第9話 行動指針
夜とクレア、二人の所にも女神アストレイア様が顕現し、その後が今に繋がるのは俺と変わりがないようだ。
『そうか、俺と同じか』
『違います』
『違いますわね』
即否定された。
え、どういうことだ。
確かに二人には「中の人」だった「俺」との合一イベントは起こってないだろう。
それは俺とシンの間で行われ、夜とクレアは何も変わっていないはずだ。
もちろん俺も、夜やクレアの記憶を持っているわけじゃない。
まだ詳しくは説明していないが、その事を言っているのだろうか。
もしくはアストレイア様がそのあたりを説明したか。
『というか、おそらくこの封印結界はアストレイア様によるものですね』
何で気付かなかったのか、という口調の夜に、同調するクレア。
俺と同じく何らかの会話をしたのち、二人にしてみればアストレイア様に封印結界を張られたというのが一番しっくりくる流れなのだろう。
二人の腑に落ちたという空気が伝わってくる。
『私の場合は、神託の刻限に顕現された女神アストレイア様と少しお話しした後、今に繋がっていますね』
『私も同じですわね。お話の内容もおそらく同じだと』
『どんな話……』
『『秘密です(わ)』』
気になる言い回しをしておきながら、そこへ突っ込むとこの返答である。
まあ女の子同士の会話が男には秘密というのは、そう理不尽なことでもない。聞く方が野暮だと言われれば確かにその通りだろう。
――「吸血鬼」と「神子」と「創世神」なんだけどね、女の子の中身。
秘密でいい気がしてきたよ。
それに「秘密」が通じると思っているということは、夜もクレアもアストレイア様とのお話の際、「三位一体」が発動していなかったことを理解しているということだ。
ということは、つまり……
『それより、シン君の方はどうだったんですか。女神アストレイア様とのお話』
『聞かせてくださいますわね、我が主』
まあそうなるよな。
自分たちは秘密で、そこから当然のようにこの質問。
何でうちの女性陣は強力な矛と盾を疑問なく振り回すんだろうか。
1対2だからか。
両手に華とか言ってる場合じゃないな。
『えーと……』
『言えないんですか?』
『秘密ですの?』
『そ、そんなことないよ』
なんでこんな食いつくんだ。
やましいことは……ああ、なくもないか。
「俺」のことをあんまり詳しく話しても混乱するだろうし、どうしたものか。
とりあえず、この世界が消滅の危機に晒されていたこと。
それを避けるには「俺」、つまりシンに宿っていた「なにか」と捉えられていた存在と、「シン」が合一する必要があったこと。
今の俺は夜とクレアがよく知る「シン」と、「俺」の記憶も合一してひとつの人格であること。
それらをかいつまんで説明した。
『ああ、だから急に「俺」、と……』
『そういうことですの……』
宿者として「俺」をはっきり認識してはいなかったものの、「なにか」として自分たちの力の根源として認識していた存在は、それなりに受け入れやすいらしい。
というより彼女らにしてみれば自分とともにあった「シン」が受け入れたのであれば、自分たちも当然といった感じだ。
それどころか、今までの助力に対して礼まで言われた。
悪い気持ちは当然しないが、夜とクレアによそよそしく接されると悲しくなる。
『すまないな、シンに俺が混じってしまって。もう今は混ざり合って、一人の人間なんだ、かわらずシンとして受け入れてくれるとありがたい』
『シン君が別人になってしまった感じはしないですね。別人というよりは急に大人びたような感じといいますか』
『我が主が我が主であることに違いはありませんわ。ただちょっと大人びてしまったのは残念……いえ、なんでもないですわ』
やっぱり違和感はあるんだな。
当然といえば当然か。
俺の中にあるシンの記憶でも、従来のシンはこんな話し方をしないしもっとなんというかこう、かわいらしい。
頼りないっ感じ、ともいえるか。
十代前半の俺が、こんな綺麗なお姉さん二人に囲まれていたらそういう言動になるだろうなと思えるくらいに、シンはちゃんと俺の分身だ。
ただこっちの世界の住人な上、「F.D.O」のグランドクエストをはじめとしたドラマティックシナリオの展開上、要所要所でひどく男前な言動を取っているので侮れない。
冴えない見た目もノーカン……にはなりきらないよなあ、やっぱり。
夜とクレアが無条件に好意的なのは、俺が妄想から生み出したキャラクターだからという事実を忘れてはいけないと思う。
そんな「シン」に、現実社会で会社員の中間管理職をやってたおっさんが混ざったんだ、よく言えば大人びる、悪く言えばおっさん臭くなるのも宜なるかな。
『ああ、それはしょうがない。俺はシンと違っておっさんだったからなあ。今のこの若い身体にもなんか違和感を覚えるくらいだし』
『おっさ……お年を召した方でしたか』
『……いえ、我が主であることに……違い……わ』
いかんクレアの心が折れかけてる気がする。
若くあることを心がけたほうがいいんだろうか。
自分でも身体だけじゃなく精神的にも若返った気がするし、足して二で割った感じなんだろうか。
一人称僕にしてみるか。
うん無理。
『なるほど、つまり今のシン君はアストレイア様の想い人でもあるわけですね』
『であれば、お話はそれでお仕舞いではありませんわね?』
あ、あの私欲で世界救った女神様、夜とクレアに余計な事言ったな。
夜とクレアにわざわざ自分の気持ちをきっちり伝えたのか。
神様だけあって男前だな。
ここで下手に隠し立てすることは下策でしかない、正直に言おう。
俺とシンが合一にいたる流れの中で、「俺」が抱きつかれて想いを告げられたこと、「シン」はアストレイア様に対して応援するようなことを言ってしまったことを話した。
まああの時点での「シン」に、まさかアストレイア様の想い人であった俺と合一することを解れっていうのも酷な気がするが。
皮肉にもその時のアストレイア様の答えで、俺と合一することを予想したんだしな。
『へえ』
『ふうん』
怖いんですが。
『清楚そうな顔して、結構やりますねアストレイア様』
『……目の届かないところで色仕掛けですのね。上等ですの』
いや君ら一応この世界の創造神相手ですよ。
もう少し言葉選びませんか?
