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第105話 何が一番大切か

 (ヨル)とクレアと神竜(バハムート)が怒っている。


 ちょっとここしばらく――いやここまでのものは千年前も含めて目にしたことがない。

 本気で怒っている。

 それが解る。


 三人ともいずれ劣らぬ美しい顔に、映像として切り取れば魂を奪われそうなほど魅力的な笑顔を浮かべ、深く静かに切れている。


 「本物の俺」が言っていることは間違っていない。


 何も言い返せず、立ちすくむばかりか、言うがままになろうとしていた俺に愛想を尽かすなり、怒りを向けるのならわからないでもない。


 でも三人の怒りは、明確に「本物の俺」に向いている。


 俺に対しては、怒りではなく呆れというかちょっとさびしいというか、そういう感じだ。

 この手の感情を向けられた記憶は、正直いって無い。


「シン君の大事な問題ですから、黙って聞いてましたけどね?」


我が主(マイ・マスター)に対して、「俺の方が本物」みたいな話をされましても困りますの」


「正体がどうあれ、貴様は「狭間」で「堕神群」を率いていたあの人物なのじゃろう? 我々にとっては、主殿と別人にすぎん」


 彼女たちの、千年前の事実の捉え方。

 何が起こったかを十分に理解した上で、自分にとって何が大切かを間違えない。


 本物も偽物もない。


 自分がともに居て、自分が認めた相手こそが大切で、それ以外は偽物とか言う以前に、ただの他人。


『さっき、シンと話していたのは聞いていたよね?』


 千年を生きた俺が、少し気圧されている。


 解る。


 美人が本気で怒ってると、男は言葉を失うよな。

 千年の時間を積み上げても、そこら辺りは変わりませんか。


 言っても元が俺だしな。


「耳がありますので」


 (ヨル)の返事が刺々しい。

 俺が(ヨル)とクレアからあんな敵意を向けられたら間違いなく折れる。

 それほど「本物の俺」を「敵」と認定した意志を感じる。


『だったら……』


「貴方が何者でもかまいませんし、仰っていることが間違っていると言うつもりもありませんわ」


 クレアの態度も、バッサリと切って捨てるようなものだ。

 俺の側に立ってくれているのは正直嬉しいけれど、今この敵意を向けられているあの立ち位置に自分が居たらと思うとあまりにも救われない。

 

 世界(ヴァル・ステイル)を存続させるために向こうでの生活を放棄し、千年の時をそのために費やす。

 主目的はアストレイア様の解放になっていたかもしれないが、間違いなくシンや(ヨル)やクレア、この世界(ヴァル・ステイル)に住む人々の事も考えてくれていたはずだ。

 

 その結果、(ヨル)とクレアからこんな感情を向けられるなんて、あまりにも報われない。


「アストレイア、神竜(レヴィアタン)。一つ聞きたいんじゃがな。貴様らそこの御仁が「本物」じゃから共に居るのか? 実は「偽物」じゃったら離れるのか?」


 神竜(バハムート)が「本物の俺」にではなく、アストレイア様と神竜(レヴィアタン)に質問を投げかける。

 その相手と共にいる理由。

 本物だとか贋者だとか、そういうものが理由足り得るのか。


『ちがいます!』


『……馬鹿にするなよ?』


 一拍の逡巡もなく答えが返る。

 アストレイア様と神竜(レヴィアタン)も、(ヨル)、クレア、神竜(バハムート)と同じく真贋になど何の興味もないようだ。


「ですよね、それが女の子の考え方ですよね」


 嬉しそうに(ヨル)が同意する。

 ここだけ聞いてると女の子同士の恋愛観の会話を聞いているみたいだ。


 深刻な状況のはずなのに、笑いそうになる。

 それとも深刻になっているのは俺だけで、実はひどくシンプルな問題なのだろうか。


 滑稽なのは深刻ぶっている「本物の俺」と俺なのか

 

「私が大切なのは、今ここに居られる我が主(マイ・マスター)ですの。ご自分が千年頑張ったからと言って、我が主(マイ・マスター)の積み重ねた時間を軽んじることは赦しませんわ」


 真贋でもない。

 積み上げた時間の長さでもない。


「我は()()主殿にこの身を委ね、従っておる。それを()()というならば戦うしかあるまいよ」


 正しいとか正しくないとか。

 本物だとか贋者だとか。

 重ねた時間が長いとか短いとか。


 そんなことは関係ないと、言ってくれている。


 自分が大切だと思っている人を奪おうとする相手だから、怒りを向ける。

 自分たちは非常にシンプルなんだと告げる。


 (ヨル)は、クレアは、神竜(バハムート)は、今ここにこうしている俺を「大切」と、そう言ってくれているんだ。


『……なるほど』


 なぜか嬉しそうに「本物の俺」が首肯した。

 自分なりに守ろうとしたシン、(ヨル)、クレアと敵対する可能性が高まっているのになぜ嬉しそうなんだ。

 俺は知ってる、どれだけシン、(ヨル)、クレアを大事に思っていたのかを。

 たかがゲームのプレイヤーキャラクターだと、笑い飛ばせなど出来ないくらいに。

 

