魄――経験値が尽きた方が負けとなるルール。
一撃離脱とか言ってる場合じゃない。
彼我の経験値保有量にどれだけの差があるかはわからないが、一度切り結ぶたびに圧倒的なダメージを与え続ければ、あるいはひっくりかえせるかもしれない。
というかそれしかない。
やるしかない。
『動きが止まったね。つまり次のやり取りで夜とクレアの経験値が尽きるのかな。もしそうなら、わかっているだろう。次の一撃で夜とクレアの魂魄は削りきられ、二人は消失する』
悔しいが言われる通りだ。
次に仕掛けて相手を削りきれなければ、夜とクレアの経験値は尽きる。
もはや何回切り結んだか覚えても居ないが、圧倒的なダメージ差でここまで続けてきたにもかかわらず、相手は慌てる様子を見せることなくこの状況に追い込まれた。
『――最後のチャンスだシン。振出しに戻してもう一度聞く。権能と七罪人の力を差し出せば、三人とも消失するなんて言う馬鹿な結末は避けられる。今のシンの事を覚えてくれている夜とクレアと共に、世界消滅時のシンに戻って楽しく暮らすのでは満足できないか?』
相手もギリギリでポーカーフェイスをしている可能性は期待できない。
向うはまだまだ余裕があるとみて間違いないだろう。
何か手はないか。
戦いながらずっと考えている。
どれだけ有利にダメージを与えても、保有している経験値量に絶望的な差がある以上、勝ちようがない。
根本から戦い方を変えなければならない。
繰り返してもジリ貧だ。
解ってはいたが結局こうなった。
考えがない訳じゃない。
だが今までの戦闘機動で試せるようなやり方じゃない。
夜とクレアも、おそらく同じことを考えている。
こうなったからこそ、試せるやり方。
失敗したら、取り返しのつかない賭け。
「正直言うと、夜とクレアを失うくらいならそのほうが良いとさえ思うんだけどな。その当の本人達がそんなヘタレた選択をすることを、事ここに至っても許してくれそうにない。何回もみっともないとこ見せられないし、歯ぁ食い縛って強がるさ。――ここからでも勝ってみせると」
失敗した時の事を考えるとぞっとする。
だがもうこれしか手はないだろう。
「それでこそシン君です。ここでまた折れたらさすがに愛想尽かしますからね」
「あ、嘘ですわ我が主。愛想尽かせたりはしませんの。あの手この手でもう一度立ち直ってもらうだけですからそのおつもりで」
二人も、ここで引く気はないようだ。
失敗したら――今考える事じゃないか。
こういう信じられ方は嫌じゃない。
役割分担も妥当なところだ。
もし逆の配役だったなら、俺はまたみっともなく狼狽えた可能性がある。
自分が最大のリスクを背負うことが、覚悟に繋がる。
そのほうがずっと楽だと、虚勢じゃなくそう思える。
そう思える相手がいることが素直にうれしい。
そして自分が最大のリスクを背負う事を、認めてくれるという事実。
これ以上、自分に自信を与えてくれることがあるだろうか。
「我に出来ることは何かないのか、何か……」
確かにこれからしようとしていることに、神竜は直接関われない。
だけど何言ってるんだ神竜。
神竜が本当の意味で仲間になってくれたからこそ、ここまで追い込まれてもイチかバチかを試せる立ち位置に俺達は立っていられる。
十分できることをしてくれているよ。
今一番きつい立ち位置なのが神竜なのも理解できる。
一番安全な場所に置かれることが、一番辛く感じるなんて実感も共感もできたことなんかなかった。
今は違う。
だけど大丈夫だ、神竜。
なんとかなる、いやなんとかして見せる。
『言葉では勝てないと思うよ。だけど、ここまで来たら好きにすればいい。はっきり言うが、これから丸一日、今みたいなダメージ差で戦い続けてもこっちは持つよ。それでも次の攻撃を仕掛けてくるんだな? 勝つ手段は見えているのか?』
無謀な自殺ではないのか、という最後の確認。
彼は彼なりに、俺達の事も考えてくれているのだろう。
俺達の望みとはずれているだけで、自分が千年前、十年以上付き合ってきた、自分が創造したプレイヤーキャラクターに愛着を持っている。
この期に及んで、最悪の事態を回避しようとはしてくれるくらいに。
「なくもない」
「イチかバチかって感じですけどね」
「ちょこーっと怖いですけれども、もうそれしかありませんものね。だとすればやるだけですの」
「上手く行ったら奇跡じゃと思う」
ほんとにな。
それでも俺達はやるんだよ。
それしか手がない以上はな。
『――すごいな。では来い』
『此処まで来て引かぬのか……』
『シン様……』
手段の有無に驚いたわけではないだろう。
この期に及んで、この空気を維持する俺達を「すごい」と感心した。
俺も同感だよ。
命を懸けるべきところで、衒いもなく懸けられるってのはすごいと思う。
俺一人じゃ、とてもじゃないけれどそんなことはできない。
大切な人たちと、肩を並べて戦場に立っているからこそできる判断だ。
勝つ意志はある。
諦めてはいない。
もう二度と折れたりはしない。
行く。
「神竜! 夜とクレアの合一解除!」
「承知!」
「シン君、信じてます」
「我が主、ご武運を!」
応援の一言を残して、夜とクレアの姿が合一空間から消える。
二人は俺を信じてくれている。
俺も二人を信じている。
だからイチかバチかの、この賭けに出る。
『最悪の事態になったとしても、夜とクレアの二人は巻き込まないか。さすがはシンというべきなのかな。で、この状況をひっくり返す具体的な手は何かな』
「本物の俺」は、俺が夜とクレアを守って、自分一人で捨て身の攻撃に出ると判断している。
まあそうとしか見えないよな。
ある意味その通りではあるのだし。
どのみち失敗すれば俺は消失する。
夜とクレアとで分散負担していた魂魄消費が俺に集中したことで、三倍の速度で経験値は減少している。
返しの一撃を喰らえば、今までの三倍の経験値を奪われる。
夜とクレアより多いとはいえ、喰らえば俺の経験値は間違いなく尽きる。
そんなことは百も承知だ、それでもこの手しかない。
「累瞬撃」を発動。
最後まで俺はこの技だ。
こいつが一番信用できる。
666撃を一瞬で叩き込む。
たった一発の返しを喰らう。
どうしても躱しきれない。
今までと何も変わらないやり取り。
莫大な量のダメージを与え、物理的には一旦神竜をふっ飛ばす。
こちらはかすったような攻撃を左腕部に喰らう。
わずかなダメージ。
それが残り少ない俺の魂魄を削る。
現実は冷淡だ。
『シン君!』
『我が主!』
念話で聞こえてくる、夜とクレアの声。
「主殿!」
真後ろから聞こえる、神竜の声。
視界右上に表示されている、俺の魂魄が赤字で「0」を表示する。
ピーという間抜けな警告音。
視界が朧になって行く。
消えるっていうのはこう言う感覚なのか。
この空間は「意識」を具現化している空間。
そこで具現化されている俺の身体を確認すると、全体が薄く、半透明になって行っている。
消える。
夜とクレアと神竜に話しかけようとするけれど言葉にならない。
意識もはっきりしなくなってきた。
やはり戦闘ではどうにもならなかったか。
夜、クレア、神竜。
……頼……む…………
合一空間から、俺が消える。
神竜は健在。
だが――
戦いはまだ終わらない。