『それで?』
抱きつかれたときの会話をぼやかしたけど無駄でしたかそうですか。
約束を隠すのはあんまりだと思うし、本当の意味でやましいことはないので正直に言おう。
『救われた世界から神々は姿を消してて、アストレイア様も居なくなってるはずだから探してくれ、って言われて、約束した』
『宣戦布告ですね』
『明言されてしまいましたわね。そういうこうとならもう、しょうがありませんわね。当面の目標は合流後、アストレイア様探索ということで間違いありませんの?』
二人とずっと一緒にいた「シン」ではなく、あくまで「俺」がした約束にも拘らず、それを守ることをとりあえずの行動指針にするのはちょっと意外だ。
先までの会話の流れでは、「俺」の方とはいえ好意を持っているらしきアストレイア様に対して、敵認定していたように思うんだが、無理している風でもない。
沈黙から察せられたのか、苦笑含みで夜とクレアが解説してくれる。
『意外ですか?』
『え、いやまあ』
『約束は大事ですわ。我が主に約束を破らせることなどあってはなりませんもの』
『まあクレアはああいう言い方ですけど、私もクレアもシン君に好意的な異性をすべて排除するようなことはないんですよ?』
『……正々堂々、宣戦布告されたからには女神様であろうと、通りすがりの町娘であろうと等しく恋敵ですの。負ける気はもちろんありませんけど、戦うことそれ自体を忌避することなどありえませんわ』
夜に突っ込まれて、クレアも建前をやめる。
思えば過去の冒険の中で関わった女性陣に対しても、筋を通していれば競いこそすれ、排除するようなことはなかったな、と思い出す。
自身は照れるばかりでふがいない限りだったが、今思えば常に正々堂々としていたのは間違いない。
男前すぎるとも思うが。
というかあの真面目なグランドクエストを始め、追加クエストのシナリオの裏側でこんなやり取りあったんだなあ。
運営これ表に出した方が受けたんじゃないだろうか。
ああ、だめか。
多くの人がプレイするMMORPGにおいて、シナリオにかかわるNPCがプレイヤーに対する好意を明確にすれば、同じ世界に存在するプレイヤー同士で「俺の嫁」宣言に基づくいらん騒乱が起こりかねない。
女性プレイヤーキャラクターもいることだし、その中の人が男なのはさらによくあることだし、色恋沙汰をシナリオに絡めるのはやはり無理があるか。
……俺の分身をシンではなく、女の子でキャラクターメイクしてプレイしてたら、TS展開になったのか?
いやよそう。
あくまでもシンの記憶は、「俺たちのプレイ」にまつわるエピソードと考えた方が……あれ? それってこの世界では事実ってことになるよな。
まあいいか。
『常にシン君の傍に居られる、恵まれた立場にいる私たちなりの矜持、ですかね。私たちの立ち位置も、シン君が認めれば、私たち二人だけ特別だと言い張る気はないんですよ?』
気持ちも実力も揃っていればともにいる仲間に入るのも認める、と。
これはやっぱり俺が4垢とか5垢に移行する可能性もあったことに対する準備なのか。
いや純粋に夜とクレアが男前だと思いたい。
ちなみに俺は仲間に男キャラが増えるとなるといろいろ悩むと思う。
やっぱほらなんというかあるじゃん、楽園に踏み込んでくんなよというか、なんというか。
……俺ちっせえ。
『それにアストレイア様は我が主や私たちにきちんと想いを告げたうえで、自身を賭けて世界を救うという行動に出ていますわ。これはちょっとやそっとじゃ覆せないアドバンテージですのよ。我が主はもちろん、恋敵である私たちも救われている訳ですもの』
確かにアストレイア様は私情で世界を救うと明言した。
俺の同意も必要だったからこそ、二人と共にいられることを了承したともとれるが、極論すればそんな約束を守る必要はない。
俺の同意を取り付けておいて、二人は千年のかなたに置き去りにすることも可能なのだ。
それを良しとせず、きちんと彼女らと向き合って競い合うことを明言した女神アストレイア様を、夜とクレアは一人の恋敵として認めたってことか。
なんか男前すぎませんか、あなたたち。
その対象が俺というのはどうかとおもうが。
『その際のどさくさまぎれは審議の対象ですが、まあ許容範囲内とします』
だから怖いって。
しかし、シンの記憶で、はっきり夜とクレアから想いを告げられているのは理解しているが、こういう時は堂々としたもんだな、二人とも。
これでなおキスもまだだってんだから、シンのヘタレっぷりも筋金入りだ。