 事実そのために、俺は、俺達はあっさり向こうでの暮らしを放棄したんだ。


 なのになぜ嬉しそうに出来る。


「そもそもシン君ももう少ししっかりしてください。私を封印から解放し、吸血衝動を治め、世界(ヴァル・ステイル)を今の方向に導いたのは今そこに立ってるシン君でしょう」


 俺の方にクレームが来た。


 ほんと情けなくてごめん。

 そうだ、俺がまず(ヨル)を解放した。

 現実として初めて見る(ヨル)に感動したものだ。

 

「私を封印から解放し、世界(ヴァル・ステイル)を敵に回す可能性もありながら何の迷いもなく連れ去ってくれたのは今そこに立っている我が主(マイ・マスター)ですわね」


 「天空城」(ユビエ・ウィスピール)で殴り込みかけるような状況になってしまったよな。

 そこで見た「救世神話」に描かれていた自分を見た時の衝撃は忘れられない。

 馬鹿やってる神官見かけて、思わず「僕」が出たのもあの時だ。


 思えば俺とシンがきちんと合一できていると実感できたのもあの時だった。


 たとえ記憶と魂の欠片しかないとしても、俺とシンがちゃんと一つになって今の俺が居る。


「我を「堕神」から解放し、我に初めて操者として乗ったのもそこに立っている主殿じゃな」


 無力化するのは苦労したよ。

 そうだ、神竜(バハムート)が「神殻外装」として初めて受け入れてくれたのは俺だよな。


「「救世連盟」から世界(ヴァル・ステイル)を解放したのも、「天空城騎士団」ユビエ・ウィスピール・ナイツを結成したのもシン君です」


「宿者」(ハビトール)の方々を解放したり、奴隷解放や差別撤廃を推し進めたのも我が主(マイ・マスター)ですわ」


「学校つくったり、「冒険者ギルド」再建したり、「世界会議」開いたり、いろいろしとったのも主殿じゃな」


 自分のやったことに胸をはれと言ってくれている。


 千年の悠久に比べれば、僅か半年にも満たない時間。


 それでも俺にしか、いや俺と(ヨル)とクレア、神竜(バハムート)をはじめ俺が関わった人たちの協力がなければできなかったことがたくさんあった。


 半年未満が、千年に勝てないと決まった訳じゃない。

 俺一人で勝手に、自己犠牲だのなんだのと言ってる場合じゃない。


「そんなことよりも大事なことがありますわ! 私が何ていうんですの? ほら、あの、えーっと……」

 

「オブラートに包んで言いますけど、身を許した、とかどうでしょう?」


「そうそれ! それですわ(ヨル)!」


 そうだよな。

 一緒の部屋で暮らす覚悟を決めたのは、今の俺となんだ。

 一方的なものじゃない、お互いがお互いを大切として、そう決めた。


 なのにその相手がさっきまでの様子なら、呆れたと言われても返す言葉もない。

 よく見放されなかったものだ。 


「抱かれたではいかんのか?」


「ちょーっとストレートすぎますわ。すぎますの」


「あんまり変わんないような気もしますけど……」


「じゃよな」


 ……すっかりいつものペースだな。

 でもこれこそが「俺達らしさ」か。

 

「と、とにかく。百年であろうと、千年であろうと、私たちの半年を否定する理由にはなりませんわ」


「そうですね。ちょっと今ヘタレてますけど、()()()()()()()()()シン君を失うつもりはないんですよ、私たち」


「そのためには貴様の千年の執念も、アストレイアの想いも踏みにじる覚悟はあるぞ」


 (ヨル)、クレア、神竜(バハムート)が、それぞれのらしい言い方で、「本物の俺」とアストレイア様、神竜(レヴィアタン)に宣戦布告する。


 失いたくないものが在るから、戦ってでも我を通す。

 千年の執念も、アストレイア様の想いも、神竜(レヴィアタン)の宿願も、自分たちの最優先のためには踏みにじることも厭わない。


 敵わないな、と思う。


 何が一番大切か。

 それをけして間違わない。

 

 俺が考え過ぎて間違えそうになっても、後頭部蹴り飛ばして正してくれる。


 頼りになる伴侶達だ。


「ねえシン君。私達専用のネックレスを買ってくれたの、シン君でしょう」


「平和になったらあれしようこれしようといろいろ約束してくださったのも、我が主(マイ・マスター)ですわ」


「我はまだ首輪買ってもらっとらんの。不公平はいかん、戦が終わったら買うてくれ」


 はい、ほんとすいません。

 君らの揺るぎなさに比べて、頼りない相手でごめんなさい。


 ――かっこ悪いなあ、本当に。


 ほんと男だのなんだの言ったところで、こうやって自信もらわないとシャンとできない。


 あと神竜(バハムート)、首輪と言わない。

 ベタだけど、神竜(バハムート)なら蒼玉(サファイア)だよなやっぱり。

 紅玉(ルビー)金剛石(ダイアモンド)蒼玉(サファイア)と並んだらさぞや綺麗だろう。


 勝って、絶対に見ないとな。

 

「だからシン君、もう二度と勝手にいなくなるような選択しないでくださいね」


 約束します。


「今まで通りですのよ。勝てばいいのですわ」


 その通り。


「負けたなら共に死ねばよい。戦場で肩を並べるとはそういう事じゃろう?」


 神竜(バハムート)は男前すぎると思うけど、反論の余地はないな。


「ああ」


 余計なことは言わず、ただ首肯する。

 何度も確認してたはずなのに、ほんとに俺だけ情けない。

 

 でも俺ももう間違えない。


 何が一番大切なのか。

 

『は。ははは。――ははははははははははははははは!』


 黙って俺達のやり取りを聞いていた、「本物の俺」が弾かれたように笑い出した。

 馬鹿にしたようなものじゃない。


 心の底から楽しそうだ。


『さすがだ、(ヨル)、クレア。それこそ俺が望んだ理想の姿だ。ぞくぞくする。何があってもシンを支え、揺らがない。自分の創造主が相手だろうが、創世神であるアストレイア相手だろうがまったく微塵も揺らがない。そうだ、俺はそれが見たかったんだ。俺が夢見た理想の三人は、まさに今見たそれだ。シンはちょっと男前すぎると思っていたが、適度に俺が混ざって理想的にヘタレだ。それもすばらしい。それに神竜(バハムート)、すごいじゃないか。いや凄いのはシンか。もう完全に嫁さんポジションなんだな。はははははははは! これが見れただけで、千年を越えてきた価値がある。すばらしい。すばらしいよシン!』


 俺にもわかる。

 向うの世界で俺が妄想してた三人は、確かにさっきみたいな感じだ。

 合一して知ったけど、こっちの世界(ヴァル・ステイル)ではシンがちょっと男前すぎてさっきみたいになることはなかったけれど。


 腹立たしいし情けないが、俺が混ざったことで適度にヘタレたという表現には反論の余地がない。

 くそう。


「創造主とか言われてもピンときませんしね」


「そうですわね。それに女は父親ポジションの存在よりも、自分の選んだ殿方を優先する生き物じゃありませんの?」


「我はそもそもアストレイアにもあの男にも創られた訳ではないからの。そういう遠慮は元よりないわ」


 ほんとうちの女性陣は頼りになる。

 今この瞬間から、ほとんど勝ち目がないような戦いに挑むのに揺るがない。

 逃げ道もあったのに、それを選ぶことをよしとしない。


 本当に、俺が妄想してた理想の具現だ。

 さっきの「本当の俺」の言葉じゃないけれど、こんな思いを当事者として持てただけでこの世界(ヴァル・ステイル)に来た意味は充分にあった。


 初めから負けるつもりもないけれど。


『ははは、尤もだ。でもお父さんはいつまでたっても息子と娘が可愛いものらしいぞ。俺は実際にはいないからよくわからんけどな。アストレイアにとっても、シン、(ヨル)、クレアは息子、娘みたいなものじゃないのかな』


 向うの立ち位置でもやはりうれしいのか。

 自分の描いた理想が具現化されているのを、目の当たりにすることは。


 そうだ、俺も最初にアストレイア様からこの世界(ヴァル・ステイル)を救ってくれと言われた時は、合一のような形になるとは思っていなかった。

 それでも自分が合意すれば、シンと(ヨル)とクレアが変わらず楽しく、この世界(ヴァル・ステイル)で過ごしていけるならそれでいいと思ったんだ。


 いま、向こうで笑っている俺もそんな気持ちなのかもな。


『何故笑えるんですか……今のシン様を消してしまう事には変わりはないのに。私はそんな風に笑えません』


 アストレイア様にしてみたらそりゃそうだろう。

 でもちゃんと戦って負けたら俺達は納得しますよ。


 負けたら潔く消えるんで、気にしなくてもいいです。

 共に消えることを選んだとしても、嫁たちは助けてくれたらありがたいかなあ。

 俺が消えても、俺が抜けたシンが居てくれれば、なんとかなると思うし。


 今そんなこと言ったらひっぱたかれるだろうけど。

 

『儂らは姉妹喧嘩じゃなあ、神竜(バハムート)


 神竜(レヴィアタン)の言葉に、神竜(バハムート)が獰猛な笑みを浮かべる。

 恐ろしい姉妹喧嘩もあったものだ。

 原因が言う台詞でも無いとは思うけれど。


 さっきまでの深刻な空気は変わったけれど、事態は何も変わっていない。

 気の持ちようひとつで、ひっくり返せるようなものでもないだろう。


『いいじゃないか、シン達が決めたことだ。俺達はちゃんと出来るだけの条件は提示した。それでもことがここに至るなら、もう戦うしかないよなシン。嫁さんたちがここまでの事を言ったんだ、旦那にも骨のぶっといところを見せてもらわないとな? 親ポジションの俺達を、越えられるものなら越えて見せろ』


 「本物の俺」が嬉しそうに笑う。


 そうだ、事ここに至っては言葉は無粋。


 本物だろうが、千年だろうが、力で押し通す。

 それで「システム」も俺達がぶっ倒す。


 戦闘開始だ。

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