決して今の俺がヘタレなわけではない、今はそう、いうなれば「新生シン」だ。
過去のヘタレはすべてシンのせい。
俺であることに変わりはないが……
『となるとまずは合流ですね』
『結界のことも気になりますれど、アストレイア様の結界であれば我が主が私たちに接触すればすぐ解ける気もしますわね』
確かにそうだ。
『俺が封印されて無いことからも、それに期待できそうだな。千年を乗り越えるのに必要な処置だったってところだと助かるが』
「宿者」である俺たち三人が歳をとらないのは、ゲームである「F.D.O」の世界で、少なくとも百年単位で変化していないことから間違いない事実だ。
だが、時間の経過は重くのしかかるだろう。
夜とクレアが姿を消した世界でたった一人、千年間二人を探し続けると思うと背筋が寒くなる。
『シン君がいなくなって、千年探し続けてたらちょっと壊れるかもしれません』
『……探し尽くしても見つけられなかった時は、思いつきで酷いことしでかしそうで怖いですわね』
似たような想像を二人もしたようで、もしそうなっていたらという仮定を口にする。
確かに探しつくして見つからなければ、「自分が危機に陥ったら逢えるかも」とか「世界が危機に陥れば現れるかも」という、冷静であれば何を馬鹿な、と笑い飛ばすことを真剣にやりだすことがないとは言えない。
ゲーム当時の俺、夜、クレアの誰がそうなっても、世界に新たな魔王が生まれることとほぼ同義だ。
その状態で再会した時どうするんだ、っていうのは冷静だからこそ言える言葉なんだろう。
「もう一度逢う」
これだけに固執して千年を生きれば、狂気の魔王が生まれてもおかしくないのかもしれない。
意識のないまま三人共に千年を越えさせてくれた事に対して、アストレイア様にはお礼を言わねばならないだろう。
『……ところで合流するとなると、どちらから合流しますか?』
『そりゃ夜だろ』
封印結界の解除が俺との接触ということであれば合流イコール封印解除なので手間がない。
それに今の状況で合流するとなれば夜からしか考えられないのに、なんでわざわざ聞いてくるのか。
『あれ、即決ですか?』
『……負けましたわ。一瞬の躊躇いすらなく瞬殺ですの。暫定二番目の女……』
ああ、成程そういう言葉遊びね。
そういう機微にはやっぱり疎いというか、朴念仁というか現代日本で育った身でありながら汗顔の至りだ。
って気付くかそんなもん。
とはいえ、こういう言い方をされると焦ってしまうのが我ながらどうしようもない。
『何馬鹿言ってんだ、夜は「天空城」、クレアは聖殿にいる可能性が高いっていうかほぼ確定。なら夜の方はすぐ行けるようになるし、クレアの場所は内密に行くんなら夜の「吸血鬼」としてのスキルが必須じゃないか』
どのジョブでもレベル15まで上げれば共通スキルである「帰還」を取得できる。
現在俺たちの帰還ポイントは、移動可能拠点である「天空城」に設定されているから、俺がレベル15まで上げれば夜との合流は今日中にも可能だ。 そうなれば、歩いていけば数ヶ月かかる宗教国家アレスディアの央都ファルスへも、「天空城」の機能が生きていれば二、三日かそこらで到着できるはずだ。
俺達の拠点である「天空城」と違い、世界最大の宗教国家、アレスディアの央都ファルス、その中でも王宮と同レベルの警備状況であろう聖殿に許可を得ずに入り込むには、夜の「吸血鬼」としてのスキルが必須だろう。
千年前であれば俺や夜の顔が利く権力者もたくさんいたが、本当に千年経っていた場合みんな鬼籍に入っているはずだ。
そうなれば俺も夜も馬の骨でしかない。
そんなことは百も承知しているんだろうけどな、夜もクレアも。
『女心の駆け引きなのに、事務的に対処しますね』
女心がわかる歳でもない子供と、女心をわかる必要のないまま歳食ったおっさん足して二で割った存在に、難しいことを要求するんじゃありません。
『セーフ!? 事務的セーフですのね?』
クレアは素の恐れがある。
黙ってたら夜よりもよっぽど怜悧なイメージなんだけどなあ。
『というわけで、まずはソロでレベル上げだな。久しぶりだな、完全ソロ』
『応援くらいはできますよ?』
『ふ、ふれー、ふれーとかでいいんですの?』
止めてくれ。
さて、レベル1から15に上げるまでの、カスタマイズするスキルが揃ってない時の効率的な狩り場ルートはどうだったかな。
俺にしてみればまるでVRゲームみたいな戦闘になるけど、シンの知識と経験があるから問題ないだろう。
たぶん。
きっと。
そう信じるしかない。